2-12 明日香の思惑 その④ 

 明日香と翔がホテルのシャワールームを借りて出て来るのを朱莉はホテルのラウンジで大人しく待っていた。

このホテルは水上ヴィラだけあって、訪れている客は全てカップルだらけである。


(他の人達から見たら・・私達って完全におかしな組み合わせって思われてしまうんだろうな・・・。)

朱莉は心の中で小さなため息をついた。


何気なくスマホを手に取ったその時、朱莉はメッセージが入っている事に気が付いた。

開いて見ると2件メッセージが入っており、1件はエミ、そしてもう1件は琢磨からであった。


(え・・?九条さんが・・・?どうしたんだろう?何かあったのかな?)


わざわざ琢磨から、メッセージが入るなんて・・・何か急ぎの用事なのかもしれない。

そこで朱莉は先に琢磨のメッセージから読むことにした。



『こんにちは、朱莉さん。御加減はいかがでしょうか?こちらから紹介させて頂きました現地ガイドの女性から体調を崩されたと連絡を受けました。その後のお身体の具合はいかがでしょうか?何かお困りの事があればいつでも連絡を下さい。出来る限り対処させて頂きます。』


「九条さん・・・相変わらず、真面目な人だな・・・。取りあえず、返信しておかないと。」


『こんにちは。お陰様で体調は殆ど良くなりました。今は明日香さんと翔さんに誘われて、モルディブの島めぐりをしています。これから水上ヴィラのレストランで食事をするところです。気に掛けて頂いて本当にありがとうござます。』


メッセージを打ち込んで、送信すると今度はエミからのメッセージを開いた。


『アカリ、どう具合は?楽しんでる?明日はアカリの為にとびきりのガイドをしてあげるから楽しみにしていてね。返信はしなくて大丈夫よ。ただ、都合が悪くなった時には連絡いれてね。』


「エミさん・・。」


朱莉はギュッとスマホを握りしめて思った。明日香と翔の側にいるのは辛いけど、自分は周りの人々に恵まれているな・・・と。


それからさらに10分程待っていると、明日香と翔が腕を組みながらこちらへ戻って来る姿が目に入った。2人仲良く腕組みをして歩く姿は正に美男美女の誰が見てもお似合いのカップルそのものである。



「お待たせ、朱莉さん。」


明日香はすっかりご機嫌な様子で朱莉に声を掛けてきた。


「すまない、待たせたね。」


翔も言いながらソファに座るが、そこには何の感情も伴ってはいない。


「ああ、そうだ。朱莉さん!素晴らしい話があるのよ?何と、今夜はこの水上ヴィラに泊れることになったの。凄いでしょう?」


明日香はソファに座ると嬉しそうに言う。


「そうなんですか?それで・・・私はどうしたら良いでしょう?ホテルまで送って頂けるのでしょうか?」


恐らく水上ヴィラに泊るのは明日香と翔の2人だけだと思っていた朱莉は尋ねた。幾ら何でも野宿だけは避けたいし、かといって2人の部屋に泊る訳にはいかないだろう。

すると、それまで無反応だった翔が初めて反応した。


「何言ってるんだ?朱莉さん。君もここに泊るに決まっているだろう?」


半ば何処か苛立ちを覚えるかのような声を上げる翔に朱莉はビクリとなった。


「どうしたのよ、翔。そんな声を上げたら朱莉さんが驚くじゃないの。」


明日香は何処か咎めるような言い方で翔を窘める。


「あ、ああ・・・。すまなかった。別に・・・怒って言った訳では・・・。」


翔は溜息をつくと朱莉から視線を逸らす。そんな翔を朱莉は悲しそうに見つめるが、すぐに2人に言った。


「わざわざ私の分のお部屋まで手配して頂いてありがとうございます。こんな素敵なホテルに泊まれるなんて、まるで夢みたいです。ここに来れて・・・本当に良かったです。」


朱莉は最後の方は消えいりそうな声でお礼を述べた。


「まあ、ついでだから気にしないで。たまたま2部屋取れたのよ。私たちの部屋とは少し離れてるけど・・まあ行き来する事は無いだろうから別に構わないわよね?」


行き来する事は無い・・・。わざわざ明日香がその部分を強調した事に朱莉は気付いたが、心を無にして、気にしない素振りを見せる。

そんな明日香と朱莉の様子を横目で見ながら翔は思った。


(明日香・・・何故わざわざ余計な言葉を付け足すのだろう・・?それ程までに朱莉さんが憎いのか?だが、ここで俺が口を挟めば、明日香の機嫌が悪くなって、朱莉さんを余計辛い目に遭わせてしまうかもしれないし・・。彼女自身を守る為にも、俺は一切口を挟んではいけないんだ・・。)


翔は自分の考えを正当化させる為に、自分は傍観者になろうと決めた。



「ねえ。それじゃそろそろ食事に行きましょうよ。このホテルは一流シェフがいるレストランとしてガイドブックにものるくらい有名なんだから。」


今ではすっかり2人を仕切る明日香に朱莉と翔は従って立ち上がった。

前を歩く2人の背中を見つめながら、朱莉は心の中で溜息をついた。


(どうしよう・・・泊りになるとは思わなかったから、着替えも何も持ってきていないのだけど・・。後で明日香さんに相談してみようかな・・・?)


しかし、後にこの件で朱莉は酷く心を傷つけられる事になるのだった—。



ホテルの中のレストランはビュッフェスタイルで、どれもが絶品の味だった。

特に朱莉が気に入ったのは色々な食材を自分でトッピングして食べるヌードルだった。

ボイルしたエビやイカ、タコ・・・それにワンタン・・組み合わせ自在で、麺の歯ごたえも朱莉の好みだった。

食事をしながらチラリと自分の向かい側に隣同士で座る明日香と翔の様子に目を配る。

明日香はまるで新婚の新妻の如く、時折フォークに刺した料理を翔の口に入れて楽しそうに笑っている。そしてそんな明日香を愛おし気に見つめる翔の瞳・・・。


駄目よ、朱莉・・・。あの人達を意識しちゃ・・・。私のこの気持ちを2人にだけは絶対に知られちゃいけないのだから・・・っ!

朱莉は自分の存在を消す様に静かに、黙々と食事を口に運んだ。



食事終了後、翔が席を外した時に明日香が尋ねて来た。


「ねえ、朱莉さん。私と翔は島の散歩に行って来るけど、貴女はどうするの?」


「え・・?私ですか・・・?」


本当は朱莉もこの素敵な島の散歩をしてみたいと思ったが、そんな事は口に出せるはずもない。いっそ、自分に声を掛けないでくれていたら、時間をずらし散歩に行く事が出来たのに・・・。


朱莉は一瞬、ギュッと口を結ぶと言った。


「私は部屋で休んでいます。それで・・・お聞きしたい事があるのですが・・・私、何も着替えとか用意していないのいですが・・明日香さんは着替え持って来ているのですか?」


「ええ、一応持って来てるわ。あ・・・そうだったわね。ごめんなさい、朱莉さん。突然誘ったから着替えの準備をしていなかったのよね?」


「はい・・。でも1泊だけなら・・着替え無くても大丈夫です。」


「あ、大丈夫よ!私の服を貸してあげるから。予備に持って来ているのよ。それに新品の下着もあるから、貴女にあげるわ。見た所・・・私とサイズ的にそう変わらないように見えるしね。」


明日香は朱莉の身体をジロジロ見ながら言う。


「え?いいのですか?でも迷惑では・・。」


「何言ってるの?それぐらい私に取ってはどうってことないわ。そうね・・・今夜10時に私達のヴィラに服と下着を取りに来てくれるかしら?鞄に入れて部屋の入口においておくから。」


明日香は顎に手をやりながら朱莉に言った。


「はい、ありがとうございます。」



朱莉は深々と頭を下げた・・・。



夜の帳が下りて、すっかり辺りが暗くなり、ヴィラがオレンジ色の明かりに包まれる頃・・・朱莉は自分が宿泊している水上ヴィラを出た。確か明日香と翔が宿泊している部屋は自分の部屋から右側の3軒先の部屋である。

本当はこんな時間に部屋を訪れるのは迷惑なのかもしれないが、明日香にこの時間を指定されたのでやむを得ない。


しかし、部屋を訪れる際に明日香から1つ言われている事があった。


翔が眠ってるかもしれないから、静かに部屋に入ってきてね・・・と。




「え・・・と、確か108号室って聞かされていたけど・・・あ、この部屋かな?」


朱莉は言われた通りにそっと部屋のドアを開け、中に入り・・・異変に気付いた。



部屋の奥でシーツの衣擦れの音がする。

そしてそれに混じって男女の荒い息遣い・・・・・

「!」


それらを耳にして、朱莉の身体が凍り付きそうになった。

翔と明日香の情事の声である。朱莉はその真っ最中に2人の部屋へ入ってきてしまったのだ。


オレンジ色のボンヤリと照らされた部屋の中でうごめく2人の姿。

そして明日香が翔の腕の中でこちらを見た。一瞬、明日香と朱莉の視線がぶつかる。


「・・・・・。」


朱莉は無言で後ろに下がると、後ろ手に部屋のドアを開けて外に出ると一目散に自分の部屋へ走り込んだ。

そしてベッドに飛び込むと枕に顔を押し付けて、肩を震わせるといつまでも・・涙が枯れるまで嗚咽し続けた—。











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