63.フィエラルで明かす夜

「武器商人?」


 クウが、首をかしげて言った。


「"もやのトールコン"は、マーフォークの若い男さ。元は自分の店で刀剣専門とうけんせんもん鍛冶屋かじやとして働いてたが、ある時期から多種多様な武器を取り扱うようになった。それと同時期に、奴の財力やフィエラルでの影響力もみるみる増大しやがったんだ。──どんなカラクリを使ったかは知らねえし、興味もねえ。だが、奴も間違いなくフィエラルの支配者、"霧の四貴人"の一人だぜ」


「武器商人ってもうかるんだね。武器の需要じゅようがある理由は、やっぱり"黒の騎士団"が関係してるの?」


「トールコンも、そんな事を言ってたような気がするぜ。『"黒の騎士団"がいたからこそ、僕はここまでえらくなれた。いずれ、その借りを返さないと』ってな。──どうとでも解釈かいしゃくできる言葉だから、意味までは分からねえがな」


 ソウはそこまで言った所で、両膝りょうひざに手をついてソファから立ち上がる。


「随分と話し込んじまったな。今日はこの辺にしとくか。お前らも疲れてんだろ? ──ほら、持って行けよ」


 ソウはクウに向かって、鯨の模様もようが入った小さなかぎを放り投げた。クウは慌てた様子でそれを受け取る。


「ソウ。これって……何?」


「家の鍵に決まってんだろ。お前らのために探しといた宿のもんだぜ。──ウチのギルドが所有してる建物の一つさ。少しばかり散らかってるが、ベッドも保存食も水場もある。それだけそろってりゃ上等だろ?」


勿論もちろんだよ。──ごめん、ソウ。手間だったでしょ?」


「そんな大した事じゃねえよ。──場所はここからそう遠くねえぜ。ここを出て右に曲がったら、角を左に曲がってその後でまた右だ。家の扉には、その鍵と同じ模様が描かれてるからすぐ分かるだろ」


「分かったよ。ソウ、本当にありがとう。この借りは、ちゃんと働いて返すからさ。──君のギルドの一員として」


「あん? お前、もしかして例の"伯爵"の依頼を受ける気なのか?」


「そのつもりだよ。"蒼黑の鯨アクオーナ"として依頼を達成すれば、ソウにもメリットがあるんじゃない? ──伯爵とは、友好関係をたもっておいた方がいい気がするんだよね。彼は僕に、特例として無料での情報提供をしてくれるって言ったんだ」


「気前がいい話じゃねえか。確かに伯爵はフィエラルで一番の情報通だ。いいぜ。その話、ギルドへの依頼として正式に受けようじゃねえか。──まあ、伯爵にお前をいいように利用させる気はねえけどな」


「ソウが僕をギルドに入れた理由は、やっぱり他の四貴人に僕が取り込まれないようにするためだったの?」


「ああ、念のためにな。"青の領域"は力だけじゃなく、財力や地位、計略けいりゃく策謀さくぼうがモノを言う領域だ。ここで上手く立ち回るには、俺一人じゃ限界がある。いずれは、お前みてえな頭のいいヤツが必要になると思ってたんだよ」


めても何も出てこないよ。──まあ、悪い気はしないけどね」


 クウはゆっくりと立ち上がって扉の方へ移動すると、フェナをともなってドアから外へ出て行った。




「──宿の場所は、ここだね」


「何の変哲へんてつもない家屋だわ。そのドアと鍵の模様──よく見たら"蒼黑の鯨アクオーナ"のギルドの紋章と似てるわね」


「ソウのギルドが所有する物件の一つなのかも。家賃やちんを払い続けなきゃいけない賃貸物件ちんたいぶっけんより、ずっといいね」


 クウは目の前の家屋かおくの扉を見る。クウの持っている鍵と同じ、鯨の模様がドアに描かれていた。


 クウが鍵をドアの鍵穴に差し込む。ドアが開錠され、クウとフェナが中へと踏み込んだ。


「うわ、何ここ……」


 クウの表情が硬くなった。


 室内を、山積みにされた本が埋めくしていた。壁面へきめんは本棚になっており、隙間なく本が収納しゅうのうされている。ベッドや食器棚までもが、あふれた本の置き場所となっている


 家屋と言うよりは、蔵書ぞうしょの倉庫だった。


「あの"青黒フード"ったら……。いえ、この言い方は失礼ね。屋根のある場所を提供ていきょうしてくれただけでも、感謝すべきかしら」


「このままじゃ、ベッドも使えないね。──本の整理から始めよう」




 小一時間後。無造作に積まれた本の山が消滅し、すっきりとした空間の中──クウとフェナの二人は疲れた様子で、同じベッドに横たわっていた。


「やっと終わった……何冊あったんだよ、あのよく分かんない本」


「クウ、あれは全部"魔導書まどうしょ"よ。"輪"の魔術と違って、命令式めいれいしきいちから構築こうちくして発動させる魔術の、手順を書いた本。ようは、誰でも使える普通の魔術の指南書しなんしょね」


「誰でも使える、"輪"の魔術とは違う──魔術……?」


「あら。クウは"輪"の魔術しか使ったことが無いのかしら? イルトの魔術は基本、文字で魔術の命令式を書き込むの。書き込んだ対象に"魔力"が伝わった時、その書いた内容の事象じしょうを引き起こすことができるのよ。──これはイルトの常識だから、覚えておいた方がいいわ」


「へえ、面白そうだね。そう言えば、"イルト語"は"日本語"と同一の文字だったっけ。後で、ちょっと読んでみようかな。──ねえ、フェナは何か魔術を使えないの?」


「使えるかも知れないけど、使わないわ。"吸血鬼ヴァンパイア"や"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"は、体に備わっている魔力の量がとても少ない種族なのよ。エルフやノームとは違ってね」


「エルフね。──ナリアも初めて会った時、エルフは『多くの者が魔術を扱う』って内容の話をしてたなあ」


 ナリア──という名前が出た瞬間、フェナの目つきが変わる。


「ねえ、フェナ。……君、顔が急に怖くなったんだけど」


「そうかしら? 自分じゃ分からないわね」


「えっ、フェナ……? うわっ──」


 フェナが突然──クウの体に抱きついた。首元に顔を近づけ、クウの耳のすぐそばで淡い吐息といきを吐く。


「ねえ、クウ。──少しだけ、頂いてもいいかしら」


「……拒否する自由は無さそうだよね? その姿勢を見る限り」


「そうかも知れないわね。──うふふ」


 フェナが──クウの首にみつく。フェナの口からクウの皮膚に、フェナの口内こうないの温度が伝わった。クウは思わず声を発しそうになったが、どうにかこらえる。


「そのナリアって女より、私の方がいいでしょ? ──うふふっ」


 満足したらしいフェナが、笑いながらクウから離れる。クウの首に、針の穴ほどの大きさの傷が二つできていた。傷から、出血は見受けられなかった。


「──ねえ、フェナ」


「何かしら?」


「ソウが言ってたことを、ちょっと思い出したんだ。"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"って、良質な魔力を持った人型生物の血液を大量に摂取して進化した吸血鬼ヴァンパイアなんだよね?」


「そうよ。──クウは、上位種じゃない普通の吸血鬼を見たことはまだ無いの? 知性が備わっていなくて、会話すら真面まともにできないわよ」


「そうなんだね。じゃあ、フェナって──誰の血液で変質した"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"なの?」


「えっ……?」


 珍しく、フェナの顔に狼狽ろうばいの色が現れる。


「もしかして、言いたくない?」


「……ごめんなさい、言いたくないわ。──クウ、どうしても知りたいの?」


「分かった。言いたくないなら、いいよ。──無理強むりじいはしたくないし」


「──ありがとう、クウ」


 フェナはとてもバツの悪そうな顔をする。クウはフェナの顔を直視しないように意識しながら、ベッドの上でフェナの反対側に寝返りを打つ。


「何だか、今日はもう動きたくないよ。このまま──寝ちゃおうかな」


「えっ、このまま? ちょっと、クウ──」


 フェナは背中を向けているクウの顔を、ベッドから上体を起こしてのぞき込む。


 クウは、すでにすやすやと寝息を立てていた。


「……起こさない方がいいわね」


 フェナは優しくクウの背中に手を当てた。


 フェナは気付かなかったが、クウの背中にはこの時──紫色の光を発する"輪"が発動していた。

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