第45話 三年生と二年生⑨ 終戦

 打ち取れば試合終了。打たれれば試合続行。


 ツーアウトランナーなし。この状況で九番の水瀬鈴里に代わって森本恭子が打席に入る。


 怖いバッターというのは重々承知の上だが、巧は自然と楽な気持ちだった。


 終わりが近づいて気分がハイになっているのだろうか。強打者との対戦が楽しみで仕方なかった。


 初球は大事にいこう。様々なパターンを考えたが、結果的にこの配球だ。


 外角低めいっぱいのストレート。


 ここだと思ったところにミットを構える。大切な初球、秀の指先からボールが放たれた。


 ……甘いっ!


 構えたところよりも真ん中に入ったストレート。恭子はそれを見逃さなかった。


「セカンドっ!」


 一、二塁間。鋭い当たりだ。


 ピッチャー横を抜け、打球を追ったファーストの横も抜ける。


 しかし、夜空の一歩目。楽な姿勢からすぐさま打球に反応していた。その一歩目は五回表の鈴里のプレーと重なった。


 一歩目を踏み出し、あっという間に打球に追いついた。そして、滑り込みながら、


──引きつけ引きつけ引きつけ……捕球。


 体の真横で捕球したボール、その勢いのまま、体を回転させた。


 そこからノータイムでファーストへ送球する。


 しかし、ファーストまだベースに到達に到達していない。


 送球は強すぎず、弱すぎない、軽いキャッチボールをしているかのような送球だ。そしてその送球はファーストベース横、ファーストに入る智佳がちょうど捕球できるようなタイミング、強さだ。


 ファーストベースに入りながら智佳は捕球する。そして、ファーストベースを踏み、バッターランナーと交錯しないようにそのまま駆け抜けた。


「……アウト!」


 余裕のあるタイミングに一塁審判がゆっくりとコールする。鋭い打球に正確なボール回し、バッターランナーの恭子が一塁に到達する遥か前にボールはファーストへと渡った。


 試合終了。主審の神代先生が『ゲームセット』のコールをする。


 長かった試合は濃密な時間だった。得られるものも大きく、そして合宿で得た成果を存分に発揮できる試合、そして何よりも合宿でまだ足りなかった部分など、全てがもろに出る試合だった。


 反省点はまだまだある。それは合宿最終日の明日、そして合宿が終わってから各々の練習で克服していけばいい。


 学年別で各学年同士当たるように行われた試合はたった三試合。しかし、午前中に始まったその試合は、試合合間に短い休憩を挟んだとはいえ、すでに夕方、日は傾いていた。


 整列し、試合終了後の挨拶をする。


 一日中試合をしていたこともあり、各選手疲れに疲れ切っていた。特に自分の出場試合である二試合ともをフルイニング出場した三年生、そして二年生の三船魁はもうクタクタだった。


 それにしても、


「よく捕れたな。しかもあの捕り方……」


 試合を振り返り、巧は夜空に声をかけていた。鈴里のプレーを見た際には飛び込んで捕ると言っていた。しかし、実際似たような打球が飛んで行ったプレーは鈴里のものとほぼ同じものだった。


「いや、鈴里に負けたくないじゃん? 守備力的には正直私も鈴里を見習うところもあるし。ただ、『レギュラー取りたければ私を超えてみろ!』っていうのをプレーで示したかったんだよね」


 そういう意図があったのか。巧は納得する。


 正直に言えば守備力面を考えると、夜空と同等の守備力を持つ鈴里をセカンドに据えて夜空を他のポジションに回す手もある。しかし、あくまでも夜空の本領はセカンド、悩ましいところでもあった。


 そして今までは、守備力だけで言えば、『鈴里の方が上なのでは』と考えているところもあった。今回ではっきりしたのは、守備力は同等か、やはり夜空の方が上だ。その上、打撃を考えれば夜空が圧倒的に上をいく。セカンドのレギュラーは夜空が当確だということだ。


「まあ……、夜空を外野に回しても安心だな」


「セカンドがいいんだけどなぁ」


 ぼやく夜空に巧は苦笑いを浮かべる。


 外野に回すつもりはあまりない。外野が相当手薄になればその限りでもないが。


 ただ、言いかけていた言葉を飲み込んで咄嗟に出ただけの言葉だった。


『夜空が引退しても守備面は安心』


 そう言いかけたが、まだ大会すら始まっていない。すぐそばに迫っていることだったが、今は口にしなかった。




 最後のボール。甘く入ったとはいえ、ツーアウトの一点差、簡単に手を出すボールではない。


 それでも手を出してきたのは強打者の勘か、読んでいたのか。この辺りは恭子に聞かなければわからないことだろう。


 ただ、あの緊迫した場面だからこそ、初球を大切にするという予想をされて、そこを狙い打たれたのはほぼ確実だろう。


 結果としては甘い球にも関わらず、初球から手を出して凡退だった。しかし、それだけのものではない。


 今でもこれだけの怖さがあるバッターだ。来年になればどれほど恐ろしいのだろうか。


 そう考えると恐ろしくもあり、同時に楽しみで仕方がなかった。

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