第2話 想うと言う気持ち…

 このような体験を現実にしたせいだろうか?

 再び摩耶まやの言葉を思い出した科乃しなのは、翌日訪れた部屋の中で、額縁に入った曾祖父の写真を見つけたのだ。


 曾祖父の名は最上和人もがみかずと海軍中佐……享年24歳。太平洋戦争終戦間近の昭和20年8月、海軍の鹿屋基地を飛び立って二度と戻って来ることはなかった。戦死と認定され、その英霊を称えるため二階級特進している。


 いわゆる『神風特別攻撃隊』……通称『特攻隊』である。沖縄は既にアメリカ軍中心の連合国軍に占領され、本土への攻撃も苛烈さを極める中、和人は特攻隊員として飛び立ち、そして死んでいったのだと聞いている。


 祖母に頼まれ、曾祖母の若かりし頃の写真を探し始めた科乃しなのは、積み上がっていた本の中に、1冊のアルバムがあったことに気がついた。


「えっ、これ曾お祖母ちゃん……?若いなぁ……」


 床にアルバムを広げ、斜め座りをしながら、科乃しなのはページを繰った。多分、昭和30年代後半から50年代まで。写真が途中からカラーになって、当時の流行も判る。その世界にいる曾祖母は、科乃しなのが知っている祖母と同じで、いつも笑顔だった。

「曾お祖母ちゃん、ずっと一人でお祖母ちゃんを育ててきたんだ……曾お祖父ちゃん亡くなってから……」

 祖母の話に拠れば、曾祖母が結婚したのは、今の科乃しなのと同じ歳だったという。海軍の軍人となった曾祖父は、曾祖母と結婚してすぐ出征し、満足な夫婦生活も送られぬまま還らぬ人となったのだという。


 科乃しなのは自分自身に訊ねる。

 もし、今の自分が誰かと結婚し、子を宿したとして、その子を一人で育てていくことが出来るのかと……

 答えは当然『否』だった。

 愛する人を失い、一人で生きていくことなど考えたくもない!



 そう思った時、科乃しなのの脳裏に一人の男子の姿が過ぎった。

 それは同級生の男子生徒。

 いつも空を見上げてばかりで、何となくボーッとしているように見えてしまい、正直何を考えているのか全く判らない男の子。


 思えば一目惚れだった。


 父親が東京に事務所を開設し、家族で静岡から東京に引っ越して、初めて参加した予備校の冬期講習で『彼』と出会った。

 印象的なのは髪色だった。色合いこそ若干異なるとは言え、黒髪の多い日本人の中で自分と同じような空色の髪色をした者など見たことが無い。

 科乃しなのにとって、生まれながらに持ったこの白に近い青い髪はコンプレックスの象徴だった。興味と関心そして阻害の対象となり、それが彼女の心をずっと閉じ込めていた。揶揄からかわれるのが嫌で一度は髪を短く切った事もあった。ウィッグを付けて目立たなくしようとした事もあった。

 そんな彼女にとって、様々なファッションで溢れている東京は『寛容な場所』と言う憧れもあった。


 そして、彼と出会った……空色の髪を持つ彼に興味を持ち、つい隣に腰掛けてしまった。


 初めて会ったばかりだったのに……勝手が判らず戸惑ってばかりだった自分に、そっと差し延べてくれた温かい心を垣間見た瞬間、科乃しなのは魅了された。


――天城大和あまぎやまと……くん……


 その名を口に出してしまうと、どうしようもなく切なくなる。

 編入した学校、それも同じクラスだと知った時は胸が高鳴った。そして彼のあの空を切り取ったような青い髪を目にした時は本当に心臓が止まってしまうのではないかと思えるほどだった。


 あれから8ヶ月……自分と大和の距離は少しずつ狭まって来ているのは事実だ。

 彼が図書委員に決まった時も胸の鼓動は高鳴り、心は踊ったのは今でも覚えている。放課後の誰もいない図書室で、二人で一緒に本の整理をしている時、一緒に並んで帰っている時の心強さと安心感は、他の生徒にはなかったものだった。それでいて、何とも心が温かくなる存在。


――あなたが好き……


 科乃しなのがその気持ちを自覚するようになってからは、本を読んでいても内容が残らない程、気付けば彼の事ばかり考えていた。


――でも……大和君は……


 科乃しなのは知っていた。曾祖母志乃と同じように、彼もまた愛しい人を喪っている。そんな彼の心に自分の居場所など無い。

 そう思っていた時期もあった。

 それでも、この家族旅行に出る2日前……親友の伊吹茉莉いぶきまつりに誘われ、ペルセウス流星群を見に行った夜の事は、科乃しなのにとっては本当に幸せな時間だった。今、彼女の心中に数日前の出来事が甦ってくる。



「そっか……今晩だったのか?」

 大和がしまったとばかりに夜空を見上げ名残惜しそうな眼差しを向けている。

「バイト帰りなんだけど……忘れてた……まだ流れてくれないかな?」

 自転車を押し歩く彼にそれとなく寄り添い歩きながら、科乃しなのは訊ねた。

「何かお願いしたい事あるの?」

「ああ、パイロットに成れますようにって……」

 空を飛ぶことは大和の夢だという事は科乃しなのも知っている。航空会社に就職するのか、自衛隊や警察、消防と言った公務員になるのかはともかく、まるで空の申し子みたいな存在である彼にとっては空を飛ぶこと自体が目的であり目標なのだろう。


――わたしには何もできない……でも彼の夢を信じ、背中を押す事ならわたしにも……


「……成れるわ。大和君なら……」


 街灯の下、そう応えた時の彼の驚いたような表情は忘れない。

 大和が日課として1日20kmのランニングをしている事を彼女は知っている。陸上競技の選手でも目指していない限りそんな事を日課とする人はそうは多くはない筈だ。パイロットになるための基礎体力作りをしているのだろうと科乃しなのは思う。


「あなたはもう行動してる。行動に移している人は強い……そうでしょ?」

「ありがとう……科乃しなのちゃんには、いつも力を分けて貰ってるね……」

 笑顔で応えてくれる大和が愛しい。この心の高ぶりのままに抱き付いてしまいたいと言う衝動が湧き起こるが、それだけは必死で抑え付けた。


「良いのよ……わたしね、自分の夢に直向きになっている人が好きなの……応援したくなるの」


 言い放った瞬間、ハッとなり一気に頬が赤くなる。

 間接的に告白しているようなものだと今になって気付くが、口から出したものはもう引っ込める事はできない。

「あ、いや、今のは、そう意味じゃなくて……一般的な事と言うか……その……」

 科乃しなののハーフアップしたポニーテールの髪が左右にせわしなく揺れ、左右の人差し指がツンツンとお互いの指先を突いている。


「ありがとう、科乃しなのちゃん」

 そう言って立ち止まり、街灯の下で笑顔を浮かべる大和に科乃しなのは再び心を奪われてしまう。


――何だろう……笑った顔は普段の何倍も綺麗……


 素直にそう思った。他愛のない事を話しながら夜の公園前の通りを二人で歩き、帰宅してからは、もう彼女の心の中は大和の事で一杯になっていた。


――今度会ったら、何を話そう?


 どちらかと言えば科乃しなのは内気な方だ。

 だから面と向かって話そうとしても、頭が真っ白になって何を話して良いのか判らなくなる。いつもそうだった。


 自分から話しかける場合は、声が聞き取れないほど小さくなってしまう。こんなんじゃいけないと思うのだが、恥ずかしさだけが先行して言葉にならない。

 今、東京から遠く離れたこの場所に居ても、心は大和の姿を求めている。いつになったら面と向かって話せるのか?

 それは彼女自身にも知る術はない。


「大和君は今、何してるんだろう……?」


 傍らに置いてあるスマートフォンに手を伸ばし、ついついチェックしてしまうようになったのも、彼とアドレスを交換してからだし、今も同じ気分だった。しかし、科乃しなのはふと我に帰って、軽く頭をコツンと撲った。


「だめだめ。今はアルバムを探すのが先だから……」


 床に置いたアルバムを閉じ、机上の棚に戻す。ひょっとしたらこの右か左にアルバムがあるのかもしれない。

 そう思った彼女は、左のアルバムを手にとって、ページを繰った。


「……あれ、わたし?」


 先ほどの曾祖母よりもさらに若い女性の姿がそこにあった。モノクロ写真でよく判らないが、髪色こそ異なっているものの自分自身と見間違えるようだ。

「……結婚式の写真ってないのかな?」

 アルバムのページを一心不乱に繰るが、昔の写真にありがちな、一家揃っての家族写真などは何処にもなかった。

 あるのは、曾祖母と赤子の親子写真ばかりで、曾祖父との写真は見あたらない。やはり、結婚生活の短さのせいなのだろうか?


――曾お祖母ちゃん……可哀想……


 自分だったら、結婚式の写真は絶対欲しい。自分の新たな人生を始める大切な儀式だもの。そして、その横には……!

 持ち前の想像力の高さが災いして、科乃しなのの白い顔が瞬時に紅潮していく。


――もう、わたしったら……


 瞬時に過ぎった想像を振り払うように頭を振った科乃しなのは、アルバムを再び眺めて写真を選んだ。

「これなら使えるかも……」

 ようやく一枚の写真を選んだ科乃しなのは、アルバムを持って立ち上がった。この写真を祖母に見せよう。そう思ったその時、アルバムから一通の封筒がポトリと落ちた。

「えっと……?」

 こんな物何処どこにあったのだろうか? さっき見たとき、こんな封筒はなかった筈……いったい何処に挟まっていたのだろうかと訝りながら、改めてアルバムを調べてみると、装丁の裏表紙に同じ材質の紙で糊付けられていた跡を見つけた。

 それは、このアルバムの持ち主だけの秘密。


 科乃しなのは封筒を手にとって眺めた。

 そこには、「最上志乃様」とだけ書かれていた。

「えっ……これってラブレター?」

 科乃しなのの胸が一気に高鳴った。自分が貰った訳でもないのに、妙にドキドキする。


 何よりも昭和初期に生きていた人達も、今と同じように、手紙で自分の想いを綴っていたのかという事が改めて実感できた。

 何か他人の手紙を読むのは、マナー違反のような気がしないわけでもなかったが、差出人も受取人も故人であることや罪悪感よりも好奇心の方が上回った。


――少しだけ……


 科乃しなのは後ろめたさを感じながら、封筒を開いた。息を整え中の手紙に目を通す。



 その直後、科乃しなのの目が大きく見開かれた。

「そんな……」

 何度も何度も読み返してみる。連綿と綴られた曾祖父和人の言葉の一つ一つが、科乃しなのの心を大きく揺さぶる。

 これがラブレターだとしたら、何と悲しい手紙だろう!?


 そう思い至った矢先、彼女の目の前に、見たこともない光景が広がりだした。

「えっ……何これ?」

 戸惑う科乃しなのは盛んに目を擦ったが、彼女の前には多くの男達が現れて消えることはなかった。



<<イッテキマス!>>



 再び声が響いた瞬間、周りから万歳三唱の声が響き渡る。

「いったい……何なの?」

 目の前に広がる光景を、科乃しなのはただ黙って見るより他になかった。

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