第19話 電凸
『はい、こちら帝談社です』
「あの文芸つばめ編集部お願いします」
『どなたか編集者の方へお繋ぎしましょうか?』
「いやけっこう。ちょっとした要望を言いたいだけなので、その雑誌の人なら誰でもかまいません」
『はいかしこまりました。では文芸つばめ編集部へお繋ぎします』
~♪♪♪~
『はいこちら文芸つばめ編集部~』
「あの私前回のそちらの新人賞へ作品を送ったものですけど、その結果発表はすでにあったと思うんですが、私の作品はまあ入ってなくてその連絡もなかったものですから、一応確認のためなんですが私の作品届いてますよね?ダメでしたか?」
『ええっおそらくは。え~っ作品名とお名前をおっしゃってくれれば確認してみますけど』
「はいじゃあ、名前は五島タケルです。その作品名は“不滅の弾痕”~欲望の魔弾連射~です」
『プッ!ハッいえ失礼。分かりました、不滅の弾痕ですね。では確認してみますのでしばらくこのままお待ちいただけますか、あっ私は沢崎と申します』
~♪♪♪~
受話器の向こうから聞こえてくるメロディ音でしばし気持ちを落ち着ける。
今の男、沢崎といったか何て失礼な奴だ。私の作品名を聞いて明らかに笑っていた。
私だってあえてこんなクレームめいたことはしたくはないが、どうしてもこれだけは次回作へと気持ちを切り替えるためにやっておかなければならない。
出版社へ送った純文学作品が、一体どのような評価だったのか確かめるために。
送ってから半年、何の連絡もなかったことですでに落選したことは理解しているが、その評価基準をどうしても確かめておきたかったのだ。
そうしなければまた同じ失敗を繰り返して、時と労力を無駄にしかねない。
~♪♪♪~ プツッ。
『あっもしもし~五島さまお待たせいたしました。で~あの~送っていただいた作品なんですけど~、ええ確かに届いております。
『不滅の弾痕』ですね。その結果といたしましては大変恐縮なんですけど、惜しくも二次選考で落選という形になっているようですね』
「はあそうですか、やはり落選ですか」
二次選考で落選。
最初のハードルは超えたというのなら、とりあえず読んではもらえたということだろう。なんとなく落ち着くと同時にもやもやした感情は残る。
「でその選考基準なんですけど。私の作品は具体的に何がダメで二次で落選したのでしょうか?」
『え~とそこまでは私の口からは何とも、編集に携わってないので。それに五島さまは作品への評価シートを、え~っ今回希望しないで送ってらっしいますよね』
「ああ確かそうでしたか」
自分の作品への評価は編集部から直接聞けるものだと思っていたから、私は評価シートなど求めていなかった。
『あ~えっとなんなら今、五島さんの作品、不滅の弾痕の評価シート確認できるみたいですけど。もし良ければ、私の方から読み上げてさしあげましょうか?』
「・・・・ああ、じゃあお願いします」
面と向かってではないが、突然他人に作品への評価が語られることになり胸はざわついた。
『えーっ不滅の弾痕の評価。
主人公の青年のふらついた生き方が、作品の展開を大きく乱していくことは非常に刺激的ではあると。ただストーリーとしては平凡。
主人公の内面描写が少なく、時に場当たり的に感じる場面が多く不満に感じる部分ではある。
あと性描写の描き方が官能小説を真似ているようで、描くのならもう少しその時の人物の背景も心理描写に織り交ぜるなど工夫を凝らしてもらいたい。
読み進めるうちに徐々に期待感は高まっていくのだが、全てにおいて何かが足りないと感じさせる作品。
総合評価はえっと50点中29点です。
まあざっとこのような評価です』
胸の辺りをスプーンでほじくりかえされているような気分だった。
相手の言っている言葉がすんなり入ってこない。
まるで自分の捨てたエロ本のタイトルを読み上げられているような気分。
いたたまれない感情から途中からは耳をふさぎたくなっていた。
「はあ、どうもありがとうございました」
何の礼を言っているのか自分でもよく分からなかったが、礼だけ告げて電話を切った。
「はあ~」
ひどく虚しい心境だった。
せっかく形として仕上げた私の純文学が無価値だったとみなされたような、やりきれない感情。
せめて何と言っていたか思い返す。
主人公の内面の描写が少ないと言っていたか。
それは昨今の新人賞全般に言えることだろう。
私はそれでいいと分析したうえで、ふらついて軽薄な主人公にしたのだ。
ストーリーが平凡とも言っていたか?それは主人公の影響だ。
あと官能小説をマネしてるとも。
セックスシーンを読ませようとすれば自然とそうなる。
どれもこれも後付けの選考評価のようにも感じてしまう。
要は読んだその人物の好み次第で良し悪しを判断して、ダメな場合にありがちな適当な評価を並べたような。
まだ点数だけを言ってもらった方が納得できたかもしれない。
少なくともそれだけは自分の作品への客観的で分かりやすい指標といえるのだろうから。
自分の作品が至らなかったのは重々承知できたが、落ち込むためにわざわざインチキ編集部に電話したのではない。
今一度次回作へ向けた分析そして奮起を促すため少し気分を入れ替えようと、
私は外へ出かけることにした。
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