第3章 2

 「ありがとうございました」


 運転手に軽く頭を下げつつ最後にバスを降りた優子は目に春の陽光が眩しく突き刺さる。 

 空には雲ひとつなく穏やか快晴は実にピクニック日和である。

 優子と同じバスに乗っていた親子連れやカップル、それにリュックを背負った大学生や中高年のグループが談笑しながら自然と列になって歩き始めたのを見て優子も後に続いて歩き出す。


 境山町が力を入れて開発したレジャースポットだからか、まだ新しい看板が曲がり角の度に設置されており迷う心配はなさそうな事に優子は胸を撫でおろす。


 (なら、無理に他の人についていく事もないよね)


 寝不足気味の優子は他の客にペースを合わせるのは止め、のんびり歩くことにして少し観光を楽しむことにした。

 とはいえ、この周囲はまだ普通の住宅地なので、それほど見るべきものもないが、それでも普段と違う光景は優子の探検心を刺激してくれる。


 優子が住んでいる盆地部分はだいぶ整備されてきているが、このあたりはまだ手つかずの部分が多い。


 境山町の心臓部である盆地と重要な収入源であるレジャースポットである山地は整備が進んでいるが、ちょうどその間にある地域には境山町の昔の姿を垣間見る事ができた。


 今も営業しているのかわからない商店の錆びた案内看板、長く風雨に晒され朽ちかけたガードレール、そして蔦に覆われた既に人が住んでいなさそうな木造の家。

 そういった時代を感じさせるものを見ながらいくつか曲がり角を看板が示す矢印に従って進んでいくと大きな二車線道路に出た。


 歩道も大きく取られ自転車道もありロードバイクが風を切って走っていく。


 (あとはこの道に沿って行けばいいのかな)


 ふと目についた大きな看板を見ると、この周囲の開発についての説明があった。

 計画では、この道路は延伸され最終的には都市部と繋がるそうだが、それにはまだ数年必要らしい。

 

 (へぇ、駅から直通のバスも出るんだ。運航予定は……まだまだ先か~。あっ、こっちに地図がある。ふむふむ、途中で脇道に入ればいいのね)


 看板の指示通りに、まずは歩道橋を渡り、そのまま登山道の方へ歩いていく。

 少し進んでいくと、曲がり角に郷土博物館の看板が見えてきた。

 その看板がある場所で少し細い道へ入ると、整備された道を違い、さきほどまで歩いてきた町並みと似た風景が広がっていた。

 ただ、こちらの方が山に近い分、自然豊かで木が多く生い茂った葉が太陽の光を防いでくれてひんやりと空気が涼しい。

 

 (あまり博物館に行く人はいないみたいね)


 後ろからする声は曲がり角を無視して、まっすぐに西山へと向かっていく。

 その声を段々と遠くに感じながら進んでいくと、やがて立派な塀に囲まれた大きな建物が見えてきた。

 開いている門の柱には《堺山郷土博物館》と書いてあるプレートがある。


 (やっと着いた!)


 小さな達成感を胸に優子は敷地内に足を踏み入れた。

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