第468話 ホラ吹きザジ

 あの日の事を思い出していると、ケシュアは俺の手から黒き厄災の鱗を掠め取り、息を吹きかけ灰を飛ばす。


「ひとまずこれが偽物じゃないことは証明されたわけだけど、グランスロードはどういった経緯でこれを手に入れたの?」


「詳しい事はわかりません。獣人達の御先祖様は黒き竜によって守られていたと考えられています。その友好の証として与えられたのが、その鱗であると伝えられていてグランスロード王家が代々継承しているのです。ただ、それが本当に黒き厄災のものであるのかは不明としか……」


 申し訳なさそうに話すエドワード。ケシュアにはもう少しガツンと言ってやればいいのに、下手に出ているのは仕事を依頼する立場である為か、それともケシュアを高く買っているのか……。

 そのケシュアが口を開いたかと思えば、一瞬言葉に詰まる様子を見せる。

 その差異は僅かであり、気付けたのは注視していた俺くらいのものだろう。


「……そう。なら、私からの質問はおしまい。後はそっちの調査報告を精査させてもらえばいいわ。九条は何かある?」


 ケシュアが何を言いかけたのかが気にはなったが、個人的には平和的に話し合いが終わればそれでいい。


「ん? あぁ、そうだなぁ……」


 顎に手を当て考え込むフリをする。正直聞きたいことなぞ、そう多くはない。

 そもそも再封印なぞしなくとも、黒き厄災が暴走するようなことはないと断言できるのだ。しかし問題は、どう辻褄を合わせ何処に着地させるか……。

 ケシュアが調査を経て封印方法を解明すれば万事解決ではあるのだが、それが出来るかどうか……。

 エドワードの言う『天空への階段』内部に残されているであろう情報とケシュアの力量次第だが、恐らくは無理だろう。


「黒き厄災の無力化について詳しく聞かせてください」


「と、言いますと?」


「いえ、可能性の話です。例えば……」


「例えば?」


「殺してしまっても良いのか――と……」


 聞かれるとは予想していたはずだ。しかし、エドワードが一瞬とは言え顔を歪めてしまったのは、何か思うところがあるからなのだろう。

 黒き厄災が襲って来れば迎撃は必至。だがその勝敗は未知数だ。だからこそ、彼等は再封印という現実的な手段を選んだ。

 しかし、それが上手くいかなかった場合、選択権は俺に委ねられる。

 無力化と言えば聞こえはいいが、可能性として考えられるのは3つのパターン。

 交渉にて和睦を結ぶか、従魔化するか、殺してしまうか……。

 従魔化は後々が面倒なので却下だ。それを連れて帰ることなぞ許されるはずがない。だからと言って、メナブレアに移り住めと言われるのもお断り。

 交渉も同様である。正直、黒き厄災の鱗なんかでコミュニケーションが取れるようになるとは思えない。

 そのおかげで交渉が上手くいったと広まれば、それを使って話し合いをと獣人達が歩み寄りを見せるかもしれない。それだけの力を利用しない手はないだろう。

 そうなれば鱗に何の効果もない事がバレてしまい、最終的に糾弾されるのは俺である。

 となると、残る選択肢は1つだけ。殺してしまったと報告することだ。……だが、神として崇めていたものを殺してしまってもいいものなのだろうか?


「難しい問題です……。八氏族評議会でもその答えは出ませんでした。その結果、封印方法を探し出すという名目での調査隊結成という結論になり、今回の依頼に繋がったのです」


 まぁ、薄々は感付いていた。倒せるなら調査なぞせず、自国軍を集めて討伐すればいいのだ。

 その勝敗はひとまず置いておくとしても、自国に脅威が眠っているのは周知の事実。もしもの為の対策はある程度整っていなければおかしい。

 それだけの軍事力を有するからこそ、スタッグは同盟国として名乗りを上げたのだろう。


「1つ確認させて下さい。襲われれば迎撃しても構わないんですよね? まさか無抵抗で死ねなんてことは――」


「滅相もない! ……ただ、次の評議会が開かれるまで待っていただければと……。襲われた時点で撤退を最優先に検討を……」


 襲われたから殺しました――という正当防衛を主張するのが一番手っ取り早い方法だったのだが、どうやら考え直さねばならない様子。

 さっさと帰ってミアの誕生日を祝うつもりが、とんだ足止めである。


 俺から出たのは大きな溜息。自業自得なのだが、面倒な事になってしまったとソファに背中を預けると、何やら外の様子が騒がしいことに気が付いた。

 金属同士の擦れる音を響かせながら近づく物音。その間隔故に慌て勇んでいるだろう事が手に取るようだが、暫くするとそれは俺達のいる部屋の前でピタリ止まり、それと同時に部屋の扉が開け放たれた。


「エドワード様! ついに黒き厄災の封印を解いた首謀者を捕らえました!」


「「なんだとッ!?」」


 部屋に入って来たのは1人の衛兵。

 まさかの報告に、俺とエドワードは全く同じ反応を見せ立ち上がる。

 そんなエドワードから、不思議そうな表情を向けられるのも無理もない。

 その心の内を口に出したのはケシュア。変人でも見るかのような目で、ミアと共に俺を見上げていた。


「いや、なんでアンタがそんなに驚いてんのよ……」


 ごもっともであると同時に、何故反応してしまったのかと今更ながらに自責の念に駆られる。


「あっ……いや……」


 これが驚かずにいられるか。黒き厄災の封印を解いたのは他でもない俺である。それを捕らえたとはどういうことかと……。

 厳密に封印を解いたのは108番だが、常識的に考えてそれを捕らえることは不可能だ。

 恐らくは誰かが冤罪で捕らえられてしまったのだろうが、だからと言ってそれを説明する訳にもいかず……。


「……も……もしかしたら、そいつから封印の方法を聞き出せるかもしれないだろ?」


 不自然に見えないよう誤魔化したおかげで、ひとまず俺に向けられた意識は部屋に入って来た衛兵の男に戻った様子。

 事情を聞くと、地下牢で身柄を確保しているようなのでこのまま聞き込みに行くことに。


「ミアは、従魔達とここで待っててくれ」


「なんで?」


「地下はもっと寒いぞ?」


 俺が視線を向けた先には大きな窓。外がぼやけて見えるのは温度差の所為で、窓が結露している為だ。吹き付けられた雪が窓にはびっしりと敷き詰められている。

 その様子と俺の顔を見比べては悩む素振りを見せたミアであったが、結局は大人しく頷いてくれた。


「早く帰って来てね?」


「ああ」


 ミアがそれを内心不満に思っていることは、十分理解している。だが、地下牢なんかに連れて行けるわけがない。

 そこにいるのは罪を犯した囚人達。そこで何が行われているのかは、想像に難くない。子供に見せるには少々刺激が強すぎる。


 報告に来た衛兵を先頭に、地下牢へと続く階段を降りていく。

 1段降りていくごとに冷え込んでいく気がするのは、気のせいではないだろう。温かい部屋にいた所為で、余計にそう感じてしまう。

 鉄格子の扉を潜り案内された独房には、1人の獣人が手を縛られ床に腰を下ろしていた。


「コイツです。名前はザジ。街の酒場で黒き厄災の封印を解いたのは俺だと吹聴して回っていたのをひっ捕らえました」


 真っ先に頭に浮かんだ言葉は、誰だよ……だ。

 そこにいたのは土竜鼠種グラットンと呼ばれる種族の獣人。茶色い毛に覆われた二足歩行の鼠。成人でも背は低く、ミアとほぼ同程度。

 顔を上げ鼻をヒクヒクとさせる姿は、見た目も姿もまごうことなき鼠である。


「……アホくさ……」


 隣のケシュアから聞こえてしまった小さな独り言に、内心激しく同意する。

 状況から見るに、どう考えても酔っ払いの戯言である。


「なんだか人クセェと思ったら、人族の王子様じゃありませんか。ここは獣人の国ですよ? 帰る場所を間違えちゃいませんか? チチチッ……」


 ザジはエドワードを睨みつけると、控えめながらも小馬鹿にしたような笑みを溢す。土竜鼠グラットン特有の笑い声は不快にしか聞こえない。

 とは言え流石のエドワードも、そんなことくらいでは顔色1つ変えやしない。


「お前が、黒き厄災の封印を解いたというのは本当か?」


「あぁ、そうだよ! 黒き厄災の復活こそ我が一族の悲願! ついに人族の歴史に終止符が打たれるのだ!! チチチチッ」


 どうやら口だけは一丁前のようである。ケシュアは既に聞く気もなさそうな仏頂面。

 クッソ寒い中、足を伸ばして来てみればコレである。さぞ期待外れであったことだろう。


「何偉そうに見下してるんだ人間! ……あぁ、お前か。黒き厄災の封印に来たっていうプラチナは……。残念だが諦めな! 封印方法は教えてやらねぇよ!」


 俺と目を合わせたかと思えば胸のプレートを鼻で笑い、ベラベラと勝手に喋るザジ。

 そもそも最初から封印方法なぞ知らないくせに、良く口が回るものだ。


「それを知っているのかッ!?」


 その言葉に反応を示したのはエドワード。こんな胡散臭い鼠を信用するつもりなのだろうか?

 確かに本当に知っていれば、喉から手が出るほど欲しい情報ではあるが……。


「あぁ。知ってるぜ? 毒を使う時は解毒剤も用意しておくもんだ」


 ザジが尤もらしいことを言うと、笑いが込み上げて来てしまう。

 しかし、それを口には出来ないもどかしさ……。

 コイツは一体何がしたいのか……。嘘をつき牢に入れられて、何かメリットがあるのだろうか?


「九条、もう行こう。話をするだけ無駄だわ……」


「いや、ちょっと待て」


 大きな溜息をつき呆れるケシュアに腕を掴まれた瞬間、俺の脳裏に1つの策が浮かんだ。

 コイツの言っている嘘に乗っかれば、丸く収まるのではないかと。

 黒き厄災の封印を解いたという事実をコイツに擦り付ければ、何が起ころうと全責任はザジが持ってくれる……。

 我が一族の悲願とまで言ったのだ。それを望んでいたことは明白。ザジは英雄にでもなりたかったのだろう。

 正直、人としてどうなのかとも思うのだが、win-winなら問題はない。


「……どうすれば……。どうすればお前は、俺達に封印の方法を教えてくれる?」


「えッ!? ちょっと九条、あんたマジで言ってんの?」


 困惑の表情を向けるケシュアであったが、俺は至って大真面目。全力を持ってザジに責任を押し付ける構えだ。

 コイツは封印方法を知らない。……知らないが、コイツから聞き出したという体で封印すれば、万事解決となるのである!

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