第八章 8

 紅に染まる森の中を沙織は走る。

 どの道が正しいかなど分かるはずもない。

 右目に付けたモノクル型小型スクリーンに映るワープポイント情報を頼りにひたすら転移を繰り返す。


 (みたいに空間に穴を開けられればいいんだけど。言っても仕方ないか)


 茶々たちが他の班に合流しててくれればいいと思うが、そういった期待は大抵裏切られるものだと沙織は経験上知っていた。

 当てにならない運に頼ったり期待するのは間違いだ。そんな事を願う暇があるのなら行動するしかない。

 その点では(不愉快だが)リョウの言った「喚く暇があるなら動け」は極めて正しいと認めざるを得ない。


 ねじ曲がった不気味な木の枝に飛び移り空中にあるワープポイントに飛び込む。

 既に巣の構成に力を注ぐ必要を感じなくなったのか、景色は西山周辺地域のみ、道中に襲ってくる喰らうモノもいないが、雑に仕掛けられたワープポイントの多さは中々に厄介だった。


 (逃げ切るための時間稼ぎよね。ほんとに往生際の悪い!)


 空を見上げれば紅い太陽がチカチカとうっとおしく瞬いている。あの太陽モドキは喰らうモノの力と直結しているのが分かっている。強く輝いていれば余裕があり、逆ならば弱っていることになる。そして、その光が不安定な時は喰らうモノにとって何がしかのトラブルが発生した場合だ。


 (誰かが戦っているんだろうけど……)


 リョウや誠、メイリルのC班なら大丈夫だと思うのだが、どうしても茶々の顔がちらついて仕方がない。そして、得てしてこういう悪い方の予感は当たってしまうものだと、これまた経験で知っている。

 だからこそ急ぎたい所なのだが、こういう時も大体目的地にたどり着けないものであるが……。


 (誰か戦っている!?)


 ワープポイントに飛び込んだ先に広がっている代わり映えしない森の奥から人の声と何かが爆発する音が聞こえてきた。

 薄暗い森を抜けた先には人の手が入った広けた場所でB班の四人の勇者が大量の喰らうモノに囲まれていた。

 三角錐の形をした『通信塔』を囲むように四人が立ち、その周囲を喰らうモノたちが展開し数を頼りにした波状攻撃を繰り返している。

 B班はその対応に追われ『通信塔』にエネルギーを送る暇がないようだ。


 「助けに来たわよ!」

 「悪い、助かった!」


 背中を向けていた敵の背中に銃弾を叩き込みながら前進、背後の敵に気づいて振り返った喰らうモノたちをナイフで切り裂いた。


 「今、通信塔は動いていないの!?」

 「鏡太郎が言うには出力が足りてないんだ!あっちを手伝ってやってくれ!」


 木刀で眼前の喰らうモノを斬り伏せながらB班のリーダーである統也が沙織に援護を要請するが、沙織の前にも多数の喰らうモノが現れ行く手を阻む。


 「まったく、数だけは多い!」


 戦闘力は大した事ないが、壁としては有用である。こういう捨て駒を無尽蔵に作り出せるのも力がある喰らうモノの厄介な所だ。

 多少のダメージを覚悟して掻き分けて進むしかないと沙織が覚悟を決めて踏み出そうとした時だった。


 「私が道を切り開くよ!炎導ノ七、『閃熱光波ヒートウェイブ』!」


 喰らうモノたちの間を光が駆け抜け、一瞬遅れて連鎖するように爆発が次々と起こり喰らうモノの壁に隙間が生まれた。


 「うおおおおお!」


 混乱に陥った喰らうモノたちを両手に青と白の光を湛える光線剣を持った男が手当たり次第に敵を切りつけ消滅させていく。


 「誠、メイリル!」

 「俺達もいるっすよ!」


 胸のAを模った金属板からビームを放ち光邦のドミニオンAが沙織とは逆の方向から喰らうモノの群れに突撃する。


 「いいタイミングで来れたかな?」

 「戦士以外……!戦士以外でお願いします!やった、弓兵だ!」


 即座に反転して反撃してきた喰らうモノの攻撃を智則が防ぎ、遥の召喚したフードを被った長身でやせぎすの男が弓を構え目にも止まらぬ早業で敵を射抜いていく。

 

 突然の猛攻。人間や動物なら動揺や恐慌を起こし、場合によっては総崩れになっているかもしれない。

 しかし、ただ一つの意志によって動く恐れを知らぬ喰らうモノの軍勢は決して崩れない。冷静に状況を見極め目的を果たすための最善手をとる。即ち、主を縛る楔となる『通信塔』の破壊である。

 喰らうモノ達は速やかに部隊を二つに分け、包囲の外と内に攻撃を仕掛ける。なんとしても勇者たちの合流を阻止し対象を破壊することを目指しているのは明白だ。


 「沙織、指揮を頼んだ!」

 「やりたい放題やってからこっちに面倒を押し付けないでよ!B班の四人はとにかくは喰らうモノを『通信塔』に寄せ付けないで!誠とメイリルは外側から敵を削って、光邦と智則はC班の援護!私と遥で『通信塔』の機能を回復させる!以上、作戦開始!」

 『了解!』


 指揮を丸投げしてきた誠に文句を言いながらも流れるように指示を出し、行く手を阻む喰らうモノの壁が埋まる前に沙織が駆け抜けていく。


 「よっしゃ~!遥、ドミニオンAを使え!」

 「ううう……。怖いけど行きます!憑依合体!」


 遥の背後に控えていた弓兵がスッと消え遥の服装が弓兵のソレに変わる。弓に矢をつがえたまま走り出した遥がドミニオンAの肩に乗る。


 「ここで巨大化だ~っ!」


 遥を肩に乗せたまま五メートルから十メートルの大きさになったドミニオンAが腕を『通信塔』の方へ伸ばした。その上を遥が駆け、広げた手から身を捻らせながら跳ぶ。


 「秘技、乱れ撃ち!」


 行きがけの駄賃とばかりに上空から矢を撃ちまくり敵の数を減らしていく。


 「鏡太郎、サファーナ!足場の確保!」

 「分かってる!」「はい!」


 足に炎を纏ったかがりが押し寄せる喰らうモノを回し蹴りでまとめて吹き飛ばし、鏡太郎が手にした大口径の銃を構え、サファーナが目を閉じ意識を集中する。


 「威力を抑えて……!」

 「来たれ、炎の蛇よ。敵を薙ぎ払え!」


 蛇の形をとった深紅の炎が迫る喰らうモノを塵も残さず焼き払い、次いで銃から放たれた光弾が残っている敵の足元で炸裂し爆発する。


 「ゲホッ、ゲホッ、ありがとうございます!」

 

 敵がいなくなった煙の中に突っ込み着地した遥が道を作ってくれた二人に礼を言い沙織が待つ『通信塔』に駆け寄って手をかざす。

 

 「全力でエネルギーを注ぐわよ。みんな、頼んだわよ!」

 「任せろ、一匹たりとも通さねえよ!」


 木刀で次々と喰らうモノを斬り捨て統也が請け負う。


 「いくわよ、遥!」

 「は、はい!」


 『通信塔』を挟むように立った二人が両手を向けると輝力が塔に流れ込んでいく。

 

 (……茶々たちがいない。やっぱりなのね)


 徐々に力を取り戻しつつある『通信塔』の先端が輝きを増していく。


 (とにかく通信を回復させれば状況は分かる。頼むから無事でいなさいよ)


 焦る気持ちを抑え、沙織は三人の無事を祈るのだった。

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