顧客リスト№46 『ネレイスの船の墓場ダンジョン』
魔物側 社長秘書アストの日誌
『船の墓場』というのを御存じだろうか。いや、船の解体場という意味ではなく。
端的に言えば、沈没船が集まる海域のことである。
暗礁が多い、海流の流れが特殊、巨大海洋魔物の棲み処、色々と理由はあるが…。航海していた船が幾つも沈んでいる場所を、ここでは指す。
そして、今回私達が訪問しているこの場も―、『船の墓場ダンジョン』もそうなのだ。
舞台は海中。私も社長もウェットスーツ姿。そして勿論魔法で呼吸可能にしてるため、ボンベやシュノーケル要らず。
今日の水温はかなり低く、水もかなり澄んでいる。そのおかげで…ほら、下を見て欲しい。
いち、に、さん、し、ご…海底に寝そべる船は、数え切れないほど。また、種類も豊富。
小舟、漁船、商船、海賊船、戦艦…大小色んな沈没船だらけ。中には豪華客船らしき姿も。夕暮れを背景に、船首で女性が両手を広げ、男性が後ろから支えている光景が目に浮かぶような。
それらが、様々な状態。海藻に包まれ緑に染まっているものから、まだ真新しいもの。船底に穴が開いているもの、真ん中から半分にねじ切られているもの。全てが役目を終え、静かに眠っている。
その隙間を魚たちや水棲魔物がすいすいと。まるで彼らが新たなる船員のようであり、崩れゆく海の冒険者達の見届け人のようでもある。
こんな風に、ここは沈没船が集まる場所。とはいえ、ここがかの悪名高い『魔の三角海域』というわけではない。
海流が特殊なため、どこからともなくやってくる船もあるらしい。だが、そのほとんどは魔法を使ったり、クラーケンのような大型魔物たちに頼んで運んできてもらっていると聞く。
―そう、ここの『船の墓場』は人工的なものなのだ。…そもそも墓場って、誰かが作ったものがほとんどなのでは…?
それに、ここダンジョンだし。人工的で当然か。いやまあ、自然生成されてるパターンもあるのだけども。
ちょっと話が流されてしまった。海だけに。
そんな、沈没船が集められている理由。それはここのダンジョン主にある。
あ、噂をすれば…!
「お二人とも、ようこそおいでくださいました。 海神に代わり、感謝いたします」
半馬半魚の魔物に腰かけ、私と社長の前にすいいっとやってきたのは、1人の精霊。
海のように青めの肌、足先がヒレになっており、髪はまるで渦巻く海流のよう。彼女は『オキアノス』さん。『ネレイス』と呼ばれる海の精霊である。
因みに、乗っている半馬半魚の魔物はヒッポカムポスという種。シーホースと言ったほうが通りは良いかもしれない。…でも、タツノオトシゴと混同されちゃうかも…?
そんなオキアノスさんだが、他のネレイスとは違う服を着ている。…いや、服なのかな?
そもそもがネレイス達って精霊なので、布とか魔法とかで作られた服は着ない。というか、鱗である。鱗が胸とか腰とかを包んでいる形。
しかしオキアノスさんは、更に何かを纏っているのだ。…なんていうべきなのだろう。クラゲ?クリオネ? そんな半透明な何かを、まるで司教服のように着ているのである。スッケスケ。
加えて頭には、それこそクラゲのような丸くて柔らかそうな帽子(?)を被っている。きっと司教冠の代わりなのだろう。
なお、その帽子も服も、虹色の光が線となって仄かに輝いている。暗いとこだと一際幻想的になりそう。
聞いていた通り、彼女は『シービショップ』なのだろう。海の司教というやつ。手に、珊瑚を使った長杖も持っているし。
そしてそのシービショップというのが、沈没船が集められている理由なのだ。
彼女達は海の安寧を祈る心優しき方達。だから、供養しているのである。亡くなった船員達を、そして船を。
無念の内に沈んだ者の中には、悪霊や怨霊となる者がいる。それらは他の船を海中に引きずり込んだり、周囲の環境に害をなし呪いの海を作り上げることもある。
それこそ、あの『魔の三角地帯』というのも、実はその結果なのかもしれない。他にも幽霊船となって彷徨ったり、新たな魔物…それも狂暴な怪異に変貌することだってある。
そうならないように祈りを捧げてくれているのが、オキアノスさん達。その祈祷を効率よく行うため、沈没船を集め、ダンジョンを作っているのである。
さて。では何故私達が呼ばれたかだが…。それは言わなくてもわかるはず。沈没船と言えば―?
そう、お宝。今昔問わず、沈没船はお宝探しの代名詞。ここにもやっぱり冒険者達がこぞって押し寄せてきているらしいのである。
ヒッポカムポスの背に跨らせてもらい、私達は沈没船の近くまで。その道中、オキアノスさんから説明を受けていた。
「―といった風に、冒険者達が潜ってくるのです。宝物をとっていくのはまあ構わないのですが、その際に暴れられて、朽ちゆく船や海の者達を傷つけられるのは見過ごせないのです…!」
頬をフグのように膨らませプンスコなオキアノスさん。せっかく供養している最中だというのに、そんなことをされたら台無し。
眠ろうとしている魂も目覚めてしまい、中で暮らしている魚達も怯えてしまう。由々しき事態である。
「入り口や穴を塞ぐという手段もあるにはあるのですが…。中に棲みついた魚達が可哀そうですし、船霊たちも嫌がる場合が多く…。そもそも沈没船ですから、穴まみれなので…」
彼女はちょっと残念そうに、今から向かう沈没船を指さす。確かに、至る所に穴が。
それが原因で沈んだのか、沈んでから穴が開いたのかは私にはわからないけど…。全部修復はまず不可能。そうわからせるボロボロ具合。
と、オキアノスさんはふぅ…と溜息を。
「それにそんな対策をしても、冒険者達は破壊して侵入してきますし…」
…でしょうね…。お宝がありそうならば、強硬手段も辞さないのが冒険者達だもの…。
きっと船のどてっぱらを爆破なり突き破るなりして、くまなく探すだろう。仮にお宝を全部どこかに移しても、もっとないかと暴れまくるのも目に見えている。
そうなるのは絶対に避けたいと、オキアノスさんは我が社に連絡をくれたのだ。ミミックならば、宝を見つけて夢中になっている冒険者の隙をつけるからと。
それにここは既にダンジョン。冒険者を仕留めても、復活魔法陣送りになるだけ。シービショップの仕事は増えない。安心。
なお代金は、奪われるはずだったお宝。又は海の素材諸々。条件としては申し分ないため、後はダンジョンの中…沈没船の中を確認することにしたのである。
因みに…話して貰っている間、司教服の端を触らせてもらったのだけど…。なんかぶりゅんむにょんとしていた。やっぱりこれ、クラゲ…?
「この船は、ここからよく侵入されていますね」
沈没船が一つ、その朽ちかけの扉前でヒッポカムポスを止めるオキアノスさん。それに合わせ、私は手を挙げた。
「あの。一つお聞きしたいのですが…」
実はオキアノスさんの司教服に夢中になってて、質問するのを忘れていたのだ…。許可を貰い、私はヒッポカムポスの背を撫でながら問いを口に。
「この子のような、強そうな魔物がそこそこ居そうですが…。やはりそれだけでは対処しきれないのですか?」
まあ、対処できないから我が社に依頼してくれているのだろうけど…。ちょっと不思議であったのだ。
幾ら冒険者達が水中適正の魔法をガチガチにかけてやってくるとはいえ、水棲魔物達が皆、遅れをとるとは考えにくいのである。
「そうなのです…。まだ、冒険者達が船にたどり着くまでの間とかは、色んな子達が頑張ってくれているのですけど…」
こくりと頷き、杖を軽く振るオキアノスさん。すると、どこからともなく…!ひゃっ…!?
「さ、サメ!?」
「わー! 立派な牙! うちの宝箱ミミック達みたい!」
ビビる私と、唸る社長。勢いよく姿を現したのは、怖い顔をした大きいサメだった。それだけじゃない、シャチとかイルカとかも。こっちは可愛い。
更に、トライデント装備のネレイスやマーメイドたちも幾人か。どうやら警戒部隊な様子。中々に重厚な布陣だけども…。
「広い場所ならば、この子達も活躍できるのです。ですが…狭い船室や、ターンできる広さもない場所だと、こちらが不利になってしまいまして…」
そう語るオキアノスさん。なるほど納得な理由。しかも舟霊が天に召されるまでは壁や床を出来る限り壊したくないのだから、無暗に突撃したり武器を揮うこともできなさそうである。
「特にこの大きな子達は、こんな風になってしまうのです…」
ふと、オキアノスさんは杖をもっとふりふり。すると、サメがすいいっと動き、船の扉に…。
モッ
…へ…? 顔面を、埋め込んだ…?
さっきまでの怖い顔が隠れていると、なんだか可愛らしい。ヒレとか尻尾とかが、じたばたとくねくね。…というかこれ、動けなくなっているんじゃ…?
「御覧の通り、奥に入れず、嵌ってしまうのです…。他の子も同様で…」
オキアノスさんの言葉を合図にサメが外れると、今度はシャチがモッ。その次には、ヒッポカムポスがモッ。
次々に扉に顔を挟み、これ以上いけないよ~と言わんばかりにお尻をばたばた。なんかやけに愛くるしい。
…こっちから見ると可愛いけど、反対から…顔側から見たら恐ろしそうではあるが。
確かにこれでは、いくら強い水棲魔物でも手をこまねく。結果的に、船が冒険者を守る形になってしまっているのだから。
だが…コンパクトに収まるミミックならば、内部も自由自在に移動可能。狭い船室もお茶の子さいさい。
これなら派遣しても大丈夫そう。そう喜んでいると―。
「キュー…! キュー…!」
そんな悲鳴らしき声が。どこから…? あっ! 船の扉のちょっと奥に、イルカが挟まっちゃってる…!
どうやら小さい分奥まで入り込めてしまって、ぎっちり嵌ってしまったらしい。大変、助けなきゃ!!
総がかりでイルカを助け出し、改めて沈没船の中に。どうやらこれは軍船らしい。大砲とかもあるし、勲章や軍服とかが至る所に落ちている。
けど、それも朽ちかけ。どこもかしこも今や漁礁。色とりどりの魚がひらりゆらり。
「ここが宝物庫だったようです」
先導してくれていたオキアノスさんが、とある部屋を指す。ちょっと入ってみると…。
「わっ。結構ありますね…!」
藻にまみれてはいるが、沢山の金銀財宝が。多分押収したものであろう。金貨の一枚を取って、鑑識眼で見てみる。
うん。今は使用されてないとはいえ、純金に近い代物。宝物的価値も、歴史的価値もある様子。しっかり綺麗にすれば一級品のお宝であろう。
「これでもだいぶ盗られた方なのですよ」
私の横へと来たオキアノスさんはそう補足してくれる。となるとどうやらこの軍船、かなりやり手だったらしい。
「なんで沈んでしまったんですかねー」
ちょっと気になり、軽く口にしてみる。するとオキアノスさん、しっかり教えてくれた。
「海賊船と戦って沈んだみたいなのです。船体の傷もそうですし、残っていた魂からも、そんな話を聞きました。確か…『虹髭』という海賊に負けたみたいですよ」
「あ。あの方ですね、社長」
聞き覚えのある海賊顧客の名前を聞き、思わず社長へと話しかける。けど…。
「…? あれ、社長?」
返事が返ってこない。ハッと振り向くと…姿もない。さっきまで宝箱で、ふよふよと水中移動していたというのに…!
「あ、あら…?」
オキアノスさんも困惑している様子。どこに行ったのか目を動かしていると…。
「ふっふっふ…私を見つけられるかしら?」
辺りに響く、社長の声。どうやら唐突にかくれんぼが始まったらしい。
「この朽ちかけの樽の中…じゃない…」
「この蟹さんの下…ではないですね~」
私とオキアノスさんで、社長探し。色んな所を探してみるが、見つからない。隠れていた魚がこんにちはするだけである。
というか…。隠れられる場所が多すぎる! そもそもが色んな物が落ちてる沈没船だというのに、更に珊瑚や海藻が入り組み、魚達がいっぱい。
オキアノスさんにミミックの潜伏場所をセールスしているのなら、まず大成功であろう。彼女、楽しそうにここでもないあっちでもないと探している。
……いやほんと、どこに隠れてるの…!?
「あ! もしかしてこのイソギンチャクの中ではないでしょうか!」
言うが早いか、思いっきりイソギンチャクの中に手を突っ込むオキアノスさん。流石は精霊、刺される心配はないらしい。
けど、出てきたのはクマノミだけ。いくら社長と言えど、イソギンチャクに潜むことは…。
…そういえば少し前に海に潜った際…。社長、髪をイソギンチャクや海藻みたいに逆立てて、魚を集めていた。
だからイソギンチャクに潜めるというわけではないだろうけど…擬態は出来るのかも…。というか別に、イソギンチャクに問題なく隠れられそうでもあるし…。
…駄目だ。一旦落ち着こう。深呼吸して―。…海中なのに深呼吸って妙な感覚。魔法かけてるからだけども。
改めて、周りをみやる。私ならば分かるはず。一流の冒険者でさえ騙せる社長の潜伏術だが、社長秘書である私ならば…!
「……っ! そこっ!」
意識を集中し、違和感を感じ取る。海藻が群れているそこの下にあるのは…!
「…やっぱり!」
見事にあった。沢山の海藻で完璧に偽装された、社長の箱…! みーつけた…! ……えっ!?
「い…いない…!?」
箱をパカッと開けると、中はまさかの空っぽ。いや、何故かウニが一つだけ入ってる。
…!まさか…このウニの中…!? …………違った。これ生きてるウニだった。
「流石アストね!それの隠蔽、結構自信あったのだけど! でも、ざんねーん! そっちはダミーのウニーよ!」
またも聞こえてくる社長の声。別に上手い事言えてない。ウニは美味しいけど。
しかし…手詰まりになってしまった。箱に入っていないとなると、どこに潜んでいるかも検討がつかない。
「私も降参いたします…!」
オキアノスさんもお手上げ。すると、どこかに潜む社長は含み笑い。
「ふふふふ…なら、覚悟しなさいね?
…物凄く、嫌な予感がする。そして、その予感通りに―。
ズ…ズズズズズ…
「きゃっ…! 大砲が…!?」
声を上げるオキアノスさん。船壁に開けられた砲口から外をぼーっと眺めていた朽ち大砲の一つが、ゆっくり回転しだしたのだ。
あわあわしだすオキアノスさんに少し離れたところに移動してもらい、私は大砲の動きを待つ。それはピタリと私に照準を合わせ…。
「どーーんっ!!」
砲弾…もとい社長が飛び出してきた!
「はっ! おっとっと…!」
飛び込んでくる社長を抱き捕まえる。けど水中だから足に力がかかりにくく、その場でぐるりと縦一回転。
「きゃー捕まっちゃったー! おのれ海賊ー!」
私の胸の中で、社長はきゃっきゃっ。どこから見つけ出してきたのか、朽ちかけ海軍帽子まで被ってる。
「大砲の中でしたか…。外を向いていたから、気づきませんでしたよ」
「ふふっ、ちょっと確かめてみたいことがあったのよ!」
そう笑うと、社長は大砲の中に再度スポリ。ズズズズと大砲を元の向きに戻し、自身の宝箱の中に戻った。
「さて! オキアノスさん、驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
「え、いえ…! 大砲が勝手に動くと思わなくて…!」
丁重に頭を下げる社長に、オキアノスさんはホッとしたように笑う。と、社長はその言葉にカッと顔をあげた。
「そう、そこです! 本来動かない兵器が勝手に動くというのは、かなり予想外なんじゃないでしょうか!」
確かに、それはある気がする。正直私も、動き出した瞬間ビックリしてしまった。すぐに社長が動かしているってわかったけども。
だって、我が社にミミックを打ち出す大砲あるし…。(閑話②参照)
だから、冒険者達は特に効くはず。火薬や導火線が明らかに水没していて、砲身も海藻やサンゴや貝まみれになっている大砲が起動するなんて夢にも思わないだろう。脅しとしては最適。
しかし、社長の思惑はそれだけではないらしい。ちょっと顔を真剣なものにして、話を続けた。
「オキアノスさん、一つ懸念事項が。きっと私達が中で動いて、外にサメやネレイスの方々が待ち受けていると、冒険者達はイチかバチかで暴れる可能性があります」
「えぇ…そのような冒険者もおりました…。私達が待機していたために、別の場所を叩き壊して出ていった方々が…」
「やはりですか。では、ご提案があります! 船内に潜むミミック達は少なめにし、今の大砲のように冒険者を追い立てる役目をメインに据えます。そして警戒部隊の皆様には少し離れて貰い、
そうプレゼンをしながら、社長が取り出したのは…。
「ウニ…ですか…?」
私は思わず首を傾げてしまう。それは、さっき社長の箱の中に入っていたウニ。と、社長はウインク。
「正しくはウニに似た兵器型なミミックね! ウニ殻に入るのも有りだけど、流石に窮屈だし、コロコロって流されちゃうし、魚に食べられかけちゃうから!」
…ウニ型の…兵器? なんだろう…。 …というか、やっぱりウニにも潜めるんだ…。
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