第580話 グラハムとクロード

 村の西門に姿を見せた王国騎士団。その数は、村人の予想を上回る100人もの集団であった。

 自国の兵とはいえ、その物々しい雰囲気から過去の襲撃を思い起こす者も少なくない。

 その上、彼等の本来の目的が何なのかを殆どの村人が知っているのだ。嫌悪感を抱くなという方が難しい。


「なんで、俺がこんな所に派遣されなきゃならんのだ……」


 もふもふアニマルヴィレッジと書かれた看板を前に、馬上で盛大な溜息をついた騎士の男、その名はクロード。

 領地はないが、一応は男爵家の嫡男だ。

 歳は若く20になったばかり。血気盛んでやる気だけはある為か、そこが評価され、ある男と入れ替わりでアルバートの親衛隊へと選出された。

 とは言え、実力がない訳じゃない。その剣の腕は中の上。実戦経験は少ないが、騎士団の中では上から数えた方が早い方だ。


「口を慎むべきです。これは王命ですぞ?」


 そんなクロードをそれとなく注意したのは、落ち着いた雰囲気を漂わせる中年の騎士。

 短髪で口ひげを蓄えたその見た目から、こちら側が上司のように見えるのだが、それは全くの逆であった。


「チッ……言われずともわかってますよ。でも、今は俺の方がグラハムさんより位は上。先輩として尊敬はしていますが、この分隊の全権は俺にあるんで、勘違いだけはしないでくださいね」


 グラハムと呼ばれた男は一瞬顔を歪ませるも、諦めたかのように溜息をつく。


「わかっている。ただ気を抜くなと……」


「あぁ、そうでしたね。ここはグラハムさんにとっては、曰く付きの村ですもんね? 両腕のない爺さんに襲われて逃げ帰って来たんでしたっけ? まさかゾンビ相手に逃げ出す騎士がいるとは……クククッ……」


 まるでバカにでもするかのように、わざとらしく笑うクロードだが、グラハムに反応は見られない。

 気にしてはいないのか、それとも言われて当然だと思っているのか……。

 その時だ。騎士団の到着を聞きつけ、村の西門へと姿を見せたのはコット村の村長。


「この度は、我が村にようこそおいで下さいました。私は村長の……」


 丁寧に頭を下げる村長に対し、クロードは露骨に面倒そうな顔をする。


「あー、そういうのいいから。宿は1人分だけ用意しておけ。あとは適当な広場で野営するから場所だけ案内するように」


「え? あ……あの……」


「じゃぁ、俺は村を見て回りますんで。後の事はグラハムさん、よろしくお願いしますね」


 唖然とする村長を残し、クロードは1人村の奥へと消えていく。

 グラハムは頭を抱えながらも馬から降りると、村長へと向かって騎士団式の敬礼をした。


「忙しなく申し訳ないが、暫く御厄介になります」


「……はぁ……。で……では、天幕の張れる広場までご案内いたします……」



 その後、騎士団が村の広場での野営地設営を終えた頃、クロードは何食わぬ顔で戻って来た。


「皆ご苦労。こんな村での任務、退屈だろうが適当に頑張ってくれ。俺は村の宿にいるから、何かあればグラハムに指示を仰ぐように」


 それだけを言うと、グラハムへと向かって遠慮がちに手招きをしたクロード。


「何か?」


「グラハムさんは、この村の宿に泊まったこと……ありますよね?」


「いえ……。私が訪れた時は、野営で凌いでいたので……」


「そうですか……。一番いい部屋でと言ったんですが、その部屋が狭くて……騙されているのかと……」


「はぁ……。恐らくですが、この規模の村であればそれが普通でしょう。部屋に優劣など存在しません。……それよりも、視察の方は如何でしたか?」


「視察……? あぁ、食堂兼酒場が1件しかないことを除けば、長閑でいい村なんじゃないですか?」


 その言葉に、露骨に落胆するグラハム。返って来た答えに不満があるとでも言いたげな顔だ。

 それというのも、今回の任務では部隊が3つに分けられている。

 ダンジョンの正面入り口にて警戒中の本隊に加え、ダンジョンの別の出入口を探す部隊。そして、コット村を監視する部隊だ。

 九条が王都に住むことを拒み、コット村に固執する理由が何なのかを秘密裏に調査するのである。

 抜け道が見つからなければ、案内してもらえばいい。村の誰かしらが、物資の搬入を担当している可能性は大いにあり得る。

 村の守護を名目に、それを特定し報告する。可能であれば排除するのが、コット村へと送られた分隊の役割だ。


「ハァ……、違います。我々が与えられた任務をお忘れですか?」


「もちろん覚えてますよ? では、お聞きしますが、グラハムさんはどうやって村人から理解を得るつもりです? 九条の捜索を隠しながらも村の家屋を1件1件訪ねては、地下室がないか調べさせてくださいとでも言うんですか? ……俺達はここで村を守護するフリをしながら、のんびり待機してればいいんですよ。仮にダンジョンへの抜け道があるなら、監視なんかより村人を尋問した方が早いでしょう。俺達がここに派遣された本当の目的は、いざという時に村人を人質として利用する為なんですよ」


 クロードの言っていることは尤もだ。効率を考えれば、それに勝る方法はないだろう。

 だが、それは憶測や疑惑の段階でやっていい事ではない。ましてや相手は、反発の意思すら見せていないただの村人である。


「それは……本気で言っているのか?」


「解釈の問題ですよ。自国民とは言え、魔王に肩入れするならその限りではない。疑わしきは罰せよと言うでしょう?」


 その思想は危険であった。この村では特にだ……。

 だからこそ、グラハムの口調も無意識に強くなる。


「……1つだけ言っておく。この村では、出来るだけ大人しくしていることだ」


 グラハムは知っている。この村が、九条の庇護下に置かれているだろうことを……。

 九条がプラチナの冒険者と判明した時、アルバートの言いつけで勧誘にと村を訪れた。

 その時の出来事は、心的外傷とは言わずとも、忘れたくても忘れられない記憶となっているのだ。


(あれは未知の怪奇現象などではなく、九条本来の力……。いや、どちらであろうと結果は変わらないのだがな……)


 あの時、警告に従っていなければ、グラハムとアルフレッドは人知れずこの世を去っていただろう。

 おかげで親衛隊の地位からは降ろされ、騎士団内でも腫れ物扱い。

 しかし、グラハムはそれを後悔していなかった。今まさにその選択が間違っていなかったのだと証明されているのだから。


(……魔王か……。真偽は不明だが、この村にだけは近づきたくなかった……)


 半端に九条との面識がある所為で、抜粋されてしまったのだから仕方ない。

 これは王命である。一介の騎士がそれを断れるはずがないのだ。


「……大人しくしてるくらいなら、騎士団……辞めたらどうです? グラハムさんには向いてないんじゃないですか?」


 侮辱とも取れる発言ではあったが、グラハムは怖いほどに落ち着いていた。

 自分の立場は理解している。毛嫌いされている理由も明確であり、それを既に受け入れているのだ。

 今更その程度で憤慨する程、心は狭くないのである。


「少なくともクロード殿よりは、この村を知っていると自負しています」


「……ハァ……。わかりましたよ……。ですが、反抗的な者がいれば、その限りではありませんからね……」


 言っても無駄かと、諦めにも似た溜息をついたクロードは、そのまま背を向け宿の方へと消えていった。

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