62.霜帳のソウ

◆◆

 赤の領域。"ガガランダ王国"の宮殿、宝石や貴金属に彩られた豪華な玉座の間。そこに現在、二人の人物の姿があった。


 一人は王冠をかぶり、尊大な態度で玉座に座る"キテラン女王"。もう一人は、その眼前に気だるげな様子で立つ、豪華な鎧を着た小柄な童顔のノーム──ロイオール王子だった。


「ははっ。──いやあ、驚きましたね」


 覇気はきのない顔で、ロイオールは周囲を見回す。


「"黒の騎士団"の侵略で、ドワーフの王家はもう──とっくに全滅したものだと思ってました。ご無事で何よりですよ、キテラン王女。あ、失礼──"キテラン女王"」


「どうお呼び頂いてもかまわぬぞ。わらわも言いそんじておったが、ウルゼキアよりよくぞ参られたのう。──ロイオール王子よ」


 キテランの言葉に、ロイオールは丁寧な一礼を返す。女王へ対する敬意が、十分に感じられた。


「しかしキテラン女王、何度聞いても信じられませんよ。あなたが女王となり、ガガランダ王国が再興さいこうされていたこと。そして──あの十三魔将が、この"赤の領域"で二体も討ち取られていたこと。……ははっ。アルシュロス兄さん、言っても信じないかもなあ」


 緊張感のない顔で、ロイオールは笑う。


「まあ、何はともあれ──知りたいことが全て分かりました。用事は済みましたし、これ以上お邪魔するのもいけませんね。そろそろ、帰らせて頂きますよ」


「ロイオール王子、もうたれるのか?」


「ええ、ウルゼキアに蜻蛉返とんぼがえりです。──"十三魔将"がまたしても倒された。赤い"輪"を宿した新たな女王によって、"ガガランダ王国"は復活した。そして、例の"人間"と"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"は、"赤の領域"にはもういない。これだけ分かれば、もう十分ですからね」


「……そうか。済まんな、ロイオール王子。大したもてなしもできんかった」


「いえ。突然押し掛けたのはオレの方ですから。──ご無礼をお許しください、キテラン女王」


 ロイオールが、また深々と礼をする。表情こそ気だるげだが、所作には育ちの良さを感じさせるようなひんがあった。


「──ロイオール王子」


 今まさに玉座の間を立ち去ろうとしていたロイオールを、キテランが呼び止めた。


「クウとフェナを見つけたら、"白の騎士団"は、どうなさるおつもりじゃ? ──あの二人に関する話題には、やけにこだわっておられたようじゃが」


「分かりません。それを決めるのは、オレじゃありませんので。──けど、悪いようにはしないと思いますよ。"十三魔将"を合計三体も打ち破った英雄ですから。よほどの理由でもない限りは、ね」


「ふむ、ならば良いがのう」


「"十三魔将"が立て続けに倒されたこの状況は、"白の騎士団"にとっての分水嶺ぶんすいれいだ。ウルゼキアだけでなく、"イルト"全体の勢力図が──これから大きく変わりますよ、キテラン女王」


「ロイオール王子。──わらわの目は、節穴ふしあなではないぞ」


 キテランの赤い瞳に、炯々けいけいとした光が宿る。


「そなたの狙いは何じゃ? そなたの目には──獲物をほふる機会をうかがけもののような、強き野心が垣間見かいまみえるぞ」


「──可愛かわいい顔して、油断できないな」


「何じゃと?」


「いえいえ、何でもありませんよ。──それでは、失礼します」


 ロイオールは強引に会話を切り上げ、玉座の間を後にする。飄々ひょうひょうとしたふうに見えて、一切のすきがない足取りだった。


◇◇

 青の領域。ギルド、"蒼黑の鯨アクオーナ"の本部。家具の置かれた図書館のような空間の中に、クウ、フェナ、そしてソウとエディエの姿があった。


「ははっ。──いやあ、驚いたぜ。」


 ソファに座るソウが、クウを見て笑っている。


「"青の領域"に来てまだ初日だってのに、中々楽しんでくれたみてえじゃねえか。まあ、その頭は英断えいだんかも知れねえな。単に服を変えて髪を隠すだけじゃ、"白の騎士団"の目を完全にあざむけるかはあやしいか。──ははっ。それにしても、はははっ。急にけて白髪しらがになったのかと思ったぜ」


「ソウ、笑いすぎじゃないの?」


 クウは自分の頭髪──白に限りなく近い金髪を指で触りながら、ソウをじっとにらむ。すっかり変わった自分の髪色を、クウはあまり気に入っていないようだった。


「だが、"七色油"とは考えたな。その発想は無かったぜ"吸血鬼"。やるじゃねえか」


「私のアイデアじゃないわ、"青黒フード"。──これは"藍蜘蛛あいぐもニニエラ"さんが親切にしてくれた結果よ」


 フェナが、自分の長髪を手でく。


「ああ、そういう事か。"七色油"はイルトの女が美容目的で使うことがあるらしいからな。ニニエラが取り扱ってる商品の一つなのかも知れねえな」


「商品っていうのは、何?」


「あの女の商売を知らねえのか? ニニエラは"貿易商"だ。フィエラルの港に廻船かいせん何隻なんせきも持ってて、イルトの各領域から仕入れた品物をフィエラルの店におろしてるのさ。──ニニエラの商品は評判がいいが、高価なもんばかりでよ。庶民しょみんには手の届かねえ代物ばかりなのが、玉にキズだな」


「じゃあ、私とクウが服を買ったあの仕立て屋も……。なるほど。あの店のあった一帯は、ニニエラさんの"縄張なわばり"だったのね」


 フェナは一人で、納得したようにうなづく。


「それについては関心しねえぜ、吸血鬼。"中立都市フィエラル"は、全身に金ぴかの宝石を身に着けた富豪ふごうもいれば、明日のめしにさえ困ってる貧困者もいる。──高級店からそんな小奇麗こぎれいなナリで出てくりゃあ、そういう連中にとっちゃ、どうぞ襲ってくれと言ってんのと同じだぜ。いくら髪や顔を隠したって、別の意味で目立ってちゃ本末転倒ほんまつてんとうじゃねえか」


「知らなかったと言いたい所だけど、確かに私が迂闊うかつだったわね。──でも、無駄な買い物にはなってないわよ。今の私なら、街に出てもフィエラルを歩くノームの成金なりきんにしか見えないでしょう? これも、ニニエラさんのおかげね」


「ニニエラか。──まさかお前らが、"霧の四貴人"とこんなに早く出くわすとは思わなかったぜ。まあ、会ったこと自体は偶然だろうがな」


「ソウ。"霧の四貴人"って、どういう人たちなの? 一人ずつ、詳しく教えてくれないかな。──ソウ自身のことも含めて、さ」


 クウが、ソウに問いかける。ソウは腕組みをして難しい顔をした後、ゆっくり口を開いた。


「もう聞いただろうが、"霧の四貴人"ってのは"中立都市フィエラル"で、絶大な支配力を持つ四人を指す言葉だ。──"藍蜘蛛ニニエラ"、"マルトシャール伯爵"、"霜帳しもとばりのソウ"、"もやのトールコン"。この四人さ」


 "霜帳しもとばり"──。それがソウの二つ名らしい。


「ニニエラは説明した通り、貿易商だ。あの女は"輪"の魔術師としてもかなりの腕前で、仕事の時はみずから船に乗り込んでぞく退治たいじすることもあるんだぜ。──マルトシャール伯爵は胡散臭うさんくせえ外見に反して、義理と人脈作りを重視する実直な男だ。少なくとも、俺には今の所そう見えるぜ」


「ソウ、"伯爵"は自分を銀行家だって名乗ってたよ。イルトじゃ金融業きんゆうぎょうは嫌われてるとも言ってたけど、それってもしかして──高利貸こうりがしの事?」


「そうとも言えるな。"伯爵"の銀行は財産の保管だけじゃなく、現代日本で言う所の、企業への融資ゆうしもやってるのさ。──他人に金を貸すってリスクの高さは、このイルトでも変わらねえ。それに職業柄しょくぎょうがら、金に汚い奴だと思われがちだしな。"伯爵"は、そういう意味で嫌われてるって言ったんだろうな」


「中世のヨーロッパでは、主に職業の選択肢がほとんどないユダヤ人がいていた職業だね。──あ、イルトじゃ関係のない話だったかな」


 クウがフェナをちらりと見る。あんじょう、困った顔をしていた。


「んで、"霜帳しもとばりのソウ"だが……お前らも知っての通り、こういうヤツだ。──"魔術師ギルド"のギルドマスターで、普段はフィエラルを離れて別の土地にいる事が多い。だが不定期に戻って来ては、"魔獣ビースト"の駆除くじょだったり、盗賊団や"黒の騎士団"なんかをかわいがってやったり、色々とやってんのさ」


「……最近のソウは、ギルドの仕事、全然やってない」


「おっと、何か聞こえたような気がしたが──気にしねえわ」


 本を持ったエディエが、ソウを怒った顔で凝視ぎょうししている。


「最後に、"もやのトールコン"か。お前らが唯一ゆいいつ会ってねえ四貴人になるだろうが、あいつはくせのある男だぜ。──トールコンは、"武器商人"なのさ」

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