第80話 下準備とスタメン

 一学期の終業式も終わり、夏休みへと入る。


 女子野球部は一回戦突破で新聞に載ったこともあり、先生から期待の声をかけられる。そして男子野球部の方も問題なく二回戦を突破した。


 期待としては男子野球部の方が大きいが、それでも多少なりとも期待されているのは嬉しいものだ。


 合同合宿を行った他校はというと、光陵高校は難なく一回戦を突破していた。水色学園も、日曜日に明音からメッセージが届いていた。


『遅くなったけど、初戦突破おめでとう。こっちは二回戦も勝ったよ』


 とメッセージには書かれており、最後にはピースの絵文字も加えられていた。


 そして、鳳凰寺院学園はというと、土曜日に試合が行われ、六回までお互い無失点と投手戦になっていたが、七回に先発だった夜狐が交代した途端に打たれ、二対〇で敗れたようだ。


 楓からはショックからか当日に連絡がなく、月曜日になってから連絡が来ていた。夜狐も同じくだ。やはり夏は甘くない。元々強豪で昨年度は甲子園に出場したとはいえ、一度空中分解した部のメンバーがある程度復帰したとはいえ、四月からほぼ二か月近く休止状態だったのだ。プレーのミスも目立ち、あえなく敗退した。


 楓と夜狐には当たり感触のない返事を送った。お互いに初戦突破という状態のため、明鈴の方が勝ち進んでいるとは言えないが、それでも鳳凰の夏は早々に終わった。ただ、最後に一文、『また合宿で会おう』と添えておいた。


 他校とはいえ、合宿で研鑽し合ったライバルが負けたというのは悲しいことだ。それでも、ただ自分たちが勝つことを考えなければいけない。


 大会とはそういうものだ。


 そして、水曜日。二回戦の直前に改めて対戦校のおさらいをしていた。


「改めて確認するぞ。二回戦は鳥田高校が相手だ」


 以前のミーティングでも確認したため、基本的な情報は簡単に説明する。


「鳥田高校は投手力はそこまでだけど、打力と機動力のある選手が多い」


 打って勝つというというのが鳥田高校の方針だ。かといっても爆発的な打力というわけではない。初戦は五対二と、打たれながらもそれ以上の得点で勝利を収めている。


 投手力もそこまでと言ったが、初戦の北高校のように絶対的なエースがいないだけで、エースから三番手までは能力の差が極端にはない。つまり、先発を打ち崩したところで、先発と同程度の崩れていないピッチャーが出てくるだけだ。


「打つのは必須としても、やっぱり守って失点を減らしたいところだからなぁ……」


 巧は頭を掻きながらそう言った。スタメンはもう決めてあるが、それは守備力強化とともに打力を落とすものだ。これが正しいのかはわからない。


 それでも悩んでいても仕方がない。


「今回のスタメンは交代することが前提だ。チャンスがあれば序盤でも交代していく」


 この選択はスタメンに選ばれたのに交代させられたら選手のプライドを傷付ける可能性もある。ただ、それでもスタメンに選びたい、力が必要だという意味もある。そのために事前に告知したのだ。


「今回外れた人が力不足というわけじゃない。ただ、色々な形も試しておきたいという理由もある。それはわかってほしい」


 巧にとって一番怖いのは信頼されなくなることだ。チームを勝利に導くために、強豪とも渡り合うためにベストな形で挑まなければいけない。そのために、それまでの試合で試すのだ。


「それじゃあ、スタメンを発表する」


 巧の言葉に選手は息を呑んだ。


 一番ライト佐久間由真

 二番センター瀬川伊澄

 三番セカンド大星夜空

 四番ファースト本田珠姫

 五番サード藤峰七海

 六番キャッチャー神崎司

 七番レフト月島光

 八番ピッチャー姉崎陽依

 九番セカンド水瀬鈴里


「これが次の試合のスタメンだ」


 前回のスタメンから今回外れたのは白雪と亜澄。もちろんこれには理由がある。


「白雪は今後も出ずっぱりだろうから休ませられる時には休ませたい。そして守備力の強化という意味もある。亜澄もそうだが、点差がつけられそうなら代打で出して、そのまま最後までっていうのは考えている」


 勝ち進めば日が空いていてもそれだか疲労が蓄積される。後半は過密な日程となるため、疲労回復が早い選手がレギュラーか、控えのレベルも高いというチームが勝ち上がれる。


 ここで出し惜しみをして負ければそれでおしまいではあるが、光も鈴里も決してレベルの低い選手ではない。そこを踏まえて休ませるという選択だ。


 そして、勝ち進むという点に関しては夜空、珠姫、伊澄、陽依は経験しているが、他の選手はそういった経験がない。休み休み使いつつ、夜空たちも休ませられそうなら休ませたい。


 疲労が蓄積された状態なら誰しもパフォーマンスは落ちる。


 追い込まれることで実力以上を発揮する選手はいるが、全員でもないし、限界が来ればそれだって長くは続かない。完全に疲労がない状態で戦うことは難しいが、程よい疲労でバランスを取ることが一番だとも言える。


 この経験の足りなさは、今後の課題だが、春から夏にかけての短い期間ではまず基礎能力を上げることを考えていたため、年間を通しながら試合のない冬の間になんとかしようと考えていた問題だ。


 まずは勝ち抜くために、出来る限りのことを考えていた。


 そして、陽依を先発という選択は、巧自身が一番悩んだところだ。


 黒絵としても自分が出るものと思っていたのか、少し残念そうだ。


「黒絵、投げたかったか?」


「投げたかったよぉ……」


 しょんぼりとしている。その姿は、体格に似合わず小動物的な可愛さがある。


「さっきも言ったけど、交代前提だから継投はもちろん考えている。……それに、日程を考えたら先発は二回戦じゃないと思わないか?」


 考えてみな、というと、黒絵は指を折りながら計算する。


「ええと……。明日投げたら二日空けて三回戦でその次の日も準々決勝だから……。あれ?」


 後半になれば過密日程で先発もやむを得ないが、極力先発をさせるなら日を空けたいと巧が考えているのはわかっているだろう。


「準々決勝まで行けば伊澄ちゃんだよね?」


「まあ、そのつもりだな」


 ここは外せない。準決勝で伊澄が投げれば決勝はそれ以外の誰かになる。ピッチャーが充実しているならその選択肢もあるが、現時点では伊澄と他のピッチャーの差は大きい。そして決勝まで勝ち上がった場合、エースである伊澄が決勝で投げなければ後悔することになるだろう。


 そして、決勝の前日が準決勝。ここは別のピッチャーだ。準決勝の二日前が準々決勝となり、その前日が三回戦だ。


 決勝が伊澄となれば準々決勝が伊澄と考えるだろう。となれば、それ以外の試合で他のピッチャーを使うと考えていく。


 黒絵はそこは理解した。


「決勝が伊澄ちゃん。準決勝がそれ以外の人だとして、準々決勝も伊澄ちゃんだから……。私は三回戦?」


「そうだな」


 ずっと実戦から遠ざかって感覚が狂うことは避けたいため、二回戦で一イニングか二イニングの登板は考えている。


 そして三回戦で黒絵が投げることで、中二日で準決勝にも挑める。


 そこまで先を考えても仕方ないかもしれないが、いくら勝ち進んでもピッチャーが足りないとなれば勝機はない。そこも考えないといけない。


 もちろん、伊澄や黒絵が投げることで勝ち進めるのであればその選択も考えるが、いかに負担を少なくして勝ち進むかと考えた結果、この起用が一番だと考えた。


「黒絵としては準々決勝とか明日に投げたかったかもしれないけど、準々決勝前の三回戦、そこで気持ちよく勝って準々決勝に挑むっていう大役を任せるってことだ。わかるだろ?」


 巧がそうニヤリと笑うと、黒絵のテンションが一気に上がった。


「がんばるよー!」


 本心ではあるが、上手く乗せれたなと思った。この会話を聞いている他の部員は巧の意図がわかっているようで、呆れた様子だ。


「話を戻そう。陽依を先発にした理由は黒絵の温存以外にもう一つあって。どのポジションも守れるからだ」


 巧がそう言ったが、全員イマイチわかっていない様子のため、続ける。


「どのポジションも守れるから、ピッチャー以外のポジションに回ることの方が多い。だから今後の試合でピッチャーとして投げる可能性が一番少ないということだ」


 投げる可能性が少ないということは、長いイニングを投げても今後に影響が少ないということ。


 もちろん疲労が溜まれば野手としても影響がないわけではないため、あくまでも少ないと言うが、元々シニア時代はエースとして投げ抜いて来た中で、野手がほとんどでピッチャーとしての登板が少ない。陽依としては疲労が溜まりにくいだろう。


「棗もリリーフで登板を考えているけど、三回戦以降の連投が予想できる。だからここで先発として出して、疲労が溜まった状態で今後を投げるよりも、温存しておきたいんだよ」


 棗にもフォローを入れる。伊澄と黒絵を温存するから棗という単純なものではない。リリーフとして、戦力として期待しているからこそあえてここで出さないのだ。


 そう言ってしまうと陽依が戦力でないと言っているようにも聞こえるが、ピッチャーとしての実力も買っているため先発に起用するし、なによりも野手としての期待が大きいからこそこういった起用をしているのだ。


「陽依、二回戦もフル出場だ。複数ポジションを守れる陽依を途中で交代は出来るだけ避けたい。負担になると思うけど、頼めるか?」


「任せとき!」


 陽依は意気揚々と答えた。


 全員が出たいと思っている。そして全員がそう思っているのであれば、等しくはないが試合に出るチャンスは出来るだけ作りたい。そう思っているからこそ、様々なパターンを試して試合に臨んでいきたい。


「よし、じゃあ改めて鳥田高校の話を進めていこうか」


 鳥田高校の攻撃の主軸となるのは一番の長谷、四番の波田だ。だいたいのチームはそうなので、オーソドックスな攻撃パターンとも言える。


 そして四番の波田は二年生と、来年以降も対戦する可能性がある。ここで勝つことで、来年以降も有利に進めたい。


 もう一つ注意する点といえば……。


「前にも言ったように、長打力があるチームだ。三番はバランス型を据えているが、四番から七番までは長打力がある。そして一、二番、八、九番は足の速い選手を置いている」


 下位打線は目立った活躍をしていないが、出塁をすれば盗塁を狙うケースも多い。一、二番の上位打線は足に加えて出塁する技術もある。


「走ってくるとなれば、阻止しなければならない。司、いけるか?」


「任せといて」


 司の方では易々と盗塁を許すことはないだろう。皇桜の早瀬の足を相手にしても対等に渡り合えていた。そして盗塁を阻止すればチャンスは潰れる。


「足で来るならこっちも足だ。由真と光は基本的に行けると思ったら行っていい。夜空、珠姫、伊澄、鈴里も積極的にってわけではないけど、隙があって確実にいけるって自信があれば行ってもいいぞ」


 光を起用したのはこのためだ。純粋に守備力だけでいけば煌を起用する。そうではなくて光を起用したのは、切り込み隊長の由真と遜色のない足を持つ光が適任だと思ったからだ。


 他の四人に関しても、走れるなら走って欲しいが、後に控えるバッターが打撃に期待をできる選手のため、無理に走る必要はない。それに、ライナーになって戻りきれずにゲッツーとなることは避けたいため、あくまでもいけると思った時だけだ。


「うちは?」


 陽依も走れる選手だ。能力自体それなりではあるが、突出しているわけではない。それでも中学時代に一流プレイヤーだったのは、技術があるからだ。バントもそうだが、盗塁技術や走塁技術のように、磨けば上手くなるものをとことん磨いている。


 ただ、走っていい選手の中に挙げなかったのには理由があり、それは至極簡単な理由だ。


「陽依はピッチャーだから、体力を温存したいし、無理をする必要はない。ただ、実際に塁に出てみて行けそうならその時に考えよう」


 ピッチャーとして投げさせることを考えると、走って余計な体力を使って欲しくない。もちろん打撃も期待しているが、ピッチャーということを考慮して八番という位置に据えている。


「まあ、ゲッツーは避けたいから、由真と光以外はランナーから俺に出すサインを作っておいて、サインを出してくれたら考慮して俺が改めてサインを出すって形でどうだろうか?」


 自分で走っていいとは言ったが、好き勝手に走られては困るのは困る。お互いに意思疎通をした上で走るのが一番だろう。


 巧の提案には全員が頷いた。そして再び鳥田高校の話に戻る。


「三番の話だけど、そこそこ打てるし、そこそこ走れるって選手だな」


 三番打者の水戸。タイプとしては陽依に似ている。ただ、数値化するならば陽依の能力値の全てが仮に十段階の五だとして、水戸は四から六といった感じだろう。バランス型といっても全ての能力を数値化した場合、全て同じというわけでもない。逆に陽依は気持ち悪いくらいにバランスが取れている。


「水戸と波田、三四番コンビは二年生だ。秋以降も当たる可能性があるから気を付けろよ」


 相手を調子に乗せてはいけない。しっかりと打ち勝って得意意識を付けさせないようにする。


 先ほど挙げた三人以外は去年の秋からコロコロと変わっている。選手が豊富だという考え方もあるが、裏を返すとレギュラーに定着できる選手がいないということだ。


 それでも侮れない打撃能力がある。気を引き締めなければいけない。




 二回戦が始まる。

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