人間側 とある逆恨み召喚士とネコ

見渡す限り、猫。猫。猫。どこを見ても、猫まみれ。


そしてその中で狂っているような声をあげ、なんとか猫に好かれようと頑張っているのは、人だ。



人間魔族問わずに地面に頭を擦りつけ、猫にアピールしているその姿、まさに王に傅くがの如し。しかもそれを、皆恍惚とした表情で受け入れている。


全く…嘆かわしい。あいては猫だぞ?小さい毛玉ヤロウだぞ? なんでこぞって、そんなことをするのかわからない。…犬の方が凛々しくて良いだろうに…。





 

俺はとある冒険者。ジョブは『召喚士』だ。今日はパーティーを組まず単独行動中。


今いるのは『にゃんこダンジョン』という、猫だらけなダンジョンだ。特に狂暴な魔物がでるわけでもなく、一般村人すら出入り可能な平和な場所。


別に猫を愛でに来たわけじゃない。ここで、一つ暴れてやろうと思っているんだ。







俺がなんで暴れようとしているか。それには理由がある。


まずは、素材としてだ。知ってるか?猫の毛とかってかなりの魔力を秘めていることを。



猫は夜活動する動物なのは周知の事実。しかし何故夜行性なのかを答えられるやつは極少数だ。何でだと思う?


なに、ちょっと頭を働かせればわかることだ。猫と月は古くから同時に描かれるし、魔力を欲する魔女と黒猫はセット。そして、猫の集会が開かれるのは決まって深夜だ。



わかるか? …猫は、魔力の源の一つである月光を吸収してるんだよ。そのフワフワな毛でな。




それが、猫が高濃度の魔力を秘めている理由だ。…もしかしたら人が猫に騙され、下僕にさせられているのもそのせいなのかもしれない。


…まあそれはいい。俺が伝えたいのは、猫の毛は素材として至極有用であるってことだ。





ただ、飼い猫は良くない。そりゃ月の光も浴びず、家の中でぐうたらしている猫なんだから当たり前だ。


野良猫も、魔力量の当たり外れが大きい。それに凶暴で警戒心の強い奴が多いから狙いにくい。



その点、ここは良い。ダンジョンだから魔力が潤沢だ。猫共も気ままに欠伸をしている。


更に月の出る日には、猫みんなで屋根に登って月光浴までしているらしい。屋敷の屋根に猫が集まってる絵面は猫好きにはたまらないらしいが…別に俺は興味ない。



まあそんな理由で、ここの猫素材は質がいいんだ。案外金になるんだよ。








…なに? 他にも理由があるんじゃないかって?


あぁそうさ。ご明察だよ…! 俺は、ここのダンジョンの連中に恨みがあるんだ!



あれは忘れもしない…初めてここのレストランに行ったときだ…。









そう、ここのダンジョンにはレストランなんてある。ケット・シーっていうレアな猫魔物が営んでる、な。


そこにはいっちょ前に高級懐石コースってのがあってよ、そこに入るために一悶着起こしたんだ。





まず入り口の扉によ、看板がかかってたんだ。どんなかって?



『どなたもどうかおはいりください。けっしてごえんりょはありません』



って感じだ。じゃあ入ってみようと扉をくぐったら、また扉があったんだ。



『けんや つえや まどうしょをここにおいてください』



って看板と台が置かれた、な。





冗談じゃない。武器を置いてダンジョンにいられるかって、そう怒鳴っちまった。


けど…腹は減ってたし、金はあれども近場に飯屋はない。結局迷った末、武器を置いたさ。



すると、すんなり扉は開いた。イラつきながら奥に進むと…また扉と、看板だった。



『ぼうしやろーぶはここでぬいでください』



って書かれているやつがよ!





なんて注文の多いレストランだ! そう思いながらも脱ぎ捨て、近くのハンガーにかけたさ!


そしたら扉はパカリ、奥へどうぞってよ。いい加減に飯を食わせてもらいたくてドスドスと足音荒くし進んだら…またまた扉だったんだよ!


勿論看板もな!んで、それが異常だったんだ!



『ここではきものをぬいでください』



だとよ! この期に及んで着物…着ているものすら脱げって!




あん時は俺もヤケだった。ムカつきながら上も下も全部脱いださ。


…その時だった、ゾォッと背筋に嫌な汗が流れたんだ。



武器を置かせ、二段階に渡って服を全部剥かせた…。つまり、反抗するための力を奪い、不味そうな服…皮を剥いだ…。


もしかして…俺を食べる気なんじゃないかって…!



おかしいと思ったんだ…!怖くなった俺は、そのままレストランを、ダンジョンを飛び出した…!置いた武器も、ローブも、服も置いたまま、全裸で…!



…そしたら、周囲の笑い者だよ…!『猫に食われると思って全裸で逃げたアホ召喚士』ってな…!おかげでパーティー組もうとするたび、笑い者にされちまう…!




…あ? 置いていった武器とかはどうなったってか? 俺が逃げた次の日には、冒険者ギルドの受付に届いていたよ。ケット・シーの詫びの手紙と共にな。


『てんのつけわすれをしてごめんなさい 【はきもの履き物】のつもりだったんです』


という文面だったぜ…畜生めが…!









謝られたって、許してやるものか…! 仕返ししてやる! そう思い立ち、今日に至るってわけだ。



因みに既に何回か、仕返しはしていてな。ここで俺が召喚士なのが役に立った。


普通に暴れたんじゃ、同じく猫素材を狙う別の奴らみたいに即バレしちまう。俺は、素材は二の次でよかった。


だから…魔犬や魔狼、蛇や鷹とかの猫が嫌がる天敵を召喚して、解き放ってやったんだ。



バレないように詠唱し、ちょっと離れたところで召喚してやれば、いくら猫でも犯人が俺とはわからない。召喚獣達がケット・シー達か他の客に退治されるかだけなんだから。


肝心の俺はこうして落ち着いて座り、猫共が逃げ回る姿を笑ってみれるってわけだ。全くいい気味だぜ。


人間様を辱めるからそうなるんだ。 ついでに、弱った猫たちから毛を刈れば金にもなる。楽しくて仕方がないぜ。



さて…じゃあ今日もそろそろ起こすとするか。俺の召喚獣と、にゃんこたちとの大戦争を…!









まずは、猫がいなさそうなところに移動だ。まあ、ケット・シーがいなければ最悪良いだろう。


しかし…どこもかしこも箱やベッドや壺だらけだな…。この間来た時よりやけに増えてないか…?


まあいいか…。お、この廊下は丁度いいな。猫もいなさそうだ。



後はなるべく声を小さく…詠唱し…。あっちの部屋狙いにして…。 ヨシ…!


「行け…!」





「「「グルォオオオオ!!!」」」


俺の命に従い、姿を現す魔犬たち。唸り声が遠くの部屋から聞こえてくる。そして次には―。


「フギャアァアアア!?」


という、猫共の悲鳴。バタバタバタと暴れ逃げる音。 はははっ! やはり猫は犬に勝てないな! それ、向こうでも、そっちでも、暴れろ暴れろ…!





「フシャアアア!」

「ニャアアアア…!!」

「キュウウ…」


俺の召喚獣に追い立てられ、続々と逃げ惑う猫たち。ふっ…そろそろ頃合いか。弱った猫の毛を剥ぎに…。



……ん?






ふと、あることに気づいた。猫が暴れている音が…静まった…?


いや、それだけじゃない。俺が召喚した魔犬たちの唸り声も…というか、召喚した全匹が…あっという間に消滅した…だと…!?


まさか、そんな手練れがダンジョンに来ていたのか…? …そうだとしても…召喚して一分すら経っていないのに、全箇所ほぼ同時に…!?




「みんな~、もう大丈夫よ~!」


と、召喚獣を送り込んだ部屋の一つからそんな声が。一体どんなやつだ…!? 急ぎ部屋の中に顔を覗かせてみるが…。


「…!? 誰も…いない…!?」







声は確かにこの部屋からだった…。だというのに…部屋には人の姿はない…。ただ、騒動が収まり寝直す猫共しか…!


なら、誰が…! 俺の召喚獣達を倒したって言うんだ…!? 困惑したまま、見逃してないかと目を皿のように…獲物を狙う猫の瞳のようにして部屋内を見回す。


と、そんな折―。




「にゃにごとですか!?」


どこからともなく走って来たのは…ケット・シーの部隊。長靴を履いた騎士風のやつに先導され、俺の足の間をすり抜けるように部屋へと。



中々早い到着だ。だが…仮にこいつらが俺の召喚獣と相対していたら、動けなくなっていただろう。前もそうだったからな。


そうしたら、俺は猫の毛よりも数十倍レアなケット・シーの毛を手に入れられていたかもしれないのに…!チッ…!



しかし…本当に、誰が…。 そう眉を潜めていると、さっきの声が。



「どこかの誰かが召喚獣を呼んだのよ。とりあえず全部倒しといたわ」






…! やはり誰かいるじゃないか……いややっぱりいないぞ!? 部屋の中には、キャットタワーとか、爪とぎとか、猫用の箱とかしか…!


「にゃるほど、そうでしたか! ありがとうございにゃす!」


ん…? あのケット・シー、どこに頭を下げてるんだ…? そこにあるのって……箱だぞ…?猫のマークが描かれた、ただの箱…。


「それにしても…はんにゃん犯人は誰にゃんでしょう…?」


そう首を捻るケット・シー。―その時だった。俺の背後から、別の声が。


「それ、この人だよぅ! 見てたもん!」







…っ!? 見ていた、だと…!? 誰もいないことは…猫すらいなかったことは確認済みだぞ…!?


俺は弾かれたように背後に目を…! …!?誰もいない…!? 



振り返った先には、キャットウォーク付きの壁。このダンジョンでは普通な、それ。


しかしそこにも、ケット・シーはおろか猫すらいない。じゃあ今の声は……



ギュルッ!


「ぐえっ…!」




…!?!? ゆ…床から…触手…?! く、首が…が…がぁ…!



必死になりつつ、目を下に…。そこにあったのは…段ボール…! さっき、俺が召喚詠唱をしたときに、横にあったやつだ…! 


そして、その中にいるのは…人型の…魔物…。こ、こいつは…!


「上位…ミミック…!!」






なぜ…こんな猫だらけのダンジョンに…ミミックが…!? 客なのか…!?


ハッ…! そうか…つまり…さっきの声も…! あの猫マークの箱に入ってるのも…!



パカッ!

「あら。じゃあどうするダルタニャンちゃん?」



やはり…かぁ…! 蓋が開いて…ケット・シーに問うあいつも…上位ミミックだ…!





「ん? 犯人いたのぉ?」

「あ、やっぱその人だったんですね~。さっきから猫撫でる様子が変でしたし」



…!?!?!? そ、それだけじゃない…! 俺が召喚獣を放った部屋の全てから…。さっき俺がいた部屋からも…上位ミミックや、複数体のミミックがわらわらと…!?




な、なんで…どうして…。どうして……こうもミミックばかりなんだ…! 全員が、猫の代わりに箱に入っている…! …当たり前か…!ミミックなんだから…!



いや、それでも…おかしいだろ…! ミミックの中には、猫を頭に乗せているやつや、土鍋に一緒に詰まっているやつがいる…。


他にも紙袋から猫数匹と顔を出しているやつや、小型のキャットタワーの穴の中に入ってるわけやつもいる…! 


そして…全員猫耳つけてやがる…! なんだそりゃあ…!



は…箱が好きな者同士、相性が良いってか…!? ぐぇっ…首が更に絞まって…!






「とりあえず他の悪い人達と同じように、外に捨ててこよっか?」


俺の首を絞め続けながら、段ボール入り上位ミミックは長靴ケット・シーにそう聞く。


その間にも、段ボールの中に猫が次々と入っていく。あっという間に、上位ミミックは猫まみれ。




ク…ソッ…そんなの見てる場合じゃねえ…。このまま…やられてたまるか…! そもそも…元は…!


「元はといえば…お前らが…!」






半ばヤケクソ気味に、俺は前のレストランの騒動を洗いざらいぶちまけた。すると、長靴を履いたケット・シーは文字通り目を丸くした。



「にゃ! あの時の方でしたか! その節にゃとんだご無礼を…。にゃにぶん何分、寛いでもらおうとにゃっき躍起になってたもので…」


四本脚に戻り、ペコリと頭を下げるケット・シー。…このヤロウ…やけに礼儀正しいじゃねえか…!猫ってもっと気ままな生物じゃねえのか…!?



「でもダルタニャンちゃん、そいつは皆を虐めてたやつよ? 許しちゃうの?」


と、部屋の奥にいた猫マーク箱の上位ミミックが余計なことを。長靴ケット・シーは悩むように首を捻り、尻尾をくねんと。


「うーん…そうですにゃあ…。 にゃら、こうしましょう!」



ぴょんっと跳び、近くのタワーに乗る長靴ケット・シー。俺の高さへと顔を合わせ、肉球の手を差し出してきた。


「僕達と和解しませんかにゃ?」








…は? 和解…? ネコと、和解…? 



何言ってるんだコイツ、と思ったが…。それで解放されるなら万々歳。嘘でもついて乗り切ってやろう。


「わかったよ…。和解してやるよ…!」


適当に、そう言ってやる。すると、長靴ケット・シーの目は輝いた。


「ありがとうございますにゃ! じゃあ…おもてにゃしをしにゃすにゃ!」


意気揚々と、そいつはジャンプ。猫のようにくるりと回転し着地……猫か、そういえば…。そして、サーベルを引き抜き、指揮棒代わりに指示を出した。



「ミミックのみにゃさん! もてにゃしのお食事が出来るまで、この方を炬燵へとお連れしてくださいにゃ!」


「「「はーい!!」」」





は…?! こ、炬燵…? うわっ…止めろ…! ミミック達、俺を抱き上げてどこに…! うわっ、猫たちもついてきたぞ…!!


ぐぇっ…!く…黒猫が上に乗ってきたぁ…! 俺はどこに…運送されていくんだ…!!









「「「そーれ!」」」


ズボッ!


「うおっ…!」


連れ去られ、行き着いたのはどこかの部屋。そして、なにかに寝かし入れられた…。 温かい…。これは…。炬燵……!



思わず逃げ出そうとするが…ミミック達によって押さえつけられてしまう。と、その内の1人がにんまり。


「アンタの内心は大体わかってるわよぉ。嘘ついて逃げる気だったでしょう?」


「うっ…!」


見透かされていた…! 言葉に詰まっていると、もう2人がケラケラと。



「でも、もう逃げられないよ! 召喚士なら動物嫌いってわけじゃないでしょ? これから猫好きに変えちゃうから!」


「さぁみんな、人海戦術…もとい、にゃん海戦術の時間ですよー! ねーこと炬燵で丸くなるー♪」



その言葉と共に、猫たちが続々と…!炬燵に…俺に向けて…!!!ひっ…!



や…やめろ…! 俺は犬派なんだ…! やめろ…! 近づいてくるな…! 止めろ…! 犬派なんだぁあああ……!



あ……もふぅん……。







―――――――――――――――――――――



…後日の話である。にゃんこダンジョンに恨みを持っていた召喚士は、なおもそこを訪れ続けていた。


しかし召喚獣を暴れさせることは無く、寧ろ召喚した動物達と猫を共に遊ばせ、更には猫じゃらしやボールまで出していた。


そして、猫のお腹に顔を埋めさせてもらっているその顔は溶け気味であり、声もまた、猫なで声であったという―。


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