第58話 交錯する世界
ケガによってもたらされた休養の期間、
私は長い間かけて執筆を続けてきた小説、『魂の境界(ボーダーライン)』(仮)を、一気に仕上げまでかき上げる決意を固めていた。
―――――――――――――
『じゃあ、瑠璃はそこで父さんたちに救い出されて、僕らは出会ったというわけか?』
『ウンそうだね。その時に私はここから抜け出すことになってAの世界、
通称“上側”と呼ばれている世界に行くことになったんだけど・・・・』
『でも自由って本当にいいものかな?兄さん、自分で決められるって素敵なことかな?』
『もちろんだ瑠璃。僕らは好きに行動して、その結果こうして出会えたのだから・・・・・、
・・・・・?
ただ、
どうしても続きを書こうとすると手の止まる部分があった。
自分自身で書こうと決めていたことからズレている感覚がして進まない。さらに言えばありえないことだが、自分が書いた記憶すら部分的には無かった。
―――――――――――――
『私はその人、アナタの父親からこのB面とは違う世界があると説明を受けた。そしてその世界に行ってみたいか?と聞かれた。自由がある世界だ、
自由の意味はいずれ分かる。とてもいいものだと、だからキミが選べ!初めての選択だ、自由の国へ行ってみたいと言え!言え!と私は、アナタのお父さんから半ば強制的に自由に従うことを命令された。そして私はウンと、うなずいてしまった』
『そうか、それで瑠璃は僕たちの世界に・・・・・、じゃあ良かったってことか?』
『ううんよくなかった。私は交換されたのよ、アナタのお母さんと』
『えっ?』
『B面の世界から上の世界、A面に戻るには条件が必要だった。システムの網をかいくぐるためにね。
人数調整を行わなきゃこの電車はサーヴェイランストンネルを抜けて向こうの世界には戻れなかった。そのためにアナタのお母さんは、ここに私と入れ替わる形で捨てられたんだ』
『母さんが捨てられた・・・・・?なんだよそれ、どういうことだ』
『不倫相手との家庭を築くことを望んでいたアナタの父親にとって、元の奥さんは邪魔だった。日ごろから罵倒され、薬を飲まされ、ついにはアナタのお母さんは自死を決意するほどになっていた。
そしてすべてを清算するためにここB面の世界へ連れてこられたの、麗門神社にある洞窟を通ってね』
『何を、ワケ分かんないこと言うなよ』
『あの人はどこからか情報を仕入れて知っていたのね。こちらに人を捨てる穴があるってことを。もしかしたらお金で解決したって線もあるけど』
『やめろって瑠璃、そんな適当な・・・・・』
『適当かどうか、もう分かってるんじゃない兄さんも?』
三島は信じたくなかったが、全ての点が線でつながった感覚を得ていた。
当時の母の病んだ姿、父のすさんだ様子。そして新たな母となった瑠璃の保護者。
いつも隠れてこそこそ何かひそめるような声で父と話し、瑠璃と三島に対しては放置同然だったこと。それらの言動全てが瑠璃の話す真相を裏付けているものだった。
『まあ結果的に、そのおかげで私は兄さんと二人だけで家族の関係を築くことになって、そこで過ごす時間が私をカタチづくることにはなったんだけど・・・・・』
――――――――――――
・・・・・・ここまでは私の書こうと決めていたプロットと相違はないと思うが。
ただこの後、A面の世界へ3人が帰還する場面となり、システムに追い詰められた3人は当然同じ状況に立たされ、誰かを連れ帰るには交換として一人置いていかなければならなくなる。
そこで瑠理によって麻里香とどちらを選ぶか三島は究極の選択を迫られることになり、そこを最後の見せ場と考えていた。
――――――――――――――
ブーッブーッブーッ!
システムのアラート音が絶え間なく鳴り響き、隊列を組んだシーズと呼ばれる仮面の集団が目に見えてコチラに近付いてくるのが分かった。
『さあ時間だよ。今の話を聞いていて分かったよね?兄さん、元いた世界に戻るには、アナタのお父さんのようにヒドイ決断しなくちゃならないんだよ。さあ私と麻里香さん、どっちを選ぶのかな?』
『くっ・・・・・くそぉ、そんなこと』
終始流されて生きてきた身の三島に、冷酷な決断などできるわけがなかった。
ただこの時間を深い反省と懊悩のなかで過ごし、気付いたら元の世界に戻っていてほしいと、どこぞのファンタジーノベルのような妄想を浮かべているだけだった。
『はあ、やっぱり無理だよね兄さんには。分かった、
じゃあしょうがない、兄さんか麻里香さんのどちらかに死んでもらおう。それなら自分の意志がはっきりするんじゃないかな?』
『なっ、やめろ死ぬだなんて僕は、麻里香さんもそんなことには・・・・』
『もう遅い』
麻里香が後ろを振り向くと電車の車両前には、
シーズの集団と監視ロボットの一団が陳列して控えている。
【システムのエラーメッセージを受諾した構成員は、ただちに矯正管理施設の保護下に入ってください。これは警告です。システムの意思を受け入れ、構成員たる役割を果たすため、ひいてはエポガイアシステム全体を護るための必要な措置です。ただちにエラー個体1体の出頭を求めます】
あくまで穏便に、集団の中からは決まりきった警告メッセージが繰り返し音声として流されている。
もはやこれが逃れようのない運命だと、三島に悟らせる。
『それ矯正措置じゃないからね。そのシーズの中に連れていかれると間違いなく、一個の生命としては死が待っているから。さあ兄さんと麻里香さん、どちらが電車を降りるのかナ?』
するとそれまでじっとしていた麻里香が、繋いでいた三島の手を払いのけて立ち上がる。
『分かった、私が行くわ。元からそのつもりでコチラに来たのだし、三島君は巻き込めない』
『だめだっ麻里香さん!』
やはり恐怖を感じているのだろう、足元をふらつかせながら車両の外へと進んでいく麻里香。
『やめろーーーっ!!』
感情の制御が抑えきれなくなった三島は、車両のドアをふさぐようにして麻里香の前に立ちふさがった。そして・・・・・。
『ううっ・・・・!』
麻里香を抱きしめる。強く、この場に押しとどめるように。
『やめて、苦しいよ三島くん。・・・・・あなたが私を殺す気?』
『違うんだ、行かないでほしい麻里香さん、あなたはもう自由な感情を持った一人の人間だ。人形なんかじゃないよ、誰かの言う通りにならないでくれ!』
『やめなよ兄さん。その人は誰かの指示通りに、規律やシステムに従って生きたい人なんだ。元からそれが望みでコチラにやって来たんでしょ?』
動揺した口調の瑠璃が、あえて麻里香の決断を促し、突き放すような言葉を放つ。
『ええそうね。私はアナタ、瑠璃さんと似てる、いや根本的には同じなのかもね?どちらも感情に欠けてて、自由を求めたばかりに自由に裏切られた。だからシステムが生き方を教えてくれる、規律正しい世界を望んでいたんだろうね』
それでも何故か、麻里香は満足そうに瑠璃に笑いかけていた。
『ふふっ。そっか。私たちどちらも自由なんてことを知らなければ、普通に同じ人を好きになっただけだもんね。もしかしたら同じ意思や思想を共有した二人で規則正しく兄さんを分け合えたかもしれないね・・・・・』
瑠璃までが、呆れるほど穏やかな顔になって、麻里香の意見に同調していた。
『なっ何を二人はこんな時に?一体どうしたら僕たちは・・・?』
三島には信じがたかった。
システムの支配する世界から2人と逃げるためにここまで来たのに、まさかその2人が追い詰められた状況になって、自由より規律が支配するこの世界での生き方に同調の意思を示していたからだ。
三島にはもうどうすべきか思考する余力もなくなっていた。
―――――――――――――
・・・・・やはりおかしい。
この辺りは自分で考えて書いていた記憶がない。
執拗に瑠璃が自由を批判し、システムに同調するセリフを要所で挟むせいで、どうにも展開が意図しない方へ変わってきている。
しかも瑠璃と麻里香が同調してシステムに順応の意思を示すなど、こんな土壇場で描くには面倒くさすぎて私には考えもしないことだ。これでは思い描いていた結末にとうてい導けない。
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