34.朱錆竜ジャスハール

「あんたも……? 僕の他にも、人間と会った事があるんですか?」


「うん? あんたは、もしやあの女とは関係ないのか」


「あの女……誰です?」


「あんたととしが同じぐらいの、夜色の髪をした若い女だ。おかしな服を着て、俺達ドワーフも知らない魔道具アイテムを何個も持ってたぜ。一緒にいた奴からは──"船長キャプテン"と呼ばれてたな」


「……若い女性の、"人間"? 初耳です。そんな人が、赤の領域にいるんですか?」


「少し前、"メルカンデュラ"の市場にいきなり現れたんだ。小柄な手下を一人連れて、色んな店で買い物をして回ってた。目立ってしょうがなかったから、良く覚えてるぜ。──まあ、あんたが知らないならいい。今回の出来事には関係ないかもな」


 意味深長いみしんちょうなドワーフ──ロフストの言葉に、クウは興味深そうな顔をした。


「あんたの知りたい事を教えるよ。村をブチ壊して回った"魔獣ビースト"について、だな」


「そうです。一体、どんな奴なんですか?」


「"魔竜ドラゴン"さ。デカい奴だった。……正直、恐ろしくて思い出すのも嫌になる」


「"魔竜ドラゴン"。フェナの推理が当たってたって事か……」


 ロフストはクウから視線をらし、身震いする。


「俺達はいつも通り、製鉄所を稼働かどうさせて武器や防具を鍛造たんぞうしてた。自分達で使う分と、ウルゼキアの"白の騎士団"に売る商品だ。──謎の"人間"が"紫雷しらいのゴーバ"を倒したといううわさが聞こえてきてから、この"赤の領域"でも、黒の軍勢と戦う気勢きせいが高まってた。俺達はいつにも増して、気分良く金槌かなづちを振ってたよ。あの"魔竜ドラゴン"が現れたのは、そんな時だった」


「村の様子はしっかり見ましたよ。大変な事になってましたね」


「その表現はひかえめ過ぎる。あれは、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずだった。──"魔竜ドラゴン"は何処どこからか急に現れ、建物を狂った様に壊して回り、住民達を何人も丸呑まるのみにしたんだ。住民達はすぐに逃げ出したが、遅れた者は次々と口の中に吸い込まれていったよ」


「住民達が全く見当たらなかったのは、"魔竜ドラゴン"から隠れたか、丸呑みにされたかのどちらかだったから。そういう訳ですか……」


「ああ。俺達は"魔竜ドラゴン"の牙から逃れ、どうにか火山洞の洞窟からこの空間に辿り着いた。その少し後で、手傷を負った"白の騎士団"のノーム達も、他のドワーフを連れてここに入って来たんだ。──"大盾のドルス"将軍と白の騎士達は、どうも俺達ドワーフを"魔竜ドラゴン"から逃がそうとしてくれたらしい。自分達も十三魔将の追撃を受けている最中さなかだったってのにな。本当に彼らには、どう礼を言ったらいいか分からねえよ」


 クウはロフストの視線を追ってドルスを見た。ドルス自身も傷を負っており、負傷した部位を痛そうにさすっている。


「あんた達が"十三魔将"を倒したってのは、久々に聞いた良い知らせだ。これで黒の騎士団の連中については、心配がらなくなったからな。だが、まだ安心は出来ねえ。"魔竜ドラゴン"は、一体何処どこから現れたのか全く分からねえ。今も虎視眈々こしたんたんと、俺達を食おうとねらってるかも知れねえんだよ」


 ロフストがそう言った時だった。──突然、クウ達のいる空間に激しい横揺れが生じた。


「なっ、何だ!?」


 動揺するクウに、フェナが素早く駆け寄り、クウの身体に密着して身をかがめる。周りのノームやドワーフ達も、同じ様に姿勢を低くした。


 横揺れは十数秒に渡って続いたが、やがておさまった。クウはゆっくりとその場に立ち上がる。


「──空気の質が、またちょっと変わった。良く分かんないけど、さっきの製鉄所の方に、また何かいる」


「今の話にあった、"魔竜ドラゴン"以外に考えられないわね」


 フェナはクウの身体に触れたまま、憂鬱ゆううつそうな顔をする。 


「クウ、向こうに戻るつもり?」


「外の様子を見に行くんだ。無事に全員で戻るには、安全な退路が必要だ。──いつまでもこんな袋小路ふくろこうじに、この人数で隠れ続けるにも限界があるでしょ。このままここにいたら、脱水症状で皆倒れちゃうよ」


「クウって、いつも自分より誰かの心配をしてるのね。──ま、いいわ。私もついて行く」


 フェナのその言葉に、クウは微笑ほほえみを返した。


「待て、俺も行く」


 クウとフェナの横に、大盾をたずさえたドルスが並び立つ。


「俺も一息ついたら、向こうに戻って黒の騎士団と一戦まじえる気でいたんだ。望みは薄いが、他にも生存者がいる可能性だってあるからな」


「お、お待ち下さい! 将軍、我々も共に──」


「いや、お前達は残れ」


 ドルスは、急いで甲冑かっちゅうを装備しようとしていた部下の騎士達を、手で制しながらそう告げた。


「お前達はここに残り、有事の際に備えろ。具体的には──私がこのまま、戻らなかった場合などだ。いいな?」


 騎士達は背筋を伸ばし、ドルスに向かって全員が深く頭を下げた。クウはそれを横目に、ドルスへ話しかける。


「──ドルスさんも怪我けがをしてるじゃないですか。無理は禁物ですよ」


「お互い様だろう。傷の具合なら、むしろお前の方が心配だ。──危険があれば、俺の盾の後ろに隠れるんだぞ」


 互いに手負いではあるが、会話の様子からすれば、二人ともまだ余裕がありそうだった。


「ま、待ってくれ、ドルス将軍。それと──クウ君」


 クウが振り返ると、ロフストが手を伸ばしながらクウ達を見ていた。


「どうした、ロフスト殿どの。言ってくれ」


「一つ、思い出した事がある。──あの"魔竜ドラゴン"は、魔術を使ってた」


「な、何だと?」


「確かに見たんだ。逃げるので精一杯せいいっぱいだったから、そんなに良く見ちゃいなかったが、"魔竜ドラゴン"のひたいには──赤の"輪"が浮かび上がってたんだ。間違いねえ」


 ロフストは心底心配そうな顔で、うったえかける様に言う。クウが──ドルスとフェナに一度ずつ目を合わせた後、ロフストに笑いかける。


「情報をありがとうございます、ロフストさん」


 クウはそれだけ言うと、再び洞窟に戻り、来た道を引き返す。フェナとドルスが、その後に続いた。




「──妙だ。静か過ぎるよ」


 洞窟を抜けたクウが前を見たまま言った。真横にはフェナがぴったりと密着し、二人の真後ろには盾を持ったドルスが位置取っている。


「黒い騎士達がいない。てっきり、シェスパーの周りで大騒ぎしてると思ったのに……」


「10人以上いたわよね。死んだシェスパーを見て、しっぽを巻いて逃げ出したのかしら?」


「そうだといいんだけどね。──フェナ、あれを見て」


 クウが指差したのは──シェスパーの死体が倒れている地点だった。


 地面には、山椒魚と化したシェスパーの下半身の溶けた残骸ざんがいが、いまだに残っていた。しかし、先程とは様子が違い──シェスパーの上半身部分は消えていたのである。


「ひいいいっ……!」


 不意に小さな悲鳴が聞こえた。クウ達が声の方を見ると、黒い騎士が一人、腰の抜けた状態で地面をいながら、こちらを見ていた。


「黒の騎士か。──おい、貴様!」


 ドルスがずかずかと歩み寄り、黒い騎士ののどつかむ。騎士は抵抗せず、命乞いのちごいする様に両手を真上に上げた。騎士は何も武器を身に着けていない。丸腰である。


「貴様一人か? 随分ずいぶん腑抜ふぬけた顔をしているな。何があったか話せ!」


「ひえええっ! た、頼む! 助けてくれえっ!」


「いくら下種げすな貴様らと言えども、丸腰の奴に斬り掛かるほど俺は無常ではないさ。さあ言え! その貴様の取り乱し方、只事ただごとではない何かがあったんだろう。それを話せ!」


「うあっ! は、話す! 話すから、待ってくれ。──奴が来る! この場所は、駄目だあっ!」


「奴とは"魔竜ドラゴン"の事だろう?」


「そ、そうだ! ここを──今すぐ離れないと、マズい!」


 黒い騎士は、会話の最中に気力を取り戻したらしい。ドルスの手を振り払い、クウ達と逆方向に走って逃げ出す。


「ヴォオオオオ──!」


 突如、恐ろしい鳴き声が響いた。

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