第496話 巫女の力
原点が故の盲点。封印方法はわからず仕舞い。九条だってミアを生贄にはしたくない。それを回避する方法を考えた末に思いついた策が、巫女であったとしたら……。
九条達が巫女をでっち上げただけで、最初から黒き厄災を怒らせてなぞいない。八氏族評議会は騙された――。そう考えれば気が楽だ。都合のいい現実逃避である。
とは言え、皆がそれに触れなかったのは、仕事を頼んでいる立場であったからだ。
そもそも最初から信用していないなら、別の人に頼め――と言われるのがオチである。
「へぇ。それは私達を疑ってるって事よね? いい度胸じゃない。ならローゼスが目撃した黒き厄災はどう説明をつけるわけ? 私達がローゼスを買収したとでも?」
面と向かって嘘つきだと言われているのだ。ケシュアが機嫌を損ねるのは当然であり異を唱えて当たり前。
「別のドラゴンと見間違えた――ということも考えられませんか? そもそもローゼスはエドワードの従者。考え方も人族に寄っているのかもしれません」
現場を直接見ていないからこそ言える台詞。セシリアのやっていることは、望み通りの報告を得られず難癖をつけているだけのクレーマーと同じである。
たとえ再封印に成功したとしても、実際に見ていないからと言われればそれまで。そういったトラブルを回避する為、冒険者はギルドを通さない仕事には良い顔をしない。
「このクソアマッ……!」
セシリアの澄ました顔に苛立ちを覚え、胸の前で握り拳を作りながらも歯を食いしばるケシュア。
「じゃぁ、キャロの持つ竜鱗は? あんたらが大事に保管してたゴミみたいな竜鱗の欠片とは雲泥の差よ?」
「さぁ? 何処かで拾ったのでは? キャロが本当の巫女であると言うのなら、黒き厄災を呼び出すくらい出来るでしょう? 簡単な証明方法ではありませんか」
流石のケシュアも堪忍袋の緒が切れた。ケシュアは九条とは違い背負っている物なぞ何もない。売られた喧嘩は買うタイプだ。
「【
予備動作を悟られないほどの速度で構えた杖を突き出すケシュア。セシリアの胸下が一瞬にして樹木に覆われると、それは固い床板を物ともせず根を下ろす。
ケシュアにしては健闘した方。殺すつもりなら、もっと攻撃性の高い魔法を使えばいいだけなのだから。
「――ッ!?」
「自分が安全な所にいるとでも思ったの? それとも、私が九条の言いなりだから弱いとでも思った? 何を勘違いしているのか知らないけど、私は九条ほど甘くはないの」
静かな口調に乗せられた憎悪。冷静であるが故にそれが一時的な苛立ちではないことを窺わせる。
視線で人が殺せるならば、セシリアは既に死んでいるだろう。
「ケシュアおねぇちゃんッ!?」
それを止めたのは他でもないキャロである。
2人の間に割って入るカガリ。もちろんセシリアが悪い事は誰が見ても明らかだが、ケシュアがそこまでする必要はない。
「そんなに怒らないで? 大丈夫。ディメンションウィング様が来てくれるって言ってるから」
その一言が、場の空気を一変させた。キャロの視線はケシュアではなく、八氏族の代表達に向けられていたのだ。
カガリの上から見下ろされるそれは、酷く冷たいものであった。
部屋が静まり返った事で気付いた外の騒がしさ。
次の瞬間、襲い来る悪寒と共に大地が揺らぎ、王宮の屋根に積もっていた雪が全て滑り落ちてしまうほどの衝撃は、立っているのも困難を極める。
急に夜になったのかと錯覚するのほどの闇が窓を覆い、ケシュアは天空の階段と呼ばれる塔の中で覚えた恐怖を思い出した。
ゴールドプレート冒険者としての経験から感じ取った相手との力量差は天と地。既に頭の中は逃走の事でいっぱいだ。
窓の外から部屋内部を睨みつけるコバルトブルーの巨大な眼球。爬虫類独特の縦に細長い瞳を焦点を合わせるかのように収縮させ、獲物を物色するかのようにギョロリと動いたその先でキャロを見つけると、今度は屋根がバキバキと悲鳴を上げながら引き剥がされた。
ただ茫然と立ち尽くす者、危機感を覚え円卓に潜り込む者、樹木に擬態する者と様々だが、落下物で死傷者が出なかったのは不幸中の幸いか。屋根と同時に壁までもが剥がれ落ち、評議員室だけが風通しの良いテラスへと早変わり。
見通しが良くなったからこそ露になった全体像。その姿はまさしく黒き厄災そのものであった。
あまりのことで声すら出せず、見上げるだけの面々。そんな中、キャロだけがトコトコと無警戒に近寄り笑顔を見せたのである。
「ディメンションウィング様、いらっしゃい!」
黒き厄災を見上げ、嬉しそうに微笑みながらもその場でぴょんぴょんと跳ねるキャロ。それは、仕事から返って来た伴侶を出迎える新婚夫婦のよう。
他の者から見れば、距離感がバグっているとしか思えない。それを見ても尚、巫女の存在を認めないというのなら、その目は節穴どころか腐っている。
「皆様のご期待に応え、来ていただきました! ……そんなに恐れなくても大丈夫。私がしっかり目を光らせてますから」
平然としているのは、キャロとカガリくらいなもの。大まかな段取りを知っていたケシュアでさえ動けずにいたのだ。それをハイそうですかと、能天気に受け入れられたら苦労はしない。
そんな中、額に汗をにじませつつもなんとか立ち上がった
その足でほんの少しだけ前へ出ると、すぐさまその場に跪き黒き厄災へと首を垂れる。
「黒……いや、ディメンションウィング様。我等はあなた様の忠実なる僕に御座います。今までの無礼をどうかお許しいただきたく……」
「無駄だ」
その声にハッとして顔を上げたバモスが見たものは、朱色の袴から飛び出たモコモコの尻尾を振りながら黒き厄災の頭をよじ登っていくキャロの姿。
暫くしてその天辺に到達したキャロが角を支えにゆっくり立ち上がると、その口から出た言葉のギャップに誰もが驚きを隠せない。
「我が眠りを妨げ、あまつさえ巫女の命をも奪おうとした貴様らの願いを、何故聞かねばならぬ」
子供特有の無駄に高い声……にも拘らず、まるで子供とは思えない言葉遣い。
蔑むような目で見下ろされる感覚は異様でしかなく、その雰囲気はここにいる誰もが知っているであろうキャロのものではなかったのだ。
「願いなぞ滅相もない。ただ、謝罪をと……」
「それは傲慢故か? それとも強欲か? 巫女の許しを得ずして我に許しを請おうなぞ笑止千万。巫女の言葉のみが聞き届けられると心得よ」
「……巫女様が謝罪を受け入れて下されば、それは聞き届けられると?」
「然り。……だが、巫女の願いは既に聞き届けられた」
「巫女様の……願い?」
「我が巫女は、巫女としての責務からの解放を望んでいる。我が再び眠りにつく事で、その願いは成就されるであろう」
それこそが九条の狙いであった。キャロの安全を確保するには、キャロの利用価値を無くせばいい。キャロが巫女でなくなってしまえばよいのだ。
黒き厄災の再封印は獣人達も望むところであり、本来の仕事も達成できる。
同時に巫女としての力を見せつけ黒き厄災の目の前で宣言すれば、それを疑う者なぞいない。
半樹木の1名を除き、八氏族の代表達が顔面蒼白で首を垂れる中、キャロは天高く飛び去って行く黒き厄災に笑顔で手を振っていた。
「ばいばーい」
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