150 虹色の花火






高レベル者同士の戦いは、ほんの一瞬が勝敗を分ける。


たったひとつの相手のミスに喰らいつき、途切れることなく攻撃を続け、そのまま勝負を決めてしまうのだ。


いま、わたしが魂の欠片を解除することで、天つ神と魔王の魂の融合を乱し、動きを止めた。


止まったその時間はどれくらいのものかーー数秒だったか、数瞬だったのか、わかりようもないけれど。


確実なのは、わたしたちが全霊をかけて作ったその隙を、先代勇者で調律者であるリシャルが、確実に捉えてくれたということだけだ。


天つ神の魔王が地面に向けて、リシャルが体を浮かせた状態、半ば天地逆さまの体勢で、白い閃きを撃ちこんだ。そこに溜まっていた水は彼を中心として円形に一瞬で蒸発し、さらにすり鉢状に凹む大地。


しかしそれでもリシャルは追撃の手を緩めない。わたしにはもはや彼の攻撃は視認できない。彼の残像すら見えない。ただ激しい地面と水面の律動と暴風が、攻撃が続いていることを教えてくれる。


真に凝縮された力は、周囲への破壊を及ぼさない。リシャルの剣撃の威力を思えば、半径10メートル程度、大地がすり鉢状にへこんだ程度の破壊は、控えめであると言えるだろう。もっとも、その大地のへこみは、現在進行形でどんどん深くなっているところだけれど。


わたしたちは、巻き添えを恐れて、戦場の中心から離れた。


わたしは遠視の魔法を起動させ、戦況を見守った。


そして、そのときが近づく。


『ガァアアあぁアアアア!!!』


この世に轟くような叫び声。実際に地面が大きく揺れた。ひび割れが幾筋も水が荒れ狂う大地を走り、箱庭の崖までをも破壊する。


そして、すり鉢の奥から、紫色に輝く強烈な破壊の力の柱が垂直に立ち上る。


その力に押されるようにして、リシャルがすり鉢から飛び出てきた。


手に持つ聖剣を盾のように構え、破壊の力に逆らわずにむしろそれを利用した、というような風情だ。それでも激しい力が働いているというのは、着地したリシャルの周囲が帯電し、それによって土くれが砕け、荒れ狂うように渦巻く水が、次々に蒸発していることから察せられる。


のたり。


続けて大地のすり鉢の奥から現れたのは、不思議なものだった。


見た目は黄金と漆黒が混ざった気体。不定形のその気体が、小規模な山と見紛うような大きさに一瞬で広がった。けれどそれは輪郭を留めず、縦に長く伸びたり、横に広がったり、引き伸ばされたりして一定のかたちを取らない。


わたしたちはすぐさまさらに距離を取った。


なにかしら、あれ・・・。雲みたい・・・。


けれど、そんなわたしの平凡な感想は、すぐに取り消さざるを得なかった。


かたちを定めない黄金と漆黒が混ざった雲が、一筋の紫色の光線を放つ。


そして、その光線が走った枯れ谷の奥地が熔解し、そして光線が動いたあとに沿って、時間差でマグマが吹き上げる噴火のような大爆発を起こしたのだ。


完全に地形が変わってしまった。そして離れた距離でも感じる立ち昇る火柱の列に、わたしは言葉もない。


あんな暴れ方をされたら、世界がめちゃくちゃになってしまう。これが天つ神の真の力なの?


わたしが心の中で悲鳴を叫んだとき。


金黒の混色の雲の前に、黒いドレスの女が空中に現れた。


巨大過ぎる混色の雲のまえでは、一点の黒でしかないその女性。


ルーナリィだ。


金黒の混色の雲は、目の前の存在ーー黒いドレスの女を認めたようだった。


体かたちを変えながら、まるで呪詛のような、うめき声を轟かせる。


『オォぉオオオォオォぉぉ・・・ヤバンなカミクイめ・・・セメテ、オマエダケは・・・』


遠視の魔法で見る黒いドレスの女ーールーナリィは、左袖をはためかせて、ふんと笑ったように見えた。


あれ・・・ルーナリィは、義腕を外しているの?


「っ・・・あの女性は、リシャルと一緒にいたひとですか・・・。彼女は、戦えるのですか? いや、あの存在と戦える者なんていない、すぐに警告しないと・・・?」


鷹のイー・ジィ・クァンが遠視の魔法を使って戦場の光景を見せているのか、肩に鷹を乗せたオーギュ様が言った。けれど、わたしはその意見に賛同しなかった。思い出したのだ。戦いの前に、彼女が話していたことを。


天つ神を魔王から引き剥がすまでがリシャルの仕事で、


引き剥がして天つ神を滅ぼすのは、ルーナリィの仕事だと。


けれど、あの金黒の混色の雲を滅ぼすなんて、本当にできるものなの?



天つ神のうめきに、ルーナリィは混合発話ミックスで応じる。


『憐れだな。天つ神。神を名乗りながら、異世界の果てで無残に消えるか』


『マツロワぬ、イヤシキ、カミクイ神喰・・・オソレよ・・・アガメよ・・・セツリにシタガえ・・・』


『摂理? お前の言うそれは摂理じゃない。真の摂理はたったひとつ。弱いものが強いものに喰われる。この世界でも、そちらの世界でも』


そしてルーナリィは、混声発話を切った。


なにごとかを叫ぶルーナリィ。掲げたルーナリィの、たなびく左袖。


わたしとルーナリィとは距離があって、詳しいことはわからない。


けれど、なにもないはずの彼女の袖から、巨大な腕が現われた。


茶色の肌に、ごつごつした筋肉のついた腕。それの先には鋭い爪の五指。


どうみても彼女の腕じゃない。もっと異質で、不吉な・・・架空の存在のような。そんな腕だ。


現われた当初からすでにルーナリィの体よりも大きかったその腕は、さらに、さらに、ぐんぐんと膨らみ。ついに、金黒混色の天つ神の雲を掴むほどに巨大化した。


そして、ルーナリィの・・・巨大な腕は。


金黒混色の天つ神の雲を無造作にまるごと掴んで、地面へと引き倒した。


お城のような大きさなのに、たいした音がしないのは、それが半実体だからか。


『あアァアアあぁぁアアアあぁぁア!!!』


そして茶色いごつごつした巨大な腕と、そのさきに伸びる巨大な手ーーわたしから見れば、鬼のような手ーーが、握りこむ動作をするごとに、少しずつ小さくなっていく。合わせて、天つ神の金黒の混色の雲も、小さくなっていっている。


最初はくぐもった悲鳴のようだった天つ神の声は、もう聞こえない。


そして、金黒の混色の雲も、ルーナリィの巨大な腕も順調に小さくなり。


金黒混色の雲は、完全に握りつぶされた。


そして、最後にルーナリィが封印式のようなものを発動すると、腕も消えてしまった。


「・・・・・・」


遠視でみた光景が異質すぎて、わたしは言葉もない。


だが、それで力を使い果たしたのかーー。ルーナリィは、糸の切れた人形のように力を失い、四肢の平衡を失い。


頭から墜落し始めた。


わたしは焦る。


戦いに巻き込まれるのを避けるために、ルーナリィとはかなりの距離をとっていた、


いくつかの魔法を思い浮かべるけれど、どれも間に合わない。彼女を救う手立てが思いつかない。


このままでは、彼女が地面に激突してしまう!


けれど、白い影が閃くように動いて。次の瞬間、それは彼女を抱きとめていた。


遠目でもわかる。リシャルだ。・・・さすがだわ。


わたしは安堵の息を吐く。


ん? 天つ神を魔王から引き剥がして、ルーナリィが天つ神を倒したということは、これで、天つ神の魔王討伐は・・・。


「お・・・終わった、の・・・?」


わたしは呟く。あまりにあっさりとしすぎていて、現実味がない。


「いえ・・・。まだです」


オーギュ様の言葉に下を見れば、そこにはいつの間にすり鉢の穴から出てきたのか、一ツ目竜の魔王の姿があった。


天つ神と融合する前の姿に戻っていた。人の体に竜の頭、額のところに一ツ目がぎょろりと光っている。


ただ、いまはもう力の大半を使い果たしたのだろう、頑丈そうな白い皮膚はひび割れ。自身も溶岩から削り出したような杖にすがって、ようやく立っているような趣きだった。


その魔王の前に立ちはだかるのは、今代の勇者、ルーク。


いつの間にか、彼もやってきていた。さすが勇者、戦うべきときに自分の戦場に居る。


勇者ルークは、まるでこれから果たし合いをするのだというように聖剣を正眼に構える。


一ツ目竜の魔王も杖を構え、魔法を行使するために魂力を集め始めた。


「援護を?」


オーギュ様が聞いてくるけれど、わたしは首を横に振った。


「必要ないでしょう。決着はすぐにつきます」


このまま見守るのがいい。


そして、眼下に戦いが始まった。


一ツ目竜の魔王が魔法を発動させた。岩が突然交差するように隆起する。けれどルークはそれを読んでいたのか、時宜を捉えたのか、すでにその場にはいない。回避して、魔王に向けて突撃する。


一ツ目竜の魔王は続けて次の魔法を完成させる。勇者の回避は魔王にとって予定内だったのだ。そう思わせるタイミングでの準備だ。


魔王の杖から、激しい炎渦が巻き起こる。それは勇者が回避できないものに見えたけれど。


勇者ルークはその魔法をかわすではなく。激しい炎渦に向けて、むしろ踏み込み。


そして聖剣を力強く振り下ろし、風圧で炎を斬り裂いた。


おお、すごい!


そう感心している暇もない。つまり、魔王にとっては驚いている時間もなかったことになる。


なぜなら、ルークは炎を斬ったその次の一瞬には、


魔王の脇を撫で斬りに駆け抜けていたからだ。


しん。と静寂の音が聞こえた。そして。


ぐらり。一ツ目竜の魔王が地面に倒れ、地に伏した。


両断された胴から、おびただしい血が広がっていく。


そして、ぐずぐずとその体が崩壊し、それが半分ほどに達した時。


一ツ目竜の魔王は、弾ける虹色の泡へと姿を変えた。


その大量の泡は、渦巻く風に乗って、戦いの爪痕残る箱庭に広がっていく。


空から見下ろせば、それは大地を覆う虹色の花火のように見えた。











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