第24話 ミアと魔獣
夕陽を背にカガリに跨り、見えてきたのは村の西門。だが、その様子はいつもとは違っていた。門扉が半分ほど閉まっていたのだ。
まだ門限には早い時間。門を閉めようとしていたのは、ソフィアである。
それは村の門番であるカイルの仕事のはずだとミアが物見櫓に視線を移すと、カイルは今まさにこちらを狙い、弓を引き絞っていた。
カイルはレンジャーであり、周囲の魔物を検知する索敵スキルを持っているのだ。その範囲内にカガリを捉え、敵だと認識していたのである。
ミアがそれに気付いた時、既に矢はカイルの手元を放れていた。
それは一瞬であり、カガリに逃げるようにと言う暇さえなかったのだ。
ミアが直撃を覚悟し目を瞑った瞬間、カガリの身体が僅かに揺れると、矢はカガリをすり抜けていった。それはカガリが走りながらも、最小限の動きで矢を躱したからに他ならない。
物見櫓の上では、カイルが次の矢を引き絞っていた。
「やめて! 撃たないでぇ!!」
ミアは手を大きく振り、これ以上ない位の大声を上げた。
それが届いたのだろう。カイルは弓を下げ、物見櫓から身を乗り出し目を見開いていたのだ。
ひとまずは安堵したミア。村の門が近づくと、カガリは少しずつ速度を落とし、何故か座り込んでいるソフィアの前で足を止めた。
ソフィアはミアとブルータスを探しに出ていたのだが、カガリの気迫と威圧感に恐怖し、腰を抜かしてしまっていたのだ。
「支部長! 大変です!」
ミアはカガリから降りて、敵ではないことを説明したものの、ソフィアの耳にはまったく入っていない様子。
ソフィアはカガリをじっと見つめて動かない。それは見つめているのではなく、目を逸らせないのだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
ミアは何度声をかけても返事をしないソフィアに苛立ちを覚え、頬にバチンと平手打ちをした。
その顔を両手で掴み、グイっと自分の方に向けると大きな声で一喝する。
「カガリは味方です! 安心してください!」
顔はミアを向いているのだが、目線は変わらずカガリのまま。
「カガリ。支部長が怯えてるから、少し下がってあげて?」
カガリはミアの意図を理解し少し離れて腰を落とすと、場の緊張感をほぐそうと大きな欠伸をして見せた。
そしてミアは、ソフィアとカガリの間に割って入ったのである。
「ね? 大丈夫でしょ?」
ソフィアも村暮らしはそこそこ長い方だ。少なからず冒険者と山に入ったこともある。
ならばその経験から、獣に背を向けることが死を意味すると知っているはず。
そして今、ミアはカガリに背を向けているのだ。
それは完全に信用したとは言わないまでも、ソフィアの止まった時間を動かすには十分だった。
「え……。い……いったい何が……」
「すげぇな……。魔物というより魔獣クラスだろ……。ミアが使役してるのか?」
物見櫓から降りて来たカイルも、カガリを物珍しそうに観察する。
「いや……えっと……。ここではちょっと……。全部説明するので、とりあえずギルドに……」
様子がおかしいと感じた村人達が何事かと集まって来ていたのだが、皆がカガリを見て近づけないといった雰囲気。
「大丈夫だみんな。気にしないでくれ」
カイルが人払いを試みるも効果は薄く、誰1人帰ろうとする者はいない。野次馬とはそう言うもの。
ひとまずはこのままギルドに行くしかないと、ミアはカガリに跨った。
「ソフィア。立てるか?」
「えっと……。こ……腰が……」
カイルは背中の弓や矢筒が邪魔をして、ソフィアを背負うという選択肢はなく、だからと言ってミアが背負えば潰れてしまう。
肩を貸そうにも背が低く、ミアでは力になれない。
それを見かねたカガリはソフィアの服を咥えると、そのまま空中へと放り投げた。
「ひゃぁぁぁぁ!」
宙を舞うソフィア。それは見事カガリの背中に跨るようピタリと着地したのだ。
サーカスもビックリの曲芸に、驚きのあまり皆が絶句していた。
そしてカガリは、何食わぬ顔でギルドへと歩き出す。
「支部長。笑顔ですよ笑顔」
村の皆が見ているのだ。これはカガリが敵ではないと思わせる為の丁度いい機会でもあった。
しかし、ソフィアの表情は硬く、無理矢理浮かべたぎこちない笑顔は逆に怖い。
「なるほど。ギルドの長であるソフィアが乗っていれば、村人のコイツに対する不安は軽減する。上手い事考えたな」
「そーだよ。カガリは頭いいんだから!」
ミアは自分の事のように自慢げに語り、胸を張った。
そんなミアの肩を握るソフィアの力は極端に強く、そこからは震えと共に緊張が伝わるほど。
「あの支部長。肩、痛いんですけど……」
ソフィアからの返事はなかった。
その夜、ギルド1階の食堂を貸し切って村の会合が行われた。
冒険者ギルド代表のソフィア、”村付き”冒険者代表のカイル、村長と自警団代表と自治会員が5人。それと情報元であるミアとカガリだ。
最初は皆カガリに縮み上がっていたが、話し合いがヒートアップするにつれ、ある程度はマシになっていた。
意見は3つに割れた。
情報が信用できない、否定派。
避難した方がいい、穏健派。
徹底抗戦、過激派。
議論は5時間にも及んだ。……にもかかわらず、意見は終始平行線を辿った。
「そもそも襲撃があると言う情報自体疑わしい。情報の出どころの新人冒険者はこの場にいないし、信用できん」
「だが、ブルータスという”村付き”冒険者も姿を消したらしいじゃないか。全てが嘘というわけではないのでは?」
「情報の真偽はどうあれ、万が一の為避難するしかないだろう」
「避難? どうやって? 老人や子供には遠すぎる。大人でも最寄りの街まで丸一日かかるんだぞ」
「徹底抗戦だ! 徹底抗戦しかない! 冒険者にも手伝ってもらえれば何とかなるはずだ!」
こんなことは村の創立以来初めてのことで、話がまとまるはずもない。避難するのが最善かと思われたが、馬車の数が圧倒的に足りないのだ。
ギルド経由でベルモントの街に馬車の手配をしたところで、全員分は無理だろう。だからと言って徹底抗戦は現実的ではなく、全滅の危険性の方が高い。
数だけならこちらの方が圧倒的だが、全員が戦闘の素人。門を閉めれば少しの時間稼ぎにはなるだろうが、相手だってバカじゃない。
明日はギルドの業務をすべてキャンセルし、緊急の依頼として『盗賊からの村の防衛』を打診する予定だが、少なくともシルバープレートの冒険者が数人は必要な案件。
報酬は高めに設定するが、好き好んで受けてくれる冒険者がタイミングよく現れるとも思えない。
長時間の話し合いの末、最終的な結論は徹底抗戦に決まった。といっても、基本は籠城戦だ。
逃げられなければ籠るしかない。襲撃のある夜まで、徹底的に門や柵の補強にあたり、戦えない老人や女性、子供はギルドに集めて防衛に全力を尽くす。
盗賊達は、おそらく東門から攻めてくる。西側はベルモントの街があるので、立地的に西側にアジトがある確率は低い。
ベルモントから来る冒険者に挟まれる可能性も考慮すると、戦力のほとんどを東側に集める作戦で会合は一旦の終息を見せた。
それでも否定派は楽観的に考えているようで、そんな大人達にミアは苛立ちを隠せずにいたのだ。
会議の後、カガリはミアと一緒にギルドの温泉へと入っていた。
血で汚れたカガリの前足を丁寧に洗っているミア。結局前足だけではなく、既に全身泡だらけではあるが、一生懸命に手を動かすミアの表情は曇っていて、カガリは抵抗する気になれなかった。
「どーしてみんな信用してくれないんだろ……」
ぼそりと呟くミア。カガリは人間の言葉を理解するが、ミアに獣の言葉は伝わらない。
ミアが呟いたのは先程の会合のこと。それはカガリには理解出来ない稚拙な集まりであった。
(意見を曲げない大人が大勢で話し合い、何になるのか……)
それをまとめる為のリーダーである長老は覇気がなく、詰め寄られると意見を変えてしまうほどの優柔不断っぷり。
獣の世界では長の言うことは絶対だ。たとえそれが間違った選択であったとしても文句は言わない。意見したければ自分が長になればいいだけなのだ。
「こんなこと言ったら怒られちゃうかもだけど、村なんてどうでもいいんだ……。でも、村を助けないとおにーちゃんも助けられないから……」
それにはカガリも同意見。村のことなぞ知ったことではなく、主とミアを守ることこそがカガリにとっての最優先事項。
だが、ミアとカガリの力を合わせても、あの土砂を撤去するには力不足。他の人間達の助けが必要なのだ。
「よし。あとは流すだけ!」
綺麗になったカガリに満足そうな表情を向けるミア。風呂桶で泡だらけの体を洗い流し、タオルでわしゃわしゃと拭きあげる。
カガリにとっては、水切りなぞ身体を震わせれば容易いのだが、そうしなかったのは、そのタオルに見覚えがあったからだ。
それは2人に助けられた後、部屋で目を覚ました時に包まっていた物。そこには僅かながらに自分の匂いが残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます