第15話 一点絞り 拙著が出来上がるまでの経緯も含めて

 広岡達朗氏がサンケイスポーツの評論家時代、早稲田大学の先輩にあたる有名な新聞記者との間で、こんなやり取りがあったそうです。


「ところで、君、昨日のこの試合の流れを決めるポイント、5つあったのか?」

「ええ、5つありました」

「それはいいが、文章はこれじゃいかん。散漫過ぎて読むほうはどれが本当に一番重要なポイントなのか、わからんぞ。どれか一つに絞って、それについてしっかり書きなさい。あとの4つは、その流れの中に組込んでいけばよろしい」


 広岡氏は後にこの手法を活かし、指導者として成功されました。

 ヤクルトの監督時代。そもそも弱小チームで、改善点なんかいくらもあってしょうがない。だが、その改善点を投手陣に絞った。それも先発投手をきちんと指名し、何があっても5回までは投げるようにさせた。そうすることで、チームがまとまり始め、ついには日本一になった。

 ヤクルトでこそ、この日本一の後が続かなかったが、後に西武の監督になり、常勝チームの基盤をきちんと整え、さらに2年連続の日本一にも輝いた。その後の西武は、ヤクルトのように失速することなく、監督が交代しても、そこから10年以上にわたって強豪チームとして名をはせることができた。

 そのヤクルトを監督として常勝チームにしたのは、元南海の野村克也氏だった。野村ヤクルトは、広岡氏の後を継いだ森氏の率いる西武と2年連続で日本シリーズで激突し、1度目こそ3勝4敗で日本一を逃したものの、その翌年には4勝3敗で日本一に再び輝いた。それは広岡ヤクルトの日本一から15年後のことだった。


 この「一点絞り」、小説を書くうえでも基本として大いに活用できるものです。

 私も、この度の拙著「一流の条件 ~ある養護施設長の改革人生」(つむぎ書房・2020年6月22日刊)を執筆するうえで、このやり方を取入れました。


 これは昨2019年9月頃の話。

 まず、1日1編、短編でいいから小説と言える文章を書く。

 どうにもならないときは、他のエッセイなどで代えても構わない。

 文字数は不問だが、最低5,000字程度は書くようにし、多くても15,000字程度までをめどにする。調子が上がれば、それ以上書いても構わない。

 登場人物は、これまで養護施設がらみで書いてきた人物を使っていけばいい。改めてプロットを作る必要はない。

 しかし、テーマがないと困るので、それを一つだけ設定する。

 そこで決めたテーマが、これ。


 養護施設に勤めている職員が退職する場面。

 それを、とにかく書いていく。

 場所は、よつ葉園もしくはくすのき学園のどちらかにし、どちらを書くかはその日ごとに決めて構わない。


 そう決めて、約1か月の間に20編ほどの短編を作りました。

 しかもその間に、エッセイもいくらか書きあがりました。

 それらのエッセイをひとまとめにし、適当な頃合いを見て、11月頃、東京のとある出版社に原稿をメールで送りました。

 3週間ほどして、東京の出版社から電話がありました。

 もう一度企画案を作って、送ってくれとのこと。

 その結果、別の出版社を紹介され、そちらで出すことになりました。


 さて、企画案までは「養護施設職員の退職風景」を中心にして提出していましたが、同時並行で原稿をまとめていて、あることに気付きました。


 単に様々な人物の「退職模様」を中心に据えるよりも、これらの物語の中に一貫して中心的な位置にいる人物の人生を軸にしたほうが、よりいいのではないか?


 そこで、よつ葉園とくすのき学園のエピソードの共通項にある人物は誰かということになって、結局、よつ葉園の大槻和男氏をその中心に据えてエピソードを組みなおしていきました。そしてさらに編集を重ね、出来上がったのが、この度の上記拙著というわけです。その間、文字数を減らす=掲載する編をかなり絞っております。これはまあ、ページ数を抑えることで定価を抑え、なおかつ全体を引締めるためです。

 こちらのカクヨムでは、そのとき掲載から外した編も、多数掲載しております。

 

 一連のこの流れを総括してみますと、確かに中心とするテーマについては大きく変更していますが、それは執筆中の「一点絞り」と、人前に商品として出すうえでの「一点絞り」を意識して出した結論であることに、共通点を見出せるはずです。

 そして現に私は、そこを意識して、テーマを途中でがらりと変えた。

 そもそも、目的が変わればテーマも手段も変えればよいし、また、変えなければいけないのです。


 しかし、全体において一貫させたのは、「一点絞り」という手段を意識して全体を表現することでした。

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