163 突如現れた杜
滞在しているフジャス商会の渉外館。中庭のほうから、大きな破壊音がして、報告会は余韻なく終わった。
様子を確認に行ったお祖父様の侍従による要領を得ない報告に業を煮やし、わたしたちが部屋を出て中庭を見ると。
中庭が、まるで小さな南国の
わたしこれ見たことあるな。前世日本の知識で言えば、杜はガジュマルの木・・・かしら。細い枝が根のように地中から出てより合わさって太木をつくり、太木同士もまた結合して、大樹を作って、それが小さな杜のように中庭を覆っている。
そんな地上にある絡み合った根の隙間に、中庭の中央に人の気配を感じた。目を凝らしてみると、ロンファーレンス家のお仕着せを侍女と、慣れぬ美服を着せられたという格好の少女。むろん見覚えがある顔。モルシェとシノン・・・だ。
どうしてふたりが一緒にいるのかはわからない。でもモルシェはシノンを守ろうと彼女を近くに抱き寄せ、ゆっくりと忍び寄る枝を蹴り払っている。枝は蹴り払われるたびに、様子を伺うようにして距離をとっている。
わたしは思考を切り替える。館の中央に突然小杜を出現させる。こんなことができるのは、特殊な魔法を修めた、相当強力な魔法師。あるいは強いモンスターか・・・精霊のたぐい。
いずれにしろ多くの
枝葉に囲まれているので、ぱっと見ではとてもわかりにくいけれど、人体が、複雑にねじり合った枝の中に、埋まるように一体化している。それが本体みたいだ。
形状から見て、精霊・・・なのではないかと思える。
その核に整った顔が現れ、薄く開いた目がわたしたちを見た気がした。
そして、ガジュマルと一体化した顔が、唇のかたちをした場所を開き、言葉を発した。
『我が友イー・ジー・クアンとの遺約により、<
かぐう・・・? 仮寓? 仮の住まいってこと?
なんのことだかわからない。
わからないけれど、イー・ジー・クアンの名前が出た。シノンと一緒にいた、鷹型の時精霊・・・。状況から推察すると、狙いはシノンかしら?
『わた・・・我は命の精霊、精霊四天王がひとり、クローディア。さあ、おろかで邪悪な人間よ、抵抗せずに<仮寓>を渡してく・・・渡すのだ』
だが、その勧告に言葉による返答はなかった。
次の瞬間、中庭の杜に、斧による斬撃が入れられ、さらに炎熱魔法が炸裂したからだ。
さすが大商会のフジャス商会だ。不足の事態に備えて、警備役がいるのだろう。最上階の3階からの攻撃だ。いまの攻撃の威力から推察するに、領主の近衛兵とそう変わらない実力なのではないだろうか。けれどしかし。
「なっ・・・」「無傷か・・・!」
警備役とおぼしき、男性たちの声。爆煙はすぐに晴れて、ガジュマルの杜はまったく傷ついた様子はなかった。それだけでなく、しゅるりと細長い葉のついた枝が素早く伸びて、警備役の男性に触れた。
そしてそれだけで、彼らはぐったりと、意識を失ったように倒れた。
叩きつけるとか、見てわかるような攻撃をしたわけじゃない。でも護衛役はもう戦闘力を失った。なんだろう? 何をされたのかしら?
『ふっ・・・ふふふぅ・・・驚いた・・・ちょっぴり驚いたけど・・・見たか無力な人間め。無駄なことはしようとするな。なにしろ驚いたのはほんのちょっぴりだけだからな・・・。でもこれ以上攻撃するな。攻撃されると、ちょっぴり痛いし。あと、ちょっぴりだけだけど、怖いからな・・・』
杜の声がする。なかなか個性的な精霊みたいだけど・・・。
でも、状況はまずいかしら。放っておけば、正体不明の精霊にシノンが連れ去られてしまいそうだ。
部屋から出て中庭に面した廊下いるのは、わたし、サフィリア、そしてヴィクト様だ。お祖父様と伯母様は立ち上がっているけれど、報告会をした部屋の中から動いていない。いざとなれば、背後にある窓から外に逃げることは可能で、退路はある。
ヴィクト様は、剣の柄に手をかけ、臨戦態勢になりながら、眼の前の杜と、わたしの出方を伺っている。いつでも連携が取れるというわけだけど・・・。
わたしは状況に介入することに決めた。
(サフィリア)わたしは念話を飛ばす。(あれと戦って勝てる? 精霊四天王って言っていたけれど・・・)
(精霊四天王がなにかは知らぬが・・・)
(あっ、知らないんだ)
(うむ。言っておくが、わらわが無知なわけではないぞ。精霊には肩書きを勝手に名乗るやからが数多くいるからな)
(勝手に名乗る・・・自称ってこと?)
(まあそんなところじゃ)
なんだろう。眼の前の小杜の精霊がイタイ存在に見えてきた。
(じゃが、戦って楽に勝つ、というわけにはいかんじゃろうな)
(サフィリアでもだめ? そんなに相手は強いの?)
(強さよりも、相性が悪いの。相手は命の精霊を名乗ったが、土精霊の亜種で植物使いじゃ。わらわの水ではちと厳しい。・・・あるじさまが戦ったらよかろう? 赤魔法の耐性があるようじゃが、緑魔法の風で刻むか、紺色魔法で凍らすかすれば効くじゃろう)
(それはだめよ)わたしは念話とともに目配せをする。(この場にはお祖父様たちもいらっしゃるじゃない。わたしの本当のちからは、できるだけ皆に知られたくないの)
(うーん・・・この期に及んで、強いとわかるのがなぜいかんのじゃ。そこがよくわからぬ)
(わたしは公爵家のお嬢様なのよ。強かったら変じゃない)
(強いお嬢様がいても、良いんじゃないかの・・・それに、すでに皆にはけっこうバレていると思うしのう)
(それでもはっきりとした証拠を掴ませないのよ。この世に無駄な努力なんて、無いのよ?)
(うむ・・・。そうか。もはや何もいわん)
サフィリアが諦観に至ったような目をしたのが気になるわ。
(じゃが、この場はどうする?)
(むろん・・・)
わたしは中庭に向けて一歩を踏み出しながら、最後の言葉は肉声で言う。
「説得するわ! 平和的に!」
■□■
渉外館のロの字型の楼内を走る足音が増えた。おそらく警備・護衛の人数をかき集めているのだと思う。
その人数は着実に増えていて、すでに持ち場についた何名かは、柱の陰に隠れて攻撃の機会を伺っている気配がする。
いけないな、とわたしは思う。警備の人たちが中庭に出現した小杜のような精霊をこれ以上攻撃してしまっては、交渉の糸口が無くなってしまう。
したがって、わたしは中庭のほうへと歩を進めながら、声をあげる。
「お待ちくださいませ! お話をさせてください!」
これは敵精霊と警備役の人たち、両方への牽制だ。
「命の精霊・・・クローディアと名乗りましたね? わたしはリュミフォンセ=ラ=ロンファーレンス=リンゲン。貴方と敵対する気はありません。貴方の求めるものを聞かせてもらえませんか?」
ガジュマルの小杜と一体化している人体が、同化を維持しながら、するするとわたしの近くまで寄ってきた。本体は移動できるんだ。まったく木同然だった質感も変わり、半分は木、もう半分はすらりとした人間の女性の肉体。緑色の髪は腰までありそうだ。
精霊クローディアの本体は樹冠近くに位置し、わたしは自然と見上げるかたちになる。
彼女? の声は、口はひとつだけれど、まるで小杜全体から発せられているように響く。
『言った・・・はずだ。ニンゲンよ・・・。<
「<仮寓>とは、なんでしょう? 貴方はどうしてそれを求めるのですか?」
『精霊イー・ジー・クァンが居なくなった・・・。予め定めていた遺約により、<仮寓>の護り手は僕に引き継がれた・・・それが理由だ。精霊イー・ジー・クァンは、どうした? ニンゲン、お前が滅ぼしたのか?』
<仮寓>が指すものが、シノンであることはほぼ間違いないようだ。それがどういう意味か気になるけれど、まず肝心なところを指摘する。
「精霊クローディア。貴方は勘違いをしておられます」
『えっ・・・』
わたしが指摘すると、クローディアはどもった。
『その・・・えぇと・・・なにを?』
「精霊イー・ジー・クァンは、魔王を倒すために、わたしたちに力を貸してくれたのです。けれど使った力は大きく、戦いのあと、精霊イー・ジー・クァンは消滅してしまったのです。大変残念でなりません」
『ええっ・・・じゃあ、魔王はどうしたの?』
「安心してくださいませ。魔王は勇者によって討たれました。わたしはその場におりましたから、間違いありません」
わたしは胸を張って言う。これで誤解が解ければいいのだけれど・・・。
『魔王を倒すなんて・・・。こわっ・・・このニンゲンこわっ・・・』
けれど、わたしの言葉で、クローディアは逆にひいてしまったようだった。がさがさと小杜の葉が鳴り、枝の奥へとクローディアの本体が引っ込んでいく。
えー? なにー? 倒したのは勇者だって言っているのに。
こんなに怖がられると、さりげにショックなんですけど。
けれど、わたしは一度咳払いをして態勢を立て直す。
「ええと・・・そういうわけで、わたしたちは邪悪なニンゲンではありません。貴方の言う<仮寓>・・・シノンのことだと思いますが、彼女を害する気も毛頭ありません。ですので、この場はお引取りをいただけますか?」
わたしは顔の横で両手を組み合わせ、最上の笑顔でクローディアに問いかける。
けれど、答えはにべもないものだった。
『だめだよ。<仮寓>を守るのは、イー・ジー・クァンとの約束だから。約束は守らないといけないんだよ』
・・・この精霊、凍結させて粉々にしちゃおうかしら・・・。
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