23.逃走劇

「えっと……勿体無もったいなきお言葉です、ジョンラス王」


 クウはすでに低くなった姿勢を、更に限界まで低くする。


「そう硬くならずともい。おもてを上げ、楽にせよ」


 ジョンラス王の言葉に、クウはゆっくりと顔を上げる。


おう、人間よ。そなたが──"十三魔将"の一角いっかくを討ち果たしたというのは、まことであるか?」


「それは、話せば長くなるんですが……。あっ──そう言えば」


 クウは腰の袋から──ソウに渡されたゴーバの角を取り出し、ジョンラス王に見せた。


「それは──もしや"大悪魔デーモン"の!」


「はい。戦いの最中で切り落とした、"大悪魔デーモン"のひたいの角なんですが……お分かりになりますか?」


「──セラシア王女」


 ジョンラス王に呼ばれ、セラシアがぺこりと一礼してクウに手を伸ばす。クウは角をそっとセラシアに渡した。


 まるで鑑定士かんていしの様に、セラシアは角をじっくりとあらゆる角度からながめ、やがて納得なっとくした様に強くうなづいた。


「間違いありませんわ、お父──ジョンラス王。このあわい紫色の燐光りんこうは、"大悪魔デーモン"の宿す黒の"輪"より生じるものですわ」


「そうか。──半信半疑はんしんはんぎであったが、これで確信が持てたわ」


 ジョンラス王は目を見開き、じっとクウの全身を観察し始めた。


「そなたのころも、それはエルフの品であろう。そして、その腰の物。それにはも覚えがあるぞ。──"朧剣ろうけんスルウラ"か。──それは如何いかにして手に入れた?」


「これは、エルフの賢者様にもらった──この袋に入ってたんです」


「賢者ウィルノデルか。──やはり、そうか。ふん」


 ジョンラス王は何かに満足した様子で、ゆっくりとうなづく。


「エルフの古老ころうめ、いき真似まねをするものだ。森の隠者いんじゃてようとも、イルトのために力をすのは──やぶさかでないという事か……」


「ジョンラス王──賢者様をご存じでいらっしゃいますですか? あっ」


 極度きょくど緊張きんちょうが、クウの語彙力ごいりょくいちじるしく低下させた。真横のセラシアが上品に笑う。


「知っておる。先代の王──我が父上がご存命ぞんめいであられたころ、ナトレの森のエルフ族とは頻繁ひんぱん交易こうえきを行っていた。その一時期、エルフがわの代表であった者こそ"賢者ウィルノデル"よ。その名は、このウルゼキアにもく聞こえていた」


 ジョンラス王は昔をなつかしむ様な口調で話す。


「私が王となったすぐ後、賢者ウィルノデルはエルフ族の代表者としての地位を退しりぞき、森の奥で隠遁生活いんとんせいかつを始めたのだ。──両目の失明しつめいがその契機けいきであったと聞いている」


「賢者様に、そんな過去が……」


 クウはウィルノデルの顔と一緒に──ナリアの顔も思い出していた。


「そなたの持つ"朧剣ろうけん"は、かつてのウィルノデルの愛刀あいとうよ。めしいてなおも、その剣だけは手放す事は無かろうと思っていたが──よもや、"人間"にくれてやるとはな」


 ジョンラス王が、口元だけで笑った。


「ジョンラス王。僕は賢者様に、"ウルゼキアに力を貸してみる気はないか"と言われて、この国に来たんです。賢者様は、ウルゼキアのノームは悪魔達と果敢かかんに戦い続けていて、ノームの敗北はイルトの終わりと同義どうぎだって──そう言ってたんです。──今はもう、エルフの人達と交流は無いんですか?」


「──無い。悪魔族の攻勢が強まって以降、我らノームもエルフ共も、それどころでは無くなってしまったからな。今の私のつとめは、黒の騎士団共の侵略しんりゃくからウルゼキアを守る事のみ。──緑の領域との交易などに使う時間の余裕よゆうなど、毛程けほどりはせんのだ」


「そうですか……」


 クウは腰の"朧剣"に軽く触れる。ウィルノデルはどんな気持ちでこれをたくしたのかと、クウは考えた。


「だが、にも思う所はある。もしイルトに平和が戻ったあかつきには、再びエルフと共に過ごす事もあるやも知れん、とな。──無論それは、"十三魔将"共がひきいる黒の騎士団を全て滅ぼした後の話になるであろうがな。10年前に前ウルゼキア王──我が父上を殺した、忌々いまいましいかたきの者をふくめ、全てな」


「えっ──」


「む……そなたは知らぬのだな? ──先代のウルゼキア王は、"黒の領域"より放たれた刺客しかくによって、無残むざんに殺害されたのだ。そやつの素性すじょうは分からぬが、"大悪魔デーモン"では無かった。緑がかった長い白髪はくはつを持ち、流れる様な剣技けんぎあつかう──見た事の無い、女であった」


 クウはそこで、何とも言えぬ──嫌な予感を感じた。


「その者の行方ゆくえは、いまようとして知れぬままだが、あきらめてはおらぬ。そやつを必ず見つけ出し、の手で切り捨てる。──は父上をあやめたその者の顔を、じかに見ておるのだからな」


 クウはそこで、背後に覚えのある気配を感じ、振り返る。


 フェナが──少し遠くからこちらに近づいて来ていた。


「あら、もう謁見えっけんは始まっていたのね。──ジョンラス王。おはつに、お目に掛かります」


 フェナは両手を腹部の前で組み、深々ふかぶかと礼をする。


 ジョンラス王は玉座から立ち上がると──修羅しゅらごと形相ぎょうそうでフェナをにらんだ。


「──貴様のその顔を──ただの一時いっときとて、忘れた事は無いぞ──!」


「えっ……?」


「よくも再び、余の前に現れたものよ!」


 ジョンラス王は、右腕をフェナにかざした。


「我が父上の──かたきだ! 覚悟せよ!」


 ジョンラス王の腕から──白い光が激しくほとばしる。


「"白鐵王カーネギー"!」


 威厳いげんあふれた声が、宮殿内に響く。


 突如、広間の地面が砕けた。


 割れた地面から生じた巨大な瓦礫がれきが宙に浮き、まるで意思を持っているかの様に──フェナに向かって射出しゃしゅつされた。


「くっ──!」


 フェナは瓦礫がれき衝突しょうとつする直前で前転し、間一髪かんいっぱつ回避かいひする。


 体勢を整えたフェナは、横目でクウを見る。クウもフェナの視線に気付き──フェナに近寄って、彼女の片手をつかんだ。


「ジョンラス王! 何を──」


 クウがそう言いかけた刹那せつな、ジョンラスの腕の動きしたがって、大きな石塊せっかいが飛んできた。


「うわっ! くっ──!」


 クウは瞬時に"輪"を発動し、フェナとつないでいない方の手で──側面に爆風ばくふう放射ほうしゃする。今のクウの"輪"は、左腕のみではなく──両腕に発現していた。


 クウはフェナと共に真横に飛び、鋭利えいりな石のかたまりが、たった今クウ達の立っていた地点を陥没かんぼつさせる。


 広範囲に土煙つちけむりが舞い、ジョンラス王とクウ達は、互いの姿を視認しにんする事が出来なくなった。


「はあっ、はあっ……。うっ……!」


「フェナ──?」


 クウが、荒い息遣いきづかいのフェナを見る。


 フェナの左脚から──激しい出血が生じていた。大腿部だいたいぶの一部が、彼女の着ている黒のドレスごとえぐれている。


「フェナ──! くそっ、とにかく──逃げないと!」


 クウはフェナをきかかえ、急いでその場を離れようとした。


 土煙つちけむり煙幕えんまくが、次第しだいに晴れていく。


「逃がさんぞ!」


 ジョンラス王は手を真上にかかげた。その頭上には、先程の倍の大きさの巨大な石塊せっかいが浮遊している。


「──お父様!」


 その声に、ジョンラス王が硬直した。


「どうか、お気を確かに! このままでは──皆が巻き込まれてしまいますわ!」


 いつの間にかジョンラス王のそばに来ていたセラシアが、ジョンラス王の腕にしがみついて懇願こんがんする。


 ジョンラス王は深く息をいた後、ゆっくりと腕をろす。


 白い光を帯びた"輪"は輝きを失い、瓦礫がれき浮遊ふゆうおさまる。後には──天変地異てんぺんちいの後の様な、凄絶せいぜつな光景が広がるばかりだった。


「む……!」


 ジョンラス王が、見通しの良くなった広間の奥を見る。


 先の衝撃によるものか、宮殿の壁に穴が空いていた。二人程度なら、くぐけられそうな大きさである。


 土煙が完全に晴れた頃合ころあいで──白銀の鎧を着た騎士達が、慌てた様子で駆けつけて来る。壁の穴や陥没した地面、そしてジョンラス王を見て、騎士達は狼狽ろうばいし、その場で硬直してしまう。


「──その穴から外に出た二人組を、ただちに捕縛ほばくせよ! ──緑掛かった白髪を持つ黒服の女と、夜色の髪を持つ"人間"の若い男だ! ──さあ行け!」


 ジョンラス王の威圧的な声に、その場にいた騎士全員がしたがった。

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