顧客リスト№28 『シルフィードの風の谷ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

「どっどど どどうど どどうど どどう…」


「何言ってるんですか社長?」


「いや、なんかそんな感じじゃない?ここ」


「風の音ってことですよね? まあ確かに」


そう頷き、周囲の音に耳を傾けてみる。このダンジョンに来てから途切れることなく吹き続けている風を、言葉に表せばそんな感じなのだろうか。


さわさわ、びゅうびゅう。そんな風音とは一線を画す、まさしくどどう…いや、怒涛の勢いの烈風。青いクルミや酸っぱいカリンはおろか、大きめの石ころ程度なら容易く吹き飛んでしまいそう。


何故そんな場所に来ているのか。何を隠そう、ここが本日の依頼先。風の精霊である『シルフィード』達が棲む、『風の谷ダンジョン』なのだ。




風の谷と呼称されるように、ここは大きな峡谷となっている。遥か昔は平坦な大地だったらしいのだけど、今は風の力によってゴリっと削られている様子。風の力恐るべし。


そんな谷底を、私達は進む。吹き付ける風が強いため、歩くことはおろか目を開けることすらままならない。ということで私の周りに球状のバリア魔法を張っていたりする。


風がゴウゴウと唸りをあげ、巻き上げられた細かな砂や小石が時折表面を叩くが、それ以外は快適快適。社長に至っては「らん らんらら らんらんらん♪」と鼻歌まで歌っている。


と、そんな折だった。



「ヒューン ヒューン♪」


どこからともなく、風の音とはまた違った音が。透き通った音のそれは…歌声? そう思っていると、音はどんどん大きくなり―。


「ヒュルルルルーン♪」

ベチッ!


「痛っあい!」


…バリアの真上に直撃してきた。顔面から。





「ふぇぇぇぇ…鼻痛いよぉ…」


赤くなった鼻を押さえながら、涙目気味の少女。緑色の髪、緑の瞳、緑の…ビキニ?いや、風が渦巻いたもの?な姿をしている。


その髪と、腕と足に巻き付いた風のおびみたいなものは、私のバリアの中だというのに、そよそよとたなびいている。


彼女こそ依頼主で、このダンジョンに棲むシルフィードの『シーフィー』さんである。




「社長の宝箱の中に飛び込んでやろうと思ってたのに失敗しちゃったぁ…!」


照れくさそうにふわふわと浮かび、てへへと舌をぺろりと出すシーフィーさん。


「ごめんなさい…! ちょっと風が強かったのでバリアを…。お鼻大丈夫ですか?」


私は謝りがてら、そう聞いてみる。すると―。


「気にしないで! 痛いの痛いの…どっかに飛んでいけぇ!」


シーフィーさんは鼻を数回撫で、その手を風に差し出す。いやいや、風に乗って飛んでいくわけが…。


「ほら治った!」


…鼻の赤み消えてるし。





「こっちこそごめんなさーい! 対冒険者用に風を強くしてるんだー!」


社長に誘われ、宝箱の中にスポンと入ったシーフィーさん。風の精霊だからか、全く重さを感じない。シーフィーさんの緑と社長のピンクで箱の中が少しカラフル。


「私達にご依頼してくださったってことは、やっぱり冒険者対策ってことですよね?」


肩を寄せあいながら、社長はそう問う。シーフィーさんはこくりと頷いた。


「そ! だけどここで話すのもなんだし…奥に行こ! アストさん、飛べるー?」



「え、はい。ですけど…」


バリアの外をちらりと見やると、未だ途切れること無き風の応酬。こんな場所で羽を広げたら、自分も知らないどこかへ飛ばされるのは間違いない。


このバリアを張りながら飛べばいいだけだが、それは結構体力と魔力を使うのだ。まあでも、依頼だ。やるしか…。


「あ、バリア解除しちゃって大丈夫!」


「へ?」


そんなことをしたら飛べなくなるんだけど…。でもとりあえず、言われた通りにバリアを消す。瞬間、勢いよく風が私達の身体を打ってきた。


「やっぱり…!バリア無しじゃ飛べないですよ!」


社長の箱に顔を隠すようにしながら、そう訴える。無理無理、こんな強風の中じゃ飛べない。と―。


「? 何してるんですかシーフィーさん?」


社長の声が。私も恐る恐る覗いてみると、社長の隣で両手を真上に上げ、風に身を委ねているようなシーフィーさんの姿が。


「えーい!」


ブワッ!


シーフィーさんの掛け声一つ。直後、風向きが変わった。先程までの私達へあらゆる方向から叩きつけてくる乱流とは違い、これは…背中を押してくる!?


「アストさん、飛んでー!」


「あ、はい!」


急ぎ羽を広げ、飛び上がる。おぉ…!ほとんど羽を動かさなくても、浮き上がる! 流石シルフィード、風向きを自由に変えられるとは!






風が歌う中を、ふわりふわり。シーフィーさんが風の道を作ってくれているおかげで、危なげなく飛べている。


見ると、色んなとこに他のシルフィード達も。揺蕩うような彼女達は、楽しそうに語らい遊んでいる。中には竜巻をベッド代わりに寝ている子も。


また、他の風の精霊らしき違う姿の子達もいる。精霊は結構種類がいるため、姿も千差万別。あそこにいる下半身がマントで包まれた謎生物も風の精霊…。…!?マントが風でたなびいて、中の身体に褌が…!?「ギップリャ」というのは鳴き声なのだろうか…?



「そういえば、シーフィーさんはどこで我が社の事を?」


ふと思いついたのか、にやにやしながら社長がそう聞いてみる。すると、シーフィーさんもにやり。


「勿論、『風の便り』!」


うーん、想像通りのギャグが返ってきた。わかってらっしゃる。







「ところで…こんなに風が強いのに、冒険者が侵入してくるんですか?」


少し間を置き、私は依頼の事情を伺う。シーフィーさんはコクコクと頷いた。


「そーなの! 普通の冒険者ならアタシたちがえいやってやれば吹き飛んでいっちゃうんだけど、最近身体に重しをつけた人が多くて…」


なるほど、風に抵抗するには良い策である。暑い太陽でもあれば脱がせられるかもしれないが、残念ながらそれは無理なこと。


「だから、ミミック達でばくーっ!ってやって欲しいんだ! ミミック達なら、固い鎧も盾もバリアも、壊せちゃうんでしょ?」


「えぇ! 壊すも奪うも呑み込むも思いのままですよ!」


シーフィーさんの言葉に、えっへんと胸を張る社長。と、社長はそのまま首を傾げた。


「そういえば…何が狙われてるんでしたっけ?」


冒険者が入ってくるということは、狙われる何かがあるということ。シーフィーさんは進行方向の先を指さした。


「もうちょっと行った奥にあるんだー! アストさん、ゴーゴー!」








「ここ!」


シーフィーさんに案内され、辿り着いたは再び谷の底。ただし、ダンジョン最奥らしき奥地。


当然の如く吹き荒れている風を弄ってもらいながら、スタリと着地。すると、そこには…!


「わぁ…!」


谷の側面、底面の至る所に緑に輝く鉱物が。エメラルド…いや、違う。


透けているその鉱物の内部には、風が渦巻いている。間違いないこれは―。


「『ウインドジュエル』ですね…!」




この世には『魔法石』と呼ばれる、特別な力を宿した宝石がある。その中の一つ、『ウインドジュエル』は名の通り風の力を宿しているのだ。


魔法を使う者にとっては、なくてはならない存在。魔力を籠めれば風を巻き起こすそれは、たとえ魔法の腕が未熟でも、結構強い風魔法を撃ち出せるため重宝されている。


よく見る使われ方は、魔法の杖や魔導書の表紙に嵌めこまれているパターンか。中にはネックレスや指輪に加工されているものも。そちらはお洒落と強さを両立したい人向け。


私も勿論持っている。イヤリングの。ちょっとお洒落したいときにつけてる。




…ただ、驚くべきはそこではない。そんな風に加工されているウインドジュエルは、精々大きさが数cm程度。その理由は石だから重めという理由もあるけど、最大の理由は『意外と貴重品』だからなのだ。


このウインドジュエルは風が常に逆巻き、かつ魔力が潤沢な地に生成される代物。そんな場所は滅多にない。あったとしても、このダンジョンのように過酷な地。


故に、一欠けらだけでもまあまあ良いお値段。魔法石をギラギラさせている人は、宝石を同じ数持っているのと同じだと言ってもいいかもしれない。



ここにはそんなウインドジュエルが大量にあるだけではない。中には私の身長を優に凌ぐほどに巨大結晶化しているものまである。


流石は風の精霊が棲まう地である。冒険者がこぞって入ってくるのもうなずける。と、シーフィーさんが溜息をついた。


「多少もってく程度だったら構わないんだけどー。中には塊全部持って行こうと爆破してくる冒険者がいるんだぁ…」


あぁ…ところどころにある爆破痕ってそういうこと…。確かにあんな巨大なのを岩肌から剥がすのはそう簡単にはいかないだろう。


それに、魔法石は基本的にある程度小さい物が重宝される。武器、装飾品、腰とかにぶら下げる宝珠オーブ


一部の貴族や名門魔術師とかなら自慢目当てで石像サイズでも買うかもしれないが、まあ砕いた方が売れやすい。一石二鳥ではあるかもしれない。


「ふんふん…では、冒険者が採り過ぎたり破壊行為を始め掛けたら取り締まる形でどうでしょ?」


「あ、それ良い! 社長さっすがー!」


箱の中で社長をぎゅうっと抱きしめるシーフィーさん。2人共もちもちしてる…。





「そだ!社長、ウインドジュエル試してみない? 面白いよー!」


と、シーフィーさんは箱からスポッと出て、近くのウインドジュエルの塊に。その一か所をパキッと折り取り、社長へと手渡してきた。


「どれどれー…やっ!」

ブオッ!


受け取った社長が力を籠めるや否や、強い風が。しかも…


「おー…! 右へ行ったり左へ行ったり…」


私は拍手を送る。目に見えるほどの奔流となった風が、自在に動いているのだ。魔法を使っているのと見まがうほど。社長の腕も凄いが、ここのウインドジュエル、質もかなり高いみたい。


「……」


「あれ? 社長どうしたんです?」


そんな中、社長は何故か視線を落としていた。これは…何か考え事をしている顔である。しかも、何か変なことを。


「…アスト、私の箱についてる宝石のどれか、取り外してもらっていい?」


「え? はい。好きに付け替えられるように特殊な構造になってるんですもんね」


「これと交換してちょうだいな」


そう言い、社長が渡してきたのはウインドジュエル。何を考えているのだろうか。とりあえず指示に従って…これを外して…ウインドジュエルをカチリと。


「出来ましたよ」


「ありがとー。じゃあ…私を高く投げて!」




やっぱりまた妙な事言い出した…。まあいいや、せーのっ!


「えいっ!」


力いっぱい、上へと高く放り投げる。すると、社長入りの箱は空中で浮遊するように数秒だけ停止した。


ここまでは踏ん張れば普通にできることらしい。だが直後、思わぬことが起こった。


ボッ!


「「へっ?」」


私とシーフィーさんは口をあんぐり。だって…社長の箱から、正確には先程取り付けたウインドジュエルから風が発生し、宝物全体を包んだのだから。


「そーれっ!」


そんな箱の中から社長の掛け声。次の瞬間…なんと宝箱は自由自在に飛び始めたではないか!




「わー!アタシたちみたーい!」


それを見たシーフィーさんは自らも飛び、社長の元へ。そのまま2人で編隊飛行。くるくる八の字に回ったり、高く上がって大きく下がったり。


私はそれを唖然と見守っていた。社長、飛べちゃった…。これ、私のアイデンティティーの一つ消えたんじゃ…。


「アストー!キャッチしてー!」


と、社長が私の上にゆっくり降下してくる。よいしょと受け止めると、中に入っていた社長は勢いよく蓋を開け、目を輝かせた。


「アスト、私ね!常々思ってたの!ミミックがなんとかして空を飛べないかって! これ、操作かなり難しいけどいけそうよ!」


そうまくし立てた社長は、そのままシーフィーさんの方を振り向く。そして、こんな提案をした。


「どうでしょう!配置したミミックの他に、直接出向いて冒険者を叩くミミックというのは!ひとつ思いついたプランがあるんです!」


「面白そ!どんなのー?」


「まずミミックにですねウインドジュエルを…あ、羽のようなのをつけたほうが操縦しやすいかな…そして、シルフィードの皆さんと協力すればこんな戦法も…」


テンション上がったまま、シーフィーさんと相談する社長。直後、GOサインが出てたのは言うまでもない。








「風よ! 我が命に従い吹き荒れよ!」


帰り際。私に抱えられながら、貰ってきたウインドジュエルを手に魔法使いごっこをする社長。楽しそうにしているところ悪いが、思い切って聞いてみよう…。


「あのー…ご自分で飛ばなくても良いんですか? 念願適ったって感じでしたけど…」


あれだけ興奮していたのに、帰りはいつも通りの移動。私を思ってくれての行動ならば、遠慮してもらう必要はない。ちょっと寂しいけど…。


「何言ってんの。私はアストに抱っこされて移動する方が好きよ? 揺れが心地いいんだもの」


へ? 思わぬ答えが返ってきた。目を丸くしていると、社長はポンと手を打った。


「あ、さっきの気にしてるの?あれは戦力的に、ってだけよ。 それにあの飛行方法、かなり魔力使うし、周囲の環境にも大きく左右されちゃうわ。このダンジョンじゃなきゃ、日常使いは出来なさそうよ」


そう…なんだ…。よかったぁ…! ほぅっと息を吐く私に、社長は宣言した。


「ということで、これからも私を抱えてもらうわよ~? 覚悟しなさいな!」


「えぇ! 本望です!」


「え。そんな反応返ってくるとは思わなかったわ…。なんか恥ずかしいわね…」

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