幕間

幕間 勇者の戦い

 「茶々、そっち行ったわよ!」

 「了解!おりゃ~!」


 地面に倒れた『蜘蛛』の姿をした喰らうモノの核に止めの一撃を見舞い、振り向きざまに大剣を横に振りぬき、茶々は赤い眼を爛々と輝かせ牙をむく『犬』の喰らうモノの頭を斬り飛ばし、残った体に遠心力を加えた回し蹴りを見舞って吹き飛ばした。


 「やるじゃない!」


 頭が無くなっても、なお立ち上がろうとする『犬』の背中に沙織は右手のナイフを突き立て、引き抜くと同時に左手にもつ黒光りする拳銃を傷口に捻じ込み連射する。

 体の内部で放たれた銃弾は体を貫通し開いた穴から煙のように黒い粒子が漏れ、やがて体を維持できなくった喰らうモノは残骸も残さず霧散した。


 「もういっちょ!」

 「背後から、もう一匹来ておるぞ!」


 足の先が針になってる人間の子ども並の大きさを持つ別の『蜘蛛』を真正面から叩き潰し茶々がティアーネの警告を受けて後に向けて武骨な石の大剣を思い切り振り回す。

 その範囲内に飛び込んだ『犬』の姿をした喰らうモノが斬られるのではなく鈍器で殴られたように水平に飛んでいった。


 「逃がさないわよ」


 失速して地面にバウンドしている『犬』に向けて沙織が銃弾を正確に叩き込み、きっちり止めを刺していく。


 「これで七体目!けどまだ来るよ、さおりん!」


 茶々と沙織の前には不自然に空間が揺らめいている。

 そこから次々と喰らうモノ達が現れた茶々たちの行く手を塞ぐように立ちはだかる。



 ここは境山町の住宅街の一角。

 二車線道路に人一人が移動できる狭い歩道、道にせり出した電柱、その電柱に張り付けられた錆びたお店の広告と、日本のどこにでもありそうな場所。

 だが、今そこは人知れず勇者と喰らうモノが己の命を懸けて戦う戦場となっていた。



 「人払いと封鎖結界を張れたまでは良かったんだけどね……!」


 空間の揺らぎに向けて青く輝く銃弾を出てきたばかりの喰らうモノを撃破する沙織の口調には少し後悔の色が滲んでいた。

 本来は沙織が率いている班のメンバーの到着を待って行動を起こすつもりだったのだが、喰らうモノが近くにいた猫を襲おうとしていたのを見た沙織はその猫を助けるべく一人で戦いを始めていた。

 まずは猫を逃がし、次に周囲から人や動物を遠ざける結界と周囲の環境を破壊しないようにするための結界を張る。

 これだけの仕事を喰らうモノの相手をしつつこなす沙織の実力はさすがの一言に尽きる。


 そして、そこに茶々たちが合流し現在に至る。


 「猫を助けるためだったんだから仕方ないよ!」

 「うむ、当然の反応じゃ。よりにもよって猫を狙うとは許せん奴らじゃ!」



 異常に猫に対して熱い思いを持つティアーネだが、これにはエデンの宗教が関係している。

 その昔、エデンに神が遣わした二体の『神獣』の姿が、地球の猫と犬にそっくりだったためエデン人にとって猫と犬は非常に特別な存在となっているのだ。



 「とにかく蹴散らしていくしかないよね!」

 「勝手に突っ込むんじゃないわよ!」


 道の真ん中で怪しく揺らめく巣を目指し茶々が進もうとするが、その前にワラワラと様々な姿をした喰らうモノが現れ行く手を阻む。


 「ああ、もう、邪魔!」

 「茶々、出過ぎじゃ!」

 「このぉっ!」


 個々としてはそれほどの強さではない。

 それこそ、テストで戦った『自転車』の方が何倍も強いと言える。

 だが、喰らうモノの強さは単純な個の強さで計る事は出来ない。

 一体の個体から無限に増殖し、その群体は一つの意志の元に動く一切の無駄なく動かす事が出来る『軍隊』を作り上げる。

 そして、その軍隊は、突出した茶々へ向けてどこかの世界で吸収した魔術を使い茶々に炎の弾を放つ。

 その攻撃を大剣を地面に立て防御するがじりじりと後ろへと戻されていくことに茶々の顔に焦りと苛立ちが現れる。


 「くっ、この~!」

 「焦るんじゃないの!」

 

 茶々の背中を越えて飛んだ赤い光の銃弾が、一体の喰らうモノに当たり爆発を起こし数体を消し飛ばすが、それ以上に補充の速度が早い。


 続いて沙織が攻撃をしようと構えた時だった。



 「そうだ、お前は一人で戦っているんじゃないぜ!」


 突然の上空から響く少年の声がした方に顔を動かすと、近くの屋根の上に仁王立ちをしていた。


「さぁ、いくぜ、無敵最強ロボ、ドミニオンA《エース》!お前の力を見せてやれ!」


少年の魂の叫びに呼応するように喰らうモノと茶々の間に全長5メートルの四角張った、いわゆる『スーパーロボット』が出現した。


 新たな敵の出現に一切怯むことのない喰らうモノ達の攻撃を、その分厚い装甲で全て防ぎ切ったドミニオンAの胸部にあるAの形の放熱板が赤く発光する。


「焼き尽くせ!これが正義の炎、ブラスターノヴァだっ!」


 放たれたAの形をした熱線は、立ち塞がる喰らうモノをまとめて焼き払い爆発を起こし、その存在を滅却していく。

 だが、その攻撃を受けても尚、生き残った喰らうモノ達が煙の中からドミニオンAに組み付いていく。


 「ここは俺が引き受けた!先に行けぇ!」

 「ありがとっ、みっくん!」

 「無茶はしないでよ!」


 


 援軍に現れた少年に茶々は手を振り、空間の揺らぎへ向けて走り出し、その後に沙織が続く。

 途中、行きがけの駄賃にドミニオンAに群がる敵を蹴散らし、二人はようやく巣へと突入を果たした。


 だが、その先にあったのは……。


 「……あれは、もう一つゲートがある?」


 薄暗い空間に飛び込んだ二人は、先ほどまでの道路ではなく小さな野原に立っていた。

 しかし、その足元に生える草は紫に変色し茎もねじれ不気味なことこの上ない。

 だが、問題はその空間の先にも空間の揺らぎ、ゲートが見えたことだ。

 

 そして、茶々たちの侵入を察知したのか、ゲートがゆっくりと収縮していく。


 「イカン、空間が閉じるぞ!」

 「茶々、退くわよ!」

 「え、え!?」


 戸惑う茶々の手をひく沙織とティアーネが入ってきた場所から外へ飛び出す。

 後ろを振り向いた茶々の目の前で、ゲートが少しずつ小さくなっていき、やがて最初からなかったかのように消えてしまった。


 「あれ、もう終わったのか!?」


 屋根から降りてきた少年、『みっくん』こと高橋光邦たかはしみつくにが驚いた顔をして出てきた三人を出迎えてくれた。

 

 「そっちも終わってたみたいね?」

 「うす!沙織さんたちが中に入ったら急に湧かなくなったっす!」

 「そう、なら周囲の見回りをして結界を解かないとね」

 「あの~、結局ここは巣じゃなかったの?」


 光邦と沙織の会話に茶々が質問を挟む。

 それに答えたのはティアーネだった。

 

 「ここは巣へ喰らったモノを運ぶターミナル、つまり中継地点に過ぎん。そして侵入者の発見と共に通路を閉ざしたという訳じゃな」

 「じゃあ、無駄足だったこと~!?」


 茶々の叫びに優子は首を横に振る。


 「そうでもでもないわよ。敵の拠点を潰したのは間違いないわ。それに、ターミナルはそれほど長距離には設置できないはず。私たちのターゲットは間違いなく、この町の周辺にいる。それが分かっただけでも収穫よ」

 「そっか。やっぱりさおりんはスゴイね。茶々はそんな風に考えられなかったよ」

 「んん!……とはいえ、また手がかりが無くなったのは痛いけどね。ティア、一応聞くけど、ここからどこに通じていたかデータは取れた?」


 茶々の誉め言葉で照れたのを咳払いで誤魔化した沙織の質問にティアーネはゆっくりと首を横に振った。


 「残念ながら無理じゃ。あの短時間ではろくにデータも取れんかった」

 「そう。でも落ち込んでも仕方ないわ。それじゃ私たちも撤収の準備を!」

 「は~い。……って、あっ!」

 「どうしたのよ?」

 「しまった。もう晩御飯の時間過ぎてる……」

 「親に遅くなるって連絡してなかったの?はぁ、もういいからあんたは早く帰りなさい。後は私たちがやっておくから」

 「ごめんね!それじゃお先に~!」




 そして帰宅した茶々を待っていたのは、夕飯の時間を過ぎても帰らない娘を心配し般若のような顔をした母親の説教だった。

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