第59話 vs吸血鬼 2
あれから、杖と刃がなまくら化した剣を持ったゴブリンの集団と黒いオーガ。更にそのオーガと同じ三メートル程巨躯の頭骨のネックレスをしたゴブリンが一体が現れた。
ゴブリンに関しては気に止める程ではない。だが、巨体ゴブリンと黒いオーガは違う。
おそらく、上位種だろう。
油断する気は更々ないが、魔物達と二メートルの間合いで一度足を止め、ソリトは巨体ゴブリンへ向けて中級魔法を唱える。
「〝ツヴァイブ・ウィンドスラッシュ〟」
豪風の刃が巨体ゴブリンに向かうと黒いオーガが大太刀を振り力押しで無理矢理防いだ。
同じルミノスの使い魔だからか仲間意識が高いようだ。
「ゲゲグゲグゲ」
杖持ちゴブリンの一体が声を発し始めた瞬間、【魔力感知】で魔力の流れを感じた。
杖持ちは魔法を使えるゴブリンシャーマンのようで、ソリトを目標に岩の弾丸が放ってきた。
ソリトは初級水魔法〝アインス・アクアショット〟を【想像詠唱】で水球をイメージし、【魔力操作】で速度を上げ迎え撃つ。
【孤高の勇者】で中級レベルに上昇している水球は岩の弾丸を砕き、そのままゴブリンシャーマンの頭の真ん中を貫いた。
『ゴブリンシャーマン討伐により全能力が上昇します』
『獲得スキルに該当スキル確認。措置を開始。スキル【初級地魔法師】獲得』
キメラがおそらく持っていていた【火魔法】と同じような現象が起き【地魔法】というスキルは【初級地魔法師】に置き換わって獲得した。
間違いなく魔物と人間の違いが理由なのだろう。
「ガゲゲゲ!」
巨体ゴブリンが叫ぶと剣を持った五体のゴブリンが跳び掛かる。
上位種様二体はまだ高みの見物らしい。
だが、それもすぐに終わることになる。
ソリトは中級レベルの初級火魔法を威力と速度を上げ、複数同時に放ちゴブリンシャーマン達を一掃する。
ステータスは上がらない。召喚された魔物でも大した強さではなかったらしい。
「グガァァァ!」
怒り狂ったような声を荒げて襲い掛かってくるゴブリン達に視線を戻す。
武技にはクールタイムが存在する。
今はルミノスとの戦いに備えて温存するべきだ、とソリトは回避してからのカウンターで袈裟斬り、十字斬り、横一文字、回転斬りと繰り出して五体のゴブリンを倒す。
『ゴブリン討伐により全能力が上昇します』
そして残ったのは上位種の巨体ゴブリンと黒いオーガ。
ソリトは二体に接近し聖剣を振りかぶる。
迎え撃とうと巨体ゴブリンは叩き付け、黒いオーガは斬り掛かる。
土煙が舞っている中で命中したと感じたのか、二体が歓喜の唸り声を出す。だがソリトは、素手で巨体ゴブリンの棍棒を聖剣で受け黒いオーガの大太刀を受け止め押し返して二体の声を黙らせた。
仰け反った二体の片足首へ向けて回転を加えて斬る。
二体が膝を着く。
巨体ゴブリンを頭上まで跳躍してソリトは聖剣を振り下ろす。
巨体ゴブリンも対抗して木の棍棒を振り上げるが、ソリトは容易く真っ二つに斬った。
二つに別れた棍棒の間から巨体ゴブリンの顔が現れたその時、右から黒いオーガの拳が迫る。
「〝エアリアルシールド〟!」
ソリトは風魔法盾でオーガの拳を防ぐ。
反射的に魔法盾で防いでしまったことにソリトは舌打ち、巨体ゴブリンを聖剣で斬り下ろす。
刃が通ったと同時に倒したという手応えを感じた。
発動していた【賭博師】のクリティカル効果が発生したのだ。
巨体ゴブリンは上半身だけが真っ二つとなり息絶えた。
『ジェネラルゴブリン討伐により全能力が上昇します』
倒したジェネラルゴブリンの頭部の半分を振り子にソリトはオーガに向けて蹴る。
片足を斬られまともに身動きの取れなくなったオーガは自分の方へと倒れてくるジェネラルゴブリンの死体にのしかかられ倒れ込んだ。
「呆気ないな」
そう呟きながらソリトは黒いオーガの額に聖剣を突き刺した。
『オーガジェネラル討伐により全能力が上昇します』
本当に最後は呆気ない終わり方だった。
しかし、ルミノスとの再戦のことを考えるれば体力や魔力の温存が出来たので良しとするべきことだ。
そして、ソリトは魔物達の死体を焼き払い教会へと駆け出した。
*
「ソリトさん」
ルティアとドーラは教会付近で今もソリトを待っていた。
その時、教会の丁度入り口裏手の少し遠方から爆発が見え、遅れて振動がルティア達の方まで伝わってきた。
きっと邪悪な存在という者を見つけ、その相手と戦闘が始まったのだろう。
少しして激しい音と土煙が上空に舞い、今度は連続して音と土煙が巻き起こった。
「ルティアお姉ちゃん行くんよ」
その激しさがソリトにとって難敵な存在なのだと分かる。
ソリトと比べてかなりの格差で弱い、そしてそんな自分が行ったとしても戦闘の妨げにしかならい、とルティアは考え、ドーラの言葉に頭を横に振る。
「私達は私達でやれることをやりましょう」
「やれることやよ?」
「村の人達を避難です」
何かあった時に備えて教会には必ず避難場所として地下に大きな部屋を造っている。
今やれることはその地下に村人達を誘導すること。神父はいるが、中にいるなら何が起きているか分かっていないはず。だから自分達が行く必要がある。
念のためドーラには本来の姿のドラゴンのままで外を警戒してもらっていた方が良いかもしれない。
誘導なら自分と神父だけでも事足りる。
そうと決まれば、とルティアはドーラに外で警戒して貰うようにお願いする。
「ダメやよ」
「え?」
「だ、だって…あるじ様がきょーかいには行っちゃダメって言ってたやよ」
確かに言っていた。
何故行っては駄目なのかルティアの中では今も疑問を抱き続けている。
しかし、
「状況が状況なんです。このままだとここの人達が危険に巻き込まれるかもしれないんです」
「で、でも絶対戻るなって」
「それでも今は戻る必要があるんです」
何かを成そうとすると何処かで我を突き通す事になる。
ソリトを助けるという想いで今動いているのも我を突き通していると言えるだろう。
だが、自分の目の前で困っている人はスキルで癒したり悩み等を聞いては助けてきたルティアにとって、何かを否定してまで自分の行動を優先しようと思った現状は初めての事だった。
だからといってソリトの問いに結論を出せた訳ではない。
ただ今は今やれることをやる。
結論を出せず後々後悔することになったとしても。
「ドーラちゃんごめんなさい」
言ってルティアは教会の方に向かい、扉を開け地下に避難するように呼び掛けようとした。その時、
「え?」
開けた先の教会にいた神父と村人達はアンデット系の魔物のような青ざめた肌に痩せこけた体をした姿に変貌して教会内を徘徊していた。
その瞬間、何故ソリトが絶対と付け加えてまで戻るなと言ったのか理解した。
いつから気付いていたのかは分からないが村の人間が既に死んでしまっていたのに気付いていたのだ。
では、あの増血剤は何だったのか。
何故飲ませ、治療までしたのかそこがルティアには分からない。
しかし、その答えは哀しくも村人達がルティアに教えてくれた。
「セー、ジョサマ」
「アア、セージョサマ」
教会の入口に立って中の光景を見ていたルティアを見つけると、村人達がゆっくりと近付いてくる。
「………巫山戯るな」
後悔なんて感情は微塵も芽生えなかった。
身体はアンデット化している。しかし意識だけはある。
何が面白くてこんな
「状況、全く違いますよ。ソリトさん」
『ある村で疫病が流行った。数は百人。このままでは他の人間達も死ぬ事になる。その数は二百、治す手立てはない。さあ聖女であるお前はどちらを救う?』と、ソリトはそう問い掛けた。
似てはいるけど、これは全然違う、とルティアはソリトの問いを否定した。
「セージョサマ、ニゲテ、クダサイ。アナタダケデモ」
そう言ったのはアンデット化させられた神父だ。
その言い方だと以前別の誰かを襲ったように聞こえた。
「モウ、イヤダ、ダマシテ、コロシテマデ、イキタクナイ」
村人の誰かが一人呟いた途端、一人また一人と嫌だと口にし始めた。依頼が教会に届くまでの数日苦しめられた来たようだ。
何がと考えるまでもない光景が嫌でもルティアは想像できてしまった。
教会に届いた報告で聞いた冒険者パーティはおそらく出汁に使われたのだろう。依頼でやって来た冒険者、もしくは教会の人間をこの村に誘き寄せるために。
「安心してください。今、助けます…から」
ルティアは震える口で言葉にする。
アンデットになってしまった人を蘇生する方法なんてない。そんな方法があるなら直ぐに行動に移している。
それでもアンデットとなってからの苦痛を終わらせてあげる事は出来る。
「精霊よ、我が声を聞き届け、迷える魂達を導き安らぎと眠りを……〝セイクリッド・フューネラル〟!」
墓前で祈る時のように祈り手を作ってルティアが唱えたアンデットに有効的な魔法、浄化範囲魔法によって神父と村人達の身体は白くなり、最後は光となって消えていく。
その光景をルティアは力無く膝から崩れながら床に着いて眺める。
「「ありがとう…聖女様」」
幻聴か本当に言ったことなのか沢山の声が重なって聞こえてきた。
『Lvアップ。Lv56になりました』
ルティアはこの日、この時、初めて人を殺した。
怒りが溢れていたはずなのに、哀しみがあったはずなのに。今は喪失感が心の中を駆け巡っていた。
レベルが上がった事への喜びすら微塵も湧き上がる事はなかった。
後悔もない。
ただ今は色んな感情が戻ってきた時に受け止められるように気持ちの準備をしたかった。
だが、そうする時間を作らせてはくれないらしい。
「ああ゛?どうなってんだ?何でねぇんだよ!?」
その声に目を見開き、教会の奥にゆっくりと顔を上げて視界に入れる。
天井には何も吊るされていない。
なのにそこで奇怪に揺れる影があった。
じっと見ているとその影からズズッと一人の女性が目の前に現れた。
視線に気づいたらしく、女性はルティアを見つけるとばつの悪い顔で話し掛けてきた。
「おい。やったのはてめぇか?ったく最後の手段として死体のまま生かしてたってのによ」
放たれた言葉で、こいつが原因か、と分かった途端ルティアは荒々しく口を開いていた。
「巫山戯るな」
「あ?」
「誰かは知らないけど命を弄ぶな!この鬼畜外道が!」
「ほぉ、よく吠えた。誰かは知らねぇが、その威勢に応えて、てめえは苦しめながら私の糧にしてやる。覚悟は良いか?人間族の女風情が!」
眉を潜めた女性が凄まじい速度でルティアの方に接近し、拳を突き出してきた。
咄嗟に腰から細剣を抜き正面で拳を受け止める。
しかし、威力に負けてルティアは教会の外まで飛ばされた。
「ルティアお姉ちゃん!」
「ん?そういやここに入ってきた時の気配は三つだったな。丁度良い、てめえも糧にしてやる」
「うぐ……やらせない。ドーラちゃんも誰もソリトさんも好き勝手させるか!やるもんか!」
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