第93話 次の戦いは……
第二球場での本日の二回戦、次の明鈴との対戦相手が決まる中峰高校対名多高校の試合が始まる。
この試合の注目は何と言っても……、
「四番だな」
お互いにエース対決ではあるが、三日後の明鈴戦でエースを登板させれば、その翌日にある準々決勝では連投となってしまう。順当に行けば恐らく準々決勝の相手は伊賀皇桜学園になるため、そこにエースを当てたいと考えるだろう。そうなれば、明鈴戦で出たとしてもエースはリリーフだ。
もちろんエースも警戒すべき相手だが、一番注目するのは四番打者となるだろう。
守備型の中峰の四番、香山は去年の秋からずっと四番で起用され続けており、バランス型もどんなスタメンを組んでも四番の秋山は据え置きだ。
香山は三年生なのでデータはそれなりにあるが、秋山は二年生でデータも去年のものしかない。それに秋山は、去年の秋の大会ではあまり出ておらず、恐らく冬季の練習で急成長したようで春から四番に座っている。
そして、エースにも目を向ける。
イニング前の投球練習、後攻の名多のエース、南がマウンドに立っている。速球投手でコントロールもそこそこだ。
中峰のエースの依田はブルペンで調整している。しっかりとした投球は見れないが、球は早くないが、ストレートのキレは悪くない。基本的には変化球主体の技巧派だろう。キャッチボール相手のグラブ近くには投げ込めているため、コントロールも悪くなさそうだ。
両者とも三年生のため、負けた方とは今後の対戦はないが、南は黒絵、依田は棗の参考になりそうな投手だ。
名多の守備を見ていると、バランス型というだけあって動きは悪くない。
こうやって選手の観察をしていると、試合が始まった。
試合はゼロ進行で中盤から終盤の差し掛かる五回まで到達した。
中峰高校の攻撃力は、四番の香山から始まる。
「巧くん的にはこの試合、どう見てる?」
司の問いかけに、巧は答えに詰まった。
動かない試合というのは、動き始めればお互い打ち合いになることもあるが、片方が一方的に攻め続けるということもある。もちろん、点を取って流れが止まってという繰り返しもある。結局答えはわからない。
しかし、この緊迫した場面でハッキリと言えることは一つだけあった。
「ミスした方が負ける、かな」
ミスをしてそれが失点に繋がれば、均衡が破れ、流れを持っていかれるだろう。
もちろん、その後ひっくり返る展開もあるため一概には言えないが、ミスをすれば負ける可能性が高いとも言える。
「ミスがないなら、ピッチャーの替え時かな?」
ピッチャーの替え時は非常に難しい。一度打たれたとしても、限界を超えて抑え切れる力を持つピッチャーもいるだろう。逆に代えてしまったことで大量失点に繋がる恐れもある。
実際に、大量リードしていた試合でも、ピッチャーが打たれ始めたことで交代し、次のピッチャーの準備も完了しないまま矢継ぎ早に交代していったがためにその大量のリードを失って逆転されたなんて事例もある。
「巧くんはどうやってピッチャー代えるとか考えてるの?」
「うーん、出来るだけ休ませるために早い段階で交代させてるからなぁ。まあ、基本的といえば基本的だけど、極力イニング頭からの登板か、そうじゃないなら、ある程度この辺りで出すぞっていうのは伝えるようにはしてるかな?」
今日の棗の登板は緊急だったため、これは例外だ。ただ、ピッチャー陽依はあまり多い起用でもなかったため、もし早い段階で崩れれば棗と夜空のロングリリーフは頭の中にあった。そのため、棗はいつでもいけるように初回から準備をさせてあったので、肩ができていないという事態は防げた。
もし陽依が早い段階で降板していた場合、セカンド鈴里、ショート白雪という形にするつもりだった。しかし、陽依がある程度投げてくれたので、その後は棗と黒絵、必要であれば伊澄や夜空を加えて投手リレーすれば問題ないと思い、鈴里は早い段階で下げることができた。
ただ、鈴里を下げたことで、白雪の負傷交代の際には起用に頭を悩ませたため、今後は改善点かもしれない。
話が逸れてしまったが、投手の準備ができていないという事態に備えて、棗に早めの準備をさせて、一イニング限定と絞って起用することを考えている。準備が早過ぎれば疲れてしまうため、ロングリリーフはあまり望めない。
伊澄は調子が悪くともある程度の内容でまとめてくれるだろうし、黒絵もスタミナはあるため、試合が壊れるほど崩れなければ交代に急ぐ必要もないと考えている。
会話をしているうちに、中峰の四番、香山はツーベースヒットを放ち、ノーアウトからチャンスを作った。
「お、これで試合動くかな?」
「いや、五番はある程度打てるけど、守備に力を入れてる中峰だから六番以降はわからないな。今までの結果を見る限りでは、上位で決めつつ、取りこぼしたら代打っていうパターンが多い」
下位打線が全く打てないわけでもない。実際、下位に回っても得点することだってある。しかし、上位打線は固定されていることが多いが、下位打線は要所で代打を出している。特に後半ともなればそのパターンだ。
「あ、ちょうどネクストが代打っぽいね」
司がそう指摘すると、巧は携帯を取り出し、まとめてある記録を確認した。
選手たちには事前のミーティングでの報告が多く、出来る限り目前に迫る試合の情報を入れることが多いが、巧は同じグループに所属している学校の情報、他のグループやブロックでも対戦する可能性の高い学校の情報を一回戦から全て記録してあった。特に同じグループは去年の夏の大会にも目を向けつつ、現状のチームとなった秋の大会以降の記録までも網羅してある。
もちろん、大会直前であればそんなことをする暇もないため、対戦表が発表された大会の一ヶ月前から準備を進めていた。
「あの代打は……背番号15の永山だな。一回戦では六番サードのスタメンで出てる。三打数二安打、一四球だけど、エラーを二つしてるから、今回はスタメンから外れたのかな?」
打てるバッターだが、守備の荒さは目立つ。秋と春の大会も、スタメンと控えで出たり出なかったりだ。期待されながらも打撃の貢献度と守備の貢献度で起用に悩んでいるのだろう。まだ二年生なので、この試合で負けたとしても、秋以降に対戦する可能性は十分にある。
「代打の話になったし、今度はピッチャーじゃなくて代打はどうやって考えてるの?」
その質問に関しては、すんなりと答えが出た。
「出来るだけ複数で準備させてるかな。相手がどこまで気が回ってるかわからないけど、誰を出すのかわからないと直前まで作戦立てづらいだろうし。あと、複数準備させたら自分が出たいって選手もアピールしてくるから競争の意味もあるよ」
出れないことでテンションが下がるなんて可能性もあるが、ありがたいことに主な代打起用をする梨々香や瑞歩はポジティブなのでそこまで心配はしていない。
「まあ、欲を言えばアベレージヒッターも置いておきたいけどなぁ……」
梨々香も瑞歩も、長距離砲だ。梨々香は代打での打率が悪くなく、アベレージヒッターとしても考えられるが、気まぐれなところがあるため扱いには悩む。
できれば七海のような長打よりもヒットやフォアボールで出塁する選手をもう一人ベンチに置いておきたいところだが、そんな選手がいればスタメンで使いたくもなる。
ホームランは野球の花形ではあるけど、巧としてはコツコツ打って安心して勝ちたいのが本音だ。
ただ、そういう面では次の試合は気が楽かもしれない。
伊澄はとりあえず休ませるつもりだ。途中で出すかもしれないが、極力フラストレーションを溜めてそれを翌日の準々決勝にぶつけてもらいたい。
陽依と司と七海の誰か一人か、できれば二人は休ませようと考えているため、伊澄を含めるとベンチにアベレージヒッターが二人となる。ただ、陽依は休ませるつもりなのでそうなるとキャッチャーは司しかいなくなるため休ませられないだろう。七海を休ませられるかどうかだ。
会話をしていると、また試合には動きがあった。五番の選手は凡打に倒れ、六番に代打で出てきた永山はヒットを放つものの、七番の選手が内野ゴロとなり、ホームに突っ込んだ走者がアウトとなった。八番の選手はヒットを放ったが、九番にまた代打が送られ、その選手は凡打に倒れた。
「あー、おっしい」
満塁までチャンスを作ったが、点には繋がらなかった。
そして変わって名多の攻撃。こちらはあっさりと二本のヒットで得点に成功した。ついに試合が動いた。しかし、その後は続かない。
「注目はここだな」
先ほどの攻撃でチャンスを作りながらも得点には結び付かなかった中峰高校だが、だからこそ先制された直後の攻撃が見ものだ。
一番打者が粘ると、フォアボールで出塁。二番打者はバントでランナーを送ろうとすると、守備側もチャンスを掴ませまいと二塁へ送球する。しかし、それがセーフとなり、ノーアウトで一、二塁だ。
三番打者がセカンドへの進塁打を放ち、続く四番がセンター横へのヒットでランナーが二人とも返り、逆転に成功した。
「もう、決まりかな」
その後の名多はピッチャーを代えてきたが、ここも打たれてさらに二点を奪われていた。
その裏に中峰は潔くピッチャーを代え、お互いに攻防を続けるものの点差が動くことなく、中峰高校が勝利を納めた。
次の相手は中峰高校だ。
「厄介そうだねー」
厄介な相手だ。それは確かだろう。
しかし、戦力としてはこちらの方が上だという自負はある。
ずっとチームを引っ張ってきた夜空と、復活した珠姫が打線の主軸となり、部に復帰した切込隊長の由真がいる。控えにするつもりとはいえ、伊澄や陽依がいて、県内でもトップクラスの速球を持つ黒絵が先発だ。リリーフとして粘り強いピッチングをする棗も力をつけている。そんな一癖も二癖もあるピッチャーを操るのが司だ。
他にも、打てる選手、走れる選手、守れる選手とバランスが良いスタメンや控えがいる。人数は少なめのため、選手層が厚いわけでもないが、各々力を持った選手は多い。
「勝つしかないよな」
巧はそう呟き、次の試合、そしてその次の試合まで見据えていた。
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