第32話 二年生と一年生④ ペースと流れ
黒絵のビッグプレーが飛び出し、ワンアウトランナー一塁三塁のピンチから一年生チームは無失点で切り抜けた。逆に言うと二年生チームは流れを掴めなかった。
「二年生チームは苦しそうな流れになったね」
美雪先生の言う通りだ。チャンスをモノにできなかったダメージは大きい。チャンスを作れるのは一試合に何回もあるわけではないからだ。
そして一年生チームは九番に入る明音の打席を迎える。一年生チームは人数が多いこともあって、この二試合で神代先生はよく動いていた。しかしここでの代打はなかった。
「さて、どうなるか」
二年生チームも動かない。先ほどの回に三者凡退で抑えた明菜の続投だ。二番の友梨奈に代わって代打で送られた美鳥がそのままセカンドに入る。
明音への初球、外角へのカーブを見逃してストライクだ。明菜は良いコースに投げ込み、明音も初球から難しい球に手を出さない。
二球目、三球目も良いコースに投げ込むが、外れてボールとなる。
そして四球目、明菜の力強いストレートは内角低めを目掛けて突っ走る。しかし、明音はそんなストレートを待っていたかのように狙い定めてバットを回した。
打球はレフト線を割るファウルボール。それに怯んだのか、五球目は大きく外れてボール球となった。
「これでフルカウント」
打者も投手も有利ではないフルカウント。ストライクであれば投手の勝ち、ボールであれば打者の勝ちだ。
「巧くんとしてはピッチャー側、バッター側、どっちの立場のが気が楽なの?」
「俺としてはバッターですね。際どい球ならバットに当てて粘れば良いんで。ピッチャーなら少しでも外れたらフォアボールになりますし」
そもそもバットに当たらなければ三振となるが、巧の個人的な意見だとピッチャーでのフルカウントは迎えたくない。バッターはヒット、フォアボール、ファウルと選択肢があるが、ピッチャーは打ち取るか三振かの二択だ。
明音は六球目、七球目とファウルで粘り、八球目にはフォアボールを選んだ。
「これは苦しくなってきたな」
先頭打者をフォアボールは避けたい。球数が増えることでテンポが悪くなり、しかもノーアウトでランナーを出してしまうこととなる。正直ヒットもフォアボールも得点への期待値は同じだが、球数が増えるということで守備側の集中力を省みるとフォアボールの方が痛いというのが巧の考えだ。
そしてここで一番に戻って琥珀の打席だ。
「神代先生、この試合はあんまり動かないね」
美雪先生の言うことには巧も気付いていた。一度大幅に動かしたが、主軸となる選手は代えてきていない。琥珀と明日香、あとは夜狐もだろうか。伊澄も主軸だろうが、三回一失点で一打数で一安打一打点、元々ピッチャーとしての期待と他の選手の出場機会のためにも途中交代は納得がいく選択だ。
一年生チームの攻撃、ランナーの明音に代えて水色の未紗を代走に送る。そしてネクストバッターズサークルには二番の奏ではなく司の姿がある。ここでついに動き始めたと言ってもいい。
琥珀は初球を捉えてライト前に運ぶ。一塁ランナーの未紗は二塁で止まり、チャンスを作った。
ここで二年生チームも守備の変更がある。ライトの七海に代わってレフトに水色の川元一が入り、レフトの梨々香に代わってライトに煌が入った。
外野を固くし、一点を防ごうということだろう。
そして二番の奏に代打として司が送られた。奏の打撃力はわからないが、この場面で司を起用するということは神代先生は司の打撃を評価されていると考えてもいいだろう。
初球、流石に荒れているのか明菜の制球は定まらず、外れてボール球となる。それでもストレートの力があるのは恐ろしいものだ。
二球目、外角高めへの変化球。司はこれに対応し、バットは軽快な金属音を放つが打球はレフト線のファウルゾーンで着地した。
三球目、内角低めの変化球はワンバウンドしてキャッチャーの手元に到着する。この球はボールだ。
「光陵の佐野さんならこういう場面で出ることもあったと思うけど、なんでここまで動揺しているんだろ?」
確かに甲子園まで進んでいるチームとなれば、こういう場面に出会すこともあるだろう。それでも現在、一年生チームのペースに飲まれている。巧はそれを考察した。
「そもそも、元からこういう場面に弱い可能性もありますけど、さっきの回で三者凡退に抑えて流れを掴みかけたのに得点ができなかったのと、あとは下級生である一年生チームに打たれてペースを崩された可能性はありますね」
たった一学年の差だ、打ち負けることはあるだろう。しかし、甲子園に行った自負と自信も関係している可能性はある。
そして、明菜は昨年度の光陵のエースではなく、ライトのスタメンだった。つまり二番手以下のピッチャーということになる。
逆に一年生チームの夜狐や楓がピンチでも崩れなかったのは、打たれても切り替えができたという要因が大きいだろう。
「中学生とか高校生の時期だと、年下に負けるのって悔しいよね」
美雪先生は納得がいった様子だ。プロのように大人になれば二十代中盤から三十代前半が全盛期という選手は多い。むしろ四十歳が近付くと、経験と勝負強さを買われながらも体力面の衰えやチームの若返りの事情で年下である若手にレギュラーを譲る場合もある。
中高生の一年の差は大きいのだ。
明菜は動揺や焦りを隠せない。四球目を二遊間後方のセンター前に弾き返され、ついにはノーアウト満塁となった。
元々それなりにあった司のバッティング技術もこの合宿で成長しているように思える。もちろん成長したかどうかなんてハッキリとわかる確証はないが、低めの難しい球をヒットゾーンに落とすようなバッティングは、力ではなく技術でヒットを掴みにいった上手いバッティングだ。
「さて、佐伯先生はどう動く……?」
ここは巧としても勉強をするところだ。ノーアウトランナー満塁となった時に他校の監督はどう対処するのか。一点は仕方ないかもしれないが、ピッチャーを代えて空気を入れ替えるのか、それとも代えずにこの場面を切り抜けさせるのか。
この練習試合は同じ場面に遭遇した場合、続投も継投もどちらのピッチャーの練習にもなるため間違いではない。
「ピッチャー交代」
ここはピッチャーを代えてくるようだ。自身で招いたピンチをどう切り抜けるのかも経験だが、何故ピンチを招く羽目になったのか考えさせるための降板と思ってもいいだろう。ピッチャーは光陵の永野未奈胡に代わる。彼女も昨年はレフトのレギュラーで二番手以降に登場する選手だった。
そしてその未奈胡と対峙するのは先ほどビッグプレーが飛び出した黒絵だ。ここはあえて代えずに流れを掴むきっかけともなった黒絵に任せようということだろう。
初球から黒絵は積極的に振っていく。積極的はいいが、気負いすぎて高めのボール球に手を出してしまう。
「ストライク!」
攻撃側の有利な場面だ。積極的にストライクボールは攻めていってもいいが、際どいコースは見逃してもいい。最悪のシチュエーションは、凡打でゲッツー、ツーアウトでランナー一塁二塁とかはやってはいけない。
二球目には反応しなかった。大きく外れたボール球には流石に手を出さない。それに手を出すほどテンパってはいないようだ。
しかし、三球目。そこまで甘くも難しくもないコースの球に空振りをする。今のは当てて欲しいところだ。
黒絵は巧の評価としては一発はあるがそもそも当たらない、当たれば飛ぶロマン砲という位置付けだ。
四球目、ここでも微妙なコースのボールに手を出して三振。残念なことにノーアウト満塁から得点できずにアウトカウントを一つ灯すだけとなってしまった。
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