第3章 6

 時間は少し遡り、茶々は何気ない足取りを意識しながら、ゆっくりと優子に近づいていく。

 ティアーネがどこからか手に入れた写真で見るより顔色が悪い気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 (まるで幽霊みたい)


 と、茶々が失礼にも思ってしまうほどやつれているように見える。それこそ放っておいたらきえてしまいそうなほどに弱弱しい姿を前にして茶々のお節介魂にいい意味で火が付いた。

 

 ぎこちなかった足取りはしっかりしたものに変わり、優子の前に進み出て第一声を発した。


 「こんにちは~!」

 「はぁ……。え、わ、私ですか!?」

 

 暗い表情で下を向いてサンドイッチを頬張っていた優子が驚きのあまり、サンドイッチを膝に置いたままなのを忘れて腰をあげようとしてしまった。


 「あっと、危ない危ない。ごめんね、急に声をかけて」

 

 驚くほどの俊敏な動きで落ちかけたサンドイッチを空中でキャッチして、それを優子の手に渡す。


 「い、いえ、ありがとうございます」


 お礼を言いつつ目の前の小柄な少女を見て優子は既視感を覚えた。


 (この女の子、どこかで……?)


 いかにも運動に来ましたと主張するような薄手のシャツにジャンパーを、下は半ズボンと動きやすそうな服装をしている。

 年齢は恐らく自分と同じ位だと思うのだが、同級生の中にも覚えはないし、部活にも委員会にも参加していない優子には基本、下級生との付き合いはない。

 だが、それでもなぜか優子には、その少女の顔に見覚えがあった。


 (う~ん、一年生……じゃなくて三年生?あっ、もしかして!)


 その瞬間、奈々の顔と目の前の少女の顔が重なった。


 「えっと、藤城奈々さんのお姉さん、ですよね?」

 「うん、そうだよ。あれ、茶々……じゃなくてワタシの事知っているの?」

 「何度か、奈々さんを訪ねてこられたときにお見掛けしました」

 「あっ、そっか~。同じクラスだもんね。じゃあ、奈々に怒られている所も何度か見られているのか~」

 「とても仲が良いですよね。私は一人っ子だから羨ましいです」

 「あはは、いつも怒られてばかりだけどね。改めて自己紹介するね。ワタシは藤城茶々っていいます」

 「私は竹内優子です。妹の奈々さんにはお世話になっております」

 「あの子、ちょっと人見知りだけど根はいい子だから仲良くしてあげてね」


 奈々が聞いたら怒りだす事間違いなしの発言をする茶々に優子は笑って頷いた。


 「それより邪魔してごめんね。ワタシも、ゆ……じゃなくて、あなたの事何処かで見た事ある気がして声をかけたんだ~」


 流石に初対面で馴れ馴れしく名前呼びしそうになるのを飲み込んで茶々が会話の糸口を作ろうと試みる。


 「あっ、そうだったんですね」


 幸い、優子はそれで声を掛けられた事に納得したように、ようやく安心した顔をした。もっとも、その安心の基になったのは奈々の存在が大きかったのは言うまでもない。


 「隣に座ってもいいかな?」

 「あっ、はい、どうぞ、どうぞ」


 優子が座っているベンチは四人ぐらい座れるスペースがある。許しを得た茶々は優子の隣にちょこんと腰を掛けて、しばし先ほど優子が見ていた公園の風景を見ていた。


 (藤城先輩は何しにココまで来たんだろう。ピクニック?でも一人で?)


 ふいに訪れた沈黙の中で優子が茶々の事をアレコレ考えるが答えは出るはずもない。

 それならば聞けばいいのだが、知り合いの知り合い程度の面識のない相手にどう声をかけたらいいのか迷ってしまう。

 何か当たり障りのない話、と思っても学年が違うので学校の共通の話題を振るのも難しい。

 結局、優子が選んだのは、口にサンドイッチを入れ、相手の出方を待つ事だった。



 「昔、あそこでお弁当食べたなぁ~」

 

 茶々が、シートに座っている人たちの方を見てぼそっと呟く。


 「先輩も、ここに遠足で来たことがあるんですか?」

 「うん。博物館見学のついで、って言うのかな。もっともワタシはあっちの方は全然憶えていなかったけどね」

 「あっ、私もです」


 そこから軽くお互いの通っていた小学校の話などをして、いい具合に互いの緊張が解れていく。

 何より誰かと話すことで気が紛れたのか、少し優子の顔色も良くなってきたような気もする。


 (そろそろいいかな?)


 そう思い、茶々が優子に博物館について尋ねようとした時だった。

 突然、茶々のポケットからサイレンのような音が鳴り響き、優子を始めとして他の人も何事かと辺りを見回したり自分のスマホを確認をし始めた。


 「嘘でしょ?このタイミングで!?」

 「あの、先輩?一体なんの音ですか?」


 明らかにただ事でない警告音に焦る茶々を見てただ事でないと判断した優子がふと空に違和感を覚えた。


 「え、空が、紅く……?」


 青空が赤く染まっていく光景を呆然と見ていた優子だが、その異変に気付いているのが自分と空を見ている茶々だけだと気づいた。

 他の人たちは空の異変に気付く様子もなく、何事も無かったかのように座り直したり、おしゃべりに戻っていく。

 

 そして、そんな彼らを他所に空に本来の太陽とは違う、禍々しさを感じさせる紅い太陽が現れ強い光を放つ。


 光を浴びた人たちは、まるで時を止められた様に一斉に動きを止めた。

 

 そして同じように光を浴びた優子は強い眩暈に襲われる。

 視界の全てが二重に見えたと思ったら意識がむりやり肉体から引き剥がされる不愉快な感覚。


 だが、初めて経験する異常事態のはずなのに、優子にはこの感覚に覚えがあった。


 (この感覚、どこかで……)


 だが、優子がそれを思い出す前に、彼女の意識は無理やり奪われてしまった。




 他の人たちが動きを止めてしまった中、ベンチに倒れ込みそうになった優子を茶々が抱きとめて、ゆっくりと寝かせた。

 

 「やっぱり優子ちゃんは……」

 「幻視者だったようじゃな。最悪の判明の仕方じゃがな。空間侵食が始まった。すぐに奴らがここに来るぞ」


 ステルスを解除して近くに来たティアーネの言葉通りに、そこにあった日常の風景が異常な空間に侵食されていく。

 地面から瘴気の様な物が噴き出し始めていた。その瘴気に当てられた草木の色が毒々しい色へと塗り替えられる。


 「みんな来れそう?」

 「幸い近くにお主と一緒におった者たちがおる。こちらの最優先すべきことは幻視者であるユウコを守ることじゃ。こちらが動くより応援が来るまで粘る方が良いじゃろう」

 「了解だよ!ここなら能力も使えるしね!」


 足元を確かめるように土の地面を足で踏みつけ、茶々が輝石の力を開放し、石の大剣を構える。


 「えっと、イメージはかまくらでいいかな」


 言葉を紡ぎイメージを固め剣を地面に突き刺す。

 ただ、それだけで優子が眠るベンチを守るように土で出来たかまくらが出来上がる。


 「割といい出来じゃないかな?」

 「そうじゃな。扉の役は我が引き受ける。お主は……」

 「アレの相手をすればいいんでしょ?さぁ、来い!」


 扉のない土で出来たかまくらの中にティアーネが入り、更にその前に茶々が剣を肩に担いで立ち塞がる。

 その彼女たちの目の前で、地面から噴き出す黒い粒子が続々と形を取り始める。

 

 続々と数を増やす敵を前にしても、今の茶々の心に恐れはなかった。

 


 後ろに守るべき人がいる。

 目の前に倒すべき敵がいる。

 そして何より信じられる仲間がいる。


 ならば、自分のすべきことをただ全力で行う。


 一斉に向かってくる喰らうモノたちに、茶々は不敵な笑みを浮かべ剣を振り上げた。

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