第94話 対策と意表

「さて、そろそろミーティング始めるぞー」


 二回戦を終えた翌日。練習前に次の対戦相手である中峰高校の分析としてミーティングを行うこととなっていた。


 集合時間よりは少し早めだが、全員揃っているためミーティングを開始した。


 二回戦は、一回戦の時とは違い、派手に新聞に載ったということもなく、珠姫のホームランと白雪の怪我について触れられているくらいだった。そのため、部員も大騒ぎすることなく、すんなりとミーティングが始まった。


「まず、白雪のことだけど。まあ、みんな知っての通り問題なかった。次の試合でも出すけど、早めに試合の展開が決まれば下げるつもりなのでそこのところは了承してくれ」


「えー」


「嫌でも準々決勝は出るんだ、白雪以外も休ませれそうなら休ませるぞ」


 巧のその言葉に、白雪は「はーい」と落ち込んだ表情だ。


 ただ、すんなりと勝たせてくれる相手でもないと思っているため、もちろん状況によってにはなる。


「早速だけど、スタメンの発表をしようか。それを踏まえて、相手の分析をしていこう」


 スタメンも控えも各々の役割がある。先にスタメンを発表することによって、自分の役割を理解し、違う視点で分析を進められると考えた。


 そして、巧はスタメンを発表した。


 一番ファースト本田珠姫

 二番センター佐久間由真

 三番セカンド大星夜空

 四番レフト諏訪亜澄

 五番キャッチャー神崎司

 六番ライト月島光

 七番ピッチャー豊川黒絵

 八番サード椎名瑞歩

 九番ショート黒瀬白雪


 以上が今回のスタメンだ。


 このスタメンに驚く人の方が圧倒的に多い。むしろ冷静なのは珠姫、夜空、伊澄、陽依くらいのものだ。恐らく意図を理解してくれているのだろう。


「まあ、亜澄に関してはわかるだろ? 昨日の試合もそうだったけど、チャンスで打ってくれたし、チャンスを回してみようって考えだ」


 それには全員が頷いた。元々珠姫が復活する前は夜空か亜澄が四番だったのだ。驚くことではない。


 驚いた点はそこではなく、四番から外れた珠姫のことだろう。


「んー、じゃあ、一人ずつ説明していこう」


 先ほど意図を伝えた亜澄を除いて、一番から順番に説明していく。


 珠姫を一番に据えたのは、なんといっても圧倒的な出塁率だ。一、二回戦で、六打数六安打四本塁打一四球、打率も出塁率も十割、つまり百パーセントだ。


 もちろん、これがいつまでも続くとも思っていないが、それでも一番出塁に期待できるのは間違いない。ただ、ホームランを打ってもランナーが溜まっていない状況という可能性もあるが、そもそもこんなバッターに対して相手がまともに戦ってくれるのかというところだ。どうせ敬遠される、もしくは敬遠気味で勝負されるのであれば、一番に置いて後続に任せた方がいい。


 ただ、皇桜と当たれば珠姫を抑える術を持っているだろうから、三回戦に勝てば打順は戻す。


 二番の由真は特に驚くこともないだろう。元々選球眼も良く、走れる選手だ。珠姫との一、二番で暴れ回ってもらおうという考えだ。


 夜空は三番に据え置きだ。ランナーが溜まったところで返したり、さらにランナーを溜めるため動かさなかった。それによって亜澄にチャンスで回る可能性が高い。


 もう一つ驚く点と言えば、司を五番に置いたことだろう。しかし、今までの試合で司は五打数三安打一犠飛と十分に活躍している。元々状況を考えてバッティングができるため、亜澄がランナーを返しそびれた場合に適応してくれると考えた。


 光はまだあまり打席数も多くないが、二試合目でヒットを放ったことと、盗塁ができることだ。出塁からの盗塁でランナー二塁となった場合、次の黒絵と瑞歩のどちらかが打てば一点となる期待が持てる。


 黒絵と瑞歩の打順に関しては、黒絵を少しでも司の打順に近づけたかったからだ。二人の打力は似たようなところがあり、黒絵の方が長打力はあるが当たらない、瑞歩の方が当たるとはいえ、長打力は黒絵の方が上だ。代打として出すなら断然瑞歩だが、期待値としては似たようなものだ。そのため、守備の準備を考慮して黒絵と司の打順を近づけた。


 そして、白雪は不満気だが、九番に起用したのは怪我のことを考慮してという理由もある。


 本心と共に、白雪が納得するであろう一言を巧は放った。


「白雪が出塁したら珠姫を敬遠しにくいだろ? 九番で最後の打順だけど、白雪が打線の鍵と言っても良いくらいだ」


「えっ、そ、そんな大役を……」


 白雪はチョロかった。適当に言いくるめられて知らない人について行きそうなくらいのチョロさだ。ただ、それも本心でもあるため、実際期待しての九番起用でもある。


「七海、伊澄、陽依は代打で考えている。あと、伊澄と煌は由真の、鈴里と陽依は夜空と白雪の守備交代も考えてる。陽依は司との交代もあるな。七海はサードに入って、亜澄か瑞歩がファーストに代えて珠姫を休ませるのも一応考えている」


 もちろん、主力を全員代えてしまえば、いくら大量得点をしていたとしても、ひっくり返された時に対応ができない。勝ち進むことに慣れている夜空や珠姫よりも、由真や司を優先的に休ませたいものだ。


「さて、それぞれの役割がわかったところで次の相手、中峰高校の話に入るぞ」


 話を切り替え、ミーティングの本題に入る。ここからが一番大事なことだ。


「まず、エースの依田だけど、恐らくうちと同じで準々決勝に当ててくるだろう。だから出るとすれば後半のリリーフくらいだ。ただ、技巧派で厄介な相手だから、出てくれば一層得点は望みづらくなるから早めにリードしておきたい」


 依田はストレートは100キロそこそこだが、カーブ、スライダー、縦スライダー、フォーク、チェンジアップと変化球を自在に操る。そして、なんといっても一番は……、


「スライダーが一番厄介だ」


 大きく曲がるスライダーだ。これだけであれば強豪にも匹敵するだろう。デッドボールだと思うようなコースでも、内角や真ん中付近まで到達する。狙って簡単に打てる球でもない。


「決め球に使って来ることが多いけど、意識させるだけさせて別の球種……なんて配球もあった。スライダーには気をつけつつ、他の球種も頭の中に入れておこう」


 無難なことしか言えない。ただ、もう一つだけ言えることはあった。


「参考までだけど……スライダーとカーブの軌道が結構似ている。フォーム自体には大差はなかったから、それを利用して誤認させることが多い。決め球として使ったのが、スライダー六割、カーブ三割、他が一割だな。見分ける方法は難しいが、カーブの方が球速が遅くて緩やかだから、スライダーを頭に入れながらカーブを狙っても良いかもしれない」


 スライダーはカットしながらカーブを狙う。スライダーは狙っても簡単に打てないのだから、カーブを狙い打った方が賢明だ。


「ただ、さっきも言ったけど、先発は恐らくエースの依田じゃない。二試合目のリリーフで登場した柳岡だと予想している。柳岡のストレートの球速は依田と同じくらいだけど、ストレートをカットボールとかシュートと組み合わせて打ち取るピッチャーだ。それでも、能力的には依田の方が上。ただ、柳岡は二年生だから、次のエースってところだろう」


 注目するべきピッチャーはこの二人だ。あと二人のピッチャーがベンチ入りしており、他にも野手がピッチャーをすることもあるが、依田と柳岡とは差が大きい。


 ただ、油断をすれば足元を掬われる。注意するべき点や球種などを伝える。


「依田は先発で投げてたからある程度の球種は投げていると思うけど、柳岡はリリーフの二イニングだけだ。さっき言ったストレートと、カットボール、シュートしか使わなかったから、あと一、二球種はあると思っておいた方がいいな」


 一試合見ただけでは完全に分析できるわけではないため、実際に対戦してみないとわからない。今後はマネージャーである由衣に偵察をお願いしてみるのは手かもしれない。


 ただ、由衣の補助があることによって、雑用などをしなくていい分、選手たちが練習に専念できるという利点はあった。秋の大会ではその辺りを様子見しつつ、来年以降にマネージャーが増えれば一番良いと言える。


「よし、次は野手の話をしよう」


 ピッチャーの話は一通り終えた。野手……バッターや守備についての話に移り変わる。


「まあ、なんといってもチームが守備型っていうのが特徴なんだけど、バッターは一番から五番まで固定だな。秋から春のタイミングで二番だけ変わってるけど、春と夏は同じ打順だ」


 打順を固定するのは理想的だ。しかし、トーナメントのような長期戦となれば後半で疲れが出て来るのを避けるために、巧はあえて固定していない。


 基本的には大会直前に発表したオーダーが基本ではあり、打順を組み替えることで任された打順の仕事をするという練習にもなると巧は考えている。そうすることで、何番打者でも状況によって考えて打撃をすることができるようになる。


 打順を固定してその仕事を全うするというのは良いが、今後、プロや進学などをして別の打順になった際にも様々な打順を打つという経験は生きるはずだと考えている。柔軟に対応することも、必要不可欠な力だ。


「まず、相手打順だけど……」


 巧は固定されている相手の打順を言っていく。


 一番ライト近衛

 二番ショート灘桐

 三番ピッチャー、もしくはレフト依田

 四番ファースト香山

 五番センター三峰


 ここが固定されている打順だ。


 そして、その後の打順は予測不可能だ。


「後半で代打として登場した永山は一回戦ではスタメンだったけど、二回戦では代打だ。相手もこっちが伊澄を温存してくると踏んでくるだろうから、伊澄が出る前に打てる永山を起用して点を取りにくる可能性がある」


 二回戦で中峰と戦っている名多高校は、明鈴と似たようなチームカラーだ。しかし、珠姫や夜空のような圧倒的な主軸がいるという点を考えれば明鈴の方が上だ。


 そのため、守備を固めたところで打たれるくらいなら攻撃を強化してくる可能性が高いと考えている。


「伊澄は一回戦でド派手に活躍したからなぁ……。多分出て来たらまず打てないと踏んで戦ってくるだろうから、それまでに点を欲しいって、俺が中峰の監督なら考えるかな」


 正直なところ、伊澄は確かに実力はあるが、高校野球を三年も続けてきた三年生と比較すると、経験という点では伊澄の方が劣る。ただ、七色のカーブを持っているという厄介さを考えれば伊澄の方が上だ。


 速球派の名多のエース南と、技巧派の伊澄を比較することは難しいが、同等の能力と考えても良いだろう。


 ただ、一回戦で伊澄が派手に活躍したことで、相手は過剰評価をする可能性だってある。全く隙のない相手と考えられていれば、それまでに決着をつけたいと思うだろうというのが巧の考えだった。


「二回戦では七番に守備型のバッターを置いていた。そこを入れ替えて、永山を六番に置いて、六番にいた打者を七番に下げるのが一番ある起用かな」


 二回戦で六番にいた選手は、一回戦では出ていなかった。スタメンの当落上で、競争相手よりも打撃が得意というところだろうか。


 八番九番は夏の大会では一、二回戦ともに出ているため、固定の可能性は高い。


「一応、個人的に気をつけたいのが八番に入っていた紺野だな」


 紺野はスタメンに入っている唯一の一年生だ。ここまで当たりは出ていないが、二、三年生がある程度揃っているチームで、一年生ながらスタメンというのは期待されている証拠だろう。


 元々、中学時代は女子野球のガールズに所属したようだが、割と打てているバッターだった。残念ながら映像などは残っていなかったため、中学時代の成績で通算四割手前くらいを打っているという記録しかない。


「一、二回戦で出た選手は映像と一緒に確認していくぞ」


 口頭だけでは伝わらない部分も多い。


 前日に試合もあったため、練習は軽めにするつもりだったため、四時間近くかけてじっくりとミーティングを行い、意識は次の試合に向かっていった。

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