第62話 投げ出す覚悟

 小説の完成から約1か月が経ち、ケガもすっかり治った私はC3部隊の隊員として復帰を果たす。


 名誉の傷を負った私には、C3部隊よりその栄誉をたたえて新たなる称号を授けると言われ、"イージス隊員"なる称号を与えられる。

といってももらったのは形のない名誉とバッジだけだったが。


 そのイージス隊員のバッジをもらったことで、より強固な盾として認定を受けた私はさらなる過酷な任務へあてられることになった。


 それははるか南の沖縄へと遠征し、

そこで起こっている争乱へ対処することであった。


 沖縄へと軍用の飛行機で輸送される途中、島の様子を眼下に見下ろす。

そこかしこでは煙が上がり、時折爆発による閃光や破裂の様子もうかがえ、

今後の過酷な任務を想像させるものだった。


          

       『沖縄騒乱』

  現在進行形で起こっている日本の有事。


 沖縄の負担軽減のため行われていた新基地建設工事。10年にも渡る長い工事期間をかけても軟弱地盤と反対運動により一向に工事は進まず、ようやく工事の中止・見直しを決めたのは前年の秋。

政権交代により新たな首相が誕生したタイミングだった。


 2兆円もの予算をかけてもたらした結果は、美しいサンゴ礁の壊滅と沖縄県民の心の喪失感、そしてさらなる負担だった。

今後ふたたび新たな基地予定地を沖縄の海域で検討をして、速やかに建設工事を進めるという。


 依然変わらぬ頑なな政府方針に、県民からは諦めを通り越してそこかしこで怒声に近いうめき声があふれていた。


 県民の反発感情が強まるにつれ、それを抑圧するような基地周辺での軍関係者による蛮行も日常となり、元より国民同士の乖離が強まっている日本、その本土住民からの沖縄への蔑み、差別感情も強まっていく。

 

 ついに県民の怒りは爆発した。

始まりは投石行動だったが、それに端を発してタガが外れたのかの様に、これまで比較的穏便だった抗議活動は暴力的になっていく。

 

 中には銃撃戦まで発生しているという話もあった。そこには敵性国家の介入もウワサされていたがその区別はつかず、どこまで徹底的に排除したものか、日本の警察も米軍も頭を悩ませていた。


 そこで我々C3部隊、その中でも選りすぐりの打たれ強さを誇るシールド隊員たちが集められることになった。県民の感情を身体で受け止める、ちょうどいい人間の盾と捉えられたようだ。

コチラに被害者が出ればその分日本の警察機構も強く出れるし、私たちだけで抑え込めればそれほど楽なことはない。


 私の同僚のシールド隊員は前の事件で全て失っていたが、他にいくらでも補充人員はいるとのことで、

今回はさらに強固なシールドであるイージス隊員が沖縄の住民の心の懐柔のため、その想いを受け止めてやれ!と命令され、

抗議活動が激しい米軍基地の前や、騒動が巻き起こっている都市部の住民の避難誘導、暴徒への鎮圧対処のために派遣されることになった。


 

 予定では1か月、長くて2か月といわれるこの任務へ旅立つ前、私はしばし離れることになる留守中のアパートの管理を安西さんに頼むことにした。


 この頃には既に彼女は私の家に自由に出入りしていたし、私のパソコンも自由に使えるようにしてあげていた。

その方が彼女がより快適に過ごせるからだし、うれしそうな表情でキスをしてくれるというからだ。


 安西さんがいない時には、たまに仁村くんもふらっと訪れともに食事をしたり、そのついでに私の家から資料を持ち帰ったり、時には暮らしに役立つ備品だといって、家具の間に電子機器を備え付けたりしてくれることもあった。


 私はそれらが何かは特に気にせず、私のことを構ってくれる存在に感謝の念を伝えていた。


 ただケガをしてからほとんど毎日、彼らの世話になるばかりの暮らしに姿勢に引け目を感じていた私は、たまには自分自身の決断も尊重するようにしていた。


 彼らがもう辞めろと言うのも聞かずに、C3部隊任務に復帰するのも自分で決めたし、そしてもう一つ重大な決定も自分自身で下していた。


 それは小説を投稿することだ。

安西さんは出版社に投稿するのは無駄だと言っていたが、私はどうしても自分の実力を試してみたくて、先月ついに仕上がった『魂のボーダーライン』を、日本の文学誌の新人賞へ再び送ってみることにした。


 沖縄へ旅立つ直前にデータとプリントアウトしたものを複数の出版社へ投稿し、帰ってくる頃には、そのどこからか良い結果があればと願う気持ちだった。そう考えると任務へ向かう辛い気持ちも少しワクワクで補える気がした。


 だがもし、この作品が期待通り新人賞を受賞することになったら、そうなれば私はもう安西さんと・・・・、考えると少し寂しくなった。


 

 安西さんに見送られるとき、やや不穏な言葉をかけられたことを思い出す。


『いいっすか五島さん、今度の任務はマジヤバっすから。絶対に本気で反乱組織の相手なんかしないこと!何があっても命を大事にっすからね。どうか無事で私の元へ帰ってきてくださいっす。そして任務はコレ限りで絶対辞めることっすね、てかどうせもう辞めることになるっすから』


 安西さんが言うには、彼女のツテを頼った出版社への、私の小説の売り込みが良好な感触を得ていて、いずれ本にする契約もまとまるとのことで、もう生活の心配をする必要がなくなると言われていた。


 私は彼女を信じたい気持ちがありながら、どこか半信半疑で受け取り、勝手に作品を投稿してしまっていた手前苦笑いで返すしかなかった。



『五島さん、今度限りでC3隊員は辞めることをお勧めします。これから先より過酷な状況にこの国が陥ることは分かり切ってますから。

まあ命の危険を感じたら任務は無視してためらわず逃げてください。判断は的確にですよ。もしもの場合は・・・・・、まあいいでしょう、とにかく気を付けて』


 仁村くんにも出発前に、この任務では命最優先にと温かい言葉をもらって切なくなった。


 そして今度の任務ではきっとこの国のおぞましい実態を知ることになると。

全ての発想をゼロに戻すそんな経験をすると、不穏な言葉もかけられて私の身は縮みあがる。



 恐怖を感じてしまうと途端に心残りとして、安西さんと強く身体を重ね合わせたいと思うようになった。


 彼女のことはタイプでもなく、抱きたいとも感じたことが無かったはずなのに、

極端な状況に追い詰められるほどに彼女を愛する気持ちが強く感じられていた。


 それは生物としての生殖本能と言われればそれまでだが、それとはどこか違う

慕情に近い愛情を感じていた。


 私をいつでも受け入れてくれるという想いから、本当に晴れやかな気持ちの時に彼女とは心と身体を重ね合わせようと、後回しにしていたことを今更ながら後悔する。


『ははっ五島さんなんすかー甘えちゃって。帰ったらこんなこといくらでも出来るじゃないっすか~。えへへ私はいつでもオッケーなんで。

それにこれまでも五島さん私に指一本触れようとしなかったのに~なんすか?急に抱きついてきちゃって、生殖本能っすか?オスの部分がようやく出てきたっすね、やだ~こわいこわい』


 彼女が目に涙を浮かべながら漏らすセリフに当てられて、私の欲情は静まり戦地へ出征する兵士の気分になって涙がこぼれた。


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