6-2 ホワイト・デーの思惑
3月14日金曜日
朱莉が部屋で課題のレポートを仕上げた頃―。朱莉の個人用スマホが鳴った。
(誰からだろう・・?九条さんかな?)
スマホをタップして朱莉は驚いた。何と相手は京極からだったのだ。
『こんにちは、朱莉さん。実は昨日からマロンの具合があまり良くありません。これから獣医へ連れて行くところですが、良かったら一緒に獣医の所へついて来て貰えますか?朱莉さんからマロンを引き取る前の話も出来れば病院で教えて貰いたいので。でもどうしても都合がつかなければ、無理にとは言いません。」
「え・・・・!マロンが・・・?」
朱莉は時計を見た。時刻は午後4時になろうとしている。母には悪いが・・今日の面会は無理だろうと思った朱莉はすぐに母の入院先の病院へ電話を入れて、面会に今日は行けそうに無い旨を言伝して貰う事にした。その後、朱莉は京極にメッセージを送った。
『はい、勿論大丈夫です。何時に何処で待ち合わせをすれば宜しいでしょうか?』
京極が指定して来たのはドッグランだった。
朱莉は気が急く思いで京極を待っていると、キャリーバックにマロンを入れた京極がやって来た。
「朱莉さん!お待たせしてすみません。」
「い、いえ・・・。それでマロンの様子は・・・?」
朱莉はキャリーバックの中を覗くと、マロンがぐったりした様子で眠っている。
「マロン・・・ッ!」
朱莉は悲痛な声を上げた。
「朱莉さん。今からこちらに車を回してくるので、マロンを連れてここでお待ちいただけますか?」
京極はマロンを朱莉に託すと言った。
「はい、勿論です。よろしくお願いします。」
京極は頷くと小走りに駐車場へと向かって行った。
それからものの5分程で、朱莉の前に1台のベンツがやってきて止まった。
すると運転席のドアが開き、京極が下りてきた。
「朱莉さん、乗って下さい。」
「はい。お邪魔します。」
朱莉は後部座席に乗り込んだ。
「朱莉さん、助手席に乗らなくて良いのですか?」
京極は朱莉を振り返りながら質問した。
「はい、マロンの様子を見たいので・・・後部座席に座らせて下さい。」
「分かりました。それじゃ出発しますね。」
京極はハンドルを握ると、アクセルを踏んだ―。
京極の話では昨日から少しマロンの食欲が落ちて、元気があまりなかったと言う。
そして今日になり、下痢や嘔吐、発熱の症状が起こったそうだ。
「本当にすみません・・・・朱莉さんからお預かりした大切なマロンを・・・僕の不注意で・・・。」
京極は申し訳なさそうに朱莉に言う。
「いいえ、京極さん。何を仰っているのですか?もう・・・マロンは京極さんに託したのです。マロンの飼い主は・・・もう私ではなく京極さんです。」
すると、京極が言った。
「いえ・・・僕は貴女がマロンとの生活をまた再び望むのであれば、いつでもお返ししようと思っているんですよ?何なら・・・2人で一緒に育てても・・・。」
「え?京極さん・・・今何て・・・。?」
しかし、京極はそれには答えずに言った。
「ここから5分程先に僕が行きつけの獣医がいるんです。とても信頼できるドクターなんです。今からそこへ向かいますから。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
その後、朱莉は京極に何処のお店で、どういう状況でマロンを自宅に連れて帰って来たのか説明をしたのだった—。
「え?アデノウィルスですか?あの・・・赤ちゃんが良くかかると言われている・・・?」
朱莉は獣医師の話を聞いて驚いた。
「朱莉さん・・・アデノウィルスっていう病気を知ってるのですか・・?何処かで聞いたことがある気がするんですが・・・。」
京極は恥ずかしそうに頭をかいた。
すると男性獣医師は答えた。
「仔犬がかかりやすい病気なんですよ。でも発見が早くて良かったです。悪化すれば下手をしたら死んでしまう場合もありますからね。念の為に本日はこの犬を入院させましょう。」
「朱莉さん・・・入院させも・・いいですか?マロンには寂しい思いをさせてしまうかもしれないけれど・・。」
京極は申し訳なさそうに言う。
「何を仰ってるんですか。京極さんは他にショコラちゃんを飼っているじゃないですか?万一ショコラちゃんにうつったら大変なので、入院は当然ですよ。」
「それではお2人の許可を頂いたので。今夜は入院してもらいますね。」
その後、京極がマロンの入院手続きを取り、動物病院を出たのは午後6時を過ぎていた。
「朱莉さん。もしよければ・・・何処かで食事をして帰りませんか?この近くに美味しいイタリアンの店があるんですよ。お詫びに・・・ご馳走させて下さい。」
「お詫びなんて・・・言わないで下さい。マロンの病気は京極さんのせいでは無いですから。」
すると京極が言った。
「・・・お詫びなんて・・只の口実です。朱莉さん。僕は・・貴女に色々聞きたい事があるんです。どうか・・・僕の為に朱莉さんの時間を・・分けて貰えませんか?」
京極がいつになく真剣な目で朱莉を見つめている。
「き・・聞きたい事・・・?」
朱莉は口元を震わせた。
「い、いえ!決して朱莉さんを尋問しようとかそんなつもりは無く・・・ただ、色々とお話しできればと思っただけなので・・答えたく無ければ答えなくて結構ですから。ただ・・・朱莉さんと話がしたいだけなんです。」
京極にはマロンを預かって貰った恩がある。だから彼の誘いを無下にする事は・・灯りには出来なかった。
「分かりました・・・。食事・・御一緒させて下さい・・・。」
朱莉が俯きながら返事をすると、京極が笑顔で言った。
「良かった・・。ありがとうございます、朱莉さん。」
その笑顔は・・・まるで子供のように無邪気だった―。
京極が連れて来てくれたイタリアンレストランは堅苦しい雰囲気が一切無く、カジュアルなイメージで、料理もバリエーションに富み、美味しかった。
特にデザートのドルチェのパンナコッタはとても朱莉の好みの味だった。
お店を出て、助手席に乗ると朱莉は嬉しそうに言った。
「京極さん、今夜は・・素敵なお店に連れて行ってくれて本当にありがとうございました。イタリアン料理・・とても美味しかったです。」
それを聞いた京極は笑顔で答えた。
「こんなに・・朱莉さんに喜んでもらえるとは思いもしませんでした。てっきり・・・今夜は断られてしまうかと思って・・・強引にお誘いしてしまったのですが・・無理にお誘いした甲斐がありました。これで・・少し安心出来ましたよ。」
「え・・?それは一体どういう意味・・・ですか?」
何故だろう?今の京極の台詞が・・すごく意味深に取れたのは・・気のせいだろうか?
しかし、朱莉の質問に答える前に京極が言った。
「ああ・・あそこにいるのは・・・やはり・・・。」
「え?」
見ると、そこはもう億ションのエントランスの前だった。そして、エントランスに設置してある椅子に座っていたのは・・・・。
「京極さん!車を・・車を止めて下さいっ!」
朱莉が言うと、京極は車を止めた。朱莉は車から降りると駆け足でその人物の所へ向かった。
「九条さんっ!どうしたんですか?こんな所で・・翔さんに会いにいらしたのですか?」
「朱莉さん・・・・。」
九条の手には紙袋が下げてあり・・・朱莉の背後から声が聞こえた。
「こんばんは・・・。九条さん。」
琢磨は京極の顔を睨み付けるように見つめると言った。
「・・・貴方は・・・副社長の奥様を連れて何処かへ行かれたのですね。」
「ええ。そうですよ。一緒にイタリアンのお店へ行ってきました。」
「京極さん・・・!そ、それは・・動物病院に2人で出かけたからですよね?そんな言い方は・・・。」
それでは琢磨に・・・自分と京極の中を疑われてしまう。そうなれば・・・当然翔にその話が伝わってしまい・・・最初の契約と違うと責められる事に・・・!
朱莉はギュッと手を握り締めると俯いた。
「朱莉さん・・・それでは僕は車を戻してきます。今夜は楽しかったです。有難うございました。」
そして再び京極は車に乗り込むと駐車場へと向かった。
後に残されたのは朱莉と琢磨。
「あの・・・九条さん・・。」
言いかけて、朱莉は琢磨の顔を見てハッとした。
そこには今迄見た事も無いくらい、悲し気な琢磨の顔があったからだ。
「九条さん・・・?何か・・あったのですか?」
朱莉は心配になり声を掛けると、一瞬琢磨は俯き、次に笑顔になると朱莉に紙袋押し付けてきた。
「え・・?これは・・?」
「朱莉さん、この間のバレンタインのお返しだよ。受け取ってくれ。それじゃ俺はこれで帰るから。」
琢磨の言葉に朱莉は驚いた。
「え?まさか・・九条さん。ひょっとして私を待っていたのですか?!」
すると琢磨は寂しげに笑うと言った。
「お休み、朱莉さん。」
そして、踵を返すと足早にその場を去って行った。
「九条さん・・・。」
朱莉はその後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた—。
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