164 精霊クローディア







「はっ! 邪悪な波動! なっ・・・なんか怖いこと考えているな!」


命の精霊クローディアは、小杜に同化した状態で、わたしに向けて言う。がさがさと小杜の枝を増やし、防御態勢を取り始めた。


けれど、わたしはまだ交渉による解決を諦めていない。にっこりと笑みを浮かべたまま、お願いするように言ってみる。まあ、防御の枝が増えたとしても、この程度なら、問題なさそうだしね・・・。


「いえいえ。わたしたちが望んでいるのは、あくまでも平和的な解決です。わたしたちはシノンを害するつもりはなく、むしろ逆です。貴方と目的が同じであれば、合理的な落とし所が見つけられると思うのです」


「うっ・・・うそだ! 貴方、なんだかめっちゃ怖いもん! 信じられないよ!」


わさわさと枝を揺らして、警戒を強めるクローディア。こんな淑やかな令嬢をつかまえて怖いとか失礼な。


もしくは、わたしが短い会話の間に、この小杜精霊を滅する戦術を5パターンくらい思いついたのがいけなかったのかしら。


「わたしの意見ではだめだということであれば、本人に聞いてみましょう・・・こういうことは、本人の意見を聞かなければならないでしょう?」


「うん・・・。・・・。まあ、そうだね・・・。それは正しいね」


またわさわさと枝を揺らして、嫌そうだけれど賛意を示したクローディア。わたしは、小杜の内側でモルシェとともにこれまでのやり取りを聞いていただろうシノンに向けて、声をかける。


「シノン! 聞いていたとおりよ。貴方はどうしたい? クローディアについて行きたい?」


小杜の奥、姿は根や枝に遮られていて良く見えないけれど、怯えながらもそれでも気丈に張り上げた声が返ってくる。


「いいえ! たとえ本当にいーちゃんの友達でも、私にとっては知らない精霊です。知らない精霊に私はついていきたくはありません!」


おお。けっこうしっかりとした答えがあった。


わたしは満足して笑みを深める。


「精霊クローディア。お聞きのとおりよ。どうかこの場はお引取りいただけないかしら?」


「そっ・・・それは・・・ううん。<仮寓かぐう>、君は騙されているんだ!」


後半はシノンに向けての言葉だ。だが、クローディアの説得は、シノンには効かない。


「私の名前はシノンです」姿は見えないけれど、静かな声が聞こえてくる。「かぐう、なんて名前じゃありません。それに、精霊クローディア、あなたは、どうして私を守ろうとしているのですか? いーちゃんとの約束って、なんですか?」


その頃にはクローディアの本体は根と枝と葉に完全に隠れてしまっていたけれど、シノンの問いかけに、クローディアはうっとひるんだように見えた。


「そっ・・・それは、ときが来るまで言えないことになっているんだ」


「じゃあ、一緒には行けません。ごめんなさい」


シノンにそうはっきりと言われ、また小杜が動揺したように揺れる。


その様子を見て、わたしも口をはさむ。


「話はついたようね。この件はもう結論が出たということでいいかしら?」


「いっ、いや、まだだ! ニンゲン、お前は<仮寓>をどう扱おうとしているんだ! ちゃんと扱うつもりがあるのか? どっ、どうせ、改造手術とか、売り飛ばすとか、なんか邪悪っぽいこと考えてるに違いないんだ・・・」


むっ。シノンを非人道的に扱うわけないでしょ。確かにシノンを今後どうするかはノープランだけど、ぽっと出の精霊に文句を言われる筋合いは無いかしら。とりあえず反論をしようと息を吸うと、先に小杜の奥から声がした。


「リュミフォンセ様は、私の恩人です! 何もわかっていないくせに、そんなひどいこと、言わないで!」


「・・・! でも、ニンゲンは邪悪だ。500年前のあのとき・・・!」


「いい加減にしてください! そんな昔のこと、私たちには関係ありません! シノンちゃんは<仮寓>なんて名前じゃありません! 彼女はリンゲンで『黄金葉戦士団』に入ってもらうんです! 脇からの引き抜きは困りますね!」


これはモルシェの声だ。っていうかいつの間にそんな話になっていたの? かまわないけど。


「うぅ・・・うぅるさいよ! こうなったら・・・!」


「こうなったら・・・どうするのかしら?」


守る相手に否定されて、熱くなって今にも暴走しそうなクローディアに、わたしがひんやりと言葉を差し挟む。


「確かに、精霊の貴方が言うように、邪悪な人間もいるわ。でも良い人間もいる。人間に正邪があるように、精霊にも正邪がある・・・。力づくで望まぬ相手を屈服させようとする精霊に、果たして正しさはあるかしら?」


びくりと葉を震わせた精霊は、トーンダウンするけれど、諦めない。


「うう・・・でも・・・でも・・・。精霊に・・・僕にとって、約束は絶対だ・・・」


「それはシノンには関係のない話だわ。それに、貴方の500年前に何があったかは知らないけれど、人間は変わるし、そのときの人間と関係していた人はもう誰も生きてはいない。なのに、人間すべてを邪悪だと断じて、力づくで貴方の言う<仮寓>を奪っていくのは、賢い行いとは言えないのではなくって?」


「けれど、でも・・・引けないんだ! こっ、こっちの事情もあるし!」


うーん。まったく譲歩がなくては、さすがに決着はつかないかしら。あちらの面子や理由を考えればそれはそうだろうし、あとは暴力による解決しか残らないことになる。それはいやだ。


ふむ、とわたしは顎に指を当てて考える。


「クローディア。貴方の目的は、シノンを守ることだというのは、誓って確かなの?」


「・・・ああそうさ。嘘は無いよ」


「じゃあこうしましょう」自称・命の精霊に対して、わたしは譲歩案を提案する。「わたしたちはこれからリンゲンへ戻り、シノンも同行してもらうつもりでいるわ。そこに貴方・・・クローディアもついて来ればいいわ」


この提案はシノンにも聞こえただろうけれど、彼女は何も言わない。クローディアも何も言わないけれど、思案している様子が小杜から伝わってくる。


わたしは言い重ねる。


「一緒について来ながら、貴方はわたしたちの正邪を見極めればいい。どうかしら?」


そうわたしは提案し、付け加える。


「けれど、貴方がそうするように、わたしたちも貴方の正邪を見極めさせてもらいます。もし貴方が邪悪だと思えたり、シノンに害を加えようとするなら、容赦なく討伐します。・・・そのおつもりで」


「・・・わかった。その条件でいいよ」


さわさわと、小杜が揺れる。


「わかってもらえて嬉しいわ。思ったよりも素直なのね」


「精霊がものわかりの悪いやつばかりだと思われても・・・困るからね」


「じゃあ、この杜を解除してもらえる? 実は、さっきから手狭なのよ」


「そうやって、騙し討ちする気じゃないよね?」


わたしは階上に向かって手を振り、撤退という意味の合図を送る。これで、階上にいる警備の人たちに伝わったはずだ。彼らが武装を下ろす気配を感じる。


後方でずっと剣の柄に手をかけ続けていたヴィクト様に向けても、首を振ってみせることで、警戒を解いてもらう。


しばらく待って、立ち去っていく警備の人の動きを確認して、わたしは改めて小杜のほうを向く。


「これでいいかしら?」


「・・・貴方はすごいね。小さいのに、偉い人なんだ。感謝するよ」


言葉とともに、ガジュマルの小杜がひとつの点に吸い込まれるようにして小さくなっていく。


風船がしぼむように小杜が引いていくのに従って、引き潮のあとに現れる潮溜まりように、シノンと、彼女をかばうように胸に抱くモルシェが現れた。ふたりとも緊張した顔つきをしていたものの、無傷のようだ。わたしはほっと胸を撫で下ろす。


そして小杜が消え、中庭に現れた精霊は、長身の女性体だった。なめらかな肌、腰までの緑の髪、長い耳。切れ長な翡翠色の双眸にひどく整った顔。ゆったりとした柔らかい綾絹の長衣。どこか中性的な感じがするのは、腰の位置が高いからだろうか。


全員の注目を浴びる彼女は、ほぅ、と気怠げな長息。さっとあたりを見回す命の精霊の流し目に、周囲の何人から、ため息をこぼれるのが聞こえた。


そして彼女は、ゆっくりと地面に降りたあと、胸に手を当てて名乗りをあげる。


「改めまして。命の精霊クローディアだ。これから<仮寓>に侍り、貴方がたの正邪を検める者だ・・・以後よしなにな」


「ええ。よろしくお願いするわ。・・・けれどまず、訂正してもらいたいことがあるわ」


「・・・・・・」


いきなり訂正を求めるわたしの言葉に、柳眉を寄せて、首をかしげる命の精霊。


「<仮寓>ではなく、シノンよ。ちゃんと名前で呼んで」


「わかったよ。・・・シノン、だね」


「繰り返しになるけれど、正邪を見極めるのはこちらも同じだから、立場は対等。そしてシノンと行動する際は、事前にわたしの許可を求めること。これをきちんと誓ってもらえなければ、同行を受け入れられないわ」


「わかった・・・誓う」


「精霊にとって、誓約と契約は、絶対だったわね? ・・・まずは歓迎しましょう、精霊クローディア」









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