第3章 4
「ようこそ、境山町郷土博物館へ。パンフレットをどうぞ」
市内の学生なら無料で入館できると知っていた優子は自分の学生証を提示し、代わりに、若い受付の女性から博物館のパンフレットを受け取る。
「そちらの階段を昇っていくと通常展示スペースとなっております。ゆっくり見て回ってくださいね」
「ありがとうございます」
お礼を言い、優子は邪魔にならないようにホールの隅で早速パンフレットに目を通してみた。
一階はロビーに軽食コーナー、オリジナルグッズの販売所に図書室に自習室。
二階は常設展示ルーム、地下には特別展示室。
三階には講義室やイベントで使われるワークスペースがある。
(よし、それじゃ二階に行ってみよう)
バリアフリーを考慮した、緩やかなスロープを昇り優子が二階に上がると入れ替わりでロビーが騒がしくなる。
どうやら駐車場に止まっていたバスに乗ってきた団体客が展示物を見終わって一階に降りてきたようだ。
(出来れば静かに見たいからちょうど良いタイミングだったかも)
どうやら、団体客の他には人はほとんどおらず、二階にはまばらにしか人がいなかった。
家族で見に来た人たちも、展示物にあまり興味が無さそうな子どもに促され足早に通り過ぎていく。
そんな中、優子と密かについてきているティアーネは展示物を前にして足を止めて説明文に目を通していく。
(小学生の頃は分からないから面白くなかったけど、今見てみると結構面白いな)
自分の成長を噛みしめながら優子は静かな館内を矢印が示す通りの順路で進んでいく。
最初のエリアは古代、次いで中世、近代と続き、最後に現代と時代を下っていく構成になっている。
優子の目的は当然、境山中学校が創立した昭和、つまり現代エリアだが、ついつい
一つ一つの展示品を食い入るように見てしまっていた。
なかなかのボリュームがある展示品と解説を楽しみながら、入館から一時間後。
ようやく入った現代エリアでは絵ではなく写真つきの展示が増えてきた。
現代エリア最初のパネルには、四方を山に囲まれた境山村、そこに住む人たちの懸命な頑張りにより文字通り山を切り開き道とトンネルを作り町へと発展させていく様子が丁寧に解説されていた。
(へぇ、それを主導していたのが当時の村長、つまり初代校長先生だったんだ……ん?)
校長という言葉が、なにか頭に引っかかる感じがあったが、その正体が分からない。
モヤモヤした気持ちを抱えて進んでいくと、昔の町の風景を写した白黒写真が多数展示されている場所に来た。
(この中に……あった!けど、学校の外観だけか~)
まだ周りが畑しかない頃の中学校の写真があったが、それは校舎の正面を離れた場所から写した物なので内部の様子などは分からない。
他にもないかと捜してみたが、中学の写真はそれ一枚のみだった。
(あとはここの職員さんに聞いてみるしかないかな)
残りの展示物に後ろ髪をひかれながらも、当初の目的を果たすべく、一階に戻った優子は受付で若先生の名前を出して職員の人を呼び出してもらった。
「いや、ようこそ、郷土博物館へ。もう見て回ったのかな?」
「はい、とても勉強になりました」
「一週間前ならイベントもやってたんだけどね~。ああ、それで境山中学周辺の昔の写真を捜しているそうだね」
「はい、そうです。昔の校内の様子を知りたくて」
「校内か~。確か教室で勉強している生徒を写していたのがあったような……。あっ、ここに入って座っていて。僕は資料を持ってくるから」
やってきた若先生の元教え子は三十代半ばくらいの少し小太りな男性だった。
突然、かつての恩師に用を押し付けられたような物なのだが、特に迷惑そうなそぶりもなく、むしろ久しぶりに恩師の声が聞けた事、そして後輩が学びの為に博物館に来てくれたことが嬉しいようで笑顔で対応してくれた。
(うう、でも本当は勉強の為じゃないんですけどね)
職員の笑顔に良心を痛めつつ、優子は案内された誰もいない一階の自習室、その隅の席に腰を下ろした。
近くの本棚に目を移すと境山町や周辺の町に関する資料がたくさん置いてある。
手持ち無沙汰になった優子が、本棚の本を物色していると二冊の大きなアルバムを抱えた職員が帰ってきた。
「昨日、若先生に頼まれて大急ぎで見つけておいたよ。これが境山中学校が載っている写真資料だよ。それで、申し訳ないけど僕はこれから団体のお客さんの案内をしなくちゃいけないんだ。悪いけど帰るときは、アルバムは受付か別の職員に渡しておいてくれないかな」
「わかりました。お忙しいところ、わざわざありがとうございました!」
「いや、いや、それじゃごゆっくり」
にこやかに手を振って出ていった職員を見送ってから優子はテーブルに置かれた二冊のアルバムの表紙を見てみると、『昭和』『平成』と書かれたシールが貼られている。
(よし、早速調べて見よう!)
アルバムを見始めた優子の真上で同じようにアルバムを覗いていたティアーネだが、すっかり自分も博物館に夢中になっていたことに気づいた。
(そういえば茶々は何をしとるんじゃ?)
そっと優子の傍を離れ、茶々へメールを送るとすぐに返信が来た。
(ごめん、迷ってた!今、博物館に来た。優子ちゃんは?)
(何をしとるんじゃ、お主は!まぁ、よい。ユウコは今一階の自習室におる。どうやら昔の写真を調べておるようじゃ)
(自習室?話しかけられる雰囲気かな?)
(う~む、そもそもお主はふらっと博物館に来たという設定で話しかける予定なんじゃろう?ここはふらっと来るような場所ではないぞ)
(じゃあ、優子ちゃんの用事が終わるまで待つしかないか~)
(なら、お主も展示を見てきたらどうじゃ。多少、見学をしておかんとボロが出るかもしれんからな。ユウコがここを出たら知らせよう)
(りょ~かい。じゃ、よろしくね~)
茶々との連絡を手短に終えティアーネは再び優子に近づき彼女の肩越しからアルバムを覗き込む。
(さて、この少女は何を求めておるのかの)
出来れば純粋な学術目的であって欲しいと思いながらティアーネは熱心にアルバムを捲る優子を見守るのだった。
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