顧客リスト№20 『ローレライのビアガーデンダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

「35番テーブルにジョッキ4つおねがーい!」


「はーい!」


指示を受け、元気に返事をした私は出てきたジョッキを両手に掴む。下手すると零してしまうほどに並々と中身が注がれたそれは結構重いが、これぐらいなら大丈夫。


膝ほどまであるスカートを翻し、ガヤガヤと賑やかなお客さん達の横をすり抜け目的のテーブルに。ゴトンとジョッキを机に置くと、盛り上がっていた泡がふわわんと揺れた。


「お待たせしました! ご注文のビールです!」





日が暮れかけ、藍に染まり始めた空間を煌々と照らす暖色の灯り。むせ返るほどの酒気と美味しそうな食べ物の匂い。至る所から聞こえてくる楽し気な笑い声。そう、ここは酒場なのである。


テーブルは丸机長机合わせて千を越え、厨房も複数存在。食材倉庫には肉や野菜がぎっちり。端に大量に重ねられているビール樽には、人が何人も入れそうなほど巨大なのもある。踊りや演奏が繰り広げられる広い演奏台も完備。


冒険者ギルドでも、ここまでの規模の酒場はそうは無い。まあそれも当然、ここは『ダンジョン』だし。





名称、『ビアガーデンダンジョン』。とある川沿いにある、巨大な岩山に作られたダンジョンである。


とはいっても、冒険者ギルドに正式に登録されているものではない。私達が勝手にそう呼んでいるだけであったりする。もし見つかったらそんな名前が付けられるかなって。


数週間だけの『期間限定ダンジョン』の形を取っているここだが、内部構造は岩山の下から続く数本の道と、頂上に設けられたこの巨大酒場だけ。ダンジョンというには余りにも小さい。


ダンジョンとなっている理由は片付けや搬入がしやすいってのと、もし誰かが喧嘩した時とかに対処しやすいかららしい。




そんな場所で、私、そして我が社のミミック達は給仕のお手伝い。これは毎年のこと。普段ここのダンジョン主の方達からお酒や食材を仕入れているため、その伝手で。


因みにミミック達はそのまま地面を滑ったり、サービングカートに乗ったりして給仕をしている。飲み物食べ物を一切零さないよう静かに移動できるから重宝されているのだ。


そうそう、私や上位ミミック達のために給仕服も用意して貰っている。今私が着ているのがそれ。


二の腕の半分ぐらいまでを包む短めの袖な、ネックラインが胸元近くまで大きめに開いた白ブラウス。その上に、更に一回り大きく胸部分が開いた袖なしワンピース。そしてその膝までスカートに、エプロンを巻いた感じの服。ディアンドルというらしい。


ところどころに施された刺繍やフリルが可愛い…のだけども、さっきから強調しているように意外と胸が出そうでちょっと扇情的。


巨乳の上位ミミック達なんか上乳がぼいんと出ているし、箱に入るミミックの性質上、スカート邪魔だからってミニスカートにして貰っている子達も多い。


とはいえ熱気溢れる酒場を縦横無尽に走り回らなければいけないため、これぐらいの露出度で丁度良かったりする。服の素材も薄手で汗をよく乾かしてくれるし。


…背中とか透けてないよね?







さてさて、ダンジョンについての話に戻そう。実はここ、とある三種の精霊達による共同作成だったりする。どんな方達かというと―。


「お疲れ様、アストちゃん! そだ、貴方ももう冷たいビール飲んじゃう? 今年も私のお水とおば様の麦とホップを使っているから美味しいわよ!」


戻ってきた私の元に厨房からひょっこり顔を出したのは、水の玉をふよふよ浮かせた美しい金髪女性。彼女は水の精『ローレライ』が1人、『ローラ』さん。



「そうさね、アストちゃんもそろそろ交代だろ? 丁度プレッツェルが焼き上がったとこだし、一番美味しいとこ食べな!」


と、ローラさんの横からずいっと顔を出したのは、恰幅が良く、灰髪の頭に手ぬぐいを巻いたおば様。彼女は穀物の精『コルンムーメ』が1人、『ホレ』さん。



「…ヴルストもあるぞ」


更に更にその横からすっと顔を出したのは、コック帽ではなく吟遊詩人が被っているような羽の装飾付き先折れとんがり帽を被った無口気味の男性。彼は家畜の精が1人『ハメルン』さん。



以上、この三人がこのダンジョンの代表である。ローラさん達が水とこの場所、ホレさん達が麦などの穀物や野菜、ハメルンさん達が畜肉を担当し、このビアガーデンは成り立っているのだ。



そういえばこのお三方、音楽隊も組んでいるらしい。女性2人が歌を担当、ハメルンさんが笛を吹き、彼の眷属の魔獣達が他楽器をかき鳴らすという感じで。人や動物を強制的に惹きつけてしまうほどに魅惑の音楽を奏でるのだ。


その音楽隊の名前は…なんだっけ…そうそう!確か『ブレーメンの音楽隊』! 







まだ正確には休憩時間ではないし、お酒よりも今は冷たいお水が欲しかったので、ローラさんに氷水をオーダー。プレッツェルとソーセージ片手に近くの空樽の上に腰かけ軽食をとることに。


「んぐ…んぐ…んぐ…ぷしゅぅ…!」


火照った身体にジョッキ一杯のお水がすっごく気持ちいい。何なら頭から被りたいぐらい。プレッツェルとソーセージも一口食べたら止まらないほどに美味しい。


ふと見やると、酒場はどの席も大盛況。その隙間をローラさん達精霊や、我が社のミミック達が動いているのが見える。よかった、人手を多めに連れてきたからまだ余裕はありそう。


…そういえば社長はどうしたのだろう。同じくディアンドルを着て給仕をしているはずなのだけど。んー、ここからじゃ見えない。


「ん…?」


そういえば、さっきローラさん、「貴方『も』もう」って…。確か社長も同じ時間に給仕してたし、私の周囲に休んでいるミミックはいないし…もしかして…。




「あのー…ローラさん、もしかして社長って…」


ひょっこり厨房に顔を出し、恐る恐る聞いてみる。と―。


「あっ、気づいちゃった?」

と、てへぺろするローラさん。


「ミミン社長ならちょいと前に早めの休憩に入ったよ。アンタに隠すよう言ってね」

と、アッハッハと笑うホレさん。


…やっぱり。いや別に構わないんだけど…。きっとビールを我慢しきれなかったのだろう。


はぁっと溜息をつく私の前に、どさっと食べ物が入ったバスケットと、ビールが満たされたジョッキ複数がゴトリと置かれた。


「…339番テーブルだ。人は足りてる、同じく早めの休憩としてくれ」


「わぁ!ありがとうございますハメルンさん!」









「でねー。アストにわざとミニスカバージョンのディアンドルを渡したの。でも着替える途中で気づいちゃって…」


「そりゃあ残念だ! ま、でも今度社食の酒場で着て貰えばいいさ!」


339番テーブルもまた、他のテーブルと同じく盛り上がっている。そこに―。


ドンッ!


「ビールと盛り合わせお待たせしましたー、しゃ・ちょ・う?」


「へ?まだ追加は頼んでないわ…よ…。 げぇっ!? アスト!?」







「全く、別に隠さなくてもいいですのに…」


「ごめーん。怒られるかもって思っちゃって…」


釈明をする社長はディアンドルミニスカバージョン。胸がぺた…平…あれなため、胸部分は張り付き気味。体系も相まって、ただの可憐な少女みたい。ジョッキ片手だけど。


「まあまあ、許してくれってアスト。アタシらが無理言って一緒に飲んで貰ってたんだ」


そう私を宥めるのは、社長の向いに座っているドワーフ女性。ボサ髪を後ろで纏めた彼女は我が社の箱製作部署『箱工房』の取り仕切り役、ラティッカさんである。


彼女の普段の服装は汚れ気味のへそ出しチューブトップだが、今日はそれに加えて肩ひも付きの革製半ズボンを履いている。


確かあれ、レーダーホーゼンっていうやつ。でも確か、所謂ディアンドルの男性版だった気が…。まあめちゃくちゃ似合ってるからいいか。


『アタシら』と言った通り、箱工房の他ドワーフメンバーもその場にいる。因みに彼女達は給仕手伝いとかは無いので、要はただお酒を飲みに来ただけ。にしては全員着替えていてノリノリである。流石お酒大好きドワーフ。





「「「乾ぱーいっ!!! ごっ…ごっ…ぷっはぁっ!!!」」」


カキィンとジョッキをぶつけ合い、私と社長とラティッカさんで一息に。


「かぁあっ…!美味い…っ! キンキンに冷えてやがるっ…!」


唸るラティッカさん。本当その通り!やっぱこれが一番! さっきちょっと食べてたおかげで、私も火が着いてしまった。


酔いは最悪魔法で解除できるし、食べ過ぎに気をつければ大丈夫なはず(ただし気をつけられる保証はないけど…)。社長達はあっという間に呑み切ったみたいだし、おかわり貰ってこよう。





と、私が席を立ち、最寄の厨房に向かった時だった。


さわさわっ

「ひゃっ…!?」


誰かにお尻触られた…!? この感触は社長じゃないし…! お尻を抑えながらバッと背後を見ると、そこには酔っぱらった男オークが。


「げへへ…姉ちゃんええケツしてんのぅ…」


うわっ…。絵にかいたようなセクハラしてきた。イラっと来たが、私が手を下す必要もない。だって…。


♪~♪~

「おっ…?」


どこからともなく聞こえてきたのは笛の音。それを耳にした瞬間、オークはガタッと立ち上がり、直立に。


「兄ちゃん、ちょっと酒の飲み過ぎだねぇ。水でも飲みな」


そこに現れたのはホレさん。手にしていた水が入ったグラスを差し出した。しかし、オークはそれを拒否した。


「う、うっせえぞババア!」


その怒鳴り声に、周囲は静まる。恐怖から?いいや、違う。何故ならそこかしこから笑い声が漏れてきた。皆、この後どうなるか知っているのだ。


「へぇ…! そうかい、反省の色なしってわけだ。じゃあ、お仕置きだねぇ!」


ホレさんはオークの胸元をガシッと掴む。そしてそのまま…。


「そいやさッ!」


羽布団を大きくバサッとやるかのように…いやぶん投げるように、オークを投げ飛ばした。


「ひいいいっ…!」


哀れオークは空を飛び、酒場の外へ。耳を澄ますと…。


ジャボーン…。


と、遠い水音が。見事、水場に着水したらしい。


「ぴゅうっ! 流石だぜコルンムーメの姐さん!」


辺りから湧き上がる歓声。精霊を舐めんじゃないよ、とホレさんは豪快に笑った。



そう、実はこれがダンジョンな理由だったりする。ここの主は精霊達。喧嘩沙汰やセクハラ案件などのダンジョン内での異常を即座に検知しテレポート。あっという間に対処するのだ。


まずはハメルンさん達が笛を吹いて動きを止め、ホレさん達が酒場外へ投げ飛ばす。飛ばされた彼らが行きつく先は、ローラさん達が用意した池や川。そこで強制水浴びをさせられる。


大丈夫、溺れ死ぬことはない。なにせローラさん達は水の精霊だから。それに死んでもダンジョンだから復活できるし。






「助かりましたホレさん!」


「礼には及ばんさね。ま、アンタならあんな奴瞬殺できただろうけど! おっとパンが焦げちまう!」


シュンッと消えるホレさん。すると、直後にガタっと立ち上がった者達が。どうやら先程飛ばされたオークの仲間らしい。


「テメェ…! オデらの仲間に何しやがった!」

「詫びとして酌をしろ!」


先ほどまでビビって動けなかったみたいのに、ホレさん消えた途端これだ…。無視しよ…。


「おいどこに…。 ピギィ…!?」

「オデらを舐めてると… ブヒィッ!?」


突如背後からオークたちの悲鳴が。もう誰か駆け付けてくれたのかと振り向くと…。


「へぇ…うちのアストに難癖つけるなんて死にたいみたいねぇ…」

「その皮剥いで、箱の材料にしちまっても良いんだぞ?」


…オーク脅してるの、社長とラティッカさんじゃん…。いつの間に…。



ギリギリと首を絞められ、流石にオーク達も酔いが醒めた様子。真っ赤だった顔が青くなってる。そろそろ止めなきゃ…。


「お二人とも、もう良いですから…」


「アストは気にしないの。私達が怒りたくて怒ってんだから」

「そうだそうだ。こういう輩は徹底的にとっちめなきゃなぁ」


「いや、そうじゃなくて…」


♪~♪~


「ほら、笛の音が…」









「あっぶなー…私達まで水浴びの刑にされるとこだったわね…」

「怖えー怖えー…酔いが醒めちまった…。酔い直しだ!」


いや充分に酔ってると思うんだけど…。私がそうツッコむより先に、追加のビールをゴクゴク飲む社長達。ラティッカさんはともかく、社長はまだこの後お仕事残ってるんのに…。


「しっかし、アストも災難だったなぁ。でも美人だから仕方ねえか! その服、超似合ってるしよ!」


「ありがとうございますラティッカさん! あ、そうだ。さっき社長が仕掛けてきたミニスカディアンドルありますけど、着てみません?」


半分善意、半分好奇心でそう返す私。するとラティッカさんはひらひらと手を振った。


「いやサイズ合わんだろ。それに、アタシにはそんな可愛いのは似合わないよ」


「そうですか?案外…いやかなり似合うと思いますよ! なんならミミックの人達が着てるサイズを貰ってきましょうか」


「いいって! てかそんなに言うならアタシのこの服もアストに似合うと思うぜ?着て見るか?」


「えっ! いやでもそれ、やけに露出多いし…」


「良いじゃん、試しに着てみようぜ!! アンタならエロい感じに着こなせるって!」


「もー…! それなら社長にも…。あっ…」



そこで社長を見た私は半笑いを浮かべる。ラティッカさんも。一方の社長が首を捻った。


「何よ。何でそこで言葉に詰まるのよ」


「いや、だってよ…」

「社長が着ると大体どんな服も『可愛らしい』になりますから…」


ディアンドルを着ている社長は、お色気の感じ無し。可愛い少女が親のお手伝いしているようにも見えちゃう。きっとレーダーホーゼン着ても、『腕白少女!』みたいな感じになりそう…。


私達の視線からそれを察したのか、社長は肩を竦めた。


「誉め言葉として受け取っておくわ。 …社長命令。次の社食酒場での宴会時、2人でその衣装交換ね!」


「「えー!!」」








「―あっ。社長、そろそろ再交代の時間ですよ。行きましょう」


時計を確認し、私は社長を引っ張る。しかし…。


「ふへへ…もう一杯だけ…!」

「もっと飲ませろぉ…!」


社長はおろかラティッカさんまでへべれけ状態。よくもまあ数時間でここまで仕上がったものである。


「もう…ほら、酔い覚ましの魔法かけてあげますから」


「嫌ぁ…もう一杯頂戴…!」


まるで見た目通り…ゴホン、子供のようにぐずる社長。んー…どうしたものか。更にお酒飲ますわけにもいかないし…。 あ、そうだ。




「よいしょっと。はいお二人とも、持ってきましたよ」


「「わーい!!」」


私が貰ってきたジョッキを奪い取るように受け取り、ンゴッンゴッと飲んでいく社長達。そして空になったジョッキをドンッと同時に置き、叫んだ。


「「これ、麦茶じゃん!!」」

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