第460話 飴と鞭

 ケシュアを強く睨みつけると、その思いが伝わったのか慌てたように意見を変える。


「いや、ちょっと待って! 逆よ逆。私は獣人族の方に共感してるの! 勘違いしないで!」


 ひとまずはそれでいい。空気を読めないのは仕方ないにしても、たとえそれが嘘であろうと機嫌は取っておくべきである。

 人間関係を円滑にするうえでも、社交辞令は有効だ。本音だけで生きて行ける人間なぞ、そうはいない。


「嘘ではないようですね」


「はぁ?」


 まさかのカガリの一言に、つい声が出てしまった。

 カガリが信用できないわけじゃないが、それは疑ってしまうくらいにはあり得ないこと。

 何処からどう見てもケシュアはエルフ。種族至上主義であるエルフが、他種族に共感するなんて思いも寄らなかったのだ。


「わかった。お前本当はエルフじゃないな?」


「この美麗な青い瞳、太陽のようなブロンドの髪、そしてこのシャープで長い耳がエルフに見えないって? 目ぇ腐ってんじゃないの?」


 もちろん冗談なのだが、返ってきた言葉は辛辣そのもの。

 奴隷人生をスタートしたばかりのケシュアには、まだまだ教育……いや、調教が必要なようだ。


「あぁ? この長い耳がどうしたって?」


 俺の視線はケシュアの頭上。同時に伸ばした手は、ケシュアにペシっと払いのけられる。


「そっちじゃない! こっちはアンタが勝手に付けたんでしょうがッ!」


 唸るように睨みつけるケシュアの顔は真っ赤。それが憤りから来るものなのか、ただ恥ずかしいだけなのかはわからない。

 そんなケシュアに、深く頷いて見せたのはローゼスだ。興味深そうにしながらも、合点がいったとばかりに手を叩く。


「なるほど。人様の趣味には口を出さないようにと黙っておりましたが、それは九条様の趣味でしたか……。てっきりケシュア様の私服なのかと……」


「こんなの好きで着るわけないでしょッ!」


 怒りを振り撒くケシュアに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺。


「ローゼスさん。これは獣人族に対する敬意。所謂リスペクトなんですよ」


「おお、なるほど。流石は九条様。エルフに戦兎族ボーパルバニーの恰好をさせるとは……」


 そう。ケシュアは今、バニーガールの衣装を身に纏っているのだ。

 問題は獣人達を侮辱していると捉えられないか――ということだが、ローゼスの反応を見る限りは大丈夫そう。

 ケシュアをぎゃふんと言わせるには、どうすればいいかと考えた結果がコレである。決して趣味ではない。……決して。


 ケシュアへの罰は、色々と考えたのだ。デコピンやシッペなどの痛い系。腕立てや腹筋などの筋トレ系。変顔、パシリ、モノマネ、くすぐりなどなど……。

 そのどれもがパッとせず、行き着いたのが辱めだ。とは言え、奴隷の衣食住確保は、主人の務め。裸で過ごせとは言えない。

 そこで頭に浮かんだのが、バニーガールなのである。獣人の国に行くのだ。丁度良かろう。


 思い立ったが吉日ということで、出発までの数日の内に仕立ててもらった特注衣装。

 何の為にあるのかわからない純白のカフス。歩きにくそうなハイヒールから伸びる足は薄手のタイツに包まれていて、エルフの白い肌に映える黒いバニースーツは、丸い尻尾がチャーミング。

 胸元が少し寂しい気もするが、その隙間には夢が詰まっていると言っても過言ではないだろう。

 そして、それを象徴するかのように聳え立つ2本の耳は、片方が折れ曲がっていて完璧だ。


「変態ッ!」


 好きなだけ吠えるがいい。今までロリコンだなんだと言われ続けてきたのだ。最早、恥も外聞もない。精神的ダメージは0である。


「なんと申しましょうか……。中々に業が……いや、奥が深い……」


「ローゼスさん? 今なんと?」


「いえ……。それよりも九条様。その格好で我々の土地に赴くのは、少々自殺行為かと……」


 確かにローゼスの言う通り。

 改めてケシュアの恰好を見ると、いやらしいという感想以前に寒そうだ。

 とは言え、これでも妥協した方である。マイクロビキニよりはマシだろう。


「身体を温める魔法とかでなんとかしろ」


「そんなのあるわけないでしょ! 私は樹術師ドルイドなの! ただでさえ北国は樹木が少ないのに……」


「そうか……困ったなぁ……」


 正直俺は全く困っていないが、北国の寒さを舐めている訳じゃない。

 むしろケシュアを率先して困らせているだけである。


「服を返してくれればいいじゃない!」


「それを着替えるなんてとんでもない。それは俺に側仕えする者の制服みたいなもんだから。つーか着替えたら罰にならんだろうが」


「じゃぁ、ミアにも同じ格好をさせなさいよ!」


「は? ミアはギルド担当だぞ? お前と違って奴隷じゃない。2度と間違えんな」


 掴もうとした胸ぐらには何もない。奴隷の証である首輪を着けていないのは、せめてもの慈悲だ。


「はぁ、しゃーない。お前には特別にこれをやろう」


 よっこらせと立ち上がり、網棚の上の荷物から取り出したのはブルーグリズリーの毛皮で作った1着のマント。

 手渡したそれを、ケシュアは意外そうに見つめる。


「これを……私に?」


「そうだ。オーダーメイドの特注だからな。大切にしろよ」


 なんて恩着せがましく言ってはいるが、余っている予備の1着だ。ある意味丁度良かった。


「いくらしたのよ、これ……。冒険者がこんな高級品着るなんて聞いたことないんだけど? アンタ、仕事嫌いなくせにカネはあるのね……」


 その手触りを確かめるかのように優しくマントを撫で回しながらも、余計な一言は欠かさないケシュア。

 憎まれ口を叩かないと、気が済まないのか……。


「買ったんじゃない。狩ったんだ。天然物だぞ?」


「仕立屋は? 素材持ち込みでも結構高かったんじゃないの?」


「相場は知らんが、頼んだのは村の防具屋だ」


「へぇ。あんな村に、これだけの仕事する職人がいるなんて……。きっと暇なのね」


 褒めているのか、貶しているのか……。

 ふかふかのマントに頬ずりするケシュアの姿は、当時のミアとそっくり。その様子から見るに、恐らくは前者なのだろう。

 少なくともマントに対する評価は上々。ならば譲った甲斐もあるというもの。


「後で返せって言われても、返さないわよ?」


「ああ、構わん。俺とミアにはちゃんとある」


 ケシュアには珍しく笑顔を見せると、俺の肩をバシッと叩く。


「よッ! 太っ腹ッ!」


 この調子の良さときたら……。まるで学生時代の友人とでも話しているかのようなノリである。


「なんなんだよ、お前は……」


 嬉しそうなのは結構だが、奴隷としての自覚はないのだろうと、俺は大きな溜息をついた。

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