第94話 終幕
急いで着替え食堂へと降りると規制線が敷かれ、ギルドと食堂は貸し切り状態になっていた。
窓の外には村人達が張り付き、リリーを物珍しそうに覗いている。
ギルドの扉の前にはデカイ馬車。その周りを騎士団が守っているといった状態だ。早朝とは言え、そりゃ目立つ。
さすが王女と言うべきか、こんな村に大層な大名行列で来たもんだと感心するばかりである。
席はいくらでも空いているのに、相変わらずヒルバークだけは立っていた。
そこに俺が着席すると、タイミングよく飲み物が運ばれてくる。
「お……おおお……おまたせ……しししましたぁ……」
すさまじいドモリを発したのはレベッカだ。この食堂でいつも旨い飯を作ってくれる。
どうやら王女だと知り緊張している様子。
トレーに乗っている飲み物がカタカタと揺れていて、倒さないかと不安に駆られる。
全ての飲み物をテーブルに置くと、「ありがとうございます」とリリーに言われ、嬉しかったのかレベッカは幸せそうにカウンターへと下がっていった。
「九条、1つ聞きたい。魔法書は2冊あったのか?」
「いいえ。燃やされるまでは1冊しかありませんでした。曝涼式典で渡したものは新しく作り直した物です」
「作り直した!? いったいどうやって!?」
あまり言いたくはないのだが、曝涼式典でのことを思えば隠していても仕方がないと諦める。
「頭蓋骨から人をよみがえらせることが出来ます。しかし、それは厳密に言うと人ではない。時間制限もあります。アンカース家の皆さんには悪いと思ってますが、バルザックさんの頭蓋骨を見つけてよみがえらせ、魔法書を書かせました。それだけです」
ミアを除く全員が驚愕していた。
それもそのはず、人を生き返らせることが出来るのは神聖術の適性、しかも一握りの人しか使えない魔法の内の1つとされている。
それが、死霊術でも可能だと言うのだ。
しかし
死後時間が経過しておらず、魂の抜けていない死者を完全によみがえらせることの出来る
「じゃぁ、もし今ここでバルザックをよみがえらせてと言えば出来るの?」
「出来るか出来ないかと言われれば出来ます。望まれるならやりましょう。しかし、生を望まぬ者を悪戯によみがえらせることはしたくありません」
皆がネストの顔色を窺う。バルザックに会えるのならば、直接礼を言いたいと思っているのだろう。
その判断はアンカース家であるネストに一任しているようだ。
俺からは言い出さなかったが、人目に付かぬ所であれば会わせてもいいとは思っていた。
急なお願いにもかかわらず、魔法書を書きあげてくれたバルザックへの礼にもなると考えていたからだ。
暫く思案していたネストだったが、結局は首を横に振った。
「……止めておくわ。今回はその為に来たわけじゃないもの。九条、もしこれから先バルザックと話す機会があったら、アンカースの末裔が感謝していたと伝えておいてもらえるかしら?」
「ええ。わかりました」
ネストとの話が一段落すると、リリーが取り出したのは派閥の証。
蒼く透き通るサファイアの指輪だ。
「手を出して下さい。九条」
そうはいかない。何の為に返したと思っているんだ。
派閥に入っていても勧誘はやって来る。その予防にと派閥に属してはいたが、もう王都に足を向ける事もないだろうし、俺には無用の長物だ。
頑なに手を出さず、無視を決め込んでいた。
そのうち諦めてくれるだろうと思っていたのだ。……だが、それがいけなかった。
そろそろ諦めたかと視線を向けると、リリーは悲しそうな表情で潤んだ瞳を向けていたのだ。
1粒の涙が派閥の証に零れ落ちる。
さすがに焦りを隠せなかった。まさかこれしきの事で泣かれるとは思っても見なかったからである。
辺りは既に敵だらけ。仏頂面で俺を睨む皆の気持ちは1つであった。
王女を泣かせた責任を取れ。……皆の顔は暗にそう言っていたのだ。
王女の涙に勝てる奴なんかいないだろ! 十分すぎるほどのチートである。
盛大な溜息の後、全面的に降伏した俺は、仕方なく手を差し出した。
それを見てリリーは笑顔になると、嬉しそうに指輪をはめてくれたのだ。
「……これからもよろしくお願いしますね。九条!」
「ははは……」
ほんの少しの後悔。少々引きつった笑顔からは、乾いた笑いしか出てこなかった。
「じゃぁ、次は私ね。九条にプレゼントがあるの」
ネストがそう言うと、1本の棒のような物を取り出した。
それは少し細めだが、卒業証書が入っているであろう筒状の入れ物だ。
差し出されたそれを受け取り、中を確認する。
ポンッという聞き覚えのある音と共に出て来たのは、巻物とまではいかないが、グルグル巻きにされた1枚の紙。
細かい文字で埋め尽くされたそれは、何かの利用規約と見紛うほど。
確実に読んでる奴はいないだろうと思わせる、小さな文字達の大洪水だ。
「これは?」
「それは権利書。あの炭鉱とダンジョンのね」
「……は?」
突然の事で意味が分からなかった。からかっているのかと思ったのだ。
「ブラバ家は没落したわ。自分の部下が王女を手にかけようとした。それに私達にしていた嫌がらせなんかも認めたの。それで、ブラバ家の領地を国が一時的に預かり、私達アンカース家は魔法書の返還と共に新たな爵位と領地を賜った。その領地がこの辺りなの。コット村はアンカース領の仲間入りをしたってわけ」
「……はあ……」
「今現在持ち主の登録されていないダンジョンと炭鉱を九条名義で登録したの。その権利書がそれ。これで名実共にあのダンジョンはあなたの物だわ。何故あのダンジョンに固執するのか分からないけど、自分の物にしちゃえば侵入者が来ても大手を振って追い払えるでしょ?」
あまりにも突然で、あり得ない話。規模がデカすぎて頭に入ってこなかった。
要は土地をくれると言いたいのだろうが、そんな奇特な人がいるとは思えなかったのだ。
「あのダンジョンが俺の物? そんな訳ないでしょ……」
「嘘を言ってどうするのよ。私の事が信じられない?」
「はい」
「……正直ちょっと傷ついたわ……。でもそれを言うならお互い様じゃない? 私達から見れば、お金に興味がなかったり、死人を生き返らせる方が信じられないんだけど?」
「九条。私が保証します」
リリーが嘘を言っているようには見えない。王女という立場上信じることはできるのだが、俺は何も求めてはいないのだ。
ただブラバ家が没落し、アンカース家が復興する。それだけの事だと思っていた。
乗り掛かった船だからと手伝っただけ。それがこんな形で返ってくるとは思わなかったのである。
「本当にいいんですか?」
「もちろんよ。それでもまだ足りないかしら?」
「いえ! 十分です……。……ありがとう……ございます……」
素直に嬉しかった。感極まりながらも必死にそれを堪え、不器用に感謝の言葉を口にした。
それ以外に、言葉が出なかったのだ。
「あ、そうそう。1つ忘れていたわ。杖に入っていた手紙。これも預けるわね? バルザックの思いはちゃんと届いているわよ?」
ネストは、1枚の丸まった小さな紙きれを差し出した。それはバルザックが妻に宛てた手紙。
『親愛なる我が妻よ。こんな生き方しか出来ない私を許してほしい。私に貴族は似合わない。泥臭い冒険者こそが私なのだ』
ネストは人差し指をクルリと回転させる。
その意味を理解し裏をめくると、表面のガサツなものとは違う綺麗な筆跡で一言。
『あなたと一緒になったことを後悔したことは一度もありませんよ』と。
「その手紙をバルザックに渡してあげて。きっと喜ぶわ」
「ええ。わかりました」
リリーがパンパンと手を叩き、スッとその場に立ち上がる。
「丁度よい時間ですね。私達はそろそろお暇しましょう。ギルドも開けないといけませんしね」
「またな、九条」
皆が馬車へと乗り込み、ヒルバークが軍馬へ跨ると先頭へと踊り出る。
リリーが名残惜しそうにカガリをモフモフした後、さわやかな笑顔を俺へと向けた。
「九条、またいつでもスタッグへいらして下さい。その時は歓迎しますから」
その返事も聞かずに、馬車へと乗り込んだリリー。
「全体進めぇぇ!」
ヒルバークの号令で馬車はゆっくりと走り出す。
村の門まで同行すると、そこで俺とミアは皆を見送ったのだ。
轍を残し、小さくなっていく馬車。カツカツとリズミカルな音色を響かせる蹄の音も、次第に耳から遠ざかる。
「――良かったですね。ちゃんとメッセージは届いていたみたいですよ?」
それは独り言ではない。バルザックは俺の隣にいたのである。
その姿が見えるのも、その声を聞くことができるのも、俺だけなのだ。
堪えていた涙が止めどなく溢れ、バルザックは歯を食いしばりながらも慟哭していた。
「おにーちゃん、誰とお話ししてるの?」
ミアが俺の顔を不思議そうに見上げる。
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
それを誤魔化すようにミアの頭を撫でた。
「さて、腹減ったな。飯にするか?」
「うん!」
俺が手を差し出すと、ミアは当然のことのようにその手を取り、カガリと共にギルドへと歩き出したのである。
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