第70話 等価協定
お待たせしました。
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職人区域のアランの店でルティア達と分かれ商業区域へ入り、予定通りソリトはギルドへと足を運んだ。
ギルドに入った瞬間、ソリトは中の雰囲気が前回と違うことに気が付いた。
活気のあった空間が今は張り詰めた空気を纏っている。飲んだくれる冒険者も居らず、半数程減っている。
何かが起きている、または何かが起きようとしている。どちらかは分からないがギルドは大変な状況に見舞われているようだ。
だが、ソリトには関係の無いことなので、気にせずそのまま受付に向かう。
「すまない。ここのギルドマスターに取り次いでもらいたいんだが」
「申し訳ありませんが、あれ?あの確認したいのですが、ソリト様でお間違い無いですか?」
名前を突然尋ねられた瞬間、ソリトは受付嬢を警戒した。
クレセント王国から協力要請を受け【調和の勇者】とバレたのかもしれない。
前回の騒動で覚えられてしまったようだが尋ねて来た事を考えると記憶は曖昧なようだ。
とりあえず隠すべきだろうと受付嬢の問いを否定する事にソリトは決めた。
「悪いがそんな名前の人は知らないな」
「そう、ですか。申し訳ありません。それでギルドマスターへのご用件はなんでしょう?」
「実は…」
「もしかしてソリトのアニキじゃないですか?」
「あ゛?誰がアニキだって?」
「す、すいやせん!ソリトのア……」
相手の顔を拝もうと振り返ると、前回の貴族坊っちゃんに雇われていたノルドルという荒くれ冒険者だった。その頬には決闘前に聖剣に喧嘩を売って深く斬られた傷が残っていた。
他のパーティメンバーとは別行動なのか目の前にいるのはノルドル一人だ。
それは捨て置き、最悪な事にそのノルドルの呼び掛けに反射的に喧嘩腰で反応してしまった。決闘後に、何故かアニキ呼びされたのが堪らなく嫌で否定した事が影響したのかもしれない。
「ソリト様で宜しいですね?」
再び受付嬢の方を向くと、何故嘘をついたのかと問い質すように、目の笑っていない微笑みを浮かべていた。
だからといって動じる訳でもないのだが、よく見ると前回訪れた時、貴族の坊っちゃんに堂々と正面から対抗し、決闘では審判を買って出てくれた性根の据わった受付嬢、シーナだった。
他人の顔など覚えるつもりがなかった為にソリトは今まで忘れていた。
「おっさん、後で三枚に卸されるか一発殴られて半殺しになるかどっちが良い」
「なんかよくわからねぇけど、殴られて半殺しでお願いしやす!!」
「逃げたら三枚だ」
「必ず待たせていただきまーす!」
もし逃げたとしても気配は覚えたので【気配感知】で探せば良いだけである。ともかく、ノルドルの失言精算が決まったので、諦めてシーナにソリトだと認めると、ギルドマスターの部屋まで案内される事になった。
「さっきは否定して悪かった。面倒事に突っ込むほど暇じゃないんだ」
「その感じですと【天秤の聖女】様とはまだお会いなられてないようですね」
「色々あってな」
経過報告のような会話をしながらギルドマスターであるカロミオの部屋の前へ到着した。
受付嬢シーナが三回ノックをしてソリトが来た事を伝えるとすぐに入ってもらうよう指示が返ってきた。
中に入ると、執務机に座って書類仕事をしていたカロミオはすぐに手を止めて、執務机の前にある応接用ソファの方へと移動した。
ソリトも向かい側のソファの前に立つと座るように促され座った。
「久しぶりだねソリトくん」
「ああ、そっちは大変そうだな」
「少々厄介な事になっていてね。もし、君がここに来るような事があればギルドの従業員に来てもらえるように頼んでいたんだ」
「厄介事なら他を当たれ。俺は暇じゃない」
「それは分かっている。だが、今回ばかりは協力を頼みたい」
カロミオの顔はかなり疲労の溜まったやつれ顔となっている。何があったのかは聞いてみないことには分からないが相当何かに追い込まれているらしい。
ギルドマスターという地位にいるということは間違いなく高レベル且つ実力強者であるの筈だ。そんな男が今ソリトの目の前で机に手を置き頭を下げている。
面倒事には関わりたくない、その考えは変わらない。
そもそも何らかの契約の上で信用しても人そのものを信じる事はソリトとして二度とないと決めた。
だが、目の前の男を見て話も聞かずに「俺には関係ない」と無視を決め込むほど薄情でも、人間として堕ちたつもりもソリトはないつもりだ。
矛盾している。尚且つ甘い。
だが、その矛盾した甘さを通さなければ自分自身の何かが消え、そして終わる。そんな危機を予感した。
【危機察知】は反応していない。
スキルを持つ前から持っていた直感、本能の部分が訴えかけるように報せてきた。
「とりあえず話を聞く。協力するかはその後だ」
「ありがとう」
カロミオの話の内容はこうだ。
最近、中央都市アルスを取り囲む広大な荒野地帯の魔物が急激に減少しておりその原因を探っていた際、依頼を達成して慌ただしく帰って来たパーティによって北の荒野地帯の先にある氷山地帯に小さな魔物の群れが集まりながら南に進行する瞬間を幾つか目撃したらしい。
数は不明だった為にすぐに高ランク冒険者パーティに調査依頼を発行され、その後調査が行われた。
だが、その高ランクパーティの消息が不明となった。調査を得意とするパーティに調査と捜索依頼を出したが、その調査パーティも消息を絶った。
そして数日前、その調査パーティの一人が帰って来た。
「捜索は叶わず、仲間は全員死亡。魔物の群れは確認できたそうだ。発見した時点での数は千は優に越えるという。目測で三千は下らないだろうということだ。私が出した結論は魔物群、スタンピードだ。しかし、ただのスタンピードではない。群れを発見した時、魔族と遭遇した。結果はさっき言った通りだ」
「なるほど。アルスに来る前に立ち寄った町や村で冒険者がいたのはそういう訳か」
魔族が率いているとしても、三千以上の数が侵攻してくるのなら流れ物が現れても可笑しくない。冒険者達を防衛役として配置したのは良い判断だ。
だが、やはり本命は間違いなくこの中央都市アルスだろう。
三千ともなれば長期戦を考えなければならない。
その辺りの対策はどうなっているのかソリトは尋ねる。
「それを君にお願いしたい。ソリト、君には防衛戦をしてもらいたい」
隕石の衝突が切っ掛けで生まれた中央都市アルスは謂わば自然の要塞。ゆえに突破口が存在する。
東西南北の四つに設けられている入都口と隕石に寄って生まれた岩の頂上の穴。この五つが唯一の侵入口となっている。
北からの進行ならメインの北門を中心に、東、西、中央、そして進行と反対の南門を少数精鋭でというのがセオリーだが、他の村や町に冒険者達を寄越しているとなるとこの都市の兵士を入れても振り分ける人数が難しい。
確かに戦力は少しでも多いに越したことはない。
だが、まだここは歴史の浅い中立都市とはいえ、魔族が何らかの方法で都市の入都口の場所を知っていた場合、配置が読まれている可能性もある。そこまで深読みする必要はないかもしれないが、頭に入れて置いて損はないだろう。
ソリトは【思考加速】を切りカロミオに防衛にあたっての配置の振り分けを尋ねてみた。
結論から言うと、カロミオはセオリー通りに本命の北門を中心に振り分けるらしい。
また地下に緊急用の避難場所があるらしい。そこへの誘導と侵入された場合も考えて二割ほど都市内部に配置するらしい。
「冒険者と都市の兵士の数は」
「冒険者は八十六人、兵士は二百人だ」
都市内で57人程度。残りの人数を五ヶ所に振り分けるとなる均等に分けると45人程、そこから更に南に振り分ける人数を半分にし、北に振り分ける。
三千以上を相手と考えるとかなり厳しい。いや、本命の魔族と戦闘する者も必要となると、防衛に割く人数は更に減る。
このままだと全て突破されるのは確実だろう。
「防衛戦は分かった。だが、このままだと防衛戦に戦力を回さざるを得ない。魔族もいるんだ。そこはどうする」
「実は、アポリア、ステラミラ、アルマの各国に勇者の協力を申請した所、三国から受諾を得る事ができてね。三勇者には…」
「悪いが話はここまでだ」
カロミオの話を遮り、ソリトは部屋を後にしようと扉に向かう。
「待ってくれ!」
「言った筈だ、【調和の勇者】の冤罪を晴らすために動いていると。情報の渦の様なこの都市なら断る理由は分かるだろ?中立の立場としてはこの件に首を突っ込むことはしたくないだろうからな」
「そうだ。だから君を防衛戦に振り分ける。その際、仮面で顔を隠してもらって良い。ここに入都する時のように、【調和の勇者】ソリト」
「調査済みって訳か」
「この間勇者の噂と【天秤の聖女】について調べた成り行きでね。それから君の事を調べさせてもらったよ。ソリトくん防衛戦に参加してもらう条件として君の後ろ盾になる事を提示する」
「は?」
「それだけじゃない。私の全てのコネクションを使って君をサポートする。どうかな?」
「俺にとって最高の提示だな。だが、そっちにはメリットがない」
ソリトの言葉に、カロミオは眉を寄せ、握り拳を作る。その顔は憂いた表情を浮かべていた。
「人数不足でそれだけ手詰まりだ、と言う他ない。それにこちらにもメリットがあるんだよ」
カロミオの何処か含みのある言い方にソリトは思案する。
ソリトの置かれている状況を知っているのなら、敵に回さず中立を維持するか、国に加担しソリトを確保した後、地下牢にでも閉じ込めておく方が良い筈。しかし、ソリトの力の一端を知っている事を入れると後者は薄い。中立に回る方がどちらも敵に回さずに済むからだ。
ゆえに、ソリトは前回中立になる選択肢を与えた。そして、カロミオはそれを受け入れた。
しかし、今回カロミオはギルドが後ろ盾となることを提示した。それはつまり、国が本格的にソリト捕獲のために動き出した時、カロミオは対立することになっても構わないということだ。
ただ、ギルドにメリットがあるとは考え難い。
〝こちらにもメリットはある〟カロミオはそう言った。つまり、ソリトの後ろ盾になれる程の後ろ盾がギルドにもあるか、こちらの可能性は皆無に等しいが後ろ盾になることでバックに付く存在があるのかもしれない。
どちらにしろ国と対立する可能性があるのにソリトを擁護できるとなれば、それは同じ国しかない。
流石に都合が良すぎるだろうか。それでもギルドが後ろ盾になるだけでも十分だ。不都合が生じた時は有り難く利用させて貰えば良い話。
罠だとしてもその時は認識が敵に変わっただけに過ぎない。
だがもし、ソリトの考えが正しいのならば、この話、受けても良いのかもしれない。
「俺自身の運と【賭博師】の賭け事必勝五割の確率に賭けてみるか」
最後はまさかの運頼みにソリトの口から微笑が溢れた。
「確認だ。これはギルド全体と考えて良いか?」
「そう考えて良い」
「………分かった。ただし、面倒事に巻き込まれても必ず後ろ盾として動くこと。ギルド経由、経営の店の利用を拒否しない。この二つを先ずは確約してもらう」
「受け入れよう。だが、犯罪、倫理に反する行為・要望に関しては拒否させてもらう。あと要望はなるべく詳細にして欲しい。それを踏まえて私が判断する為だ」
「受け入れる」
と、ソリトが言うとカロミオは力強く頷いた。
「必ず君の、君達の力になることを誓う」
「ただ、裏切った時は死んだと思ってくれ」
「刻んでおく」
その後、カロミオと協定の為の契約書を書き記した。
こうしてソリトはギルドという後ろ盾を手に入れた。
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