顧客リスト№4 『ヴァンパイアの吸血城ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

鮮血のように赤いカーペットが敷かれた豪奢な部屋。厚手のカーテンが引かれ、蝋燭の灯りが部屋を照らす。壁にかけられた幾枚もの絵画がおどろおどろしく映し出される。


「よく来てくれたな…。ミミン社長」


食事が配膳された長テーブルに案内された私とミミン社長は、上座に座るマントとタキシードを着こんだ男性に恭しく礼をした。


「お得意様ですから!いつでもかけつけますよ『ドラルク』さん」




ここは彼、ヴァンパイアである『ドラルク』公爵が住まう城である。地下有り、尖塔有りと中々に広大な敷地をしている。


その広さを活用し、彼はそこにダンジョンを作り上げた。ギルドの登録名称は『吸血城ダンジョン』。豪勢な装飾と宝箱、加えて眷属や罠、そしてミミックを至るところに備えた高難易度なダンジョンである。


勿論そのミミックは我が社が派遣した子たち。突然ドラルク公爵に呼び出された私達(正確には私だけだろうが)はどの子かが粗相をしたのかとおっかなびっくり来たわけだが…。


「こんな時間に呼び立てして済まない…。いや、君達にとってはこれが正常か…」


謝るドラルク公爵の声は明らかに弱弱しい。それどころか、灯りに映し出された顔もかなり蒼ざめている。それもそのはず、なにせ今は―。


「真昼にお呼ばれされるなんてびっくりしちゃいました!」




社長の言葉に、私はカーテンの隙間からほんの僅かに漏れこむ日光を見やる。そう、外は晴天。お日様が空高くで万物を照らしている。


だが、彼らヴァンパイアは知っての通り夜行性。それも日光に当たるだけで苦しむほどに極度の。故に太陽が出ているうちは棺桶で眠り、夜に活動するのが彼らの生活様式である。



つまり、こんな時間にドラルク公爵が起きているというのはかなりの異常事態。人間達で言い換えれば真夜中に客を招いた形である。お昼時とあって眷属に私達のご飯を作らせてくれたようだが、その眷属もかなり眠そうにしていた。


「一体何があったんですかドラルクさん。 …あれ、ドラルクさーん! ドラルクさーーん!」


社長は箱から身を乗り出し、声を張る。なんとか聞こえたらしく、彼は睡魔を払うように頭を振った。


「…すまない。実はこのところ寝不足でな…。吾輩だけではない、城にいる我が眷属全員がだ」


「そのようですね…。またお伺いし直しましょうか?」


「いや、少し見てもらいたいものがあるんだ…。だがまだ来ていない…。冷めないうちに料理を食べてやってくれ…」





お言葉に甘えて私達が食事を頂いていると、ドラルク公爵は説明と眠気晴らしがてら訥々と語り始めた。


「我らヴァンパイアは人間の血を好物としている。大半の同族は深夜人々が寝静まった時を見計らって血を頂きにいくが、吾輩は別の方法を考えた」


「お屋敷のダンジョン化、でしたよね」


もぐつきながら、社長は答える。ドラルク公爵は疲れた顔でにこりと微笑んだ。


「その通りだ。吾輩はある時気づいたのだ。人の血は、闘争に没入するほど濃く、欲にまみれるほど深い味わいになるということにな」


血の味を思い出してか、恍惚とした表情を浮かべるドラルク公爵。その顔のまま、彼は言葉を続けた。


「しかしそんな条件を満たす人間なぞ、碌に見当たらない。ならどうすればいいか。そして吾輩は思いついた。その条件を満たす者どもを呼び寄せればいいのだ。ミミン社長の協力もあり、今や我が城は美味な血が潤沢に手に入る格好の狩場になった!」


昂った彼は急に立ち上がり、天を仰ぐ。そして私達が驚いたのを見て、照れ隠しに咳払い一つして再度座った。あれが深夜テンションというものなのだろう。


「…だが、吾輩達は夜行性。故に日が出ている内はダンジョンの扉は固く閉じている。そうでもしなければこちらが容易く負け、赤字だからな。それだというのに…」


ドラルク公爵がそこまで言った時だった。




ボスン…! ボスン…!


部屋の扉に何かが当たる音。控えていたドラルク公爵の執事さん(眠そう)が扉を開けると、勢いよく入ってきたのは大きな目玉を一つ備えたコウモリ。慌てるように飛んできたその子はドラルク公爵が伸ばした手にすっぽり収まった。


「その子は確か…」


「『監視コウモリ』だ。遠くにいる番が見た映像を遠隔で見ることができる。 映してくれ」


ドラルク公爵の合図に、監視コウモリは空中に映像を投影する。そこに映っていたのは…。


「ここって冒険者達が入るための正門ですよね?」




来客を拒むように、結界で封じられた厚い門。なのにも関わらず、その扉が僅かに開いた。結界の力が働き即座に閉じられるが…。


シュンッ!


滑り込むように入ってくる複数の5つの影。それはなんと冒険者達であった。


「見た通りだ、城の至る所の結界が弱まり始めている。それで連中の様な侵入者がちょこちょこ入ってくるようになったのだ」


溜息をつくドラルク公爵を余所に、映し出された冒険者達はパーティーメンバーの魔法使いを囲む。すると次の瞬間―。


「わっ、速い!」


人ならざる速度で走り出す冒険者達。どうやら素早さ強化の魔法をかけたらしい。各所に仕掛られた罠が起動するより早く、控えているドラルク公爵の眷属をすり抜け宝箱を漁り始めた。監視コウモリが一生懸命追いかけてくれているからなんとか画面に映っているレベルである。


と、ミミン社長が何かに気づいた。


「眷属の方々、動きが鈍くありませんか?」


その言葉に、ドラルク公爵はゆっくりと頷いた。


「皆、今は活動時間外なのだ。無理を言って武器をとってもらっているが、戦いにすらならない。夜ならばあんな連中一捻りだというのに…!」





そんな間に、彼らは私達がいる部屋に迫る。ドラルク公爵は大きく息を吐き、眷属の執事さんに目で指示を送った。


「本当に済まない。ミミン社長、アストくん。彼らは吾輩を倒すためにここにくるだろう。吾輩が無様に負けて復活するまで、そっちの部屋に隠れていてくれ。そこは安全を保障する」


よっこいせと立ち上がり、戦闘態勢を整えるドラルク公爵。机も椅子も消え、部屋は広めの戦闘フィールドになったが、やはり本人が絶不調。フラフラである。


「どうします社長?」


「決まっているでしょ!」


私の問いにフンスと意気込む社長。なら仕方ないと、私は執事さんに一枚の紙を手渡した。


「執事さん、これ私達の復活魔術式です。もしもの時はこれでお願いします。勿論ご主人優先で構いません」


私の言葉に執事さんはおろかドラルク公爵も驚く。そんな彼らに向け、ミミン社長はポンと胸を叩いた。


「お得意様を見殺しにはできませんよ! これもアフターサービスです!」






バァン!と勢いよく扉が開き、4人の冒険者が現れる。彼らの1人が仁王立ちするドラルク公爵を指さし叫んだ。


「滅びよ! ここはお前の住む場所ではない。暗闇の中に帰れ!」


「また貴様か…下らん、我らの寝込みを襲い宝を狙う蛮族が何をほざく」


呆れ顔のドラルク公爵。冒険者達は揃ってあくどい顔を浮かべた。


「フッ、それが嫌ならば宝を置いて棺桶に戻るんだな!」


「断る」


「ならばこの、我が一族に伝わりし鞭を食らえ!」


伸縮自在の鞭が勢いよく伸び、ドラルク公爵を打とうとしたその時だった。


バチィン!


「何…!?」


急に飛び出してきた宝箱に、鞭は弾かれる。蓋がパカリと開き、姿を現したのは勿論我らがミミン社長である。


「はいはーい、貴方たちの相手は私達!」


ドラルク公爵を守るように、私達は冒険者達の前に立ち塞がる。彼らも私達を敵と認識したようである。


「ミミック…!しかも上位の! 加えて悪魔族か! 傭兵か?」


「まあお金の関係なのは当たりね! アスト、援護お願いね」


そう言うと、社長は蓋を閉じる。そしてそのまま―。


ギュンッ!


勢いよく床を滑った。上位ミミックがよく行う技、『宝箱ダッシュ』である。逃げる冒険者を追うのが本来の使い方だが、直接出向くこともできるのだ。かなり疲れるらしく、社長は普段面倒がってやらないが…


「うおっ…!」


慌てて社長に攻撃を仕掛ける冒険者達。だが彼女の箱は全てを弾き、瞬く間に彼らの足元へ。


「つーかまーえた!」


僅かに開けた蓋の隙間から手を伸ばし、鞭をもった冒険者の足を掴む社長。相手は悲鳴をあげる暇なく箱の中に引きずり込まれた。


暫しの間、冒険者達は沈黙する。人が入れるはずがない大きさの宝箱へ仲間が吸い込まれたことに混乱しているようだ。


「よいしょ!」


と、蓋が開き何かがべちょっと投げ出された。それは、平べったく潰され力尽きた冒険者だった。


「さ、お次は誰?それとも全員いっぺんに来る?」


にっこり笑う社長に、冒険者達は武器を捨て回れ右。脱兎のごとく扉へ向かう。が―。


「逃がしませんよ」


立ちはだかるは羽を大きく広げ手に闇の魔術を用意した私。逃げ場を無くした冒険者達はへたり込んでしまった。






「弱かったですね」


「ドラルクさん達の動きが鈍る時間に来てるんだもの、元々実力は無かったんでしょ」


呆気なく仕留められた冒険者達を横目に、私達は再度席についた。ドラルク公爵は面目ないと謝り、先程の話を続けた。


「先程も述べた通り、この城に張ってある結界がところどころ綻び始めているのだ。修復をしたいが、先程のように昼も夜も冒険者達に押し入られ休む暇がない。だが、これを見て欲しい」


再度、監視コウモリが映像を映し出す。そこにあったのは、城のどこかにあるミミックだった。


「あっ、食べてますね」


よくみると、先程侵入した冒険者の1人がもぐもぐと食べられている。道理で入ってきた影は5つなのに、現れたのは4人だったわけである。


「素早く動く冒険者達も、彼らはしっかりと仕留めてくれる。ミミックに任せておけば吾輩の眷属達もゆっくり休めるというものだ。頼む、ミミン社長。ミミックをもっと貸してくれないか?」


平身低頭する勢いのドラルク公爵。対して社長の答えは…


「えぇ、わかりました!派遣いたしましょう!」


当然、二つ返事。安堵したドラルク公爵が少しの間気を失ったのは、本人の名誉のためここに書く以外内緒である。




「差し当たり、全ての宝箱にミミックを仕込みましょう。昼間の間だけならば新規の子達のお値段は半額で構いません。お代金のお支払いも、結界が直ってからで結構です。あ、でもミミック全員分のお食事はお願いしますね」


商談を進めていく社長。私は少し気になり、社長にこそりと聞いた。


「良いんですか?そんな大盤振る舞いして…」


「良いのよ。ドラルクさんは踏み倒す方じゃないし。それに、こういうのは徹底的に、冒険者達が行きたくないと思えるほどじゃないとね!」


フフフと笑う社長の笑みは邪悪。私はただただ冒険者達に合掌するしかなかった。

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