顧客リスト№57 『ヴァルキリーの競技場ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌


『On your mark...』



――準備合図の声と共に、私はスターティングブロックに足をかける。そして両手を、スタートラインの手前に。



所謂、『クラウンチングスタート』と呼ばれている手法。短距離を駆け抜けるため、蹴り、前へ飛び出すあの加速技である。




『Set...』



――用意合図の声と共に、姿勢を作る。体重を前へ寄せ、お尻を上げ、背筋を伸ばす。足の感覚も、問題なし。



全神経を集中させ、最後の合図を待つ。服…セパレート型ユニフォームから出ている肌に、チリチリとした『微かな痛み』を感じる。



首に、腕に、おへそに、背に、太ももに…。そして角に羽に尾に。あらゆるところに感じるそれは、照り付ける日光の強さか。



それとも、数秒足らず後に鳴り響くであろうスタート音への緊張か。 その感覚は心臓を大きく動かすものの、心地よさすら感じる。




しかし残念ながら、いつまでもそれを享受することはできない。 



時が、来た――。






 ギャリィンッッッ!!






――響き渡る、盾と槍がぶつかり合ったかのような衝撃音。これが、最後の合図。『走り出せ』の合図。



刹那、私の身を支配していた強張りは、霧散。そして…火薬に着火したかのように足に勢いをつけ―。




「っ―!」




――前へ。前へ。 垂れる汗、喉の渇き、周囲の景色…全てを一足ごとに、後ろに弾き飛ばすように。



何も考えないで、ただひたすらに。目に映るのは、近づいてくるゴールのみ。ただそれだけを、追い求めて…! 足を、動かす…!!





そして――――、とうとう――――、ゴールラインを―――越えっ…!!!






たっっっ――!!!








はぁ…はぁ…! さあ…結果は…! タイムは……!! 全力を出した…成果は……!














「うん! ふっつーーに遅いわね!」














「いや…無茶言わないでくださいよ…。私一応、事務メインの秘書なのに…」



息切れをしながら、計測をしてくれていた社長の元へ。お水を貰いつつ、そうツッコむ。



やってみろって言われからやってみたけども…。当然の結果だと思う。




そりゃあ社長と色んなダンジョン行って色々巻き込まれているし、我が社の厳しめ過酷訓練の手伝いとかもやっているけど……。



そんな程度じゃ無理無理。 基本デスクワークの私が好記録でるわけないじゃないですかぁ…。





まあでも確かに…走って汗をかいた後に冷たい水を浴びるように飲むってのは、『チョー気持ちいい』って感じだけれども。









あ、因みに社長も私とお揃いのセパレートユニフォーム姿。ただ何故か、『339』という数字が書かれたゼッケンをつけているけど。別にどこかの競技に出場するわけでもないのに。



――では、なんでこんな上下ユニフォームなのか、なんで短距離走をしていたのか。その理由をお話しよう。







ここのダンジョンの名は、『競技場ダンジョン』。人魔問わず、力ある者達が集い、競い合う場である。



かといって別に、コロシアム闘技場とかではない。様々な競技が開催されているのだ。




私が今やったみたいな短距離走を始めとして…長距離走、体操、格闘技、球技とかとか。



他にも砲丸投げやウェイトリフティング、フェンシングやアーチェリー、水泳やテニス、馬術やスケートボードなどなどなどなど……。



全部あげるとキリがないため、この辺りで割愛としよう。細かい試合内容、男女別々、魔法使用ありなしとかの分類を含めると、もっともっとあるし。





そんな競技種目の全てが出来るダンジョンのため、施設は屋内屋外なんでもござれ。しかも空間魔法で広々と。



勿論、練習しに来るのも遊びに来るのも観戦しに来るのもOK。ところどころにご飯の屋台もある。




また…何年に一度かだけど、大々的に大会を開催もする。その時はあらゆる選手観客が詰めかけ、鎬を削るのだ。私もその光景を中継で見たことが何度もある。




つまり、結構有名なダンジョンである。そして、その主は…―。









「良い走りでした、アスト様。 特にフォームは、軽く教示しただけでしたのに中々の仕上がりでしたよ」



ふわりと傍へ飛んできたのは、先程スタート合図を出してくれた女性。しかし、私達みたいなスポーツ着ではない。



胸当てや腕は、美しき意匠の鎧。腰当てからたなびくは、流麗なる柔衣。そして背には、天使のような翼。



そして頭に被った兜からも、小さくも雄々しい翼が。更に手には…槍と盾。




まるでこの場に相応しくないような、戦装束。 とはいえそれも当然。彼女達は『戦乙女』なのだから。




そう、彼女……『シグルリーヴァ』さんの種族名、それは『ヴァルキリー』である。











ヴァルキリー。またの名を『ワルキューレ』。戦乙女とも呼ばれる、とある大神に仕える存在。



また知られているように、彼女達は本来、戦場で死した勇士英傑達の魂へ声をかけ、ヴァルハラという館へと招致する役目を持つ。



なのになぜ、このようなダンジョンを営んでいるかというと…。





「そういえばシグルリーヴァさん! 最近、勇士たち…もとい、『メダリスト』たち、良い感じに集まってるみたいですね!」



「えぇ、ミミン様。 戦争が減った今世において、このダンジョンを用いた勇士集めは実に有効な手段ですので!」




―と、社長達が話している通り。実はこれも、ヴァルキリー達のお仕事なのである。









先にも述べた通り、ヴァルキリー達のお仕事は戦場で命を落とした者達を招くというもの。しかし転じれば、戦いが無ければお役御免状態なのである。



それはヴァルキリー達も、その主である神様達も避けたいところ。とはいえ、だからといって戦いを起こすわけにもいかない。



そんな事やったら魔王様も人間達も他の神々も絶対黙ってない。まさしく『終末戦争ラグナロク』開戦である。





ならばどうするか―。――戦いが無いならば、競わせればいいのである。







ということで考え出されたのがここ、競技場ダンジョン。腕自慢を集めて競わせて、勝利者…つまり勇士たちを選び出すのだ。



そしてその勇士には、ヴァルキリーの刻印が為されたメダルが渡される。これは参加者にとって最大級の栄誉となっているのだが…。実は裏事情が。




聞くところによると…メダルの授与主が天寿を全うした際、即座にヴァルキリー達が駆け付けてくるらしい。そして、『ヴァルハラに来ませんか?』という招致も。




そう、要はその『ヴァルキリーメダル』、タグ付箋のような役割を果たしているのである。『貴方は勇士です』とわかりやすくするための。



そうすれば、勇士が戦場に出ずに死んでもあら簡単。たちどころに本人を確保できるという訳である。





なおそのメダル、売ることも鋳つぶすこともできる。なにせヴァルキリー達が生成した貴重な金属なため、価格はえげつない。



因みに今回の派遣代金、メダル加工前のそれで支払ってくれるらしい。凄い。





…メダルの持ち主が別になっていたら、意味ないんじゃないかって? そこはご安心あれ。



そもそもメダル授与の時に、魂に契約を結びつけてあるらしく…問題なく貰った当人にヴァルキリー達が突撃&勧誘してくるとかなんとか。




……決して長い時間をかけた悪質勧誘とか言ってはいけない。一応断れるらしいし…。 そもそもそんなこと言ったら、ヴァルキリー達泣いちゃう。



…………ただ、断ったりすると、すっごく粘ってくるらしい。色々つけたり、チラシ渡したり、満足度グラフとか提示したりしてきて…。













コホン、話を戻して…。 血生臭い戦場で魂を搔き集めるよりも、こっちのほうがよっぽど楽で健康的。そんな理由で、ヴァルキリー達からもここは高評価。



中には、競技に参加しちゃう子達も。槍投げとかフェンシングとかはほぼ常連らしい。そして彼女達を打ち倒した場合、問答無用でメダル贈呈勇士みーつけたなのだとか。





更に更に、他の神々からも支持を得ているらしく、ちょこちょこ他の神様の姿を見かける。さらっといるから、案外気づかないぐらいに自然に。



つい先程、以前お邪魔した『レーシングダンジョン』の主、イダテン神様をお見かけした。今日は足での走りに来ているらしい。




そして向こうにいらっしゃる、選手たちを応援しているあの女神様。彼女、『ニケ神』という御方である。



…あんなTシャツハーフパンツ、そしてスニーカー姿の方、神様じゃないだろうって? だから自然に溶け込んでいるって言ったでしょう。



ほら、よく見なくとも背中にとんでもなく立派な御翼を湛えていらっしゃるし。言われてみれば、神様らしさがかなりあるはず。





…じゃあなんであんな俗っぽいお姿かって…? いやあれ、ニケ神様がご自分でデザインした服みたいで…。



しかもこのダンジョンに相応しい、スポーティーで通気性に優れた作りをした衣装。それ故に選手たちにも人気であり、ニケ神様も、皆に参加賞として配っているほど。



かくいう私達が今着ているこのユニフォームも、先程ニケ神様から頂いたもの。本当、着心地が良い。




そうそう。特徴として、ニケ神様の名が刺繍として刻まれていて…。確かここら辺に…。



あぁこれこれ! それのすぐ下には、チェックマークに似ているというか、ニケ神様の翼を軽く模したかのようなマークも…―。




へ? それ以上は言わない方が良い? なんで??













――まあ、そんな感じのダンジョンである。そしてそろそろ、例の『数年に一度の大会』が迫ってきているのだ。



えーと確か名称は…ヴァルキリーの名前と、彼女達が勇士を『選ぶpick』ということから、『ヴァルキリンピック』という名前だったはず。 



あ、でも…長いからってちょっと略されて『ヴァリンピック』という呼び名になっている。どこかでなんとなく聞いたことがある? 気のせいだと思う。





当然、その大会のマークもある。蜂蜜酒ミードの杯を五個並べ、上から見たとされる図が。 それはさながら、五つの輪のような……。



……やっぱり、どこかで見たことがあるって? だから多分勘違いだと思う。





そしてその大会開催時には、数多の神々から借り受けた『聖なる火』を用い、辺りを明るく照らし出すという演出も…………。



…………絶対どこかで行われているって?  うーん…。まあ、別の世界線とかでは似たのがあるかもしれない。










何を隠そうシグルリーヴァさん、他の世界線のヴァルキリー達が見える特殊能力を宿しているらしく…。実はこのダンジョンも、それらから得た知識から着想を得たらしい。



ダンジョン内を案内して貰いながら聞いてみたら、その事実を教えてくれた。そして中でも気になっている世界線があるらしく…。




「遠い遠い遠い別の世界線になりますが、私達ワルキューレは神と人類の一対一の闘いラグナロクを提言したとか。最もその世界は『終末』が迫り、かなり込み入った事情があるらしいのですが」




という話を教えてくれた。一応、このダンジョン作成の着想元になったらしい。そして他にも、参考にした世界線はあるらしく…―。ん?






 ゴォオオオオッッッ!





―わっ!?  なにか凄い轟音とともに、空を駆けていく影が…!? なにあれ…?



人…じゃない。魔物でもヴァルキリーでもない。もっと大きい、中型竜ぐらいのサイズ? そんな鉄の塊みたいなのが幾つか、飛んでいく。



しかも固そうな翼を翻し、雲を吐きながら…。おぉー! それで大会のマークを空を描いている…!



あれ?前に『風の谷ダンジョン』に派遣したミミック達の乗り物と、どこか似ているような…。





「わー! あれもしかして、『ブルーなんとか』ってやつですか?」



と、私の腕の中で歓声をあげる社長。なにか知ってるらしい。 しかしそれを聞いたシグルリーヴァさんは、微笑みながらも首を振った。



「惜しいですが、違います。あれは、私達『ヴァルキリー』の名を冠する飛行存在です。見ていただいた通り鳥のような姿ですが、可変することにより人型形態にもなることが可能なのです」



要はゴーレムのようなものだと思って頂ければ。 そう付け加えたシグルリーヴァさん。


私が空高くでキラッと光るそれらから目を離せないでいると、彼女は更に言葉を続けた。




「また、同じく私達の名を持つ音楽ユニットも結成しております。 大会を盛り上げてくれることでしょう」



「へー! それはまさに『るんぴか』ですね! …いえ、『ゾクゾク美』? それとも、『でかるちゃ』?」



……社長がまた、訳の分からないこと言ってる…。 あ、けどシグルリーヴァさんには通じているらしい…。手で何かのマーク作りあってるし…。











そんなことを話しつつ、様々な競技ステージを見学。と、頃合いを窺うようにシグルリーヴァさんが切り出してきた。



「ところで…ミミン様。ミミック派遣については、承諾を頂けますでしょうか…?」



「えぇ勿論!『大会のお手伝い及び、違反選手の確保役』でしたね! お任せください!」



彼女の頼みを、社長はにっこりと受諾。 そう言えば説明していなかったが…派遣依頼理由はそれである。




1つは、ヴァルキリー達の補佐。何分開催される競技はかなりの数で、やることも大量。



故にヴァルキリーや他神々の眷属、ボランティア参加者とかだけでは手が回らないこともしばしばらしい。





そしてもう一つの理由は…。悪い選手の取り締まりである。




魔法によるバフあり競技とかもあるのだが、勿論それが禁止の競技も沢山ある。しかし、それだというのにドーピングやズルをする者が一定数いるようなのだ。



隠れて薬を飲んで来ているとかなら、事前検査とかで結構弾けるみたいだけど…問題は、試合開始後に企む輩。



よーいドンの掛け声に合わせ身体を強化したり、使う道具に付与したり…。間近で見ればわかるかもしれないが、競技の都合上確認が難しいものもある。



ということで近くに潜んでいても邪魔にならず、バレることもほぼないミミックを見張り役に抜擢したい――。というのがシグルリーヴァさん達からの依頼であったのである。




その確認のために、各競技ステージを巡り、使う道具とかも確認させてもらった。後はその中に幾つか仕込むようにすれば…―。



「あー! 私、あれやってみたかったの! とぅっ!」



へっ!? 何かを見つけたらしい社長が、突然腕の中から飛び降りて…! どこ行くんですかー!?












道を滑るように何処かへと向かう社長を、私とシグルリーヴァさんは追いかける。着いた先にあったのは…。



「これは…『スケートボード』ですか?」



「はい。こちらは最近追加した競技になります」




そこに広がっていたのは、街中の階段や道路を模した競技場。そして、板に小さな車輪が幾つかついた代物に足をかけ滑り、技を競い合う選手たち。



「ミミン、行っきまーす!」



あ、その中に混じって、社長の姿が…。……スケートボードに箱を乗せて滑り出したのだけど…あれ、セーフなのだろうか…?




ともかくそのまま階段付近まで行って…おぉー!手すりにボードの端を乗っけて、グルグル横回転しながら滑り降りて…!



次の階段では普通に飛び出して…わぁ…!空中で華麗に縦一回転…! 更にもう一度跳ね、捻り加えの大技を…!



更には…! 自身とボードを全く別向きの高速回転をさせ、逆立ち式に綺麗に着地…! やりたい放題…!!





「これは…! 素晴らしい『ゴン攻め』のトリックです…!!」



シグルリーヴァさんは感嘆の声を上げ、周囲の参加者たちも絶賛の拍手を。



そんな中、社長はすいーっとスケートボードに乗りながら私の前に。輸送されてきたみたい。



「アスト、どうだった? 私のテクニック!」



「まさにスゴ技って感じでしたよ!流石社長です! ……まあ、ただ…」




…確かにとんでもなく凄かった。凄かったのだけども…。 言葉に迷う私だったが、それを見透かしたように、社長はにししと笑った。



「そうね! 私は普通に箱滑りしたほうが良いわね!」



……仰る通りで…。 だって社長、普段から箱で滑っているし、似たような技繰り出してるから…。




「ならば、次回以降『箱滑り』の競技を追加いたしましょうか?」



そこに、嬉々として提案してくるシグルリーヴァさん。いやいやいや…絶対競技人口は微々たるものになるし、間違いなくミミックがメダル総なめする結果しか見えない…。



というか…何かに『入って動かす』系の競技は、下手すればミミック最強とか有りうるかも……?








とりあえず、社長の『ミミックはあんまり目立っちゃいけませんから!』という意見もあり、その新種目の構想は一旦破棄。



「それは残念です…。 ではミミン様、こちらを差し上げます」



と、代わりにシグルリーヴァさんは何かを取り出す。そしてそれを、社長の首に…。



「わー! メダル貰っちゃった! やったー!」



無邪気に喜ぶ社長。首にかけられたのは、勝者に与えられるあの『ヴァルキリーメダル』であった。



確かに先程の圧巻のパフォーマンス、メダルを授与されても誰も咎めないだろう。あ、社長、メダルを噛んでみている。





……ん? ということは…?  あれ……?




もしかして社長……勇士判定されたのでは? 死んだ後に、魂連れてかれちゃうのでは???



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