第55話 意識の下にあるもの
『システムによって生み出され、システムによってその行動すべてを決められている存在。それがB面に生きる私たち、シーズと呼ばれる生命集合体なの』
意を決した瑠璃の口から語りだされる事実はつらく重く、三島にも決断を迫るものだった。
まっすぐコチラを見据える瑠璃の視線を感じて、三島はそれに向き合う決意を固める。
『生まれてから兄さんと出会う少し前まで、私はB面世界のシーズだった。自分が日々何をして過ごし、どんな世界で生活しているのかは分かっていたけど、決められたプログラム通りに行動するのが喜びのようなもので、それに対して疑問やなにか考えることは全くなかった』
淡々と、自分を形作ってきた世界の事実を語りつづけていく瑠璃。その時の自分へ戻るかのように、次第にその表情には影が差し、生気が欠けていくように感じられた。
『ある日突然私に芽生えた、意識のようなものが。
最初は道に迷っただけだった。あれ私どっちに行くんだっけ?って。それきっかけで色んなことが急に分からなくなったんだ。
そしたら街をブラブラ歩くことになった。それが案外楽しくてね、色んな商品を手に取って眺めては持って帰ったりした。もう決まりごとは全部無視して好きなように数日行動していたの。その時もまだはっきりとした意思はなかったのだけど』
自分の身体を抱きしめるように腕を片方の腕へと回し、首をかしげながら語っていく瑠璃。
まもなく自分がB面世界シーズのエラー個体として識別されたこと。
当局から矯正措置を受けるため市の保健局へ出頭せよとの命令を受け、自分の識別コードにカウントが表示され、それが徐々に減っていったこと。
それを無視していると、シーズ監視隊やロボットたちから執拗に追いかけまわされたこと。それから恐怖や焦り、好奇心の感情が段々芽生えていったこと。
瑠璃が一人の人間として目覚めるまでの過程が淡々と語られていった。
『それで瑠璃さん、そんなシステムの支配下にあったあなたが一体どうやってそこから、B面の世界から抜け出して三島くんたちと出会うことになったのかしら?』
これまで真剣に話を聞いていた麻里香が当然の疑問を挟む。彼女自身もシステムに飲み込まれて、その一個になりかけていただけに、瑠璃の揺らぎが気になるようだった。
『監視する白い仮面のシーズたちやロボットたちの目を逃れるようにして、私はずっと街の中をふらつき歩いて、自分の居場所を求めていた。
するとここ、以前はモールじゃなくて地上にも駅があったんだけど、そこの入り口で私に向けて手招きする人を見つけたの。
何だろうと思って私はそれについていった、明らかにシステムとは違っていたから。そしてこの場所、正に今いる地下プラットフォームへとたどり着いた』
『誰なんだ、その手招きしてたって人は?』
『うん、私はそこで明かりがともった車両へと招かれるようにしてたどり着いた。そこには男の人と女の人がいた。その二人の口元はいやに曲がっていてね、私はその時初めて人の笑顔というものを見た。
酷く不快な感覚がして、イヤな予感がした。・・・・・・それは兄さん、アナタのお父さんと、本当のお母さんだった』
『・・・・・父さんと、母さんが?』
三島の母親は、瑠璃を連れた父が再婚をすると告げた約1年前に病死していた。
確かに母親は病的で、いつも体調が悪そうにしていたが、あの時は入院してすぐに亡くなったと告げられたせいで、あまりに突然の死で三島にも当時の記憶はほとんど残っていない。
『えっじゃあもしかして、ここで何かあったせいで母さんは?』
『うん。でもその前に、全てを告げる前に兄さんに聞かせてほしいんだ、どう思うか?』
『・・・・・何を?』
ブーッブーッブーッ!
その時、けたたましいサイレン音があたり一帯に鳴り響き、ダダダダダッっという足音が階段から近付いてくるのを感じる。
『あはっ見つかっちゃったね。そろそろ終わりだ兄さん、さあ決断しなきゃだ。
その前に聞かせてほしい、どう思うか』
『だから何を・・・・・?』
『私は兄さんと出会っていろいろな遊びを知る中で、徐々にいろんな感情を獲得していった。自由でいることの素晴らしさも知った・・・・・でも、大好きな兄さんとは結ばれることはかなわず、結局こういう悲惨な結末になったよね』
それまで前を向いて話をしてきた瑠璃が、突然俯き加減になる。話を続けることを躊躇しているように見える。
『何を言ってるのアナタは?三島くんとアナタはまだ戻れる、元いた世界へ。悲惨な結末と決まったわけじゃないでしょ?』
『麻里香さんアナタは黙ってて。私は兄さんの意思を確かめているの』
口元が歪み、目を大きく見開いている。
今にも泣き出しそうな表情だ。人を恫喝する態度でありながら、どこか恐怖感が混じっている表情。
『ねえ兄さんはどう思う。どっちが正しいって思う?正しい世界なのかな?』
ふたたび瑠璃は三島のことを見据えて、悲し気な表情で問いかけていた。
その表情には仮面が重なって見えるほど、冷たい笑顔が張り付く。
『私は生まれた時からずっと感情がなかったから、自由の意味も知らなかった。でも好きなことをする自由も、システムに縛られる規律正しい生き方も知った今だからこそ思うの。・・・・・ねえ兄さん、自由って本当に素晴らしいことかな?』
『一体何を・・・・、何を言いたいんだ瑠璃は?』
『私B面で育って、A面の世界でもしばらく過ごして、兄さんの優しさに触れて本当の生きる意味を知った気はする。だけど変わるよね人は、自由の元で大切なものを見失い人はみんなおかしくなる。兄さんも狂ったよね。兄さんを狂わせて、私を傷つけたのが自由を求める人間の心ってやつなら、私はもうそんなのいらないって思う!』
『なんでそんなことを、瑠璃は!?』
もともと感情を持たない生物として育ってきた瑠璃が、初めてといっていいぐらい強い調子で吐き出す主張が、自由は害悪だというものだった。
『そんな、好きな人を自由に選ぶ権利を持っていたからこそ僕ら、瑠璃も麻里香さんも、こんなに苦しくて・・・・・、いやっ違う』
三島はそれに対して自分も強く反論を返せないことに気付いていた。
もし三島が、このB面のシステムのように絶対的なシステムの管理下で暮らしていたなら、麻里香と瑠理のどちらかを選ぶ必要もなく、どちらか適切な相手とツガイになることが出来ていただろう。
そのことを今想像して、身に沁みて幸福を感じてしまっていたからだ。
『さあ早く決めて。どっちがいいか、正しいかなんて簡単にもう分かってるよね?』
三島以上に表も裏の世界も知り尽くして、経験してきた瑠璃だからこそ知る真理、その問いかけは、三島にはまだ知らなければならない深みがあるのだと想像させるもので・・・・・、
―――――――――――――
『ねえ五島さん、自由ってそんなにいいもんですかね?
正しい体制の元に管理されて適切な指示を受けて、安心の選択肢をなぞる方が楽ですし、それになんだか規律って言葉、興奮しないっすか?』
三島がこれからすることになる決断が、苦しいものになることを予感させた。
「ううっ何で!?そんなこと言うんだ・・・・・・、あんざいさん」
気が付くと、私はどこか知らない部屋のベッドで横になっていた。
全ては夢のことだったのかと思いたかったが、左脚には包帯が巻かれ、嫌というほど現実感が感じられていた。
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