第98話 VS中峰高校 執念と執念
二回表、明鈴高校は五番の司から攻撃が始まる。
一対〇でリードしているが、ここは慎重にいきたい。そんな巧の考えと司の考えは一致しているようで、司はよくボールを見て球数を投げさせていた。
相手ピッチャー、柳岡には、一回の時点で十四球を投げさせていたが、しっかりと見れた球は少ない。
四球は珠姫の敬遠のために外した球だ。一球はバントをさせるための緩い球があり、盗塁を刺すために外した球もある。それを考えると、見れたのは八球だけだった。
珠姫や夜空はいきなり対応できるだろう。しかし、球筋を見ておけば、後々の戦略にも役立てることはできる。
そう思い、司にはじっくり見ていくように言っていた。
最悪アウトになってもいい。そう思っていたが、司は際どいコースはとことんカットしていき、簡単にはアウトにならない。
初球から、ストライク、ボール、ファウル、ファウル、ボール、ファウル、ファウルと、七球でツーボールツーストライクだ。
そして八球目も見逃してボール。粘りながらも簡単には負けないしぶとさでフルカウントまで粘った。
九球目もファウル。
十球目もファウル。
十一球目、根負けしたピッチャーのコントロールが乱れ、司はフォアボールで出塁した。
「ナイセン!」
球数を投げさせ、さらに出塁したことでベンチは盛り上がる。
「期待以上だよ」
巧は嬉しさのあまり呟いた。しぶといバッティングで相手のペースを乱す。いい傾向だ。
打撃成績が上がったことで五番に起用したが、それが正しいのかが不安でもあった。というのも、好調だからと打順を上げると打てなくなってしまうことがある。
それは、相手の警戒や自身の緊張、打順による役割の違いなどが理由ではあるが、良い意味で司は司のままだった。
「光、繋いでいこう」
巧の声に光はうなずき、打席へと向かった。
光は身近に由真という良い手本がいる。守備範囲も広く、足も速い。ただ動き出しと肩には差がある。そして、バッティングの差は大きなものだ。
それでも、俊足選手は明鈴には多くない。走れる選手はいるが、盗塁させてみてアウトになっても仕方がないと思えるのはこの光と由真くらいだ。
それでいてムードメーカーというのも光の長所だ。レギュラー番号ながらベストメンバーから外れているが、それでも光はベンチからチームを盛り上げる。二試合目とこの三試合目はスタメン起用だが、準々決勝では控えとなるだろう。
しかし、巧は光に期待していた。
盗塁に関しては一番であって欲しい。足と明るさでチームを引っ張って欲しい。
そう思っている。
それでも、その期待とは裏腹に、三球目……。
鈍い金属音とともに打球はショート横への平凡な当たりだ。
「ボールセカンド!」
キャッチャーの声とともに流れるようなプレー。相手ショートは二塁へと送球し、そのまま受け取ったセカンドは一塁へと送球した。
「アウト!」
華麗なるゲッツー。プレーとしては至って普通だが、それでも淀みない洗練された守備に、明鈴打線は阻まれた。
司が粘って出塁したにも関わらず、結局二人で二個のアウトを献上することとなってしまった。
「これはしょうがない。次だ次」
かける言葉もない。しかし、実際に終わったことを責めても仕方なく、次に期待するしかなかった。
「次は頑張るよ」
光は十分に頑張っている。今回は結果が伴わなかったが、こんなことは出続けてればあることだ。
しかし、光は目に見えて落ち込んでいる。
ムードメーカーを試合に出せば、自身のプレーに一喜一憂してしまう。かと言ってずっとベンチに座らせておくのも、もったいない人材だ。
「どうしたものか……」
自分の失敗を一切気にするなというのは無理な話だ。人間誰しもメンタルの状況によって左右されるものだ。ただ、それが激しすぎれば試合に支障をきたすことだってある。
どのように起用していくべきなのか。巧の悩みの種は尽きなかった。
二回表、光がゲッツーに倒れた後、続く黒絵は三振に倒れた。
その裏の守備。相手の四番、香山をフォアボールで出塁を許したが、五番の三峰をショートへのゲッツーでやり返した。
六番の永山もフォアボールで出塁を許すが、七番の保田を打ち取り、結果的に四人で攻撃を終える。
しかし、二個のフォアボールを許した分、球数が嵩む。
それでも、ヒットを許さずに投球を終えたという結果は喜ばしいことだった。
ただ、その後の攻撃はうまく繋がらない。
三回表は八番の瑞歩、九番の白雪が凡打に倒れ、一番の珠姫は敬遠。二番の由真は打ち取られて攻撃が終わる。
相手もこちらの特徴を掴んでいる。
瑞歩に関しては大会初登場なので、わからないだろうが、それでも今まで出ていなかったという点や、初登場のスタメンで八番という時点であまり警戒はされていないのだろう。
警戒されていたとしても、代打準備をすることはあったため、その様子を踏まえた上で、『打撃にある程度期待できるが、他に難がある』と読まれていてもおかしくない。
そして、守備に難があるのであれば、スタメン起用された場合はもう少し打順が上だろう。守れなくても、打てるのであれば打順を八番というのもおかしい。ということは、当たらないのか、飛ばないのか、どちらかと推測されている可能性がある。
そして、白雪はコースを打ち分ける技術はあっても、パワーが足りない。変化球よりもストレートで押し切るといった投球内容だった。
その二人が難しく考えすぎなくても打ち取れる。そうなれば、珠姫を敬遠して、由真の打席に集中するだけだ。
三回裏、下位打線から上位打線に回る中峰高校の攻撃、八番の紺野から打席が始まる。
紺野は一年生だ。
明鈴は三年生が少なく、一、二年生が多い上に、一年生には実績を残している選手が多いため、一年生を多く起用している。しかし、中峰高校は二、三年生が順当に実力をつけており、一年生も中学時代に目立った成績を残している選手はいない。
順当にいけば、二、三年が主になるオーダーで、期待の一年生がベンチ入りとなるだろう。しかし、そんな中でこの紺野はベンチ入りどころかスタメンでの起用だ。
なくはないこととはいえ、注意しなければいけない人物でもあった。
ただ、紺野はここ二試合で五打数零安打、二つの三振。一犠飛一打点、一四球だ。目立った活躍をしていない。それに、守備も堅実で良い選手てはあるが、守備型の中峰ということを考えると物足りなさはある。
となるとやはり……。
巧がそう考えている間に初球を迎え、黒絵が振りかぶる。ワインドアップからの初球、今度も変わらず外角低めだ。
まだ一巡目ということもあり、司の配球は『初球外角低めストレート』を徹底していた。相手は甘い球を狙い打ちたいため、コースがわかっていても、入るか外れるかわからない球速のあるストレートにはあまり手を出してこなかった。
しかし、紺野は違った。
いきなり際どいコースのストレートに手を出すと、思いっきりバットを振り抜き、引っ張った。
レフト方向への大きな当たり。明らかにファウルの当たりだが、打球はスタンドへと放り込まれた。タイミングが違えば、ホームランだというような当たりだった。
「長距離砲か……」
八番に置いている理由としては、瑞歩と似たようなところだろう。飛ぶけど当たらない。長打はあっても当たらないという不確定要素のため、下位打線に置いている。
この当たりはまぐれでは飛ばない。予想は間違いないだろう。
そして黒絵が投じた二球目、今度は内角低めへストレートを投げ込んだ。しかし、今度もうまく捌き、レフト方向への大きな当たりだ。
今度はスタンドまでとはいかず、フェンスまでの当たりだが、それでもフェンス直撃は十分な長打だ。
黒絵はコントロールが良いとは言えない。そのため、ストライクゾーンギリギリを司は要求しているが、僅かにミットからズレている。比較的少しのズレではあるが、ギリギリのコースを攻めているためその投球はボールゾーンへのボール球となっている。
しかし、そんな球を紺野はしっかりと捉えている。
ストレートに強いのか……?
確かに、二回戦の映像では変化球に上手く対応できていなかった印象があった。それは、変化球が苦手なためだという理由が高そうだ。
一年生ということもあって緊張していたというのもあるだろうけど、基本的にピッチャーは変化球をうまく使ってバッターを打ち取る。特に男子野球に比べて女子野球の方がその傾向が強い。というのも、男子野球は速い選手で150キロ近くのスピードボールを投げるのとは対照的に、女子野球はせいぜい120キロを越えるくらいだ。
そして、シニアで男子と一緒に野球をして来た連中からすれば、120キロは慣れた球速だ。巧の最速140キロはあまり多くないとはいえ、たまにいるレベルで、130キロ近くを出す選手はそこそこいる。
つまるところ、そんな球速に慣れている選手に対応するために変化球を覚えて多用する。
黒絵のように、ストレート主体で変化球をほぼ投げられないという選手は多くはない。そのため今まで変化球と対峙することが多くて打ち取られていた可能性はある。
今の二球はしっかりと捉えた当たりだった。司もそのことに気がついたのか、巧に視線を送ってくる。
配球には元々関与していたわけではない。しかし、今後の継投にも関わってくるからだろう。
伊澄や陽依のように変化球が多彩であれば攻め方は様々だ。伊澄はストレートに加えて七色のカーブを持っており、陽依は変化量とキレを度外視すれば変化球という変化球をほとんど投げられる。
どの球種が来るかわからないとなれば、連打は食らいづらい。しかし、ストレート一本となれば、いくら球速があろうとも、慣れれば打たれる。そして、チェンジアップを持っているとはいえ、それで打たれてしまえばなす術はなく、ピッチャーを交代するだけしか手段がない。
ストレートに慣れ始めればチェンジアップを解禁しようと司は思っていただろう。しかし、紺野がストレートだけでは簡単に打ち取れないと思い、チェンジアップを解禁しようと巧に合図を送ったのだ。
巧は頷いた。ホームランを打たれて、一点しかないリードを振り出しに戻されるよりは、打ち取るために安全な策を取った方がいい。
そして三球目、やや甘めのコースだが、この試合初めて、三十六球目にして黒絵はチェンジアップは放った。
外してしまい、連投すれば対応されるかもしれない。そう思って甘くても確実にストライクゾーンに入れてきた。
そのチェンジアップに意表を突かれたのか、紺野はバットを出さなかった。
「ストライク! バッターアウト!」
見逃しの三振。結果としては黒絵が勝った。
しかし、三振となった紺野は笑っていた。その不気味な笑みに、巧は嫌な予感を覚えていた。
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