第474話 人身御供

「黒き厄災の討伐……。最悪その選択肢もにゃい訳ではにゃいが、あくまで最終手段。そうにゃると、こちらとしても切り札を出さざるを得ないかにゃ……」


 何やら言い辛そうに口ごもるネヴィアに苦言を呈したのはバモス。


「確かに打つ手はなくなったが、そこまでするなら放っておいた方がいいのではないか? 触らぬ神に祟りなしとも言うだろう?」


 それに深く頷いた、セシリアとリック。


「バモス殿。それで何かあったら、責任を取れるとでもお思いか? これも国の未来の為なのだ……」


 アッシュが扉の方に目を配ると、そこに待機していた従者が軽く頭を下げ、足早に部屋を出て行く。


「予定通り、九条殿とケシュア殿には話を通す。異論はないな?」


「はぁ、あまり乗り気ではないが、仕方あるまい……」


 難色を示しながらも頷くバモス。同様に顔を強張らせるセシリアとリック。

 そんな中、アッシュは俺達に向き直ると、意を決したような面持ちで口を開いた。


「我等の王家に伝えられてきた伝承。それがこの報告書の続きなのです。……我等の御先祖様は、黒き卵から生まれた竜を神のように崇め奉りました。その方法というのが、あまり褒められたものではなく……。その……定期的に生贄を捧げていたと言い伝えられているのです。それも誰でもいいわけではなく……」


 その時だ。アッシュの話を遮り、ノックされた扉。そして部屋に入って来たのは、先程出て行った従者に連れられた幼い獣人の女の子。

 人型で、特徴的な耳は戦兎種ボーパルバニーであることを示している。

 恐らくはミアより年下。上等な衣装は貴族令嬢のようでもあるが、着せられている感は否めず何処かアンバランスにも見える。

 緊張しているのか、オロオロと落ち着きのない様子は微笑ましく、その胸元で強く抱きしめているのは、お世辞にも綺麗とは言い難い片耳の取れそうな兎を模したぬいぐるみだ。

 その手の甲には、見た事のある赤い痣が不自然に浮かび上がっていた。


「紹介しましょう。彼女は戦兎種ボーパルバニーのキャロ。今回、黒き厄災に捧げられる供物として選ばれた者です」


「――ッ!?」


 人身御供を是とする文化がある事は知っている。大きな災害に見舞われた村や集落がそれを神の怒りであると考え、鎮めるためにと生贄を捧げていたのだ。

 仏教での馴染みは薄いが、日本では知名度の高い御柱祭も元々は生贄を捧げる文化があったと伝えられている。

 勿論、衝撃ではあった。年端も行かない女の子を供物にするなぞ言語道断。だが、取り乱す程でもなかったと言うのが正直なところだ。

 むしろ妙に納得してしまったのは、壁画に描かれていた赤いシンボルが、キャロの手に浮かび上がっていた痣にそっくりだったから。


「恐らく気付かれているでしょう。キャロの手に浮き出た紋章こそ生贄となる者の証。それは黒き厄災復活と同時に現れたものなのです」


 アッシュがそう口にしたのを最後に、静まり返る室内。誰も口を開かないのは、俺達の反応待ちといったところか……。

 エドワードが王家の伝承を知らされていなかったのは、生贄の存在を俺達に知られるのを避ける為――という側面もあったのかもしれない。

 俺達が調査に成功し、黒き厄災を無力化できていれば、その存在を明るみに出す必要はなかった。獣人達は、生贄という非道な文化が受け入れられるはずがないとわかっているのだ。

 無力化失敗の次は討伐などではなく、生贄を捧げること……。その失敗の後に、ようやく討伐へと段階が進むのだろう。


 ここで俺が何と言おうと、キャロの生贄としての運命は変わらない。恐らくは、キャロを連れて行くのが誰であるのか程度の差だ。

 俺達が生贄に反対の立場を表明すれば、キャロを任せてはもらえない。俺達がキャロを連れ去ってしまえば、黒き厄災の怒りを買うことにもなりかねないと考えるはず……。


「他国の制度に口を出すつもりはないのですが、本人はそれを望んでいるのですか?」


「ちょっと九条! 本気で言ってるの!?」


 ケシュアの怒りも尤もだ。それは本人が了承しているなら、生贄に賛成すると言っているのと同じ事なのだから。


「キャロ。質問に答えなさい」


「……」


 アッシュの言葉に皆の視線がキャロに集まる中、当の本人はカガリを見て目を輝かせていた。

 確かに珍しい魔獣であることには変わりないが、その集中力のなさは年相応の子供といった雰囲気。


「キャロ?」


「あっ……しっ……失礼しました! 生贄になることに不満はありません。それが皆の為になるなら……」


 おどおどと戸惑う様子を見せてはいるものの、無理矢理言わされているといった感じではなかった。

 それが嘘でない事はカガリの反応からもわかる事なのだが、その聞き分けの良さが逆に腑に落ちない。

 人は誰もが死を恐れる。中には自ら命を絶つ者もいるが、それは死の恐怖をも上回る強い感情によって支配されているだけに過ぎず、そんな感情を10歳にも満たない子供が抱いているとは到底思えないのだ。


「キャロ! よくぞ言いました! 我が戦兎種ボーパルバニーの一族は、あなたを誇らしく思いますよ!」


 キャロに駆け寄り愛おしそうに抱きしめる戦兎種ボーパルバニーの長クラリス。

 手放しで褒め称えるクラリスに、少々迷惑そうな表情のキャロではあるが、まんざらでもない様子。


「ふん。バカバカしい!」


 それを見て、突然声を荒げたのはバモスだ。


「ディメンションウィング様は、生贄を求めたことなぞ1度もない! 我が一族にはそのような話、伝わっていないと言っておるだろう!」


「――ッ!?」


 驚いたなんてもんじゃない。動揺のあまり、持っていた調査報告書を床にばら撒いてしまったほどだ。

 俺にとっては、生贄の存在が明かされた事よりも衝撃的だった。

 急いで報告書を拾い上げ、気取られてはいないだろうかと顔を上げる俺に対し、バモスは慌てて頭を下げる。


「おぉっと、急に大声を出してしまって申し訳ない九条殿。ディメンションウィングとは黒き厄災のこと。我々の一族にはそう呼ばれていたと伝わっていてな……」


「いえ、大丈夫です。お気になさらず……」


 それぞれの伝承に相違があるのだろう事は理解したが、ディメンションウィングの名を知っているバモスの方が信憑性は高そうだ。だからこそ、生贄不要論を説いているのだろう。

 勇者側に与していた一族は生贄容認派であり、魔王側に与していた一族は否定派。八氏族評議会は文字通り二分しているのだ。


 確かに生贄は必要ない。ならば壁画はどう説明をつけるのか……。

 考古学者ではないので詳しい事は言えないが、ケシュアの話の続きの壁画はどう見ても最近描いたような物ではなく、一貫してヘタクソな絵は別人が後から描き足したようにも見えなかった。

 恐らくはその壁画が物的証拠となり、巨猪種オーク有翼種ハルピュイア土竜鼠種グラットンの魔王組が反証出来ず、劣勢を強いられているのだろう。


 ここにきて、魔王側を応援することになろうとは思わなかったが、ややこしくなりすぎて考えるのも億劫である……。

 身から出た錆が大きくなりすぎて、過去に戻れるのならやり直したいくらいだ。

 もういっそデメちゃんに出て来てもらって、静かに寝かせてくれとでも皆の前で言わせれば、丸く収まるだろうか?

 そんな現実逃避も、アッシュの声で引き戻される。


「キャロが生贄を望んでいるなら、九条殿は我等に協力してくれるという事でよろしいか?」


「……それが仕事なんでしょう? それともプラチナを背負う俺が、仕事を途中で投げ出すような男に見えますか?」


 俺を知る者がいれば、確実に頷いていただろう場面だが、八氏族評議会の者達はそうは思わないだろう。

 アッシュ、クラリス、ネヴィアは安堵の表情を見せ、バモス、セシリア、リックは顔を強張らせる。

 俺の気持ち的には魔王組に肩入れしたいのだが、それを口に出来ない所為で印象は最悪。なんともままならないものである。

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