顧客リスト№6 『ミノタウロスの迷宮ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

「社長…!しゃちょーう…!どこですか…!?」


日の光が一切入ってこない、暗い石造りの広い通路。私はランプの頼りない光を頼りに、怯えながら歩いていた。


「まただ…」


目の前に現れたのは何本もの分かれ道。何度目、いや何十度目だろうか。私はもうかれこれ幾時間かはここを彷徨っている。いや、ぶっちゃけどれほど時間が立ったのかすらわからない。周囲の壁も天井も、この分かれ道すらも同じ装いなのだ。全ての感覚が狂ってきた気分である。


「社長…」


歩き疲れた私は寂しくなり、その場に座り込む。こんなことなら、あの時あんなことを言わなければよかった…。


と、その時だった。



カタタ…カタタ…


「? ランプが…?」


地面に置いたランプが微かに振動する。それにより、周囲を照らす光も恐怖を煽るように揺れ始めた。


「…も、もしかして…!」


私は思わず、壁に背を寄せる。しかしその行動は振動が確実に大きく、こちらに近寄ってきていることを証明するだけだった。


ズゥゥン…ズゥゥン…


間違いない。これは、あの魔物が迫ってきている音だ。とうとう壁や床までが大きく揺れ、ランプがガランと横倒しになる。それでもなお燃え続ける灯りは、一本の道を朧気に映し出す。


「やっぱり…!」


そこに浮かび上がったのは天井までも覆う巨大なる影。猛牛のように雄々しきその身体から生えるは2本のねじ曲がった太い角。この迷宮の主、ミノタウロスである。


そして恐ろしき威容の彼が小脇に抱えるは小さな宝箱。そこからひょっこりと顔を出したのは…社長だった。


「やっと見つけた!アスト!」







「しゃちょうぅ! 怖かったですぅ!」


「よしよし、アスト。もう、『迷路得意なんです』とか言って私に勝負を挑むから…。ゴールで結構待ってたのだけど、こんなことならもっと早く探してあげればよかったわね」


泣きながら抱き着く私を宥めてくれる社長。実はどっちが先にゴールにつけるか社長と競争していたのだ。そして結果、勝手に迷う始末。我ながら情けない…。


するとその様子を見た巨体のミノタウロスは、角をコリコリ掻きながら少し申し訳なさそうに口を開いた。


「まあでも、ワイの迷宮の恐ろしさを堪能してくれてなによりだで」






今回依頼を受けたのは、ミノタウロスの『ミノス』さんが所有するダンジョン。ギルドの登録名称は『迷宮ダンジョン』である。中は完全な迷路であり、出てくる魔物はミノスさんの眷属であるガーゴイルのみ。


魔物がほとんどおらず、道中に宝箱もない。なのにここに来る冒険者は絶えない。その理由は、迷路を解けた幸運なものだけが手に入れられるものがあるからである。



「あ、ここを曲がれば良かったんですね…」


「いんや、この後も曲がり角はごまんとあるでな。しかも、毎日ちょこちょこ道を変えさせとるから明日はこの道無いかんもなぁ」


ガッハッハと笑うミノスさんに案内され、ようやくダンジョン最奥部屋の扉前。正直そこまでの道順を覚えているかと言われたら、全く覚えていない。それほどまでにこの迷宮は複雑だった。


「ここがゴールだで、アストちゃん。ほい、入ってみれ」


「おおぉ…!」


その部屋にあったのは金銀財宝、宝の山。床が全く見えないほどの黄金である。あまりにもキラキラ輝きすぎて目が痛くなってしまった。


更に部屋の端にはダンジョン入口への帰還魔法陣も完備されていた。ここに来ることが出来た冒険者は持てるだけのお宝を手に、胸を張って帰ることが出来るのである。





「よっごらしょっ!」


部屋いっぱいの宝の上にドスンと座るミノスさん。それでも彼は大きく、見上げなければ顔が見えない。明日首が痛くなることを覚悟しつつ、私は話を切りだした。


「それでミノスさん。ご依頼というのは…」


「おぉ、そんだそんだ。ミミックを貸してくれんか?」


「ちなみにどういったご事情で?」


「それがのぉ…」


ミノスさんはブフゥと息を吐く。巨体故、その勢いも強い。周囲の金貨がチャリンチャリンと転がっていくほどである。


「アストちゃんはこのダンジョンの目的は知っとるか?」


「はい、確か冒険者と追いかけっこするために作られたんですよね」


このダンジョンは宝を守るためのものではない。ミノスさんの楽しみのために作られたものなのだ。その楽しみとは、ずばり「鬼ごっこ」である。


とはいっても、鬼役はミノスさん固定。入ってきた冒険者達は時たま襲い掛かってくるミノスさんと彼の眷属ガーゴイルと戦いながら捕まらないように迷宮を攻略しなければならない。


捕まれば当然殺され復活魔法陣送り。しかし運よくゴールにたどり着ければ宝の山というハイリスクハイリターンなこの迷宮は人間達にも人気なダンジョンの一つなのである。



「そんだそんだ。逃げる冒険者達を追いかけるのは良い運動になるでな、いい汗をかけてご飯が美味いんだで」


嬉しそうに牛の顔を綻ばせるミノスさん。だがすぐに溜息をついた。今度は鎧までもガランガランと転がっていった。


「一体何があったんですか?」


私に代わり社長が再度聞く。ミノスさんはゆっくりと口を開いた。


「最近、挑戦する冒険者達が減ってきたんだで」




「あら、そうだったんですか。 でも何故…?」


首を傾げる社長。するとミノスさんはまたまた息を吐いた。一際大きく、今度は剣や杖がブワッと吹き飛び、私達は慌てて回避した。


「いやぁ、その理由はわかっとるんだ。この間冒険者を殺す前にちょいと聞いてみたんだで。そしたらな、『迷路が難しすぎて攻略できない』って言われちまった」


「あー…なるほど…」


私は思わずうんうんと頷いてしまう。つい先ほど泣きかけるほどに迷った身だから痛いほどわかってしまった。加えて冒険者達はミノスさんやガーゴイルに追われる恐怖もプラスされている。彼らの事を考えると、少し同情してしまうほどである。


「んだけども迷宮を簡単にしちまえばワイが楽しめない。そんでワイは考えたんだぁ、各所にお助けアイテムを配置しようとな」


「お助けアイテム、ですか?」


「んだ。えっと、この辺にあったがな…」


身体をのっそり動かし近くの宝の山をガラガラ掘り返すミノスさん。雪崩の如く崩れ落ちてきた宝を回避しきれず、とうとう社長と私は埋められてしまった。


「あ、わりいわりい」


ミノスさんに掘り出され、私達は口に入った金貨をケホケホと吐き出す。宝に埋もれて死にたいと冒険者はよく言うが、あんまり良いものではない…。





「これだこれだ」


少しの間宝の山をほじくり返していたミノスさん。引っ張り出してきたのは…。


「高級回復薬、光の矢、万能薬、身代わりブレスレット、魔導書…」


どれもこれも、冒険者達が持っている物ばかり。しかし消耗品ということもあってか、私の『鑑定眼』で見た限りお値段は周りの宝物に比べるとそう高くはない。


「ここに来た冒険者達は宝を持ってくためにこういうのを捨てていくんだぁ。仕留めた冒険者達の分も相まって、結構溜まってきたんだで」


次々と出てくる出てくる大量の道具類。聞くとあまりにも持っていかれないため、別の場所に専用の倉庫を作ったほどらしい。一体今までどれだけの冒険者が挑んできたのだろうか。


「これを置けば冒険者達もまあまあ楽になるだろうと思ってな。んでもなぁ、ガーゴイルは宝箱設置とかそんな細かな作業できん。それでミミックを借りたいんだで」


あんたら見た目宝箱だしな、と笑うミノスさん。しかし私は恐る恐る手を挙げた。


「あの…でもそれだとミミック達が冒険者達を仕留めてしまうんじゃ…」


「あっ…」


ミノスさんは文字通り大口を開け放心する。彼の言う通りにミミックにお助けアイテムを持たせても、彼らが冒険者を仕留めてしまえば無意味。ますます高難易度なダンジョンになるだけである。


「ダメなんかぁ…」


意気消沈するミノスさん。私がどう慰めようか迷っていると、ふっふっふー!とほくそ笑み切れていない元気な声が。社長である。


「いえ、ミノスさん。よく私達を選んでくださいました!」





「まず、各所に置くのは本物の宝箱にいたしましょう。アストの言う通り下位ミミック達を置いてしまうと冒険者食べちゃいますし」


うきうきと提案する社長。一方のミノスさんは怪訝な顔を浮かべた。


「お、おぉ…。んでもミミン社長、ガーゴイル達はアイテムの補充は出来んけど…」


おずおずと突っ込むミノスさん。社長はえっへんと胸を張った。


「その補充の役目こそ、『上位ミミック』が引き受けます!」




上位ミミック―社長のように人型をしたミミック達のことである。下位ミミックと違い、意志を持ち会話もできる存在なのだが…。


「このダンジョン最大の特徴は張り巡らされた迷路です。アストもさんざ迷った通り簡単には解けません。ぶっちゃけ、あの複雑さならば下位ミミック達ですら迷ってしまうと思います」


そこで一呼吸置いた社長。にやりと笑い言葉を続けた。


「ですが、私達上位ミミックは一味違います。空気の流れ、音の反響、勘…いろんなものを駆使し、瞬く間にダンジョンの造りを把握できちゃうんです!」



「えぇ…!?」


私は呆然とする。するとミノスさんが思い出したかのように口を開いた。


「そういえばミミン社長、ワイより早くゴールに着いていたなぁ」


「そうだったんですか…!?」


「んだ。2人がよーいドンで迷宮に飛び込んだ後、少し遅れてワイも追いかけたんだぁ。てっきり途中で抜かしたと思ってたら、ミミン社長だけ既にこの部屋前で待っていたんだで」


つまり社長は迷宮の主と同等、あるいはそれ以上の迷宮踏破能力を持つということ。完全に言葉を失った私を、彼女はビシリと指さした。


「アスト、貴方の挑戦は無謀だったのよ!」


「じゃあ止めてくれても良かったじゃないですかぁ…」


「だって、すんごく自信満々だったんだもの。言えないわよそんなこと」




「と、いうことで派遣するミミック達にはアイテム補充に専念させるのはどうでしょう。それならば派遣する数は少なく済みますし、ミノスさんのお邪魔になりません。自分で裏に戻ってきて食事を摂りもします。もし道中で冒険者と出会ったら軽く戦いアイテムを落とし逃げるようにも指示できますよ」


「すんばらしい!頼んだで!」


社長の提案にミノスさんは諸手をあげて合意。商談は纏まった。代金は勿論大量にあるお宝からである。ふと、とある疑念が鎌首をもたげた私は何とは無しにミノスさんに質問してみた。


「そういえばミノスさん。この財宝ってどうやって集めてるんですか?」


「ん?そりゃ簡単だで。こうやってな…」


ミノスさんは大きな手でつまんでいた契約書に力を籠める。すると紙は瞬く間に黄金の板へと変貌した。


「ワイは触れたものを金に変える能力を持ってるんだで、足りなくなったらこうやって作ってるんだぁ。何でもご先祖のミダス、ってのが発祥らしいんだで」


ガッハッハと笑うミノスさん。実に羨ましい…。と、社長は私にしか聞こえない声で呟いた。


「私の箱も金にしてもらおうかしら…」


「止めてください。絶対重いですから」

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