第3話 ファンドとの戦い?

3.ファンドとの戦い?



この世界に転移してからの俺のやるべきことは決まった。四年をめどにこの世界の経済をすべて支配する。そして潤沢な資金でクローン人間を作り出しその体に転移する。元のユリカの体はのしをつけてお返ししよう。


『のしって何?』


『最近よくでしゃばるな元ユリカよ。精神に負担はないのか?』


『あなたの勝手な行動で世間からひんしゅくを買わないかのほうがよっぽど気になるし問題だわ。あ、それにようやくあなたの意識に同調するコツがわかってきたの。これなら一日一時間程度なら意識をあなたと共有できるし、そこから得た情報をもとにあなたにいろいろアドバイスできるわ』


『ならば良い。それならば要所要所で適切なアドバイスを頼むぞ』


『その要所要所で私の意識があなたと同調していればだけど』


『まあ良い。ちなみに「のし」とは魔法のことだ。なにぶんこの世界は魔力の根源たるマナが少ない。それでも生活魔法程度なら少し練習すればできるようになるぞ』


『生活魔法って?』


『かまどに火をつけたり、暗い夜道を照らしたり、水を湯に変えたりと』


『あーーー、いらないわ。間に合ってるし』


 科学の発達したこの地球では生活魔法程度ではバカにされるようだな。ならば、


『攻撃魔法はどうだ。この世界のマナでも石礫を高速で飛ばして人を殺傷できるぞ』


『銃刀法違反で捕まるでしょ!』


 ちょっと怖い元ユリカであった。


 それよりさっそく株だ。株式投資は調べたところ、未成年でもできるそうだ。元ユリカに聞くと自分名義の株取引口座はすでに持っているそうだ。もちろん花菱銀行と花菱証券という自分のところのものであったが。俺は魔法パントリーに格納していた金の延べ棒を五十キロほど出す。とりあえずこれを資金にするつもりだ。それを芽衣にあずけ現金化すると同時にユリカの口座に入金してもらうことにする。

 芽衣は俺が魔王であることを知っているせいか金塊を見ても驚きもしなかった。もちろん口止め料として一キロほど芽衣には渡していたが。


『えっ? それって芽衣の一年分の給与よりきっと多いよ!』


 芽衣が父親で俺の車の運転手でもある猿飛佐助と一緒に、花菱の金取引所に出かけてから二時間。ポロロンとユリカのスマホに銀行入金のお知らせが入る。パソコンでも残高を確認するが元からあったユリカの残高とあわせて百億円となった。ある程度は予想していたが、元ユリカはすでにとんでもない資産家であったのだ。


「フフフッ、これから俺の覇道の一歩がはじまるのだ!」


 俺の知能指数はこちらの世界の基準では百七十を超えている。先ほど読んだ経済書。そして完全記憶能力。もはや無敵な感じしかしない。さっそく資金を倍に、いや五倍、十倍にしてみせるぞ。

 さつそく俺はパソコンに向かい投資サイトを開いた。


 そして八時間後。俺はほぼすっからかんになったユリカの銀行口座の残高を見て、がっくりときていた。


『あーーー、言わんこっちゃないわね。短期でこんだけ投資するとファンドに気付かれて一気に売り注文が入るのよね。所謂「つぶし」に誘導されたってわけね。潤沢に資金のある初心者が陥る罠ね。ま、今回はしょうがないわ』


 元ユリカはあきらめモード。俺も今回はお試しということで魔法パントリーの資産の百分の一も使ってないが。それにしても精神的ダメージが大きい。


『新興上場企業はほとんどファンドの息がかかっているから気を付けないとね。私も小学生のころはさんざんこの手のファンドにやられたわ』


 元ユリカは小学生から株を始めていたらしい。これも花菱の帝王学なのだろうか。


『それにしても、俺がしてやられたファンドはとてつもない資金力と情報収集力を持っているようだが。元ユリカ。心当たりはないのか?』


『おそらく投資グループを十以上支配下に置く、「ブラフマンファンド」ね。確かグループの長は女性。花菱の情報機関では清友グループの跡取り娘「清友麻衣子」がその長であると断定しているわ』


『清友グループとは?』


『花菱に敵対する巨大企業グループよ。その規模は花菱の七割ほど。海外資産を含めるとほぼ互角といったところかしら。特に海外へのリゾートへの投資は近年すごいものがあるわ』


 俺はデイトレーダーというわけでもないので、パソコンをスリープするとダイニングルームへと行く。すでに夕食は用意されていた。時計を見ると午後七時を少しまわったところ。そこには剛毅が待っていた。両親は相変わらず忙しいようで不在だ。剛毅にきくとヨーロッパに出張で一週間は戻ってこないそうだ。


「ユリカ。浮かない顔してるな」


「ちょっと株でミスって。百億ほど損しちゃった」


「ユリカならすぐに取り返せるだろう。アークなんだし」


 剛毅は驚いた様子もなく逆にそれとなく嫌味を言う。株には魔法は通用しないのだ。未来予見の魔法でもあれば別だが。と、そこで俺は思い出す。


『未来予見の魔法はないが、未来誘導の魔法ならあるな』


 特定の人物の意思をコントロールする。その人物がある場面で二者択一の場面に出くわした時、選択を誘導できるのだ。ただ、その魔法を使用するにはその人物に一度会わなければならない。そして密かに魔法陣をその人物の体に刻印する必要があるのだ。その場所は丹田の裏側。つまり尾てい骨のすぐ上なのだ。かなり困難な過程を必要とする魔法。が、効果は絶大なはず。

 俺は食事を掻き込むとすぐに自室に戻る。そしてパソコンを立ち上げ、花菱の企業用サーバーにアクセスする。五重のファイアウォールがあるが、元ユリカから教えてもらったパスコードで最重要機密領域の一歩手前まで行きつけた。この領域には花菱に属する人物、反対に花菱に敵対するかもしれない人物のプライベートデータがすべて格納されている。


「あった」


 そこには「清友麻衣子」のプライベートデータがすべて記入されていた。

 住所氏名生年月日はもとより、学歴や友人関係。趣味や習い事。はては好きな食べ物まで。驚いたことに最近、昨日どころか僅か一時間前までの行動データもすべて事細かに記載されていた。


『花菱にとっては、将来敵対するかもしれない重要人物の一人と考えられているのね。おそらく御庭番が付きっ切りで観察しているはずよ』


『御庭番って?』 


『忍者みたいなものね』


 俺は思い切ってこの清友麻衣子に会うことにした。そして未来誘導の刻印をなんとしても尻の上に刻まなくてはならない。俺には勝算があった。清友麻衣子のプライベートデータにはある特徴が記されていたのだ。「ユリの傾向がある」。ユリとはつまり女性でありながら女性が好き。麻衣子の写真を見るにかなりの美人なににもったいないと思うが、今の俺にとっては好都合。

 筋書きはこうだ。まず、俺は資産をすべてすってしまったと文句を言いに麻衣子のところに乗り込む。そこで麻衣子は俺を軽くあしらうだろうが、今、俺は絶世の美少女。麻衣子の食指が動くはずだ。そして俺は麻衣子とねんごろになり裸の付き合いで麻衣子の尻の上に魔法陣を刻む。 

 

『われながら完璧な計画だな』


『どこが完璧なのよ、私の貞操が危ないじゃない!』


 すかさず元ユリカから激しいお叱りが。相談の末、一緒にお風呂までならOKとなった。


 翌日。 

 いざ清友麻衣子の元へ。お庭番からは麻衣子が自宅にいるのを確認している。

 まさか門前払いはなかろうと高を括るがちょっと不安。なんか、こっちの世界に来て魔王とかの自身がかなり喪失している自分に気付く。


『頑張って魔王。私の人生もかかってるのよ』


 元ユリカの励ましに勇気づけられる。


 麻衣子の自宅は以外と花菱の屋敷からは近かった。自身のグループの清友傘下のビルなどではなく、タワーマンションの最上階に居を構えていたのだ。そのタワーマンションは屋敷から目と鼻の先であった。歩いて十分もかからなかった。とりあえず芽衣をつれて屋敷を出る。俺の正体を知る芽依には今回の計画を事細かに伝えている。ま、何かあったら今のところ芽依を頼るしかないからな。

 男の俺としては女性宅の訪問ということで着るものに迷う。が、芽衣のアドバイスで普段着よりはちょっとおしゃれなツーピースにコートを羽織ることで解決。日差しの出ていない今日はちょっと寒い。

 足早に歩くが、おそらく周りにはこっそり護衛のお庭番とかいうのがついているのであろう。が、旨く気配を消している。変に麻衣子に警戒されてもいけないが、これなら問題はないだろう。

 マンションの入り口に着くと俺はついてきたメイドの芽衣に向かいのカフェで待機するように命ずる。芽衣は心配するが、俺の正体が魔王サタンであることを思い出したのかすぐにカフェに入って行った。

 マンションのインターホンに名前を告げるとすぐにセキュリティロックのかかった回転ドアが回りだす。中に進むとかなり広いホールがあり、エレベータが四基稼働していた。そのうちの一基に乗ろうとすると、


「もっと奥に専用のエレベータがあるわ。それに乗って」


 ホールに女性の声が響く。おそらく麻衣子自身であろう。さらに奥に行くと豪華な螺鈿の模様のついた扉が。どうやらそれがエレベータらしい。近づくと扉が開く。そしてエレベータに乗り最上階へ。そこはペントハウスであった。

 まさに緑の楽園といった風情だ。熱帯の植物が生い茂り、ガラス張りの屋根から燦燦と日差しが降り注ぐ。まだ四月にもなっていないのに汗ばむ暑さだった。コートも脱ぎ去り、ジャケットも脱いでしまう。

 植物独特の香りにむせそうになるが、心地よい風も吹いてくる。なかなか凝った作りのペントハウスだ。

 中庭らしきところを抜けるとログハウス風の建屋が見える。周りを見渡すが人はほとんどいないようだ。シークレットサービスなどもいないのかと逆に不安になる。

 建屋の玄関らしきところ、といっても特にドアもなにもないのだが、たどり着くと中から人が現れる。


「ようこそ、花菱ユリカさん。私が清友麻衣子です。よろしかったら中でお茶でもしましょう」


 現れたのはまだうら若き清楚な美人だった。黒いストレートヘアはつややかで、整ったうりざね顔は典型的な日本美人という感じだ。

 ログハウスはさして広くはなく、リビングとベッドルームに麻衣子の仕事部屋と後はキッチンバストイレといったものだ。ただすべての部屋に間仕切りはなくすだれのようなもので仕切られているだけだ。照明はすべて間接照明で日本の家屋とはずいぶんと趣を異にする。

 驚いたのは仕事部屋と思わしきところ。三十インチのモニターがずらりと八基も並べられている。表示されているのは棒グラフや折れ線グラフ。さらに激しく明滅する数字。ここだけはまさにデイトレーダーの根城といった感じだ。


「今はAIをかなり導入しているので、前みたいに付きっ切りというわけではないの」


 麻衣子は俺の視線を見て話している。かなりできる人間なのであろう。


「それはすごいですね。少しでも私の参考になればいいのですが。私は昨日百億円も損をしてしまいましたので」


「一日で百億ですか。私は昨日一日で百億ほど稼がせていただきましたが」


 目元が笑っているところを見ると、完全に俺のことがわかっているようだ。


「ならば、その百億の稼ぎ方を私に教えてほしいのですが。ただとは申しません」


「それはお茶をしてからゆっくり話しましょう。今日は良い紅茶がはいりましてよ」


 麻衣子自らがいれた紅茶を啜る。かなり高級な葉であるのはすぐに分かった。


「専用の茶畑で作らせているダージリンのファーストフラッシュですのよ」


 さすがに海外リゾートをいくつも抱える清友グループだ。世界中のセレブを納得させることに金は糸目をつけないのであろう。添えられたクッキーも最上級品でおいしかった。


「それにしても素人が百億を動かすって、花菱は本当に金持ちなのね。まだ余っているようなら私が運用してあげてもいいのよ」


 まあ、普通ならそうだろう。その運用実績で一機に頭角を現した「ブラフマンファンド」なのだから。俺の資産をすべて預ければそれなりに増えるのは解っている。が、それでは足りないのだ。逆にブラフマンファンドの資産をすべて俺の手にいれたい。それが今日の訪問の目的。なんとしても麻衣子に「未来誘導の魔法印」を刻まなくてはならない。ここは最悪魔力を使って麻衣子を眠らせることも考える。

 とその時、


「それにしてもあなたの魔力は半端ではないわね。でもここは魔力の元のマナが百分の一になる結界の中なのよ。残念だったわね。あなたの目論見は達成しないわ」


 どうやら麻衣子には俺がただの人間ではないことはお見通しのようだ。


「あなた魔法使いでしょ。所謂魔法少女ね。私にはわかるの。実は私は退魔士の家系なの。魔法少女でも魔物でも私の前では魔力は使えないわ。でも若いのになかなかの実力者のようね。結界の中なのにビシビシと魔力の波動が伝わってくるわ。どうかしら、私も最近、体がなまっているの。ちょっとお手合わせしてくれないかしら」


 どうやら麻衣子は俺のことを魔法少女かなにかと勘違いしているらしい。実は魔王サタンなんだけどな。にしても本当に魔力は使えないみたいだ。試しに手に魔力を込めファイアボールを出現させようと試みるがマッチ三本分くらいの火がともっただけ。

 地球のマナはアークランドの三分の一。さらにここは百分の一。合計で三百分の一。

 とてもではないが麻衣子に魔法印を刻印できる場所ではない。が、麻衣子は俺にどうやら勝負を挑んできたらしい。これは受け手たつとするか悩むところ。


『まあ、ダメ元だし、受けてみたら』


 元ユリカのお許しが出たようだ。ならばとその旨を告げると麻衣子は、


「ここじゃ結界でマナは百分の一。納得いかないかもしれないので場所を移しましょう。ここの地下の練習用の体育館はマナの量をある程度コントロールできるの。そこでなら良いでしょ」


 俺はにべもなく同意する。

 ペントハウス直通のエレベータは地下にも行くことができた。そこは普通の体育館とほぽ同じ広さ。ただ床が板張りではなくゴムのような素材が張られていた。


「マナの量は五分の一ほど。これなら私と互角以上に戦えるはずですよ。さ、いらっしゃい」


 麻衣子はいつのまにか上下黄色のジャージに着替えていた。まるでキルビルだ。装備としては退魔士にしては珍しいクリルナイフ。なにやら奇妙な模様が描かれている。おそらく西アジアの魔物退治のやからが使っていたものだろう。

 俺は魔法パントリーからバスターソードを取り出すと、サタンに変化する。

 が・・・・


「何ソレ? 笑わしてくれるわね。あなた魔法少女じゃなかったの? ま、魔物の一種ということは解ったけど。微妙ね・・・」


 俺は大魔王サタンに変身したつもりが、可愛らしい角を生やし、クリンと輪っかをつくる短いシッポを持ったタヌキに変化していた。いや、正確にはタヌキモドキであったが。中途半端なマナの量で完全変化は出来なかったようだ。が、マナの量はアークランドの十五分の一。人間一人くらいなら無敵のはずだ。外見とは裏腹にけっこう強力なんだぞ。そんなことを思うまもなく麻衣子は攻撃態勢に入っていた。


「じゃ、さっそくいかせてもらうわ。清友流退魔道術その一、波動刃!」


 麻衣子のクリルナイフから無数の半月型の光の光線が飛んでくる。とっさによけるがその過程で上着がズタズタに裂けてしまった。さらに光が飛んでくるが俺は縮地の術で後退し、その射線から避ける。が、それを見越した麻衣子は構えを変える。


「清友流退魔道術その二、風波!」


ドォーーーン!

 

 突然、重たい空気の壁が俺を打ちのめす。俺はたまらず地面に倒れそうになるが、くるりと体制を立て直しジャンプ。通常なら空中浮揚も可能なのだが、マナの薄いここではせいぜい五メートルほど。逆に麻衣子の背後を取る。チャンスだ。俺は麻衣子の衣類を引き剥がすべく水流魔法を放つ。大量の水が亜空間から召喚され麻衣子に向かう。

 うまくいけば麻衣子の服が引き剥がされ「魔法印」を刻むことができるかもしれない。ここのマナの濃さなら十分可能だ。

 が、麻衣子の障壁術に水流は方向を変えてしまう。


「なかなかやるわね。可愛い魔物さん。あなたサキュバスか何かかしら。どうやら西欧の魔物らしいわね。私の相手に不足はないわ」


 障壁術はやっかいだ。なんとか打ち破る手段を考える。ここは単純に縮地の術で懐に入りパンチを浴びせるのが一番か。魔力をふり絞れば障壁術はなんとか相殺できるレベル。俺は全身に魔力をみなぎらせ、縮地で麻衣子の懐に飛び込む。そしてパンチを鳩尾に打ち込む。


ドガッ!


 通常の人間なら良くてあばらの骨を五、六本折るレベル。下手をすると死んでしまう。


「ほっ、やるわね! でも残念。このジャージには衝撃吸収の術をかけているの。退魔士なら普通の装備だけどね。じゃ、最後の術。清友流退魔術その三。幻夢!」


 俺は一瞬目眩がし、その場に倒れてしまう。倒れ際に亜空間から召喚した大量のスライムを周囲にぶちまける。このスライムで俺の体を包み麻衣子のいたずら?から少しでも時間を稼ぐつもりだ。が、そこで俺の意識は途絶えた。


 気がつくと麻衣子のベッドルームに裸で寝かされていた。貞操の危機はどうなった。


『大丈夫よ。あなたが寝てる間に覚醒して二〇分ほど抵抗したわ。そしたら諦めた』


 どうやら元ユリカが覚醒してくれたようだ。普通なら一〇分ほどなのにその倍近く頑張ってくれたのだ。感謝しかない。いや、自分のことだから特に礼を言うほどでもないのか。


「気がついたようね。あら、元に戻ったのね。あの金髪の子が元のあなたってわけね。それよりスライム取るの苦労したわ。グニョグニョでなかなか取れないし。気持ち悪さとあなたの抵抗もあってイタズラする気も失せてしまったけどね」


 どうやらあの後、何もなかったようだ。ホッとするが今は裸。裂けてしまった服は着るわけにも行かないので麻衣子から服をいただく。クリーニングして返すと言うと服をズダズダにしたのは私だからとプレゼントしてくれた。元ユリカによるとブランド物でかなり高価なものだそうだ。

 麻衣子が退魔士。一筋縄ではいかないようだ。これは早々に退散して次の手を考えるべきか。

 そんなことを考えていると、


「ウフッ、でもとても可愛いわ。ね。今日は泊まっていきなさいよ。ゆっくりと投資のお勉強をしましょうか」


 麻衣子の目つきはちょっといやらしさを含んでいる。おそらく俺をさらなる毒牙にかけるつもりだろう。女性の性感は男性の二十倍とか言われている。俺も元は男性。相手が女性ならばその世界をちょっと覗いてみたい気分になる。


『ダメよ。今日はちゃんと家に帰るの! 断りなさい!』


 元ユリカからの駄目だしが入ったのは当然である。とりあえず今日は用事があるからまた今度とスマホとかの連絡先を交換してマンションを出る。麻衣子はちょっと残念そうだったけど。

 マンションを出ると向かいのカフェから芽依が慌てて出てきた。


「ご無事でしたか」


 俺の服装が変わっているのと、ちょっと疲れた表情だったのか芽依はかなりビックリしたようだ。ま、あまり無事でもなかったかもしれないが、俺のプライド的には、


「ええ、なんてこともなかったわ」


 今回は麻衣子に一本取られた形になったが、実は俺は勝利を確信していた。実は麻衣子の仕事部屋に隠しカメラを設置したのだ。このカメラは俺が発明した量子スピン伝達カメラ。僅か2ミリほどの大きさで天井に設置した板張りの天井なので、まず気づくのが不可能。しかも凄いのはあらゆる妨害電波や電波遮断の工作をしてもいっさい関係ない。また、あらゆる探知の技術、魔術を使ってもその発見は不可能。この隠しカメラは映像を亜空間を利用した現空間を超越した伝達を行うことができるのだ。

 

 あれから一週間。三月の最終日。俺はモニター画面をにらめっこしていた。脇のもう一台のモニターには麻衣子の仕事部屋のモニターがしっかり映し出されていた。その画像を俺独自で開発したAIが分析し麻衣子の株価操作の未来予想をする。俺はそれに先んじて投資をする。たった一週間で俺の株における資産はなんと五百億円を超えていた。


『とりあえず、元手は取り返し、さらに上乗せってところね。覇道のまず一歩はうまくいったってことかしら』


 意識上に上がってきた元ユリカが満足そうに画面を見つめている。


『それにしても魔王サタンて物理学でもノーベル賞級の頭脳の持ち主だったのね。この量子スピン通信の技術だけで一兆円はいけるんじゃないの?』


 一瞬、俺もその意見に賛同しかけるが、ここはまだ秘匿で行きたい。なんといっても覇道を成し遂げるには俺の試算では百兆円ほどいるはずだからだ。大国の国家予算レベルをはるかに上回らなければ覇道とは言えない。


『まだまだだ。ユリカよ。共に突き進むしかないのだ。これからもよろしく頼む』


『それより、明日から高校生よ。大丈夫かしら』


『それは心配ない。俺の絶対記憶力ならば造作もないこと。とっくに教科書は丸暗記した』


『いえ、そうじゃなくて友達関係とか。私の昔からの友達も学院に進学するのよ』


 ちょっと大変なことになりそうだなと今は現実逃避するのだった。



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