20 メイドと吸血鬼と②
メアリさんは、わたしを抱いたまま、たんと階段、石の手すりを蹴って跳ね上がり、そのままお屋敷の玄関扉前まであがっていった。
眠るように目を閉じたメアリさんの長いまつげが風に揺れる。
優美な横顔が凛々しい。
しかしわたしもメアリさんにみとれているだけじゃない。抱かれたままの姿勢で、「浄化」の魔法をわたし自身にかける。水と光の属性の魔法だ。じわじわと体に染み入り、邪悪なものを押し出しているような感覚がある。完全復活までは時間がかかりそうだけど、ヴラドから咬まれたことについては、応急手当ができたことにする。
お屋敷の扉前には、小さなホールがあり、屋根こそないが、そこには人が立ち回れるくらいの空間がある。わたしたちは、そこでヴラドを待ち受ける。
「小娘ぇ・・・」
「ずいぶんとひんがわるくなりましたねヴラド先生。見た目だけじゃなく、ふるまいも」
わたしはメアリさんに地面におろしてもらい、そして彼女の横に並び立つ。
「そうか、『精神支配』か・・・そのメイドを精神支配で操っているのだな。だが、戦闘スキルのないメイドを操ったところで、たかが知れているぞ。つぎはどうする気だ」
言葉で脅しながら、ヴラドはエテルナを集め出した。脅しだけじゃなく、攻撃するつもりだ。
正確には、わたしが使ったのは、精神支配系の魔法で最上位の、『同化支配』の魔法だ。メアリさんとわたしとでエテルナを共有し、エテルナの多くをメアリさんに流すことで、彼女の体を大幅に強化している。だからこそ、あの刹那で、メアリさんに、ヴラドの魔法をかわさせ、さらにわたしの体を運ばせることができたのだ。だがそこまで敵に説明してやる必要はない。
闇属性の同化支配の魔法。彼女を操作することで、わたしを助けかつメアリさんも助かる、唯一の方法だった。体を借りるメアリさんには申し訳ないけれど、いまはこれしかない。
闇属性の魔法は、精神操作系の魔法を数多く備えるーー。皮肉にも、ヴラド先生から習ったことが役に立ったわけだ。知識と、それを教えてくれる人の良し悪しは、関係ないのだ。
わたしはメアリさんを操作しつつ、魔法を使う。
「赤攻相乗」「青技上昇」「緑飛加速」「黄護硬化」「白包薄膜」「緑乗跳躍」・・・。
メアリさんにできる限りの、思いつく限りの支援魔法を、次々と上乗せしていく。メイド服姿でただ目を閉じて立っているメアリさんから、圧倒的な威圧感が流れ出している。なんなら、ごごご・・・という音でも聞こえてきそうなほど。
・・・「紺色残像」「紫致命撃」・・・そして次の魔法で、わたしのターンは終わりだ。
「黒全悉刃!」
ヴゥヴヴヴヴゥヴヴヴッ。さして広く無い入口前のスペースに、黒色をベースにした、いろとりどりの魔法の刃が浮かびあがる。
ヴラドはうろたえるように一歩後ろにさがった。
「ちょっとまっ・・・い、いや! わたしは王、さがるわけにはいかん! ・・・このようなめくらましになんの意味があるか! リュミフォンセ、お前がここまでやるとは正直思っていなかったぞ! 正面から打ち倒して、屈服させてやろう!」
それが単なるつよがりではないというように、巨大なエテルナがヴラドに集まる。ふたつの属性が綺麗に積み上がる、精緻な制御。この魔法を防ぐには、こちらも全力を出さなければならないだろう。
もしその巨大な魔法を発動できれば、のはなしだけど。
どんっ、と地面を蹴って、精神支配下で
「うぉっ・・・!!!」
ズドドッドドッ。
ヴァンパイア=ロード化したことによる太い腕を交差させ、ヴラドはその飛びナイフを防いだ。まず6本を当てて傷は浅い。だが、魔法はキャンセルされた。
「速い! だが、軽い! このようなもの、いくら当てても・・・!?」
メアリさんは支援魔法のひとつの効果を使って、宙を跳ねた。
背面跳びのように背をそらし、そして空中に詠唱紋のような足場が浮かび、その足場を蹴って彼女は縦横無尽に空中をかける。その移動の途中でまた魔法刃を広い、次々に投擲する。
ドッ、ドドドッ、ドドドドドッ
それが小石のあられに過ぎなくても、積み重なれば効果は出てくる。
「黒全悉刃」
わたしは隙をみて浄化の魔法を使って自分の体を治しながら、追加の魔法の刃を宙に浮かべる。メアリさんの
観察していてわかったが、ヴラドのタイプは人間の
現に、速度で攻めるメアリさんに翻弄され、有効な反撃は出来てない。・・・まあ、彼女を操作してるのはわたしなんだけど。
「どうしたのー? くっぷくさせてみるんじゃなかったの?」
メアリさんによる、舞うような魔法刃の立体機動攻撃の前に、立ちすくむだけのヴラドをわたしは挑発する。
「ふざけるなよ、小娘。この程度で、私を苦しめていると考えているなら、大間違いだぞ」
そう言うと、ヴラドは腕で上半身を覆うようにして体を丸め、ガードの姿勢に入った。そして体内にエテルナを蓄積し始める。エテルナを取り込んで防御力をあげつつ、場をひっくり返す大技を準備しはじめたといったところだろう。
そのくらいは予想の範疇だ。逆にそれが読まれていないと思うのが、ヴラドの限界だろう。というよりも、一方的に押し込まれた経験が少ないのだろう。見た感じ格下を相手どるか、自分が有利な状況でしか戦ったことが無いみたいだ。まあいままでうまく作戦を組んでやってこれていたってことの裏返しだけれど・・・。
わたしは対抗魔法を準備しつつ。華麗に宙をかけ攻撃を躱し連続攻撃を続けるメアリさんを、少しヴラドから距離を取るよう操作する。そろそろ来るかな・・・。
「混色魔法、黒錬連爆!」
充分にエテルナが満ちた予想どおりのタイミングで、ヴラドが魔法を発動する。
わたしはそれ少し先読みして、ほぼ同時に防御魔法を発動した。
「緑黒壁盾・三十六連・包囲陣」
わたしは魔法の盾を出現させ、空中に連ね並べる。わたしの近くではなく・・・ヴラドの周り、やつを包み込むように。
ヴラドの魔法は予想どおり全方位に向けた爆発だった。浮かんでいる魔法の刃がうっとおしいと思えば、吹き飛ばすのが一番てっとり早いものね。
その爆発をすべて、魔法の盾で封じ籠めて、おかえししてあげる。
ぽふぅぅん!
くぐもった爆音。魔法の盾は爆風とエテルナを遮断するので、音も大きく減衰させる。
緊張感のないお可愛らしい音だけど、ヴラドが残るあの盾陣の内側は、たぶん熱風が反射を繰り返して籠もり、かなりの地獄だと思う。
現に、魔法の盾を少しずつ外していくと、爆風の余熱が漏れ出る。うわあっつぃ。冬なのに熱い。
熱で陽炎のように揺らめく空気のなか、黒焦げになったヴラドが立っていた。あれくらいで倒せるとは思っていなかったけれど、表面の服も皮膚もぼろぼろ、真っ黒で表情どころか顔の造作がよくわからない。やつがけほりと吐いた煙が黒い。
「ふっ・・・ふざけるな! 私は双月の王、闇夜の帝王、魔王トーナメントを勝ち抜き、今世魔王となるものぞ! それが、こんな、こんなところでっ・・・!」
どがっ。
叫んだヤツの大口に、メアリさんが投げ込んだ魔法刃が突き刺さる。さすがに口の中は柔らかく刃が通った。人間で言えば脳幹まで刃は達したはずだけど、倒せない。さすがヴァンパイア=ロード。並の生命力じゃないね。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ばりっばりっぼりっ。
うわ、喉奥に突き刺さった魔法の刃を歯で噛み砕かれちゃった。
エテルナだけで作る武器はやはり脆い。何か核になる金属が無いと、耐久性が足りない。転用できるもの、武器の核にできそうもの、ないかな?
「ぐうぅぅぅ! 負けてたまるかぁぁぁ!」
奥に突き刺さった魔法の刃も魚の骨のように抜き取ってばりぼりと噛み砕き。どうにも沸点が低いらしいヴラドが、攻撃を受けながらも巨体にまかせて突進してきた。
単純な一手。だけど、純粋な肉体機能に大きく劣るわたしとしては、一番困る攻撃パターンだった。
あわててメアリさんに魔法刃をあるだけを連続で投げてもらう。無数の刃が突き刺さっていくのに、やっぱりヴラドはものともしない。止められない。まっすぐにわたしに突進してくる。
何かのひょうしにあいつの拳が一発でも当たったら、わたしは死んでしまう。なにか、足止めするものーーポケットをまさぐると、こつんと手に当たるものがあった。そうだ、これはどうだ!
「えいっ!」
わたしお手製の
すると、ヴラドの突進がびたりと止まり、前傾姿勢から体と両手をがばっと垂直に起こし、今にも襲いかかるような、脅す姿勢になる!
「うがーっ!」
「きゃーっ!?」
「・・・・・・???」
「・・・・・・」
効いた! わたしの力作の
「ふっ・・・ふざけやがってぇこの劣等種がぁ!」
「ふ・・・ふざけてなんかないよ! おおまじめだよ!」
なんて心外な! 生きるか死ぬかの瀬戸際だから必死でやっているのに!
それとなく移動しながら、わたしは魔法のためにエテルナを制御し練り込む。そしてようやく、詠唱紋が一回転する。
「混色魔法・・・紺黒氷結!」
ぱきん。
今の隙で用意した氷結の魔法が地面から吹き出し、ブラドの足をからめとる。わたしは続けて魔法に変化を与える。
「咲き乱れ!」
魔法の氷が成長し、いくつもの華をつける。咲き乱れる魔法の氷の華は、ブラドの下半身を覆い尽くして固定する。そしてわたしは大回りをして、外から見れば目を閉じ静かに佇んでいるだけのメアリさんに向かって駆ける。これで再び時間が稼げる。
この時間を使って、とどめをさせる魔法武器を錬成してやる!
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