第六章 3
喰らうモノの巣への突入作戦が開始された。
その目的は巣を破壊し囚われた人や物を開放することである。
では巣を破壊するにはどうすればいいか?
その方法は一つである。
すなわち、巣を作り出した主《ボス》を倒す、もしくは巣を維持できなくなるほどに弱らせることである。
しかし、構造が複雑怪奇、更に主が無尽蔵に生み出し続ける雑魚を掻き分け目的の敵を探し出すのは困難極まる作業である。
そして残念ながら現在のギルドの技術を以てしてもこの困難を取り除く事は出来ない。要するに自分たちの足を使って見つけ出すしかない。
だからこそ、今回の作戦でも少ない人数ながら班を四つに分ける必要があった。
喰らうモノが地球の人や物を消化するまでにかかる時間は約七日間ある。しかし、今回は巣があまりにも大きく巻き込まれた人が多い。それは即ち、異変に気付き幻視者になってしまう者が多く出る危険性があるということである。
事態の速やかな解決、その為に危険を承知で勇者たちは相手のテリトリーへと足を踏み入れる。
「大丈夫、優子ちゃん?」
「だ、大丈夫です……」
巣の中は喰らうモノが持つ淀んだ魔力に満たされている。それにあてられ気分が悪くなった優子はしゃがみ込んでいた。
「いわゆる魔力酔いというやつじゃな。感覚的な物だから輝石の力でもカバーしきれんのじゃろう。とはいえ、地球人でここまで強い魔力酔いをする者は珍しいが」
「だね。茶々なんか一回もなったことないよ」
「それはそれで鈍すぎる気がするがの。時間と共に慣れてくると思うが、治らんようなら帰還も考えなければならんな」
「だ、大丈夫です。もうそんなに辛くはないですから」
心配そうな二人を安心させようとして立ち上がり、三歩もいかずにふらついて強がりのメッキはあっさりとはがれてしまう。
(うう、情けないなぁ)
決意してきたのに、この体たらくに優子は泣きそうになってしまう。
「おい、これを使え」
だが、そんな優子に助け舟を出したのは一人離れて周囲を警戒していたリョウだった。投げられた細長い筒の様な物を茶々が受け取るが、それが何か分からず困っているとティアーネが筒の先端を指して。
「これは護符を入れる物じゃな。そこを回すと開くはずじゃ」
「えっと、こう?あっ、開いた」
「これは……。魔力遮断の護符じゃな。よくこんなものを持っておったのう。では、ここら辺に……」
取り出した札をティアーネが優子のコートをめくりあげ背中に張り付け軽く手を触れる。
「あっ、楽になりました」
「周囲の魔力を遮断する小さな結界を張ったのじゃ。これで問題なく動けるじゃろう?」
「はい!……あの、ありがとうございました!」
頭を下げる優子にリョウはただ鼻をならしただけで、すぐに視線を逸らして。
「問題ないなら行くぞ」
そう言って薄暗い林道を進んでいってしまった。
「もう、師匠!待ってくださいよ~」
「我らも置いて行かれないようにするぞ。それから……。済まぬ、ユウコ」
「え?」
特に謝られる覚えがなく戸惑う優子にティアーネが自身の悔悟を語りだした。
「魔力酔いの事じゃ。これは当然想定に入れて我が対処法を用意しておかねばならなかった事じゃ。これでは使徒失格じゃな」
「でも、なんで師匠はこんな護符持ってたんだろ?まさか優子ちゃんが魔力酔いすることを見越して……?」
歩く速度を緩めて二人に近づき疑問を口にする。
「いや、あの護符は少し古いタイプじゃったから、たまたま持っておったのじゃろう。本来は喰らうモノを一時的に弱体化させるために使う物じゃからの」
「へぇ~」
「じゃが、それを魔力酔いの対処に応用する事を思いつくとは流石歴戦の勇者といったところじゃの。我ももう一度過去の作戦データを見直して勉強せねば」
「……前に別のヤツがやってたのを覚えてただけだ。そんな事よりそろそろ来るぞ、覚悟を決めろ」
リョウの言葉が終わらないうちに、まるで照明弾のように空に浮かぶ紅い太陽から波動が発せられ、眼下の存在全てを紅に染め上げていく。
そして、巣が姿を変える。
外敵を排除すべく空間を組み換え迷宮とし、そして無数の兵士を生み出す。
「先輩!急に周りの景色が!?それに地面から何か沢山出てきましたよ!?」
「大丈夫!今は目の前に敵に集中して!」
先ほどまで歩いていた整備された登山道から急に薄暗い森の中に放り込まれ混乱する優子を叱咤しながら茶々が前へと飛び出し、何かの形をとろうとしていた喰らうモノを叩き斬る。
「『通信塔』の設置は間に合わんかったようじゃな」
「いつものことじゃねえか。おら、どんどんかかってこい!」
通信塔とはエデンで開発された次元変動制御装置のことである。
喰らうモノが作り出した巣は主の思いのままに姿を変える。
通信塔で喰らうモノの空間操作能力に干渉しなければ、延々と同じ場所をグルグルと回り続ける羽目になる。その為に巣の突入に際しては最初に通信塔を設置するのがセオリーになっているのだが……。
「あ~、こちらB班。通信塔設置完了したぞ!こっちは防衛に入るから、みんな頑張れよ!」
「A班了解!そっちもしっかりやりなさいね」
「C班も了解。こっちはいきなり敵の群れに突っ込まされた!数もだけどサイズも中型以上のもちらほら混じっているからみんな注意してくれ」
「どうでもいい。出てくる奴は叩き潰すだけだ」
統也、沙織、誠の通信を他所にリョウが次々と件の中型小型問わず敵を引き裂いていく。その強さはまさに圧倒的である。
「優子ちゃん、大丈夫!?」
「だ、大丈……。やっぱり無理!ひぃやぁあああ!こっちにこないで!」
生来の虫嫌いである優子にとって人間サイズの虫が迫ってくるのは悪夢以外の何物でもない。
だが情けない悲鳴をあげているわりには、手にした鎌での攻撃は苛烈だ。
横縦斜めと続けざまに繰り出される斬撃は喰らうモノを綺麗にスライスしていく。
「お、おちついて、優子ちゃん!」
「これ、やたらめったら長物を振り回すでない!」
そんなこんながありつつも、ほどなくして敵の第一陣は全滅した。
動いたことではなく絶叫し続けた事から優子は膝に手をついてぜーはーと荒い呼吸を繰り返していた。
「まぁ、大した被害が無くて良かったの」
「ハァ、ハァ。ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
「いや、別に大した事ないから気にしなくていいよ、うん、本当に」
敵のいなくなった薄暗い森の中に、若干後ろ髪の一部が短くなってしまった茶々に謝り倒す優子の声が響く。虫の姿をした喰らうモノをなんとか優子から遠ざけようとして結果の名誉(?)の負傷である。
「ったく、先が思いやられるな」
その騒がしい光景にリョウはため息をつくしかなかった。
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