顧客リスト№59 『巨大昆虫のムシムシダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
今日の訪問場所は、鬱蒼とした森の中。それでいて……。
「なんか、蒸し蒸ししますね……。汗びっちょりです…」
スーツの上着をパタパタさせて、できるだけ対処しようと頑張ってるけど…ダメ。この全身に纏わりつくような蒸し具合からは逃げられない。
このままだと、シャツが透けちゃいそう。そこそこ不快な感じだし、魔法で対策したい……。
―そう思っていると、抱っこしている社長が私のボタンをちょいちょいと外してくれた。
「そりゃねぇ。ここ、虫が暮らしやすい温度湿度だもの! ほら、上着預かるわよ」
――ということで。今回の依頼場所は『ムシムシダンジョン』。その名の通り、蒸し蒸ししている虫の楽園。
一部の虫嫌いの人は悲鳴をあげて逃げそうだが…社長も私も、別段虫嫌いではない。
だって、我が社には
……まあただ…前に訪問した『ハチの巣ダンジョン』のときみたいに、流石に何百匹以上の虫が頭の真上を跳び回るのはちょっとビビっちゃうけども…。そんなことは滅多にない。
虫が怖がられる理由には、『言う事を聞いてくれない』というのが大きいと思う。もしブンブン飛び回っている虫に『こっちこないで』と命令できるのなら、怖がる人はかなり減るはず。
その点に関しては、我が社の虫ミミックたちにはしっかり教育できている。そしてここのダンジョンの虫たちにも、しっかりお達しが回っているらしい。
なにせさっきから、一部の虫が興味深そうに周りを飛んでいるだけ。襲ってくることも、耳を掠めることもない。
そうなると、虫たちは一転して可愛い存在に。色とりどりの蝶が羽ばたいているのとか、とても綺麗である。
……因みに、これは私の話。社長はなんかまた変な遊びしている。
何かと言うと…伸ばした触手の先を止まり木として、虫たちを集めて遊んでいるのだ。しかも頭にもタマムシとかが何匹か乗っかっている。髪飾りや冠に見えなくも……ない?
まるで見た目は虫を愛ずる姫君、というべきだろうか。随分お転婆気質なお姫様なことで。
さて、一目見ればわかるぐらいに多種多様な虫が集うこのダンジョン。しかしここの主たちは、あの小さい子達ではない。
では、どんな魔物か。それは――。 私達の足元、もとい、今
黒曜石のように深い黒、しかしそれでいて照るような赤みも窺える、金属のような光沢をもつ装甲。
……いや、装甲ではあるが、鎧とかではない。これは、羽。虫の羽。その証拠に、のしりのしりと進んでくれている進行方向へ目を移すと―。
そこには豪槍の如き鋭さを持つ、変わった形の巨大な角が突き出すように。もうおわかりだろうか。
この虫は『巨大カブトムシ』。このダンジョンの主達は、彼のような『巨大昆虫』なのである。
なにせ魔物、巨大でもおかしくはない。他にも巨大セミや巨大ガとかも見かけた。
向こうには巨大ムカデとか巨大ミミズとか巨大テントウムシとか。あっちには巨大カマキリもいる。決して妄想の産物とかではない。
更にあそこには、巨大なアリとかクモとか…。……それぞれ金色と銀色の…。なんか凄く強そう……。酸とかサンダーとか吐きそう……。
いくら虫嫌いでも、人を乗せられるこれぐらい大きければ怖さは半減……え、寧ろ怖い?別の怖さが生まれた? まあ…うん…そうかも……。
そんな風にカブトムシの背に揺られながら、ちょっと小人になった気分で冒険者による被害と依頼内容について説明するとしよう。
とはいえ事は単純。このダンジョンには虫が豊富。それはつまり…『虫素材』が豊富ということでもあるのだ。
虫の素材と言うのは、一個一個は小さくとも高性能なものが多い。甲虫なら堅牢な鎧や武器に、蝶ならば美しき魔法アクセサリに、毒持ちは妙薬呪薬に……などなど。
そうでなくとも工芸品の装飾に羽を大量に使われたり、綺麗な個体を標本にしたり、とんでもない時には特殊な力を通すマフラーの素材にしたりと、使用先に事欠かないのである。
特にここには、魔法を弾き返す『ミラービートル』や、幸運を引き寄せると言われる『レインボースカラベ』、そのまま毒武器へと加工できる針を持つ『キラースピアスホーネット』。
竜のように飛び、火すら吐く『ドラゴン・フライ』、超…もとい聴能力判定に使われる『チェックモスキート』、運命すら変えると謳われる『エフェクトバタフライ』とかとか、超がつくほどにレアな虫が集っている様子。
そして、私が今乗せて貰っているこのカブトムシを始めとした巨大昆虫は更に狙われる。なにせこの前羽一枚で、ドラゴンのブレスすら凌げる最高級防具が幾つか作れてしまうほどの代物なのだから。
故に冒険者達は、虫取り網と剣というおかしな組み合わせを手に、子供らしさの一切無い金にくらんだ血走った眼で虫取りに来るらしいのである。
――とは言えども、虫を舐めてはいけない。普段の日常を思い返して欲しい。彼ら、気づかぬうちに肌を噛んできたり、血を吸ってきたりするではないか。
そんなことをできる存在が、冒険者相手に後れをとるわけがない。小ささを活かし翻弄することができるし、人海戦術ならぬ虫海戦術で攻めることもできる。
そして巨大な虫たちは、その体躯と自慢の
まあその通り。しっかり対策してきている相手ならいざ知らず、ちょっと金儲けがてらやって来た輩なんて木の葉の如く吹っ飛ばせるらしい。
……因みに、その『対策』というのは…。虫よけスプレーとかのこと。あれを撒かれると動きにくく、塗った相手には攻め辛いらしい。
とはいえ広い森の中であり、中には突風を起こせる虫とかもいるので…そんなに効果は持続しない様子。
『殺虫剤を撒けば無双可能!』とか、そんな虫のいい話はないということで。
そしてそして。ここはダンジョン。ということは……そう。先程も話に出た、『虫型ミミック』も多数生息しているのである。
どうやら同族の匂い?を感じ取って気になったらしく、先程からちょこちょこ姿を見せてくれている。中には、社長の触手に乗っかり楽しそうにしている子も。
ほとんどの子が赤や青、緑という毒々しい色をしているのだが…それでも、多種多様な虫の中に紛れると案外目立たない。これならば容易く冒険者に不意打ちを与えることができるだろう。
つまり―。このダンジョン、私達が手を貸すまでもなく、防衛がしっかりしているということ。…だというのに、依頼が来たのだ。
当然、ミミック派遣のである。我が社に入りたいという届け出とかではない。 では、なんでかと言うと――。
(そろそろ到着するでな。そのまま吾輩の背から落ちんようになぁ)
―――今の、聞こえたであろうか。頭の中に直接響いたお爺ちゃんみたいな声。幻聴…―。
「はーい! でもゆっくり歩いてくださってますし、全然大丈夫ですよ~!」
いいや、勿論幻聴ではない。社長もそう返事したのだから。そして、その声の主は――。
(そうかそうか! 吾輩は六本脚だし、二本脚のお嬢さん方に比べれば安定してるのかもなぁ)
「まあ私、箱移動なんで足ほとんど使わないんですけどね~!」
(ムッシャッシャ! それは確かになぁ!)
――皆さんの想像の通り。社長が話している相手は、今乗らせて貰っている巨大カブトムシ。『ブンブン』さんである。
……いや、正しくは名前を持っていないから、私が勝手につけさせてもらったのだけど。ブンブンと巨大な羽を震わせ現れたから…。
…安直だったかも…。でもこんなに大きければ、ハエと間違えられて叩き落される心配はないし…。
……何の話しているのかって?なんの話なんでしょう…? なんか、頭に浮かんできて…。
うーん…。おとなもこどももおねーさんも、はてなマークが浮かんでそうな気がする……。
えっと、話を戻してと。 ブンブンさんを始めとした巨大昆虫は、とても長生き。そして中には、『特殊技』を得るものがいるらしい。
ブンブンさんが会得した能力は、なんと
最も、虫同士ではそれを用いずとも意思疎通できるため…あんまり使わない能力みたい。それで冒険者に語り掛けても基本虫…じゃない、無視されるらしいし……。
ただ、サイコキネシスなんて凄い能力。だからこそ彼はバトルを勝ち抜き、当代の王者として君臨して……。
…………勝負?バトル勝ち抜き?王者? 聞き慣れぬ単語がいっぱい出てきた? それは失礼を。
けど、それが今回の依頼の理由。この先にあるのは――。
ブゥウウンッ ブゥウウウンッッ ブブブゥンッッ
――聞こえてきたのは、まるで歓声のような虫の羽音群。それと同時に、視界は急に開ける。
そこにあったのは、超巨大樹の切り株。家すら簡単に建てられるほどに大きなそこには、ブンブンさんと同じような巨大昆虫が二匹、向かい合っている。
そしてその超巨大切り株を中心とし、周りは大小様々の切り株や丸太が囲んでいる。そこには、様々な虫が観客のように止まったり飛んだり。
そう…真ん中は試合ステージ、周りは観客席。つまりここは、『闘技場』なのである。
何のための? それは当然……昆虫の中の王者、即ち虫の王、『ムシキ…――
……これ以上は割愛を…。…なんか、アウトな気がする……。
あと、正しくは『昆虫』表記じゃない気がするし……。
コホン。もう少し詳しく…ちょっと避けて…お伝えしよう。
虫たちはよく闘う存在。例えば、樹液争奪とかが有名であろう。 実際、私達が通ってきた道でも、虫同士が闘っているのを見た。
そしてそれは、ブンブンさんのような巨大昆虫も同じ。ただ、老練なる彼らは理性的。巨体で下手に暴れると森を壊してしまうことを知っている。
けど、時には闘う必要があるし、闘いたい気分になることもある。そのために用意されたのが、この闘技場らしい。
ルールは小さい虫たちと一緒。ナワバリ…つまり
ドゴォオオンッッッ!
「わー!アスト見て見て! 凄いわよ! ダゲキわざをすり抜けて、ナゲわざが決まってる!」
一際大きな衝撃音と、社長の歓声。みると、片方の巨大虫がもう片方を弾き上げて…落下の瞬間を捕え、大車輪の如く回転して…切り株へと叩きつけてる!!
そう、本来虫同士ではありえぬ…というか明らかにトンデモな技を、巨大昆虫たちは繰り出すのである。その迫力、まさに必殺の一撃。
この闘いを観戦するため、あるいは参加するために虫たちがかなり集まってしまい、その時のみは警戒が手薄になってしまう。
その隙に虫取り冒険者達によって密猟されると被害甚大。今回の派遣依頼はその対策として、統制の取れた我が社の子たちを派遣して欲しいということなのである。
まあこのダンジョンの様子なら、派遣に何の問題も……。…あれ?社長? いつの間にか腕の中から消えてる…!?
「私も参加しまーす! 激闘!乱入バトル!」
って、えぇ!? いつの間にか闘いに参戦してるし! ご丁寧に木の枝で作った角を頭につけて!
「い、良いんですか?」
(構わんでな。寧ろ、冒険者達がああやって挑んで来る場合は、吾輩たちは歓迎しとるでなぁ!)
ブンブンさんも楽しそうな様子。そしてそうこうしているうちに…。
「バトルぅ…スタート!」
始まっちゃった…! 社長の相手は…見るからに鋭い鋏を持った巨大クワガタ……!
対する社長はどんな手で……。えっ…!
「目には目を歯には歯を! 鋏には鋏を!」
手を触手にして大きく広げて…! 巨大クワガタに対抗するように、鋏の形にしてる! それで…―。
「のこったのこった!」
そのままクワガタの鋏とがっぷり四つ。相手クワガタは最初驚いている様子だったが、すぐに不敵な笑み(多分)を浮かべ―。
「きゃー!」
力いっぱいに社長を振りほどき、次の瞬間―!
「わっ!? 煙幕!?」
嘘…!? 巨大クワガタが煙を起こして…姿を消した!? なっ…いつの間に真後ろに…!神速…! 社長、危な…!
「あっと、捕まっちゃった!」
私が声をあげる前に、社長の箱がクワガタの鋏にガチンと。そしてそのまま空中に飛び上がられ…錐もみ回転でステージに叩きつけられた!!?
「――ひゅ~! 見事なハサミわざ! 普通の
…あ、流石の社長。ピンピンしてる。驚いている様子の巨大クワガタの隙を突き…。
「そっちがチョキなら、私はグーで! とりゃりゃりゃりゃ!!!」
今度は百本ほどに変えた触手で、ヒャクレツパンチパンチパンチ! 巨大クワガタは対応できず吹っ飛ばされぇ……場外!
ブゥウウンッ ブゥウウウンッッ ブブブゥンッッ!
(ムシャシャ! 吾輩のライバルをああも簡単にとは! やるでなぁ!)
再度歓声のような羽ばたき群と、ブンブンさんの楽しそうな声(?)。 すると彼、ちょっと背中を揺らして…。
(ちょいと吾輩も、嬢ちゃんとこの社長嬢ちゃんと一戦交えさせて貰うでな!)
私を降ろすと、巨大で黒赤の硬羽をバサリとブンブンと。空気を雄々しく揺らし飛び上がり、ステージへズシンと舞い降りた。
(さあ嬢ちゃん! 今度は吾輩が乱入でな! 王者と呼ばれた吾輩に勝てるかぁ!)
「望むところです!」
対する社長も、触手の形をカブトムシの角のように。なんかやけに格好いい…コーカサス感がある形に。
(ムシャシャ…! 吾輩も全力で闘うとしよう。我が『究極必殺わざ』、受けるが良い!)
「こっちだって、簡単には負けませんよ~!! いざ…バトルぅ…スタート!!」
「いやー! 手に汗握る闘いでしたね! 凄かったです!」
「ふふっ! アストったら、手に汗どころか全身汗まみれじゃない。 シャツが透け透け一歩手前よ」
(ムシャシャ! そこまで白熱してくれると、吾輩たち冥利につきるでな!)
あっ…。社長に指摘され、今更気づいた…。そういえば不快軽減魔法だけで、他の対策し忘れてた…。
とはいっても、もう遅いかも。なんやかんやで闘いも契約も纏まり、もう帰り際なのだから。 そしてまたもブンブンさんの背に乗せてもらい、出口まで向かっている最中。
因みに、勝負の結果は――。
(しっかし、惜しかったでなぁ。まさか引き分けとは)
「同時に場外落ちしちゃいましたね~。『あいこやぶり』とか『必殺ふうじ』とか覚えてたら…!」
――ということで、相打ち。まあ双方どこまで本気の闘いだったかはわかんないけど。
……ただブンブンさん、必殺の一撃だけじゃなく、竜巻を作り出したり隕石落としたりでとんでもなかった。サイコキネシス使いこなしてる……。
そしてその中を躱し弾きで無傷のまま突破していく社長もえげつなかった…。
場外ルールが無ければどうなってたことやら。もはや昆虫バトルとはかけ離れたナニカである。
「ところで!そのお力、森の中では…特に冒険者相手には案外使いづらいんじゃありませんか?」
(その通りでなぁ。吾輩だけじゃなく、巨体の仲間は大体困ってるでな)
「なら、面白い手段があるんです! ごにょごにょ…」
そんな中、何か思いついたのか、ブンブンさんに耳打ち(?)をする社長。すると―。
(そりゃあ良いでな! 寄生じゃなく、共生みたいになるのが特に!)
私にはよくわからないけど…嬉しそうなブンブンさん。多分、巨大昆虫たちの護衛をする話だとは思うのだけど…。
――まあそれは社長に任せちゃおう。私は今のうちに、汗を何とかする魔法を…。
…………そういえば……。
「…社長、私の背中、どうなってます? なんかやけにくすぐったい気が…」
「んーどれどれ?」
実はちょっと前から、背中がこそばゆかったのだ。ただ周囲の湿気具合と試合の興奮による上気、不快軽減魔法のおかげであんまり気になってなかったのだけど。
ということで、今更ながら社長に見てもらうことに――。
「わっ! ふふふっ! あははははっ!! すごっ!」
――へ? 聞こえてきたのは、社長の大爆笑。たまらずどういうことか聞くと…。
「なんで気づいてないのよアスト! あなたの背中と羽、カブトムシとかクワガタとかカナブンとか、いっぱい止まってるわよ!」
「え゛。 えっちょっ!? ほ、ほんとですか!?」
「ほんとよ、ほんと。ほら!」
社長は笑いながら、ひょいっと背中から触手を伸ばしてくる。するとその先には…羽が黄色で凄く大きい角のヘラクレス的なカブトムシが…!
「他にも色々くっついてるわよ~! ナワバリ争いまで始めちゃってる!」
「ひー!とって!とってくださいー!!」
慌てて懇願する私…! 虫は嫌いじゃないけど……背中にたっぷりくっついてるのを想像したらゾワゾワって…!!
「はいはーい。 みんな、お開きお開き~」
聞くが早いか、社長は虫たちを剥がして解き放っていく。うわぁ…結構ついてたみたい…。
「よし、これで全部ね」
背中や羽を念入りに撫で払って確認してくれた社長は、ポンポンと手を叩く。――と…。
「これ、あれよね。アストの汗を樹液と勘違いして寄ってきたということよね?」
「えぇ…? そうなんですか…?」
「あの調子だと多分。……アストの汗、美味しいのかしら。 …ぺろっ」
「ひぃんっ!? なにしてるんですか!? なんで首筋舐めたんですか!?」
「……イケるわね…。 フェロモンがムンムンムシムシって感じ!」
「そんな、
(なるほどなぁ。 フェロモンが出とるなら、チビの虫たちが寄ってくるのもわかるでなぁ)
ブンブンさんまでそんなことを…! あっちょ…だめぇっ…! 社長、蚊みたいに首を吸わないで…!! 痕残っちゃう…!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます