第28話 死霊術
「なんだこれは……」
「ここにある物は、ダンジョンに挑み死んでいった者達の遺品です」
無造作に置かれている装備の山。
片付けるのが面倒だからひとまず押し込んだ……といった雑加減だが、中には素人目に見ても、高級そうな装備品がいくつもあった。
しかし、部屋の中なのにまるでサウナのような熱風が吹いている。
「なんでこんなに暑いんだ。風があると言うことは、ここは外と繋がっているのか?」
「いえ、違います」
108番は遺品の上をふわふわと飛びながら進むと、その原因を指さした。
「あぁ、ありました。ここに炎の魔剣が。あっちには風の魔剣があって鞘に納まってないので常に魔力を出してるんです。申し訳ないですけど仕舞ってもらっていいですか? 私は触れなくて……」
炎の魔剣と言われた物は、刀身が赤く染まっていた。刃に炎を宿したそれは、魔剣と言われるだけあって作りは豪華。
それに折り重なっているのは恐らく魔剣の鞘である。
燃え盛る刀身が触れているのにもかかわらず、全く焦げていないどころか熱を帯びてさえもいない。
それを拾い上げ鞘へと仕舞う。見た目ほど重くはないが、熱気の所為で使おうという気にはなれない。
剣に対する適性があればコントロールできるのだろうか?
同じように風の魔剣も鞘に納めると、荒れ狂う熱風は鳴りを潜め、サウナだった部屋は平常を取り戻した。
「マスター。ここに死霊術の魔法書がありますよ。あと、あっちと……あっちにもあります」
掃除したほうがいいんじゃないかと思いつつ、そのあたりを探っていると、深緑色の装丁をした辞典のような分厚い書物が落ちていた。
「というか、これは勝手に使っていいのか?」
「いいんじゃないでしょうか? ここにあると言うことは、持ち主は全員死んでますし、このダンジョンはすでにマスターの所有物ですので……」
全部売ったらいくらになるんだろうか……。
もう何もしなくても生きていけそうだとも思うが、そういう訳にもいかないだろう。
持ち主がいなければ俺の物……と、割り切って考えられればどれだけ楽か。
元坊主ということもあり、知らない人とは言え仏様になった者達の遺品を売り捌くなど言語道断。
せめて借りるくらいが関の山だ。
「108番はこれらを誰が所有していたか覚えているのか?」
「一応覚えていますよ。といっても名前は知りませんけど。マスターが今手にしている死霊術の魔法書は300年前に侵入してきた者達が持っていた物です」
「300年も前の魔法書がよく劣化せずに残っているな……」
「この部屋とダンジョンハート。それと玉座の間は、物が劣化しないよう魔法で維持されてますから。埃っぽくないでしょう?」
確かに探索してきた上層と違って、壁や床に汚れなどは見当たらない。
「マスターほどの適性なら、魔法書を読むだけで理解できると思いますけど……。どうでしょうか?」
言われて魔法書を開く。
そこには長ったらしい小さな文字列と魔法陣のような模様がびっしりと描かれていたのだが、不思議なことにその内容がすらすらと頭に入ってくるのだ。
膨大な量の知識の波が脳の中を駆け巡る感覚は、ガブリエルに言語スキルを貰った時と似ていた。
魔法書の内容を理解できるのが面白くて面白くて。それをめくる手が止まらない。
魔法。元の世界にはなかった技術。
空気中の魔法元素を体内に取り込み、自分の潜在魔力と混ぜ合わせることにより発現する現象。
死霊術は生と死を司る技術。その力は魂さえも自在に操る。
この魔法書に書かれている内容は、ソフィアに教えてもらった死霊術とは全くの別物。
「その様子ですと、理解出来ているみたいですね。よかったです」
嬉しそうな108番。しかし、それは俺の耳には入っていなかった。それほど集中していたのだ。
その全てを読み終えると、急かすように次を求める。
「次はこっちですね。2000年前の魔法書です」
先程の魔法書とは違い明らかに異質。
黒を基調とする装丁で金の縁取りが高級感を匂わせるも、真紅の意匠が血文字のようにも見えて、畏怖の念を起こさせる。
黒い煙のようなものが、本の隙間から漏れ出では消えていく。
固唾を呑みつつ眼光紙背に徹する。その内容は魂の操作に関するものが大半であったが、問題なのはその後半部分。
後ろの項目にいけばいくほど、冒涜的な魔法のオンパレード。
半径1キロ圏内の生きた生物を全てアンデッドに変える魔法とか、こんなの使ったら怒られちゃうよ! というレベルでは済まされない魔法ばかりだ。
最終的に3冊の死霊術の魔法書を読み、理解した。
1冊目は300年前の魔法書で、アンデッドの作成について。
2冊目は700年前の魔法書で、アンデッドの召喚について。
3冊目は2000年前の魔法書で、魂の操作とその応用について書かれていた。
死霊術以外の魔法書もあるとの事なので試しに手に取ってみるも、残念ながらさっぱり理解できなかった。
適性以外の魔法を覚えるのは、かなり難しそうである。
「108番。このダンジョンに挑んだ者達で採掘に関係する適性を持っていた奴はいなかったか?」
「いましたよ。正規の入口から入ってこなかったので、すごい腹が立ったんです。今でも覚えていますとも」
「遺骨が何処にあるかわかるか?」
「わかると言えばわかりますけど、わからないと言えばわからないですね……」
「もっとわかり易く言ってくれ」
「ダンジョンハートの魔力を使わせていただければ、探せますけど……」
なにやらもじもじと歯切れの悪い言い方だ。
「じゃぁ、やってくれ」
「えーっと……権限をいただければ……。私にはもうダンジョン維持に使う程度の権限しかないので、勝手に魔力を使うことは許されないとでも言いましょうか……」
マスターである俺がダンジョンのすべての権限を握っていて、108番は最低限のことしかできないサポートのような存在に成り代わってしまったのだろう。
「わかった。このダンジョンの権限のすべてを108番に付与する。これでどうだ?」
俺の口からそれを言うだけでいいことは知識として知っていた。
それに108番が目を輝かせる。
「えっ、マジですか? 全て!? いいんですか!? やったー! あの魔力が使い放題なんて……」
「で? 早く探してほしいんだが……」
「すいません、失礼しました。ではいきます。【
108番の体が白い光で包まれると、ジッと動かず目を瞑る。集中しているようなので、それが終わるのをジッと待った。
「んー。……あっ、ありました。【
108番が手を掲げた先に赤い魔法陣が出現し、そこから3つの頭蓋骨が湧き出した。
「この3人が生前、採掘の適性を持ってました」
「108番は死霊術も使えるのか?」
「私はレベルの低い基礎魔法ならすべてこなせますよ? えっへん」
「なるほど。器用貧乏ってことか」
「えぇー。そういう言い方はやめてくださいよぉ」
不貞腐れたように口を尖らせる。全てを信用した訳ではないが、少しは打ち解けられたような、そんな気もしていた。
「すまんすまん。……さてそれじゃ、ぶっつけ本番でいきますか」
深呼吸して気を落ち着かせ、2000年前の物だと言う魔法書を手に取ると、地面に置かれた頭蓋骨へと手をかざす。
「【
出現した魔法陣から延びた光の中でふわりと浮かび上がる頭蓋骨。
そこから徐々に骨格が形成されると、やがて3体のスケルトンが出来上がった。
これで第一段階は完了。そこにもう1つの魔法をかける。
「【
新たな魔法陣が出現すると、足から徐々に筋肉を作り、骨格標本だったスケルトンはあっという間に3体のドワーフになった。
種別的にはゾンビと言われるアンデッドであるが、それは腐りかけの死体ではなく、生前の姿を完璧に復元している。
それだけ自分の魔力と死霊術の親和性が高いということ。
頭蓋骨からは生前の記憶を引き出すことが可能だ。だからこそ生前の適性を扱える肉体を作り出すことが出来る。
とは言え、それは魂の入っていない人形だ。ぶっつけ本番とはいえなんとか成功したことに安堵し、口元が緩む。
ごちゃごちゃした遺品達の中からツルハシとスコップを探し出すと、それを3体のドワーフに持たせ、炭鉱の入口を掘るよう命じた。
本来なら死者を弄ぶ行為は許されないが、それは元の世界での話。
もちろんこちらでも禁止されていることは知っているが、緊急時にそんなことは言っていられない。
助けられる生命を見捨てても矜持を全うするのか、それを破ってでも助けるかと言われれば、俺は後者を選択する。故に坊主としては三流なのだろう。
この死霊術を上手く使えば、盗賊程度なら同等以上に戦えるだろうと思うが、念には念をいれて、何か武器を持って行こうと考えた。
いくら死霊術を理解したとは言え、相手の強さは未知数だ。それにカッパープレートは、駆けだし冒険者である。
散らかっている部屋を更に散らかし、手短な所にあったメイスを手に取りると、玉座の間へと移動する。
「【
周囲の頭蓋骨を召喚するだけの魔法だが、人間の物から獣や魔物の物まで入れると300はあるだろうか。
少々多い気もするが、適性を解析しておけばいずれ役に立つかもしれない。
「ちょっとマスター。ここは骨を置いておく場所ではないんですけど?」
困り顔で抗議の声を上げる108番だが、片付けは後でやればいい。
「すまないんだが、これ全部適性調べておいてくれ」
「わかりました」
正直やりたくないと言われると思ったのだが、拍子抜けだ。
「ダンジョンハートにあれだけの魔力があれば、これくらい余裕ですよ」
元々は俺の魔力だろうに……。
自慢げに胸を張る108番はどこか偉そうではあるが、助かることには変わりない。
後は炭鉱の出口が開くのを待つだけだ。
その間、108番の作業を眺めていたのだが、何か奇妙な形の頭蓋骨が俺の気を引き、それに目を奪われた。
それは象牙のような角を持つ頭蓋骨。人魂のあった広間に置かれていた骨である。
この頭蓋骨の主が、あの人魂なのであれば、試してみる価値はありそうだ。と不敵な笑みを浮かべる。
108番に断りを入れ、それを魔法書に収納させていただく。
「【
魔法書に収納しておけるのは、生命を終えた有機物のみ。とは言え肉は腐るので、実質持ち運べるのは骨と魂だけである。
骨は死霊術の触媒として使用する。用途は占いやダウジング。それとスケルトンの召喚であるが、残念ながらそこから呼び出すスケルトンは適性を持たない魔物と何ら変わりなく、多少経験を積んだ冒険者なら油断しなければ勝てる程度の相手である。
保険としてダンジョン内の骨という骨を回収して回りながら、少しでも早く村へと帰る為に、炭鉱の出口を目指し歩き出した。
――カガリのくれたリンゴに噛り付きながら……。
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