第467話 エドワードと黒龍の鱗
「あれが、メナブレア城で御座います」
相変わらずの降雪により視界は悪いが、ローゼスが指を差すその先にうっすらと見えてきたのは立派な建物。
高さがない代わりに横に連なるよう造られているのは、お城というより宮殿といった佇まい。
屋根の上に積もった雪の落下が原因で死者も出ると言うくらいだ。それを警戒しての構造なのだろう。
「ケシュアさんに九条さん。遠路はるばるようこそメナブレアへ。街の様子はいかがでしたか? 人間には堪える寒さでしょう?」
お前だって人間だろう――というツッコミは置いておいて、俺達を律儀にも出迎えてくれたのは、スタッグでは第3王子としての地位を持つエドワード。今回の仕事の依頼主でもある。
年の頃は18前後。絵に描いたような好青年で、王族だと言うのに腰が低いのは好印象だが良く言えば用心深く、悪く言えば消極的な印象。
それもそのはず、グランスロード王国は女性の権利が強い国。王を務めているのも代々女性なのだそう。
エドワードは、女王の娘である王女ヴィオレと結婚し、この国へと嫁いだ。この世界では良くある政略結婚である。
そのおかげで2か国の同盟はより強固なものとなり、スタッグはグランスロードの軍事力と労働力を、グランスロードはスタッグからの安定した物資の供給が約束されている。
エドワードから差し出された手を取り握手を交わすと、別室へと案内される。
そこは舞踏会でも開けるんじゃないかと思うほどの大きな部屋。その大きさに比例するかのような暖炉にはしっかりと火が入り、部屋全体が暖まっていて快適だ。
何故かそわそわと落ち着かない様子を見せていたローゼスの視線の先にはカイエン。
粗相をしないかと憂慮しているのだろうと思いきや、カイエンが部屋に入っていくのを見てローゼスはホッと安堵していた。
それはカイエンを疑っていた訳ではなく、部屋に入れるかが不安だったのだろう。恐らくはカイエンの通れる出入口のサイズを考え、この部屋を用意してくれたのだ。
手間をかけ申し訳ないと思う反面、その気配りには頭が下がる思いである。
「こちらにどうぞ」
エドワードに促されるがままに腰掛けたソファは、暖炉から一番近い場所。
着席と同時に獣人の使用人から温かい飲み物が振舞われ、ミアとケシュアは遠慮なく口を付けた。
「九条さんの活躍はリリーから聞いています。とても良い働きをしたとか……」
「それほどでもありません。それよりも活躍というのは具体的に何の事でしょう?」
まさか聞き返されるとは思っていなかったのだろう。意外そうな表情を浮かべたエドワードであったが、それもほんの一瞬だ。
「えッ? そうですね……。例えば
「なるほど。他には?」
更なる追撃に頭を悩ませるエドワードであったが、別に意地悪をしている訳ではない。
「他……ですと、魔法学院の為に試験会場の提供をしてくださった事ですとか、行方不明であったレストール家の御息女を探し出した――などでしょうか」
「それが全てですか?」
「いえ、後はお姉様の事もありますが、ここではちょっと……。あぁ、気を悪くしないでいただきたい。リリーからの手紙でしか九条さんの人物像を拝見出来ないもので……」
カガリからの反応はない。ならば、嘘ではないのだろう。
むしろ、気を悪くするような事を言っているのはこちらである。そこはしっかりと謝罪し、頭を下げておく。
「いえいえ、こちらこそ少し神経質がすぎました。無礼をお許しください。エドワード様」
流石はリリーだ。親密な兄妹とは言え、俺に関しては支障のない範囲でのやり取りを心掛けている様子。何処かのハイエルフとは大違いである。
エドワードの事はネストから聞いている。正直第2王女の印象が強すぎて信じられなかったが、リリーには優しい兄らしい。
ノースウェッジ領での獣人差別問題に尽力してきた人物でもあるエドワードは、幼いながらもグランスロードとの同盟を強化してこそ国益に繋がると声を上げ、それを実現するべく自らが婿入りすることで証明しようという気概の持ち主。
見方を変えれば、王族として人質になる事をも厭わないだけの信念を持っていると言っても過言ではないだろう。
リリー同様王座に興味がないのは、グリンダという反面教師が優秀過ぎるからなのかもしれない。
「では早速ですが、今回の依頼について説明させていただきます」
エドワードがパンパンと手を叩くと、部屋に入って来たのは獣人の使用人。
持って来たトレイに載せられた物をエドワードの前に置くと、恭しく頭を下げ部屋を出て行く。
そのうちの1つ。ポスターのようにグルグル巻きにされた羊皮紙を手に取ったエドワードは、それを紐解きテーブルへと広げて見せた。
「これは、グランスロードに伝わる最古の地図。九条さんとケシュアさんには、ここを目指していただきます」
エドワードが指差した場所はメナブレアより北東の地。そこに描かれていたのは白い煙突のような何か。
「ここが黒き厄災と言われる古代種封印の地。『天空への階段』と呼ばれる塔です。調査にはケシュアさんを軸に、九条さんがそれをサポートするという形でお願いしたいのですが……」
予想通りの無難な作戦。古代の知識に関しては、ケシュアに一日之長がある。
俺の仕事は
「私はそれでもかまわないけど、依頼の達成条件は?」
調査と言っても明確なゴールは必要だ。バニーガールの恰好が板について来たと言うべきか、ケシュアは恥ずかしがる素振りを見せず、またエドワードもそれを指摘したりはしない。
恐らくはローゼス経由で知らされていたからなのだろうが、それでも俺だったら真っ先にツッコんでいただろう。
「黒き厄災の封印方法の解明。もしくは、その永続的な無力化――というのはどうでしょう?」
「封印方法を知るだけでいいの?」
「もちろん封印実行まで手を貸していただけるなら、こちらとしてもありがたい限り。別途報酬もご用意しましょう。ですが、大規模な儀式が必要であれば人手も集めなければなりませんし、準備期間も掛かってしまう。なので、今のところはそこまでお手を煩わせようとは考えておりません」
腕を組みながらも眉間にシワを寄せるケシュア。
調査はケシュアの領分だ。俺は口を出さずに黙って聞いているだけである。
「そっちの調査がどれだけ進んでいるのかわからないんだけど、その内容は開示してもらえるのかしら?」
「勿論です。塔内部の情報や、恐らくは封印に繋がるであろう壁画などの写しは保管してありますので、後程ご覧に入れます」
「調査に掛けられる期間は?」
「2回を予定しています。1回目は2週間以内に。そして1度帰還していただき、再度調査に赴いて貰おうかと」
「何故2回に分ける必要が?」
「2週間後に八氏族評議会の会合が開かれます。そこで調査の進捗を報告していただきたいのです」
八氏族評議会。それはこの国の最高執行機関。様々な問題を定義し、8つの種族の代表が議論を交わし決議する場。
極めて重要な問題を取り扱うことが主であり、そこで議決された原案は女王の採択と同等の効力があるとされている。
「2週間か……。正直少し短いわね……。九条はどう?」
俺に振るなと言いたいところだが、そういう訳にもいかない。
ひとまずはそれっぽい事を言っておこう。
「調査自体はケシュアに一任する。俺に求められているのは
ケシュアから投げつけられた会話のボールを華麗にスルーし、即エドワードへと転嫁する。
「はい。調査中の護衛も兼ねていると考えて下さって結構です。何時黒き厄災に襲われるとも限らない。可能ならば、
「黒き厄災と交渉が出来る――と?」
「恐らくですが遥か昔、黒き厄災は神として崇められていたと言い伝えられています。その名残がこちらに……」
そう言ってエドワードは、使用人が持って来ていた薄汚れた木箱を手前に引き寄せた。
厳重に縛られているそれを丁寧に紐解くと、その蓋を開け皆に見えるよう傾ける。
木箱の中にはふかふかの綿が敷き詰められ、そこには幾つかに割れた黒い団扇のようなものが置かれていた。
「これは?」
「これは古くから王家に伝わる物。黒き厄災の鱗だと言われています。これを身につけていればあるいは……」
それに興味を示したのはケシュア。
「触ってみても?」
「勿論です」
ケシュアは身を乗り出すと、割れた鱗の欠片を手に取り、舐めるように視線を走らせた。
一見すると漆黒だが、暖炉の光を透過させるとアメジストのような紫色の輝きを放つその様子は、鱗というより薄羽のよう。
「きれい……」
俺の隣で発せられた、呆けた声はミアのもの。
ケシュアの手元に気を取られている間に、何時の間にかミアもその欠片を手にしていたようで、暖炉に向けて傾けては恍惚な表情を浮かべていた。
「ああぁぁぁぁ!?」
その時だ。部屋に響き渡る突然の叫び声に視線を戻すと、頭を抱えたエドワードが顔面蒼白で暖炉を凝視。
何事かとケシュアに説明を求めようとしたところ、その手にはあるべきものがなかったのだ。
「大丈夫。ドラゴンの鱗は総じて耐性に優れているから、火にくべた位じゃどうにもならないわ」
全然大丈夫ではない。俺の見ていない内に、ケシュアは黒き厄災の鱗を暖炉へと投げ入れたのだ。そりゃエドワードも慌てるに決まっている。
恐らくは真贋を確かめる為だろうが、他にやり方はなかったのか……。
「偽物なら騙されてただけだし、目が覚めたと思えばむしろ良かったと思わない?」
ケシュアの言う事にも一理あるが、知らなかった方が幸せだということもある。
優雅に歩き出したケシュアは、燃え盛る暖炉に火バサミを突っ込み、黒き厄災の鱗をつまみ出す。
灰に塗れたそれは、紅く燻る様子を見せていたが、ケシュアはそれを冷まそうともせず自分の手のひらに置いて見せた。
「ほらね。熱くない」
既に元の色へと戻っていたそれを差し出され、恐る恐る受け取るも、確かにほんのり温かい程度。
「ドラゴンの素材は常に一定の温度を保ち続ける性質があるの。熱を加えてもすぐ冷めちゃうし、逆に冷気を当て続けても凍ったりはしない。だからドラゴンは人間の手の届かない火山とか雪山でも暮らしていけるってわけ。ってゆーか、九条には教えてあげたでしょ?」
「は? 何時の話だ?」
「嘘でしょ!? 忘れちゃったの?
「あー、そんなこともあったなぁ……」
随分と前の事であまり覚えてはいないが、確かに言っていた気がする。
あの時は現実味がなかったというか、あまりにも凄まじい勢いで素材を競り落としていくネストとバイスに圧倒され、意識がそっちに奪われていたのだ。
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