2-3 頼れない相手

 翌朝―


朱莉はスマホを握りしめ、重い足取りでパスポートセンターを出てため息をついた。どうせモルディブへ行くなら・・・いっそ一人で行きたかった。

密かに朱莉は心の中で期待していた。この時期だから航空券等取れるとは思っていなかったのに・・。


 結局、昨日朱里は明日香に説得されてやむを得ずモルディブへ行く事を承諾させられてしまったのだ。

午前中の内にパスポートセンターに行って発行手続きを済ませれてくるように言われた朱莉は憂鬱な気持ちのまま手続きを済ませてきた。

そしてその帰り道、明日香からモルディブへ行く飛行機の手配とホテルも予約することが出来たので必ず一緒に行くようにとのメッセージが送られてきたのだ。


 翔からは現地に着いたら自由行動をして構わないと言われているが、英語もフランス語も話せないような自分が一人で行動する事等出来るのだろうか?

現地のガイドを雇う事は可能だろうか?明日香に頼んでもそれ位一人でやりなさいと言われそうだし、翔に頼めば恐らく明日香に知れてしまうだろう。それに明日香の手前、翔に直接頼みごとをするのは良くない事をしている気分になってしまう。

そうなると、思い浮かぶ相手は1人しかいなかった。

九条琢磨―。

彼にお願いしてみよう・・・・。




 着信音と共に、琢磨のスマホにメッセージが届いた。いつものように翔のオフィスで仕事をしていた手を止めて、スマホに目を通した琢磨は驚いた。

え?朱莉さん・・・?一体何故突然自分のスマホにメッセージを送ってきたんだ・・?

思えば朱莉とのメッセージのやり取りはPC設置の時以来・・・実に3カ月ぶりだった。

琢磨は翔の様子を伺った。

広々としたデスクの上に何台ものPCを並べ、画面を食い入るように見ている翔にスマホでメッセージが届いた様子はうかがえない。

と言う事は翔には連絡せずに直接自分にメッセージを送ってきた事になる。

朱莉さん・・・何か困ったこ事でもあったのだろうか?翔にも相談出来ないような何かが・・・?


琢磨は翔に気づかれないように背中を向けるとメッセージを開いた。


『お久しぶりです、九条さん。お忙しいところ、メッセージを送ってしまい、申し訳ございません。実はハネムーンと言う事で翔さんと明日香さんとの3人でモルディブへ行く事が決定しました。ただ、現地に着いたら自由に行動してよいと言われたのですが、英語もフランス語も話せないので、困っております。現地で日本語を話せるガイドの方をお願いしたのですが、私では方法が分からず困っております。恐れ入りますが、ガイドの探し方や、手配方法を教えて頂けないでしょうか?できれば今週中にお返事を頂けると幸いです。どうぞよろしくお願い致します。』


琢磨はそのメッセージを読んで、再び明日香と翔に対して怒りが込み上げてきた。

恐らく本当は自分にではなく、翔に頼むべきことは朱莉には分かっているはずだ。

しかし、翔に頼めば自然と明日香の耳に入ることになってしまう。

あの意地悪な明日香の事だ。ガイド探し位人を頼らずに自分で探せと言ってくるに違いない。だから朱莉さんは自分に頼んできたのだ。

本当なら翔に一言、物申してやりたい。だが、そんな事をすれば朱里がガイド探しを自分に頼んできたことがばれてしまう。

くそっ!こんな・・・結婚してまだ3カ月しか経過していないのに、もう彼女を困らせやがって・・・!

琢磨は内心の苛立ちを抑え、すぐにPCを自分の前に持ってくると慣れた手つきで操作を始めた―。



「翔、取引先に顔を出してくる。1時間ばかり席を外すからよろしくな。」


突如声を掛けられた翔はPCから顔を上げて琢磨を見上げた。


「取引先・・・?一体何所の?」


「川崎ネットプリントだ。・・・依頼していた商品パッケージのサンプルが出来上がったらしいから見に行ってくる。」


「何もそれくらいの事・・・お前が行かなくても良くないか?第一画像を確認するだけでもいいんじゃないか?」


翔は背もたれに寄りかかりながら言った。


「いや、こういうのは直接目で見て確認してこないとな。それにこの話は俺が最初に持ってきた話だから、自分で確認しておきたいんだよ。」


琢磨の言葉に翔は頷いた。


「ああ・・分かったよ。それじゃ頼む。」


「行ってくる。」


手短に言うと、琢磨はオフィスを出て足早に観光会社へと向かった―。



その日の夕方。


朱莉がPCに向かってレポートを書いていると、スマホがなった。そして手に取り朱里はアッと思った。相手は琢磨からだったのだ。


「九条さん・・・忙しい人だから今日中に連絡が来るとは思わなかったけど・・・。それとも断りのメッセージなのかな?」


若干の不安な気持ちを抱えつつ、朱莉はメッセージを開いた。



『朱莉様。お返事が遅くなりまして、申し訳ございませんでした。本日、日本の代理店より現地のツアーコンダクターと連絡が取れました。その人物は現地在住12年目の日本人女性です。8/18~25日まで現地案内及び、通訳をお願いしました。料金はもう支払い済みですのでご心配なさらずにモルディブでの観光をお楽しみ下さい。

滞在するホテル名が分かり次第、また私に連絡を下さい。どうぞよろしくお願い致します。

PS:副社長には内緒で手配しましたので、ご安心下さい。』


九条さん・・・・・。

久しぶりに誰かに親切にしてもらって、朱莉は目頭が熱くなるのを感じた。

本来ならこのような事は翔に頼むべきなのに、頼みの綱の彼は明日香と通じ、彼に頼もうものなら全て明日香に筒抜けになってしまう。

頼りたい相手に頼ることが出来ないと言う事が、こんなにも自分を不安定な気持ちにさせてしまうなんて・・・。

でも・・・・朱莉は思った。


「誰かに頼らなくても、1人で何でも出来るような人間にならなくてはいけないって事だよね?だって・・・翔さんと明日香さんとの間に赤ちゃん生まれたら・・・私が一人で育てていかないとならないんだから・・・。もっと、もっと強い人間にならないとね。そうだ、明日香さんに・・・どこのホテルに泊まるのか聞いておかなくちゃね。」


そして朱莉は明日香にメッセージを送った―。




「翔、朱莉さん・・・パスポート取得してきたわよ。」


会社から帰宅してきた翔にしなだれかかるように明日香が言った。


「そうか。でも良かったよ。彼女が行く気になってくれて・・・これも明日香のおかげだな。ありがとう。」

内心、複雑な気持ちを抱えつつも翔は明日香にお礼を述べた。


「いえ、どう致しまして。飛行機も無事とれたしね。やっぱりVIP扱いされていると、便利よね。私たちと同じ飛行機に搭乗する事が出来たから。


「そうか、彼女もファーストクラスに乗るのか?」


翔の言葉に明日香は眉を潜めた。


「え?何言ってるのよ、翔。彼女はエコノミークラスに決まっているでしょう?」


「え・・・?朱莉さんだけエコノミーに乗せるのか?・・・俺達だけファーストクラスなんて・・・何だか気が引けるんだが・・・。」


「あら、だってこのファーストクラスは私が手配したわけじゃないのよ?おじいちゃんが用意したんだから。朱莉さんだけエコノミーなんて言い方しなくたっていいじゃない。まるで私が彼女に意地悪しているみたいじゃないのよっ!」


声を荒げる明日香に翔は優しく言った。


「いいや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。悪かったよ、明日香。彼女がモルディブ行きを決めてくれたのは明日香のおかげだよ。本当に感謝している。ありがとう。それで・・ホテルはどうなったんだ?」


「ええ、大丈夫。ホテルも一緒よ。ただ、朱莉さんは本館は空き部屋が無かったから別館に泊まるけどね。もう朱莉さんには伝えてあるから。」


「そうか、別館か・・・。」


そういいながら、翔は素早くあのホテルのHPに記載してあった内容を思い出す。

・・・確か本館と別館では設備内容に大きく差がついていたはずだ。

本当に本館に空き部屋が無かったのだろうか・・・?

翔の頭の中に琢磨の言葉が蘇ってきた。


『明日香ちゃんの目的はな・・・朱莉さんを傷付ける事だけだ!』


明日香・・・お前・・・本当にそんな事考えているのか―?










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