第118話 罪状

 証言台に五人が立つと、中央の椅子に座っている男性裁判官が淡々と名前、年齢、職業を質問する。


「何で答えなきゃいけないのよ」

「被告人は質問されたことに答えなさい」


 フィーリスが拒否するが、男性裁判官は冷静に指示する。

 言い返しても無駄と感じたのか、フィーリスは渋々ながら答え、そこからクロンズ、アリアーシャ、グラディールの順にフィーリスと同じように答えていく。


 しかし、ファルだけは四人と違い素直に答えた。


 質問が終わると、男性裁判官からソリト達原告側に罪状を読み上げる様に指示が出された。

 リリスティアが椅子から立ち上がり、先程持ってきていた資料を手に取り、クロンズ達の罪状を読み始めた


「被告【嵐の勇者】クロンズ、【賢者】ファル、【魔弓師】フィーリス、【治癒師】アリアーシャは原告【調和の勇者】ソリトが強姦した、と被告クレセント王国国王グラディールに虚偽の報告をし冤罪を擦り付けました。その後、被告クロンズは原告ソリトに接触し聖剣を要求。これを同人は返答に応じ返却しましたが、同被告人は聖剣に拒絶され、それを反逆罪として訴え強制連行を謀りました。しかし、そこに居合わせていたもう一人の原告【癒しの聖女】ルティアが制止して抗議。ですが抗議に応じず、被告クロンズは共犯者として同行していたグラディール直属の騎士団に命じ、同人を拘束して人質にした状態で共に連行。その後、被告クロンズが城内で決闘を申請し、原告ソリトはこれを拒否します。それを被告グラディールが王命として強制的に決闘を受諾させました。そして決闘時………」


 それから、リリスティアはフィーリスの決闘への介入による不正、決闘場に無かった聖剣の力を使って不正した為に敗北判定。加えて他者の決闘への介入はスルーにするというグラディールの判定の疑惑。


 そして、クロンズ達が遥か昔の魔王四将の封印されていた物を、今は滅びてしまったあの村に渡して間接的に壊滅させたことを淡々と読み上げる。

 静かにするよう裁判官が指示するが、一時的に静かにするだけで、合間に朗読されている内容にやっていないと声を荒げてクロンズ達は強く否定する。


 それでもリリスティアは罪状を読み続けた。


「そして、本日より五日前の深夜。当時、原告と被告は中央都市アルスで起きたスタンピードの為に要請が掛かっていました。そして沈静化した後、被告の【嵐の勇者】一行と被告に同行していたアポリア王国の騎士団、現在は権限停止されていますがアポリア王国の王太子である被告クロンズ直属の騎士団だそうで、彼らは被告の命令に従って原告ルティアを拘束し誘拐。同じく原告の護衛ドーラが救出しようと抵抗していましたが、行動不能になるまで暴行を受け、共にとある借家へ誘拐……」


 内容を聞いていると、ソリトは左隣からピリピリした気配を感じ、視線を向けた。

 その先では、クロンズ達に刃を突き刺すような視線をルティアが向けていた。

 気丈に振る舞ってはいるが、視線を落とせば、怒りを必死で押さえているのか戦闘ドレスのスカートの裾をギュッと握り締めている。


 押さえなければ感情を隠せない程の怒り。

 それを抱く権利がルティアにはある。でも、表に出さないのはこの場で手を出すのは愚行だと分かっているからだ。

 しかし、まだ序盤でこの状態であれば、クロンズ達の発言次第でルティアが感情を爆発させても可笑しくないだろう。


「っ!……ソリト、さん?」

「今だけだ。落ち着いたら離す。嫌なら直ぐ離す」

「嫌じゃありません……ありがとう、ございます」


 危ういルティアを見かねたソリトは、正面を向いたまま黙って彼女の震える右手に自分の左手を重ねた。

 それで少し心に余裕が生まれたのか、ルティアは感謝をソリトに述べた。


 ドーラの方は威嚇するようにクロンズを睨んでいた。その様子から、クロンズを基準に相手の善悪を感覚的にドーラなら判断出来るかもしれない。そう考えれば、成長させてくれたことに関してだけはクロンズに感謝しても良いな、とソリトは思った。


 その間にリリスティアは資料を読み終えるところだった。


「罪状、虚偽申告、脅迫、強要、誘拐、暴行、準強姦、虐殺共謀、信用毀損、名誉毀損、そして聖女誘拐強姦未遂で教会への反逆、勇者への冤罪共謀により国家転覆」


 また、グラディールには職権濫用、強要、侮辱、信用毀損、名誉毀損、国家反逆が罪状として提示された。

 この件に関しては国王という立場と権利を利用して不当な逮捕、決闘の強制、決闘不正の黙認と少ないので仕方ないだろう。


 だが、それだけで同じ法廷で裁判をするには理由が薄いのではないだろうかとソリトは疑問を抱く。


「僕は虐殺などしていない!!」

「そうよ!しかも何でそんなに罪状があるのよ!」

「国家転覆なんてありえないよぉ!」

「被告人は静粛に!!」


 クロンズ、フィーリス、アリアーシャが立ち上がって大声で否定する。

 しかし、その直後に男性裁判官が声を張り上げて黙らせた。

 そして、リリスティアは資料を机に置き、別の資料を手に取り再び読み始めようとした直前、ソリトはリリスティアから一瞬だけ視線を向けられた。


 直ぐに右隣の席にいるリリスティアに目を向けるが、視線は資料に向いていた。

 仕方なく、ソリトは訝しげな表情を浮かべたまま内容を聞くことにした。


「続いて、被告人グラディール・クレセント個人の罪状です。八日前の午後一時二十分。クレセント王国南東部辺境にある街、アロへ近衛騎士を派遣し、街中にある教会でシスターをしている元モリス侯爵家令嬢マリー氏とアロの教会経営の施設で暮らしている子ども達を王都へと連行しました」

「ッ!!」

「……理由は勇者を犯罪者として育てる施設とシスター、そしてそこに住まう子どもは危険だと教会の許可も得ず、即刻捕縛せよという命令が下されたと被告直属の近衛騎士団全員が供述しています」


 途中、ソリトは心が怒りで一杯になった。

 頭に血が昇り、今すぐにでも飛び掛かって殴りたくなった。


 だが、ソリトは下唇を噛み締め、塞がった左手はそのままに右手だけを握り締め、衝動を必死に押さえる。

 結果、下唇は切れ、右手の短い筈の爪が手の平に食い込み、血が雫となって下唇から顎へ伝い落ち、右拳から流れる血は膝の上に掛かっているコート・オブ・ジャケットの裾端を小範囲で円形状に赤黒く染めた。


 そんな状態でもグラディールに手を出さないでいるのは、マリーと子ども達がこの法廷に顔を出せる位に元気そうだったからだ。


 もしかすると、ルティアの右手に左手を重ねている事で【癒しの聖女】の力のお陰で堪えられている可能性もあるが、聞いてみないことにはわからない。当の本人に聞く気はないのだが、それはソリトもルティアの事は言えなくなったからだ。


 ともかく、最終的には全員無事だった。

 だから、裁判で自分が厳罰を受けるような真似はしない。同じ牢獄には行かない。罰を受けるところを最後まで見届けてやる、という思いでソリトは黙って、リリスティアが読み上げていく内容を聞き続ける。


「その三日後の午前6時頃。王都へ到着した後、騎士団さら報告を受けた同被告はシスターマリーと子ども達に理由説明もせず、そのまま一般囚人牢へ収監。その後、王国全土に公開処刑の予告をしました。そして翌日の正午。同人達は王都の中央広場に設置した処刑台へ連行されます。ですが…」


 前置きが耳に入った瞬間、ソリトは一言一句漏らさず聞こうと身構える。


「その処刑を執行する前に【日輪の勇者】グラヴィオースとその一行、そして【日輪の勇者】一行と合流した私の直属の騎士団によって阻止。この件に関しては未遂で終わりました。ですが、それまでの過程に王族として問題あり。罪状、職権濫用、強要、逮捕監禁、殺人未遂、信用毀損、名誉毀損」


 言い終わるとリリスティアは椅子に座った。

 すると、今度はロゼリアーナが資料を手に立ち上がった。


「まだあるん〜」


 聞き飽きたのかドーラが愚痴を呟いた。


「外に出てるか」

「あるじ様と一緒がいいやよ」

「なら頑張って我慢するしかないな」


 そう言うと、不貞腐れながらドーラは返事をした。

 ソリトも気持ちは分かる。

 だが、クロンズ達の結末を見届けるまでは離れられない。


 王妃、女王だからといっても被告二人は身内だ。

 突然茶番劇が繰り広げ、軽い刑罰を下す可能性だってあるかもしれない。

 だから、ソリトと一緒にいたいドーラには我慢してもらうしかない。


「最後は、被告クロンズ個人の罪状になります」

「僕だけ。母上何故です!!」

「被告人は静粛に!……続けてください」

「四年前から、被告は……被告は…」

「どうかなさいましたか?」


 ロゼリアーナが言葉を詰まらせ、様子が変化した瞬間、男性裁判官が言葉を掛けた。

 ソリトは右斜め後ろの席にいる彼女の方へ振り返ると、少しだけ顔を顰めていた。


 おそらく、実の息子でも到底許せるような内容ではないのだろう。

 しかし、小さく息を吐くとロゼリアーナの表情から感情が抜け落ちた様に分からなくなった。


 今回に限っては腹を括ったと言った方が良いかもしれない。

 それにしても、クロンズ個人の行為が何が自分と関係しているのか、考えてみたが、ソリトが思い当たるものはなかった。

 そんな事を考えていると、ロゼリアーナが再び口を開いた。


「失礼しました。被告は四年前から盗賊と結託していることが判明しました」

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